森宮莉子は突き進む。 | ナノ
青春は終わっていない
グラウンドに設けられたステージではこの大学を卒業したアーティストが後夜祭スタートの盛り上げ役をしていた。
『皆さん盛り上がってますかー!!』
1曲歌い終えた歌手が観客に呼びかけると、周りの人がそれに歓声を上げていた。
わぁすごい。お金払って観るものなのに、ただで見れるなんて。
CMとかドラマの主題歌とかで聞いたことのある歌を何曲か歌い終わると、続けてお笑い芸人のコントが行われた。ぽんぽんとテンポ良く放たれる言葉のやり取りにあちこちから笑い声が聞こえてきてみんなが盛り上がっているのが伝わって来る。
会場があたたまった後に学生達の出し物が開催された。演劇同好会の劇にモノマネ大会。大学生達の遊びの延長のはずのそれだが、割と面白くて飽きなかった。
去年の大学祭は初日参加だけで、他の日は早々に帰宅もとい、サボっていた。
しかし今年は久家くんの散策に付き合うまま、後夜祭まで参加していた。私は舞台に釘付けとなってケラケラと笑っていた。
去年もこんなにおもしろかったのかな。もしそうなら損してたかもしれない。
私はこれまで、こういう出し物は演者達の自己満足なだけじゃないかって捻くれた想像をしていたけど、そうじゃない。舞台に立つ彼らは観客を感動させようと一生懸命に演じている。
舞台を観る観客は目を輝かせて楽しそうに笑っている。そんな光景を私は見逃していたのか。
「……どうした?」
私の視線がステージではなく、観客に向いているのに気づいた久家くんが声をかけてきた。
「私ね、高校1年の時を最後に、後夜祭に参加しなかったけど、割と楽しいね」
「そうなのか」
恋愛どころか友情もおろそかにしていた自覚はある。
これまでしてきた勉強が無駄になるとは思わない。だけど学生時代にしか築けない大切なものを犠牲にして、そのほかの経験をしてこなかった私は割とからっぽな人間なのかも知れない。
「医者になることだけを夢見て、友達と遊ばす勉強ばかりしてきたけど、遊ぶことにも目を向けてみるべきだったのかな」
つまらないと評されても仕方ない。私は勉強のことしか話題のないお堅い人間だろうから。
昔の友達の言い分も一理あるのかも。たまには勉強から離れてこうして頭からっぽにして笑う時間を過ごすのもアリかな。
しかしだからといって遊びすぎるのも良くない。勉強について行けなくなるから、何事も程ほどにした方がいいってことなのかもね。
旧友と変な別れ方をしたこともあり、今夜は感傷的になっているようだ。
「これからそうすればいい。俺たちはまだ20歳だから、もっと色んな経験する機会がある」
ぼやきに似た私のそれに久家くんは言った。
なんだか彼らしからぬ発言だったので私は自分の耳を疑った。
「もちろん学業は最優先だけどな。来年度はほんの少しだけ時間に余裕も生まれるだろうし、いろんな場所に足を踏み出してみたらいい」
「やだ、なんか青春みたいなこと言うじゃん……」
どうしたの? 大学祭マジック? 久家くんの中でパッションが弾けちゃった感じ?
彼らしくない発言じゃないかと私が狼狽していると、久家くんは器用に眉を動かしていた。
「俺達の年はまだ青春時代の枠組みにハマるぞ? まだまだ未熟な医学生としてぴったりだろう。25歳以降の朱夏からが人間として一番ギラギラ輝く時期らしい」
私たちは青春の半ばなのだと教えてくれた久家くんはなんだか楽しそうに笑っていた。
同じ場にいて彼もこの状況を同じように楽しんでいるのだろうか。
もしそうなら、嬉しいな。
「……そっか、まだ青春してていいのか」
もう20歳、もう2年生なんだと思っていたけど、まだまだ医師になるには程遠い。私にはこれからがある。
長い人生なんだ。たまにはこうして普通の大学生みたいにたまには羽目外して遊んでみるのも悪くないかも。
『最後のイベントはK大後夜祭名物のミス・ミスターコンテストです。 まず最初にミスター部門から。エントリーナンバー1……』
ものまね大会の表彰式の後はこの後夜祭のメインイベントらしいミスミスターコンが開かれた。
正直これには興味がない。
高校の時もこれが一番盛り上がったらしいけど、私には何が面白いのかが理解不能だ。これこそ自分が楽しいだけのイベントで、自己満足に付き合わされている感じがするのだ。
ミスターコンテストが進行しているのを眺めながら、私は隣の久家くんを盗み見した。ステージに続々現れる自薦他薦のイケメン達を見て、疑問に思ったからだ。
あれ……ステージの人たちより隣の久家くんの方がよほどイケメンな気がする。私の美的感覚が狂っていなければだけど。
「ん?」
私の視線に気づいた彼がこちらを見て首を傾げていた。その仕種幼く見えて少しギャップ感じるよ。割と危険だから女の前でしないほうがいいと思うよ。
「久家くん、あれに出てたら優勝できてたかもしれないよ」
「あいにく容姿で勝負している訳じゃないんでね」
そうね。
久家くんってあんまり美醜に興味ない人みたいだもんね。
「君こそいい線いくかもしれないぞ」
「もしそれを本気で言っているなら眼科にいくべきだと思う」
眼鏡の度が合ってないと思うから。
下手な慰めは逆に相手を傷つけることになるだけだ。考え無しに言うのはやめたまえ。
私が真顔で否定すると、久家くんはムッとした顔でこっちを見ていた。
「あ……もしかしてブス専?」
「重ね重ね失礼だな君は」
一つの可能性に行き着いたのだが、久家くんはそれに納得できない様子で臍を曲げてしまった。
◇◆◇
「森宮くん、先日提出してくれたレポートはいい出来だったよ。小テストも相変わらず優秀な成績で、本当に君の才能には舌を巻くよ。流石は特待生。この調子で後期試験に臨んでくれよ」
「ありがとうございます。私がここまで頑張れるのは教授のご指導ご鞭撻のおかげです」
講義の後に学生が行き交う廊下にて教授に呼び止められたと思えば、お褒めの言葉を頂いてしまった。謙遜しすぎず、教授を持ち上げつつ、ありがたくお言葉を頂戴する。
「あぁ、それと君が部長をつとめる教養サークルだったか。あの発表も興味深い。私が観覧したのは森宮くんの発表の回だけだったが、他にもいろいろ発表しているのだろう? よければ今度の発表会には私もお邪魔させてくれないかね」
そういえばこの教授もあの場に来ていたんだっけな。
「それはもちろん構いませんが……次回のテーマ、法学部生による発表で医学部と関係ない内容になりますよ?」
テーマは詐欺事件の事例。投資詐欺やネットワークビジネスの手口や、それの見抜き方、うまい逃げ方を説明すると言っていた。
学生による学生向けの発表なので物足りないかもしれないと告げると、それでもいいと教授は頷いていた。
「莉子、これから図書館に寄っていくのか?」
「うん。閉館時間までじっくり勉強するつもりだよ」
その日最後の講義を終えると、用事がない限りは図書館に留まって勉強する。そんな私に声をかけてきたのは久家くんだった。
あの日以降久家くんに名前呼びされるようになった。それと、講義に役立ちそうな本や資料の貸し借りをしたり、夜まで一緒に図書館で勉強することも増えた。
一緒にいる機会が増えたと言っても、黙々と勉強しているだけだ。そしてそんな日は決まって、自宅まで車で送ってくれるのだ。
もちろん、手間になるからと最初のうちは遠慮していたんだけど、真っ暗で危ないからと押し切られた。去年自分が夜道で襲撃されたこともあるので、心配してくれているのだろう。
高級車なのに、ここ最近ですっかり乗り慣れてしまった久家くんの車。自宅前に停められると、いつものようにシートベルトを外してお礼を言ってから降車する。
「送ってくれてありがとう」
「どういたしまして……おやすみ」
「うん、おやすみ」
久家くんの運転する車を見送り、自宅の玄関扉に手をかけると、1階奥のリビングから明かりが漏れていた。
「ただいま」
「おかえり。……莉子、車で送ってもらったの?」
どうやらどこからか私が久家くんの車から降りる姿を見ていたらしい。
「うん、同じ医学部の同級生がね、図書館で一緒に勉強したついでに送ってくれてるの」
「彼氏じゃないの?」
「違うよ。ただの友達」
私が否定しながら洗面所に入ると、お母さんはリビングのソファに座ったまま、さらに質問を重ねる。
「家が同じ方向だったの?」
「うぅん。反対方向。今はお父さんの所有しているマンションで1人暮らししてるって聞いた。車は入学祝いに買ってもらったものらしいよ」
手洗いとうがいを済ませて、作り置きしてくれていた夕飯を食べようとキッチンに足を運ぶ。対面式のキッチンでリビングにいるお母さんと対面する形で自分の食事の準備をする。
「反対方向ってどの辺?」
「大学から割と近いところだったかな」
「ふぅん……?」
お母さんはにやにやと私を見ていた。
何故そんなことを聞いてくるんだろう……なんだか尋問を受けている気がして落ち着かないな。
「期待に添えなくて申し訳ないけど、彼は女嫌いだから色っぽい話はありえないよ」
「女嫌い? 遠回りしてまで莉子を家まで送ってくれるのに?」
「仲間意識が生まれたんでしょ。実習で同じグループだったし」
それに私自身も恋愛にうつつを抜かすつもりはない。
いろんな経験をしてみようとは思ったけど、学業に支障が出そうなことは避けて行くつもりだ。それを考えると女嫌いの久家くんとつるむのは都合がいいのだ。男とか女とかそういう縛りに囚われずに済む。
彼だって同じ理由で私の側にいるんだから。
きっと私たちは今以上にいい仲間になれる。
そんな謎の自信があった。
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