「おや、これはこれは…!」

「こんにちは、トット先生。突然お訪ねし申し訳ありません。」

「いえいえお気になさらず…ささ、中へお入り下され。大したおもてなしも出来ませぬが、このような所で立ち話も何でございましょう。」



「……手紙の書き方…ですか?」

「…はい、…あの………気持ちを……伝えたくて…。」

「成る程、それでわたくしめに…。…わかりました、わたくしでよろしいのでしたら不肖ながら力をお貸しいたしましょう。」

「あ、ありがとうございます…!」



†raddolcendo──甘く優しく、柔らかく†



ある日少女は、じーっと彼を見つめていた。

「………。」

彼もそれに気づいてはいるのだが、彼女のこういう視線はかまって欲しいとかではなく…むしろ一人で何か考えているとわかっているので口には出さないし行動もしない。

ただ気まずさというか居心地の悪さを拭える程には達観していないらしい。しばらく耐えたあと…彼は読んでいた新聞から顔を上げた。

「………。」

「…っ…!」

鋭さを極力抑えた金色に見つめ返され、少女の頬に朱が差す。

「………。」

それを見てひどく楽しげな笑みを浮かべ、ゆっくりと腰を上げて少女との距離を詰める彼。

「…何か、気になることでも?」

「……いっ…いえ…!」

天井のランプを背にして少女の頭上の壁に右手を付き、その巨体で彼女を覆うようにして問いかける。あっという間に真っ赤になった少女は、逆光のなか魅惑的に弧を描く唇を見て更に赤くなった。

「…なっ…なにか、…おもしろい…はなし、のってましたか。」

「……いいや、何も。」

クツクツと低い笑い声を漏らす彼。不意にグイと距離を詰め、少女の耳元に口を近付ける。

「………おまえ以上に面白いものなんざ、ありゃしねえよ。」

…──少女が心の中で白旗を上げたことは言うまでもない。







とある日──とある酒場。

「………バレンタイン?」

「…や、やっぱ知らねえのか…ことごとく期待を裏切らねえな、おまえってやつは…。」

訝しげに眉を顰め問い返した男に、金の髪を持つ少年は苦笑いを浮かべた。性格や生い立ちからすりゃ予想通りだけど、恋人持ちのくせに知らないってのもどうなんだ…と内心でぼやく。

「大切な人に…特に──恋人にさ、贈り物をする日なんだ。花とかカードとかケーキとか…アクセサリーとか。」

「……何の為にある。」

「な…なん、って…えっ…そりゃ…。」

しばらく言葉に詰まったあと、まっすぐ男の方を見て柔らかい笑みを浮かべる少年。

「──ありがとうって、伝えるためだよ。」

「………。」

「…べ…べつに、義務じゃ…ないんだけどさ。」

「………くだらねえ。」

「えぇっ!?」

予想外の反応に、少年が身を乗り出して驚きの声を上げる。男は煩いと顔をしかめると、至極つまらなそうに頬杖をついた。

「そんなもんで、気持ちなんか伝わんのか?…つーか…何でわざわざそんな日がなきゃならない。」

「………。」

[イベント][慣習]…どれも通常の認識と思われる言葉だが、合理的でないと言われてしまえばそれまでだ。上手く説明出来る言葉が見つけられないらしく、黙りこんでしまう少年。

沈黙を破ったのは男の方だった。

「…………あいつは、知ってるのか。」

「…えっ……た…たぶん。…クイナんとこに、なんか習いに来てた。トット先生ともなんか話してたし…。」

「………。」

まるで「面倒なことになった」とでも言いたげな表情で目を伏せると、男は長い長いため息を吐いた。ゆっくりと吐ききり、目を開ける。

「………そうか。」

たった一言それだけ呟くと、男は黙ってグラスを傾けたのだった。







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