森宮莉子は突き進む。 | ナノ
関係修復と続く勘違い
久家くんと一度は絶交したけど、誤解があったとわかり、関係修復した。
正直自分も早とちりしすぎた。必死に誤解を解こうとする久家くんの話を聞こうともせずに逃げ回って、挙げ句の果てに真歌にも怒鳴られた彼には申し訳ないことをしたと反省している。
だけど久家くんも人が悪い。
リハビリのために私と男女の仲になろうと思ったのだろうか。
確かに嫌悪感のない女の子がいたら付き合ってみたら? とは言ったけど、それは好意を持って近づいて来る女の子を対象にって意味だったのに。
それに関して久家くんは「からかうつもりはなくて本気で」と言い募っていたけど、わかっている。
久家くんも焦りがあったのだろう。いつまでも女性嫌悪を丸出しにするわけには行かない。だから身近な私で事を済ませようと思ったんだな。
冷静に考えなくとも、現実に久家くんみたいな美男子に相手される訳がないんだ。話に乗らなくてよかったと内心ホッとしている。
恋愛をした事のない私には世間一般の恋愛事情がよくわからない。
ただひとつ言えるのは、今はそれを知りたくないってこと。自分の意思では操作不可能な恋愛感情に振り回されると、学業に支障が出るだろうし煩わしい。
……彼とは今のままの友人関係でいたいと思ったのだ。
同じ方向を見て共に学ぶ同期。そんな関係が私は落ち着くから。
冬休みに突入すると、私はいつもと変わらない休みの過ごし方をしていた。家で試験対策したり、オンライン語学レッスンをしたり、車を運転して家族をお出迎えしたりと地味な連休を過ごしていた。
大学の後期試験は1月末だけど、そんなのあっという間にやってくる。今から勉強していないと後で泣きを見るに違いない。2学年はとにかく留年者が増える学年だ。特待生の私にとって成績トップ維持は必至。呑気に遊んでいる暇などない。
……家族はみんな仕事だったりバイトで忙しくしていたし、友人達もバイトや用事で同様に忙しいから遊び相手がいなかったともいうけどね。
だけど今回の連休中は、本来ならバイトに励んでいるはずの妹がバイトに出ずに、新学期初っ端に行われる実力テストのために家でテスト勉強していたので、妹と一緒に勉強する時間もあったから割と寂しくなかった。
妹は負けられない戦いに挑むのだと燃えていたので私は応援した。高校生間にもいろいろあるらしい。後輩達の諍いなので、私は口を挟むことはしないけど、妹の味方だ。
がんばれよ、妹よ。お姉ちゃんも頑張るぞ。
教科書とにらめっこしていると、ピロン、と傍らのスマホが鳴った。通知メッセージを開くと、そこには白銀の世界でスノーボードを抱えた久家くんが映っているではないか。
そういえば運動サークルのメンバーとスキー場に行くのだと久家くんが言っていたな。その際、一緒に来ないかとお誘いを受けたけど断ったんだよな。スキーレンタル代だけでいくらかかると思っているんだ。バイトしてない私には無理な捻出である。
送られた画像をまじまじ見ていてなんか違和感があるなぁと思っていると、久家くんがいつものチャームポイントの眼鏡をしていないことに気づいた。眼鏡がないと印象が変わるなぁ。いつもより目が大きく見える。
大方ゴーグルするために外したのだろう。そういえば久家くんって裸眼だと視力はどのくらいなのだろうか。
【こっちは昨日まで猛吹雪だった。今日やっと滑れる】
「怪我に気をつけて楽しんで来てね……と」
返信メッセージを送信すると、スマホを机の上に戻した。すると再び通知音が鳴り、親指を立てたスタンプが返って来た。
それにしても合宿旅行とは割と余裕だな。試験勉強は大丈夫なのだろうか。
短い冬休みが終わって大学に出てくると、待ち構えていた久家くんがお土産をくれた。
「温泉の素」
「行き先にあるのが温泉地とスキー場だからこれくらいしかなかった。饅頭を箱で渡すのはどうかと思って」
別にケチつけている訳じゃないんだよ。単純にチョイスが渋いなと思っただけだから。
へぇ、スキー場と温泉地が同じ場所にあるんだ。
「温泉入ったの? 今回長野に行ったんだよね」
「あぁ。宿泊先では温泉を引いていたから。正直温泉には期待していなかったけど、なかなか良かった」
「いいなぁ、温泉。寒い時期には入りたくなるよね。私も日帰りで行ってこようかな」
もらった温泉のパッケージを見ながら熱めのお湯に浸かる自分を想像してみる。真冬の今の時期ってお湯に浸かると気持ちいいよねぇ。
今は試験を控えているので、行くとしたら春休みに入った2月頃になるかなぁ。家の車を借りればちょっと遠出もできるしいいかも。
「えっ誰と?」
久家くんがその発言に食いついてきた。そんなに注目するような発言だろうか。
「うーん……妹とかお母さんかな。真歌や琴乃はそれぞれ忙しいから誘いにくいんだよね」
お父さんと日帰りで行ってもいいけど、男女別なので完全に別行動になる。家族風呂に入るほど私はファザコンじゃないのでそれは無しの方向で。
「そうか」
私が家族で行くというと、久家くんは目に見えてホッとする。
……なぜ安心しているんだ?
「いざとなったら一人でも全然問題ないけどね。家の車借りて旅するのも悪くない」
家族の都合が付かなかったら一人でもいけるからね。
お風呂に入るだけだからぼっちでもなんら問題ないだろう。
「もしも最終的に行く相手がいなかったら、俺が付き合うよ」
「えぇ? いいよ、そんな気を遣わなくても。お風呂ではどうせ男女別になるから楽しくないでしょう」
のんびり浸かっていたら待たせてしまうかもってお互い気を遣うじゃない。
私が遠慮すると、久家くんはがくりとうなだれていた。
◇◆◇
一時期図書館通いを自粛していたが、久家くんから逃げる理由もなくなったので、また図書館通いを再開した。
試験前だからかいつもよりも人が多い。医学部キャンパス内の自習室もほぼ満席だったし、みんな本格的に試験勉強に力を入れはじめたのだろう。
運よく取れた席につくと、隣に久家くんが座る。もう慣れてしまった光景なので特段気にすることなく、私は鞄から教科書類を取り出した。そしてお互いに黙々と勉強する。
時折紙をめくる音や字を書き込む音が聞こえて来るが、私はそれが妙に心地好く感じる。他人と隣り合ったときの妙な気まずさがない分、集中できた。
「拓磨くんっ前座ってもいい?」
その声に久家くんの手がぴたりと止まったのが視界の端で確認できた。久家くんの下の名前を呼ぶ女性の声。親しげなその声音につられて対面の席を見上げるとそこには久家くんが所属する運動部サークルの人がいた。お名前は存じ上げないが、看護学科の一学年上の美人さんだ。
サバサバしていそうな見た目の彼女はすとんと前の席に座ると、ジロリとこちらを睨んできた。
「またこの子と一緒にいたの? 私が誘っても乗ってくれない癖に」
「成績優秀な莉子と一緒に学習すると学ぶことも多いので」
ここは図書館なので一応私語は禁止だ。ふたりは小さな声で言葉を交わしていた。
なんかあからさまに邪魔者扱いを受けている気がするけど、後から来たのはあなたの方だよ。
「あなたが有名な森宮さんだったのね。拓磨くんとずいぶん親しいみたいだけど……」
「同期ですし、一緒に実習をした仲間ですから」
そこそこ親しいとは思うよ。同じ医師を目指す仲間だもの。
一度拗れかけた事例はあったけど、今ではすっかり元通りだ。
肯定すると、美人さんは眉間にしわを寄せて声なく威嚇してきた。その顔怖いです。
「ふぅん、実習ね……そういえば冬休み、私たちがなにしていたか知っている? 合宿先でずっと一緒だったのよ」
ふふんと勝ち誇ったような笑みを浮かべる美人さん。私はその言葉の意味を飲み込むのに少し時間がかかったが、合点がいく。
「ほう、ずっと」
「違う。ずっとではない」
女性慣れするために、いいなと思った女性でリハビリしていたのかな?
冷やかしにも似た言葉をかけようとしたら、久家くんは固い声で否定した。
「先輩は初心者コース、俺は中級者コースで滑っていたし、部屋は当然ながら別室だ。誤解を生む発言はやめてください」
久家くんは目に見えて苛立ちを見せていた。それに美人さんは怯んでいるようだった。
私はそれにため息をつく。
せっかく集中しはじめていたのに途切れてしまった。
「集中できないから先に帰るね」
教科書を閉じて帰宅宣言をすると、久家くんが「えっ」と声を漏らした。
なぜ驚く。この状況で勉強を続けられると思うかね?
「まっ、送る!」
「いいよ、いつも送ってもらうのは悪いからね。それじゃ」
慌てて帰る準備を始めた久家くん。私はそれを止めた。
電車で帰るし、大丈夫だよ。
それなのに久家くんは後ろから追いかけてきて、意地でも私の自宅まで車で送ると言うのだ。
なにを君をそこまで動かすのだろう。危機迫るものを感じるぞ。
「さっきの人とは本当になにもないから」
自宅に到着し、いつものようにお礼を言って降りようとしたら、久家くんに腕を捕まれて念押しされた。
さっきの美人さんは一緒にいたら頭から食べられそうな恐怖を感じるから苦手なんだと熱弁され、私は「わかったわかった」と引き気味に理解した。
合宿中も誰か男子と一緒にいるようにして、女性と二人きりにはならなかったと言われ、それはそれでどうなんだ? と彼氏いない歴年齢の私は彼のことが心配になってしまった。
久家くんにもいい変化が訪れたのかと思ったのに、まだまだ彼の女性苦手症は克服に至らないらしい。
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