真っ白だった世界が一変して現れたのは、同じく壁も天井もない様に見えるけど……透明な世界だった。音はなく、どこか肌寒い。周囲には凍りついた川の様なものが点在している。



X-A封じたもの(sideZ)



「ここが……?」

[ああ。――これが何か分かるか?]

ライラが川を指す。まるで流れることを忘れてしまったみたいに静かだった。冷たい気配を感じる。

「氷、に見えるけど……。」

[これはミノンの感情。本来流転すべき存在だ。]

「流転……凍ってるじゃないか!?」

思わず叫んでも、ライラは静かに頷いただけだった。どうして……だって、こんなに寒くて冷たくて……。こんな心を、ミノンはずっと抱えてたっていうんだろうか。

[元から凍っていたわけではない。ほとんど動いてはいなかったがな。……感情の昂りによって自らの力が暴走することを憂いたミノンは、自らの感情を縛る道を選んだ。]

「…………縛る?」

[もともとミノンには呪が施されている。感情により力が暴走しないよう、戒める鎖だ。しかしそれでも暴走はあり……ミノンはその度に自ら呪を強めた。]

ライラの言葉は淡々としていて、ただ事実を述べているだけだ。

けど、ミノンを――オレの知らないミノンを、ずっと傍で見てきた言葉だった。

[呪をいくら強めようが、暴走がなくなることはなかった。そこでミノンは、<感情の記憶>を封じたのだ。]

「……<記憶>? ……感情を、じゃなくて……か?」

[ああ。完全に感情を封じた人間など、生きることはできぬ。意思がないも同然だからな。ゆえに――ミノンはその存在を忘れ去るべく、<記憶>を封じたのだ。感情などないと思い込むためにな。もうこの流れを動かすまいと。動かし方すら、忘れようと。」

冷たさが肌を刺す。魔の森で出会った時の、人形みたいな印象が鮮やかに蘇った。どこかが止まっているという直感も思い出す。

「だが、その封は時として綻びを見せ……僅かな感情にでも作用する様になった呪は、痛みとなってミノンを戒めた。]

「っ! あれが……!?」

ベアトリクスと刃を交えた時も、ダガーとエーコを助けた時も……最近はふとした瞬間も、ミノンは口には出さないが痛そうにしていた。どこか悪いのかと尋ねても、大丈夫としか言われなかったけれど。

ずっと……無表情だった。

でも、どこかで感情は戒められていたんだ。

[呪は本人が感情の存在を忘れようが続いた。そして先日――記憶の封は決壊した。]

「先日、って……アレクサンドリアでか!?」

[ああ。だが、ミノンはその時に何かを感じたのだろう。感情の戒めを力の限り強め……心を凍てつかせた。ゆえに、今この流れは凍っている。――人として不可欠な感情が封じられれば、人としての意識はなくなる。最後に、ただ消えたいという思いだけを残し……ミノンは眠りについた。]

「……何と……。」

[そして、あれがミノンだ。]

ライラが上の方を指差す。その先では――凍った流れに囚われる様にしてミノンが眠っていた。

「ミノン!」

[……ではな。]

「え、ちょっ……ライラ!?おまえどこ行くんだ!?」

[ここから先……私は不要なはずだ。……あまり悲観するな。ミノンの封、それも即座に施したものなど脆いものだ……。]

声だけを残しながらライラの姿が薄れていく。引き留める間もなく完全に消えてしまった。

「おい……。」

「……消えちゃった……。……ねえ、ジタン。おねえちゃんを起こそうよ……。」

「でも、ミノンを助け出すには、これをどうにかしないと……。」

ミノンを捕らえているのは、凍った川だ。もちろんただの氷じゃない……感情なんだから、迂濶には扱えない。

「……ジタン。これが感情だというなら……私には傷付けることができぬ……。」

それはオレも同じだ。だけど、ならどうすれば……。

「……ミノン! おい、起きろよ!」

とりあえず渾身の力で呼び掛けてみる。気が付いたりしないだろうか。

「…………私を、呼んだ?」

不意に後ろから、求めていた声がする。振り向けば――そこには彼女が立っていた。あそこにいる様に見えたけど……降りてきてくれたのか!

「ミノンッ! 良かった……な、一緒に帰ろう?」

駆け寄って手を繋ごうとしたら――ミノンはすり抜ける様にして逃げた。

「嫌よ。」

耳を疑う。……今、何て?

「私、もう、嫌なの。何にも悪いことしてないのに、そういう生まれだからって……こんな力を持たされて、家にだって帰らせてもらえなくて、人として生きる時間まで止められて……!」

無表情だったミノンの顔に感情が浮かぶ。読み取れたのは、悲しみ……痛み……怒り。

負の、感情だった。

凍てついていた周囲の川が次々と溶け、地鳴りの様な音と共に渦巻き始める。――まるで、ミノンの言葉に共鳴して勢いを増してるみたいだ。

──ミノンの封、それも即座に施したものなど脆いものだ……。

ライラの言葉が脳裏を過る。

「これまで、いくつもの世界の存亡を左右してきたわ。……自分の一存で、星の数より沢山の人の生死が決まるの。何もしなければ、見殺しにしてしまうの。力が暴走すれば、望みもしないのに、罪のない人々を殺してしまうの……! 感情を封じたって、力を抑えたって、意味はなかった!」

鋭く叫ぶミノン。こんな姿……もちろん、初めてだ。

「……ミノン……たとえ僅かであっても、私は支えになりたい。――我等を頼ってはくれぬのか?」

「人なんて、信じられない! 人は怖い……私のこと、恐れてばかり……こんな力、こんな、異形……理解なんて、しない……されない……!」

「……ミノン殿……。」

「人は私を利用して……恐れて……忌み嫌って……! ……私は……っ……私だって、人なのにっ!」


──気圧されるな。

また、ライラの言葉が脳裏を過った。




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