森宮莉子は突き進む。 | ナノ
捻れに捻れた誤解【久家拓磨視点】
失意のまま帰宅した金曜夜。
シャワーを浴びてすっきりしようと思ったけど、全然ダメだった。ベッドに寝転がって天井を見上げている間にいつのまにか寝ていた。
土日は何もする気が起きず、ふとスマホを操作するも、アプリも電話もブロック着信拒否されたままで、あれは夢じゃなかったのだと余計に落ち込む。
なにがいけなかったんだ。
やっぱり出会い方が悪かったんだな……
きっと俺のことをそういう対象として見ていなかったから、一気に嫌悪感を起こしたんだ。そう、俺が近づいて来る女性に嫌悪感を出すのと同じ……
でも、そこそこ親しかった相手なのにあそこまで拒否するか?
なんか5万円だとか、賭けだとかよくわからないことを言っていたし。
……なんだか、大きな勘違いがあるような気がするのは俺の気のせいなのだろうか?
月曜、彼女と話をしよう。
このまま終わりたくない。
また拒絶される確率は高いけど、このままにしたくない。
そう自分を奮い立たせてやってきた月曜日。
「莉子」
勇気を出して彼女に声をかけるも、彼女はまるで聞こえていないかのように俺の横を通りすぎた。
「莉子? 久家くんが呼んでるわよ?」
「いいの」
莉子の友人である廣木さんが見兼ねて指摘するも、莉子はこちらに一瞥もくれない。
「喧嘩したの?」
「別に。知らないあんな人」
それには廣木さんは困った顔で俺と莉子を見比べていた。なにか言おうとしていたが、黙り込むことを選んだらしい。
結構心に来る。
なんだろうこれは。これまで俺が女性に冷たくしてきたツケが今になって返って来ているんだろうか。
こうなることは事前にわかっていた。
俺はあきらめずに莉子に話し掛けようとした。
──しかし一方の莉子も折れなかった。
徹底的に避けられ逃げられる。走って女子トイレに逃げられたこともあるし、ほぼ毎日寄っていた図書館にも足を踏み入れずに直帰していた。
それが何日も続くと、俺も次第に焦りがでてきた。
なぜなら、もうすぐ冬休みに突入するからだ。こんなもやもや気分のまま休みに突入したくなかったし、日を空けたら余計に仲直りが難しくなる気がしたからだ。
「莉子! 待ってくれ!」
「いやっ離してよ!」
あまりこの手を使いたくなかったが、逃げようとする莉子の腕を掴んで壁に押し付けた。
少々乱暴なやり方になってしまったからか、莉子は非難の眼差しで俺を見上げていた。やっと俺を真っ正面から見てくれたとうれしく思ってしまったのは秘密である。
どんな感情でもよかった。無視して無関心になられる方が怖いから。
「そんなに俺のことが嫌いなのか?」
「……」
「頼む、もう一度チャンスを」
彼女に懇願する姿はきっと情けなく見られているに違いない。
でも俺にはなりふり構う余裕がなかった。
「離して」
莉子の冷たい視線が突き刺さり、心にちくりちくりと針が刺さるような心境だった。つらい。
だけどここで手を離したらもう二度と彼女は俺をその瞳に映してくれない。手を離すわけにはいかなかった。
「ちょっと久家くんいい加減にしなよ!」
第三者による叱責のち、横からドンッと突き飛ばされた。
その人物は莉子を背中に庇うと、俺をギロリと睨んだ。
莉子の友人という位置づけなだけで、俺とはただの同期な間柄だったが、ここまで敵視されるほど嫌われたつもりはなかった。
俺が気付かないうちに彼女たちの不興を買っていたとでもいうのだろうか。
「莉子を傷つける人とは思わなかったのに失望したよ!」
怒りに顔を真っ赤にさせた市脇さんの怒鳴り声に俺はびくっとした。
そんなに。
俺のなにが彼女を傷つけたと言うのか。
俺のことが生理的に無理だというのか。俺には交際を申し込む資格すらないと言いたいのか……
この場で力無く膝をついて泣けたらどれだけいいだろう。
俺も結構傷ついている。
「そんなにお金がほしいの!? 5万円だっけ!? 売店横のATMでおろしてあげようか!」
……ん?
今、なんと言った?
「私が必死にバイトして稼いだ5万円受け取ったら、二度と莉子に近づかないでよね!」
何かが、おかしい。
金曜のあの晩、莉子も言っていた『5万円』という単語。
本当になんの話なんだ。
「なんで金の話になるんだ? 5万円とは何のことだ!?」
意味がわからなくて語気が荒くなってしまったが、それはお互い様だ。市脇さんはそれ以上に攻撃的な口調だったからだ。
「とぼけんじゃねぇよ、この眼鏡! この間男子同士で話してただろうが! 莉子を弄ぶ賭けをしようって!」
莉子を、弄ぶ賭け……?
それで謎が一気に片付いた。
持ち掛けられたあの賭けの話を偶然聞かれていたのだ。
どうにも話がおかしいと思ったらそういうことだったのか。
「莉子は『久家くんがそんなことする訳無い』って信じてたんだよ!? それを裏切ったのはあんたじゃない!」
「その話、最後まで聞いたか? 俺は持ち掛けられた話に断固として拒絶したし、むしろ牽制して莉子の味方をしたんだぞ!」
「……え?」
早合点して勘違いしたってオチか。
俺は一切悪くないのに、濡れ衣を着せられたって訳か……!
理解すると怒りがじわじわ沸き上がってきた。
「そのふざけた賭けを持ち掛けてきた奴を捕まえて来る。だからそこで待っているんだな」
俺がそう言い渡すと、市脇さんはコクコクと頷き、莉子は神妙な顔をして黙り込んでいた。
あの男が時間をつぶしていそうな場所を見て回って、同期同士で固まっているのを見つけた。
ふざけた賭けの発案者を力ずくで引っ立てると、莉子の前で賭け話のことを暴露させた。
「悪ふざけだし、実際に実行してないんだからいいじゃねぇかよ!」
「はぁ……? 現にお前のふざけた発言のせいで俺は大きな被害を被ったんだが……?」
「ばっかじゃないの!? 悪ふざけ? 20才過ぎてそんな言い訳が通用すると思ってんの!?」
怒りが抑えられない俺に続いて市脇さんが吠えた。
全くだ。そんなことしてなにが楽しいのか。
この馬鹿男のせいで俺がどれだけ心と名誉を傷つけられたか……どうしてくれよう。
「……私をおもちゃにして笑い者にしたいようだけど、相手するつもりないから別の遊び方考えなよ」
平坦な声で莉子は言った。
傷つきも悲しみもしない、静かな瞳で見つめるその瞳に、馬鹿は怯む様子を見せた。
普段は馬鹿やってる友人と固まって好き勝手に発言する癖に、仲間がいない状況だと気弱になるらしい。いつものしょうもない悪口が出てこないあたり、根っこは小心者のようだ。
莉子はそれを知っていたのか、ふっと余裕の微笑みを浮かべた。
その微笑みは勝利を確信しているような強さがあった。
「例えば、私よりもいい成績を取るとか、教授に褒められるとかさぁ……特待生の私を成績で窮地に追いやって悔しがらせてみせなよ」
秀才の莉子だから言える発言に俺は小さく吹き出してしまった。
馬鹿は数秒遅れて自分がおちょくられていると気づいたのか、くわっと反応していた。
「可愛くねー女!!」
「負け犬がなにか言ってるわ、ははは」
莉子はわざとらしく高笑いしていた。自分を陥れようとした相手なのに、それでおあいこにしてあげるつもりなのだろう。
馬鹿は俺の拘束を解くと、悪態つきながらどこかへ立ち去った。
それを見送ってから莉子が俺と向き合った。
今度は冷たい眼差しではない。普段通りの表情だ。それに俺はほっとした。
「久家くん、ちゃんと話を聞かずに疑ってゴメンね」
「全くだ。早とちりにも程がある」
よかった。普通に会話してくれる。誤解が解けたようで本当に……
「久家くんもさ、手っ取り早く事を済ませたかったのなら相手を選ぶべきだったね。今度の参考にするといいよ」
……!?
解決して喜んでいた俺は衝撃を受けた。
なんだって?
その言い方はまるで、俺が性的欲求を身近にいる莉子で済ませようとした最低男みたいな言い方じゃないか。
「いや、俺は別にそういうつもりじゃ」
そういう関係になりたいとは考えているけど、ただ性欲の解消だけに口説こうとしたわけじゃない。
「俺は誰でも良かった訳じゃない……」
俺は君と交際したいと思ったんだ。
将来を見据えた真剣な交際を……
「うんうん、今回は特別に水に流して忘れてあげるから、今度は頑張りなよ」
ぽんぽん、と軽く肩を叩かれた俺は真っ白になった。
目の端で市脇さんが何かを察してしまったみたいな顔をして唖然としていたけど、当の本人はまだまだ誤解したままだった。
──俺は遠回しにフラれてるのか?
誤解が解けてうれしいはずなのに、なんだろう。
泣きそう。
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