「…あの…サラマンダー様?」

「………何だ。」

「……何か……気掛かり…でも?」

「…………何も。」

「………。」

帰り道…何も言わず足早に歩く彼に、手を繋ぐのではなく手首を掴まれた少女が不安げに問いかける。だが彼は短く返すだけで何も言おうとはせず…足を早めるだけだ。

「……あの?…えっ…と……泊まって…行かれます?」

少女の家に着いても、彼は足を止めようとしなかった。急に泊まること自体は珍しくはないのだが…流石に無言で上がられたことはないらしく戸惑ったように問い掛ける少女。

「………。」

しかし彼はさくさくと庭の小路を踏み、何も答えないまま戸に手をかけた。そのまま引っ張るように少女を家の中のソファの前まで連れて行く。

「……あのっ…、サラマンダー様?」

そこでやっと立ち止まったかと思うと──彼は振り向きざま少女の左手に握られていた紙箱を奪い取った。

「…きゃっ!……な、何を……何を、なさるんですか…っ…。」

「………。」

少女の右手首を掴んだまま無造作に紙箱をローテーブルに置き、彼女の方に向き直る彼。何とも言えない色を宿した瞳に見下ろされ、少女の戸惑いは最高潮に達した。

「……い…言いたいこと、あるんなら…口で言っ、……んっ…!」

決して強い口調というわけではなかったが珍しく述べられた意見を──色の薄い唇が遮る。

「……んっ……っ……、…っ…。」

力なく平らな胸を押し返す細い左腕を気にも留めず続けられる口づけ。後頭部を大きな手で固定されて言葉すらもろくに発せず…やがて酸欠で力が抜けた少女を、彼はゆっくりとソファに横たえた。長い黒髪がばさりと広がる。

「…さ、……さ…ら……。」

「──穴、開けるのか。」

変わらず手首を掴んだまま徐に小さな身体の上に覆い被さり、少女を押し倒したかのような姿勢をとる彼。

「…あ…っ、…な…?」

「……もらっただろう…ピアス。……何故…受け取った。」

「…っ…?」

何故、突然そんなことを訊くのか──飛躍のある彼の言葉は、彼女には理解出来なかったらしい。何かを言おうとして…しかし生まれつきあまり丈夫でない彼女は呼吸器も強くないらしく、加えてこの様に鼓動の速まった状態では治まりようもないらしく…苦しそうに荒い息を繰り返す。言葉を紡げない代わりに、目で必死に疑問符を訴えるが…彼は何も言わなかった。

「……っ……!」

いきなり耳に触れられて身体を強張らせる少女。

「………着けるのか。」

「……さ……、ら……。」

目尻にうっすら涙を浮かべながら、震える小さな手を彼へと伸ばす。

「………。」

彼は難なくそれを捕らえると、弱々しい抵抗などなかったかのようにソファに押さえ付けた。……彼と彼女の暗黙の了解──『互いに[実力行使]はしない』。それを忘れてしまったかのような行為に、ついに彼女の瞳は<怯え>の色を浮かべ始めた。

「………何故……受け取った……。」

金色の瞳は、怒りとも、悲しみとも…何とも言い難い色を宿している。恐らく彼女の感情にも気付いてはいるのだろうが……拘束の手を弛めようとはしない。

「…、…ど……し…て…。」



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