「もう、世界からいなくなりたいの……嫌われるのも、暴走するのも、人を死なせるのも、嫌なの……っ!」

聞いている方の胸が痛くなる様な――孤独と、自己嫌悪。

ミノンは、ずっとこんなものを抱えてたのか?



X-B本当のきもち(sideZ)



「どうして私は世界からいなくなれないの……!? 私はいなくなって、滅びるものは滅びれば良い! 私には何もできない、傷付けることしか、できないんだから……!」

ミノンの言葉に合わせて、感情の流れが荒れる。今にもオレ達を襲って来そうだ。

「……自分勝手なこと、言わないで……! わたし、これから一国の君主になる。時には判断を下して、それで国の存亡が決まるわ! 逃げ出したい時もある……だけど、本当に逃げ出そうとは思わない! ……思いたくない! だって、それはわたしの、大切なものだから……!」

初めて言い返した……短くなった髪を振り乱すダガーの勢いは、ミノンの気迫にも負けてはいなかった。きっと――本心のぶつかり合いだからだろう。

「大切なんかじゃない……あなた達にはわからない! 色んなものに縛られて、死んだ様に生きてきた私の気持ちなんて……! 私だって楽しい時に笑ったり、悲しい時に泣いたりしたかった! 色のない世界なんて、大嫌い! なのに感情を懐くことさえ、私には許されない……! そんな世界は、大切じゃないっ!」

「……なら……オレがおまえを収めてやるよ! ……うわっ!」

鋭い痛みが肩に走る。――刃の様になった感情の流れに、襲われたんだ。

「根拠ないこと言わないで! 私が暴走すれば世界一つ、跡形もなくなるのよ!? 罪のない人も、大切な人も、誰もかも……消してしまうのよ!? なのにどうして、収めるだなんて簡単に言うのっ!?」

あまりの気迫に言い返せなくなってしまう。本心のぶつかり合いじゃなかったから? ……そんなわけがない。あれは確かにオレの本心だ。本当の、きもちだ。

「……それが――おまえの本心か?」

ずっと黙っていたサラマンダーが、不意に口を開く。

「…………そうよ。……あなたまで何か言うの……!?」

「……いや。大したものを隠してやがったと思っただけだ。」

ミノンが流れを強まらせても、サラマンダーは動じなかった。腕を組み、溜め息を吐く。他人に無関心な彼が、オレ以外で唯一興味を示していたのがミノンだといっても過言じゃない。外からはわからないけど、きちんと考えていたんだろうか。

「……俺は、おまえが記憶を失くした時に出てきた……あいつが、おまえの本心かと思っていたが。」

「違う……っ! あれは私じゃない、何も知らない私よ……何も、知らない……あれは、私じゃ……ない……私、じゃ……。」

ミノンが戸惑った様な表情で言葉を詰まらせる。すると、感情の流れが穏やかになっていった。まるで大雨の後の川の増水が収まっていくみたいだ。こんなに……こんなに豊かな感情を抱えていたのだと気づかされる。あの、止まった雰囲気の奥に。

「…………あの……あのね、ミノンおねえちゃん。」

ビビがゆっくりとミノンに近付き、呟く様に切り出す。ミノンは怯えた表情で距離を取ったけど……ビビは一瞬の躊躇いのあと、話を続けた。

「ボク、おねえちゃんがいっぱい笑ってくれたあの時……うれしかった。笑ってるってことは、きっとうれしいんだな、って思って……ボクも、うれしかったんだ。……だから……その、えと……。」

「もう! さいごまでちゃんと言いなさいよ!」

いつの間にかビビの隣にいたエーコが発破をかける。

「……なにも知らないおねえちゃんに、もう戻れないことはわかってる。でも……ボクね、おねえちゃんが言うみたいに、おねえちゃんは悪い人じゃないと思うんだ。だって、人のために、いちばん大切な……自分のきもちを、封じてしまったんだもの。だから……だから…………いなくなりたい、だなんて……言わないで。」

ミノンは無表情で、静かに聞いていた。オレも……大切な、伝えたいことがある。また悲しいきもちにさせたら嫌だけど……。

「……なあ、ミノン。おまえさ……一人だったんだよな? オレ達には想像のつかないところで、ずっと。」

少しずつ歩み寄っても、ミノンは逃げなかった。

「…………。」

「さっき、根拠ないこと言ったのは謝る……ごめん。……ミノン。オレ達と一緒に、いないか? 今みたいに、本当のきもちを言ってくれよ。代わってやれることがあるなら、少しでも支えてやれるなら……できることは何でもするから。おまえにもう、ひとりぼっちだと感じさせない……約束する。――オレを、信じて欲しい。」

ミノンが唇を引き結んで俯く。その表情はフードに隠れて読めなくなってしまった。一人で苦しんだ心は……そう簡単には、開けないだろう。だけど、もし一歩でも踏み出してくれるなら――その手を取りたい。そう思って、目の前に立つ。

「ミノン! 早く帰って、好きなもの食べるアルよ! 何が好きアルか? ご馳走するアル!」

(……っ! こいつ、この大事な時に……!)

クイナのあまりにも空気を読まない発言に、そう慌てた時だった。

「ふ……ふふっ……。」

どこからか、笑い声が聞こえて来る。

「……こんな……ところまで、来て、いただいて……お礼……し尽くせないです。」

その声の主は――ミノンだった。ゆっくりと顔を上げる。そこにあったのは……涙と、笑み。

「ひどいこと、いっぱい……いっぱい言って、本当に……ごめんなさい。私……私、また、あなた達と一緒に……行きたいです。一緒に……あの場所に、帰りたいです。……これが――私の、本当のきもちです……。」

肩の痛みが消えていく。傷も……周囲に付着していた血液も、なくなっていた。川は量をそのままに、ゆったりと流れている。気温も上がった様に感じた。あの刺す様な痛みはもうない。

「ミノン……! ミノン、大好きっ!」

ダガーが勢いよく走ってきて、ミノンに飛びつく。……不謹慎だけど、うらやましい。

「ボクも!」
「エーコもっ!」

「……私も、大好きです……!」

両隣からも抱きつかれて、ミノンが笑う。――その笑顔は年相応で……普通の女の子みたいだった。とても自然な姿だと感じる。

「……ライラ? 隠れてないで出てきて。」

ミノンが虚空に向かって呟くと、ライラが現れた。

[隠れてなどいない。……帰るのか?]

「うん。」

[そうか。]

ライラがミノンに触れる。僅かにその指先が光った瞬間、ミノンは目を見開いた。

「ライラ……今の……。」

[思う存分、感情を楽しんで来い。お前は、人間なのだから。]

ライラが手を掲げる。すると世界がまた渦を巻き出した。溢れた光に目を瞑る。



次の瞬間、オレ達は元の場所へ戻っていた。ミノンはベッドで眠っている。

「おい、起きろよ。」

手を伸ばせば、きちんとした感触がそこにはあった。もう……すり抜けたりしない。

「……おはようございます、皆様。」


ミノンが笑う。

本当に、良かった。




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