森宮莉子は突き進む。 | ナノ
間の悪い男【久家拓磨視点】
「──なぁ、賭けしねぇ? あいつ口説き落としたら5万やるよ」
それは息抜きのために入った休憩室で聞こえてきた趣味の悪い賭けの誘いだった。
「マジかよ!」
「無理じゃね? 森宮って堅そうだし」
その話題に加わるつもりはなかったけど、森宮という苗字に自分の眉がぴくりと動く。
こいつら、彼女を妬むに飽きたらず、ふざけたことをしようとしているな……そのひらめきが学業に向けば良いのに、ろくなことを思いつかない。
莉子に嫌がらせをしても成績は上がらないし、努力しなくては医師になるどころか卒業すらできないと言うのに……
「堅い女だからこそ、弄び甲斐があるんだろ。……なぁお前やって見ろよ、久家。あの女と最近仲良いだろ」
別の席でコーヒーを飲んでいた俺は、相手するのが面倒でため息をついた。しかしこの馬鹿者共には一度釘を刺しておくべきだろう。
「馬鹿らしい」
くだらない、彼女を愚弄するようなふざけた賭けの内容を一蹴すると、俺はゆっくり席を立つ。こいつらと同じ空気を吸いたくない。
「そんなこと言ってる余裕があるのか? 一月後には後期試験があるんだ。単位は金じゃ買えないんだからな」
冷たく見下ろしながら棘のある言葉を吐き捨てると、奴らはぐっと苦々しい表情を浮かべていた。
努力もしないで人の足を引っ張ろうとするなぞ医学生の恥晒しめ。お前らみたいな奴らが彼女に触れられるとでも思っているのか。相手にすらしてもらえない癖に自惚れるな。
「──彼女に手を出してみろ。容赦しないからな」
俺の言葉がどれだけの牽制になるかはわからない。
けれど、これは本音だ。もしも彼女を傷つけるようであれば、自分の持てる力をすべて使ってでもこいつらを潰してやる。
◆◇◆
日課となってしまった図書館での学習。
最初は何となく、夜遅くに帰る彼女のことが気掛かりで彼女が出没するのを見計らって声をかけていただけだったけど、今は違う。
彼女の側にいたいと思えるのだ。
勉強にしか興味のない彼女に安心感があったはずなのに、今は男として意識してほしいと願うようになった。
まさか自分に気になる女性ができるとは。
意志が強く、人のために一生懸命になれる彼女のそんな姿に惹かれていた。
「莉子、そろそろ帰ろう」
「……うん」
そろそろいい時間だったので、帰宅を促すと、彼女は小さく返事した。いつもならもっとハキハキ話すのに、口数も少なくてなんだか彼女の様子がおかしい。
普段通りかと思えば物思いに更ける様子を見せたり、俺のことを探るような目で見ているのだ。
もしかして、俺の感情がダダもれだからそれを伺っているのだろうか。
会話のない静かな車内。自分から会話を向けてみるも、彼女から帰ってくるのは生返事だ。
ウィンドウの外をぼんやり眺めて俺の方を見ない。
「少し寄り道してもいいか?」
この状況は良くない。
俺の気持ちをはっきりさせて、今の中途半端な関係に終止符を打った方がいいのかもしれない。
少なくとも俺は莉子に信頼されていると思う。それが男としてではなく、学友としてというのが物足りないが……他の男とは差を付けられている自信はあるから、きっと戸惑いつつも受け入れてくれる気がする。
そうと決まれば場所を変えよう。
時折気分転換にドライブしに行くあの場所は今の季節とても綺麗な光景を見せてくれるんだ。
「あ、うん……」
莉子の声はやっぱりどこか固かった。
電飾が眩しくて目にうるさい町から離れて、郊外に出ると少しずつ明かりが減っていった。
莉子はそれに異変を感じてキョロキョロと慌てた様子を見せていたので、俺は安心させるために「もうすぐ着くよ」と呼びかけた。
坂道を車で駆け登り、ぐるぐると山道を進んでいくと拓けた場所に止まった。整備された駐車場に車を停めると、エンジンを切った。
「こっちだ」
恐る恐る車を降りた莉子を誘導する。一番見晴らしのいいスポットへ。
板張りのデッキに立つと、広々とした夜景がお出迎えする。
光の渦に飲み込まれそうな光景に彼女は息を呑んで見惚れていた。
「寄りたい場所って、ここ?」
「あぁ、たまには羽伸ばしにこういう風景見るのも悪くないと思って」
優れない表情より、こういう表情のほうが彼女らしい。
実習中の真剣な表情、友達と軽口を叩く素の顔も好きだけど、彼女が楽しげに瞳を輝かせるその瞬間が一番好きだ。
きっと気に入ってくれたのだろう。俺の好きな光景を好きになってくれたみたいで俺も嬉しい。
「綺麗」
確かに煌々しい眺望は綺麗だけど……俺には今の彼女の姿が1番綺麗に見えた。
息を吐き出すと白い息が漏れ出す。
今から話す内容は俺たちの関係を大きく変えることになるだろう。自分らしくもなく緊張してしまう。
普段なら近づく女性を嫌って突き放しているのに、彼女に限っては自分から近づきたいと思う。
苦い思い出のある家庭教師に当時抱いた恋愛感情とは少し異なる感情に戸惑ったけれど──俺はきっと彼女を好きなんだ。
彼女は俺と同じ方向を見つめている。きっと肩を並べて共に歩いていける人だと感じていた。
「なぁ莉子」
するりと肩を抱くと、彼女が驚いて震えたのが手に伝わってきた。流石に手が早すぎたがと焦ったが、ここで手を離すと不自然になるので、そのままにしておく。
「その、先日君が言ったことを覚えているか? 嫌悪感のない女性と付き合ってみたらどうかって話を。正直今も下心を抱えた女性は苦手だ」
莉子はそれに相槌を打つでもなく、俺を見るでもなく、まっすぐ前を見ていた。
「だけど大学生活を経て、君の毅然と立つ姿を見て、君と言葉を交わすようになって、徐々に君というひとりの女性に惹かれる自分に気づいた」
我ながらまどろっこしい告白だと思ったが、最初の出会いの仕方が最悪だったので、どうしても説明口調になってしまう。
入学式の時の自分に戻れるならあの出会い方からやり直したい。今ではそう思う。そうすればもっと早くから彼女と親しくなれたはず……
付き合ってくれないか、と言おうとして、俺は異変に気がつく。
莉子の身体が小刻みに震えていたからだ。
「……莉子? どうした寒いのか?」
「触らないで」
心配になって顔を覗き込もうとすると、固い声で莉子に拒絶された。肩を抱く手をパシリと振り払うと、彼女は俺から距離を取った。
その目は軽蔑の眼差しと言ってもいい。彼女に妬みを向ける男子学生達に向ける視線と似ていて、なぜ自分からそんな目で見られるのかが理解できずにピシリと固まる。
「あんなくだらない賭けに乗るような奴とは思わなかったよ。失望した」
「賭け……?」
彼女の身体だけでなく、声も震えていた。
それは怒りなのか、悲しみなのかはわからない。
「5万円がそんなに欲しかったの? 私はそんな安い女じゃないよ」
「5万? え? なんのことだ?」
彼女の言ってる意味がわからない。何の話をしているのかと聞こうとすると、彼女は「じゃあね、二度と私に話しかけないで」と決別の言葉を残して展望デッキを降りていった。
訳がわからず混乱して、その場に呆然と突っ立っていた。そんな態度を女性に取られたことがなかった俺はショックから抜け出せずにいた。
ぼーっとしていたが、ふと思い出した。ここまで車で来たので、彼女を家まで送り届けなくてはと慌てて駐車場に向かうが、彼女の姿はどこにもなかった。ぐるりと探し回ったがいない。
こんな真っ暗な中、バスも通ってない道を徒歩で帰宅したというのか!?
慌てて電話やメッセージを送るもブロックされ、直電は着信拒否されてしまったようだ。
俺と対峙したとき、莉子の目は失望と怒り、悲しみが入り混じって今にも涙がこぼれそうになっていた。
……そんなに、俺に告白されたのが嫌だったのか。
あぁ、とてつもなく泣きたい気分だ。
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