ミノンは、2日経っても目覚めなかった。
X-@心の中(sideZ)
「フライヤ、ダガー……どうだ?」
「本当に静かじゃ……寝息も耳を澄ませなければわからぬ。」
「……力は戻ってるはずなのに……全然、反応ないの……。」
会議室を重い沈黙が包む。
「……いくら何でも、おかしいのではないか?」
「うーん……。」
正直、ミノンのことは――わからない。一番長く一緒にいたのはオレだ。でも、何も知らない。彼女が何を思って旅に参加していたのかすら。
肯定も否定もできずにいると、かなり急いだ調子の足音が向かって来た。この感じは……メイドの子だろうか。
「しっ……失礼いたします!」
案の定、特徴的なノックと共に仕事着の少女が現れる。一礼した彼女は――蒼白な顔で、信じられないことを告げた。
「……例の……例の少女が、白く光って、す……透けて……!」
「何っ!?」
俄には信じられなかったけど、全速力でミノンのいる部屋まで走る。足音からして、みんなもついて来ている様だ。
「ミノン! 入るぞ!」
ノックもせずにドアに突撃し、一目散にベッドに駆け寄れば――さっきのメイドが言った通り、ミノンは確かに透けていた。
「おい、……っ!」
揺さぶろうとした手がシーツに皺を作る。――すり抜けたんだ。
「おねえちゃん、ねえ、しっかりしてっ!」
消えてしまうとでもいうのか。このまま、何もわかることができないまま。――笑顔を見ることも、できないまま。
「ミノンッ!」
感情の昂りのままに名を叫んだ瞬間、どこからともなく白い光が溢れる。まるで引き込む様だ。成す術もなく呑まれてしまう。
消えさせやしない。――そう、強く思った。
目を覚ますと、不思議な場所にいた。
「どこだ、ここ……。」
周りは一面真っ白で、立っている感覚こそあるものの床と天井の区別がつかない。壁に至っては存在しないみたいだ。
「な……なんだったのよさっきの…。」
倒れていたみんなも起き出す。幸い8人全員が揃っていた。よく見れば、きちんと自分達の姿は見えるのに――みんな影ができてない。こんなことってあり得るんだろうか。
「……誰か、いないのか!?」
一体どこなのか、どんなところなのか見当もつかなくて、とりあえず人を呼んでみる。まるで吸い込まれる様に頼りなく声は消えてしまった。反響するものが全くないとこうなるものなのか。
[騒々しい。]
「うぉぁ!」
諦めかけた時、不思議な響きの声と共に一人の女の子が現れた。黄金の瞳に真っ白な肌。波打つ薄い金の髪は床に届くほど長い。歳は10歳くらいに見える。
[……慎みを持て。]
「わっ……悪かったよ。」
女の子はそう言うと、不機嫌そうに顔をしかめた。子供とは思えない威厳が満ち溢れる態度に、つい謝ってしまう。この子も影がない――いったいここは何なんだ?
「あのさ、ここ……どこだ?」
他に考え付くこともなかったので、率直に訊いてみる。すると、女の子は金の瞳を真っ直ぐこちらに向けた。
[……ここは、ミノンの心。]
「っ!? ……心……!?」
「どういうことであるか!? ミノン殿の心の内に、我々がいる……ということか?」
「……あなたは誰? ここがミノンの心の中だと言うなら、どうしてここにいるの?」
「一人ぼっちなの?」
みんなから次々と疑問符が浮かぶ。別におかしいことじゃないだろう……それだけこの状況は謎だらけだ。
[質問ばかり……か。まあ良いだろう。……誰、という問いは……何を求めている?]
「え? ……あなたの、名前とか……?」
[……お前がそう言うのなら名を答えよう。]
何故か少しの沈黙をおいてから、女の子はそう口にした。……誰かと聞かれたら、自分の名前を答えるものじゃないのか?
[ライラ。……ミノンの魂の、前の持ち主とでも言っておこう。]
「魂の、前の、持ち主?」
ビビがたどたどしく繰り返す。そういえば昔、どこかでそんな話を聞いたかもしれない。魂は生を終えると、生まれ来る人に宿って次の生になる……とか言う理論だ。他愛ない一説だと思って忘れていたけど……。
「前世……ということか? おぬしが、ミノンの?」
[そうだ。通常のそれとは異なるがな。……本来、私に記憶と魂はあるが、人格はない。この人格はミノンが形作り、私に与えたものだ。そしてミノンは私を心に住まわせることを望み、私はそれに応えた。……故に、ミノンの心の中には私がいる。……一人で。]
前世……人格?
半分も理解できなかったけど……いま大事なことは、それじゃないはずだ。
「……ライラ。知ってるかもしれねえけど……現実で、ミノンが消えかかってるんだ。オレは、助けたい。……そう思ったら、ここに来てたんだけど。」
[…………良いだろう。]
真っ直ぐに見つめられる。光の様な色彩が目に眩しい。
[望むなら、これからミノンの心の内部へ行かせてやる。説得するというならしてみると良い。だが、生半可な心意気では帰れなくなる……帰りたい者は今、私が帰してやろう。]
ライラが挑戦的な目をする。――ここで帰るなら、ここに来ちゃいない。
「オレは行くぜ。ミノンが消えるっつーのに放っとけるか!」
「ボクも、おねえちゃんがいなくなっちゃうなんて、いやだ!」
「わたしも行く。きっとこれは、わたし達とミノンが一緒にいる為に……必要なことよ。」
「自分もご一緒いたします! 行かぬとは騎士の恥!」
「エーコも行くわよ! ミノンにはエーコと一緒にいてもらわなきゃ!」
「私も行くぞ。ミノンの笑顔のため……のう、サラマンダー?」
「……ああ。」
「ワタシ、まだミノンの好きな食べ物、知らないアルよ。聞いて、食べてもらうアルね!」
[……全員来るのか。まあ良い。……せいぜい、気圧されるな。]
ライラが手を掲げると、景色が渦を巻き出した。やがて溢れだした光に……何も見えなくなる。
待ってろよミノン。
何があったって、助けてやるから。
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