逃げなくては。

何故そう思うのかはわからない。だが、逃げなくては。

「待ちやがれ!」
「絶対に逃がすな!」

この様に私は走れただろうか。
この様に体は軽かっただろうか。

今宵は闇夜…目を凝らしても何も見えない。しかし私は走り続けた。

逃げなくては、逃げなくては、逃げなくては。

闇雲に唯々足を動かし続け、私を追う存在からの距離を伸ばす。何故捕まりたくないのかは分からなかったが、足は止まる事をしなかった。

「………!」

走って走って走って、心臓が破裂してしまうかと思う程に走った時…丁度隠れられそうな荷の山がある廃墟を見つける。

急いで潜り込み荒い息を出来るだけ治めていると、やがて人の声と気配は遠ざかって行った。緊張を解き、強張っていた身体の力を抜く。

これからどうすれば良いのだろう。

此処は何処なのだろう。
何という名の場所なのだろう。
屋敷とどれほど離れているのだろう。

………わからない。

(………。)

身を包む漆黒の闇に誘われるようにして、私の意識は閉じて行った。







とある夜…日の出の間近。

いつも通り仕事を終え普段通り住処へ帰って来た俺は、いつも通りでない現実に思わず目を見張った。

「…!」

荒らされた…と形容する程ではないが、何者かが入って来た形跡があったのだ。住居としているのは、正確に言えばこの廃墟ではなく床板の下にある地下室なのだが…その入り口辺りの荷の山の形が変わっている。

言うまでもなく地下への階段は念入りに隠してあるが、荷は更にそれを目立たなくする為に使っていたものだ──動かされたとなれば入り口を知られた可能性は十分だろう。

「……チッ……。」

面倒な事になったと舌打ちする。どう考えても住処を移した方が良いのだろうが、そうそうこんな物件は転がっていない。人気のない場所、見た目は廃墟、地下階段も判りにくい…俺の様な存在にはお誂え向きだったというのに。

「………。」

取り敢えず今は当ても無いし考えても仕方がないだろうと結論付け、一先ず地下へ降りることにする。万一刺客がいた場合に備え、手に得物を着けてから荷を退けようとして……息を呑んだ。

荷の中に埋もれるようにして──人間が隠れていたのだ。

年の頃は十四位だろうか。

華美ではないが傍目から見ても上質な白い着物と白い外套を身に付け、手入れの行き届いた黒い髪を一つに纏めた少女が…その目を閉じて眠っていた。

(………。)

思ってもみなかった事態に暫し呆然としてしまう。

一体どこから迷い込んで来たんだ?
身成からして華族か何かの令嬢か?
どうしてこんな所で寝ているんだ?

…何故か咄嗟に殺す気は起きなかった。同業者というには余りにも変わった出で立ちだった為だろうか。

しかし女だろうが見た目は姫君だろうが敵かもしれないし、何よりこいつに地下階段を知られた可能性は十分だ。気を取り直し構えた時──少女が目を開けた。



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