森宮莉子は突き進む。 | ナノ
悲しい顔は見たくないと彼は言った。
その子は小学校からの付き合いだったけど、中学に入ってから疎遠になった子だった。
小学校の時は普通だったのに、中学に入ってから人が変わってしまって没交渉になったのだ。
風の噂で所属していたクラスのカースト上位な人たちと付き合うようになったとか、先輩と交際をはじめたという話を耳にした。遠くから見かけることもあったけど、それだけ。
話すこともなくなり、高校は別の場所へ進学したのでそれっきりだったのに。
「…久しぶり」
久々の再会なのに、なんだか他人行儀になってしまうのは、過去の苦い思い出のせいだろうか。
「ホント変わらないねぇ。化粧は流石にするようになったみたいだけど、垢抜けてないっていうか……ところで莉子はどこの学部なの?」
さりげなく私をディスるその姿は中学の頃を思い出してしまう。
友達なのに、どこか見下すようなその態度が私は嫌だった。だから離れたのだ。
「医学部だけど」
聞かれたことに素直に答えると、彼女の表情が一瞬変わったように見えた。しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐに切り替えてハッと鼻で嘲笑うように嫌な笑いを浮かべて私を見返した。
「莉子ってばマジで医者目指してんだ?」
まさかそんな反応が返って来るとは思わなかった私は悲しい気持ちになった。
「小学校時代からずっと勉強ばかりでさぁ、一緒にいてもつまんなかったよね。高校は別のところ行っちゃったからそれっきりで。みんな絶対に無理だって言ってたのに本当に医学部進学しちゃったんだ? 周りについていけてるの?」
「──彼女は成績上位の特待生だ。医学部での成績はトップクラスだぞ」
あまりの言いように黙っていられなかったらしい久家くんが横から口を挟んできた。
南は私の横にいた久家くんの姿に遅れて気づいたようで、ポッと頬を赤らめ、目の色を変えた。
「え、そこの人まさか莉子の彼氏?」
「……同期。彼も医学部の人だよ」
すかさす否定すると、彼女は私に向かって腕を伸ばし、肩をガシッと掴むと私の耳元で囁いた。
「お医者さんの卵なら、将来有望じゃん。紹介してよ」
「ごめんね、そういうのは基本的に承らないことにしてるの」
そういうのはトラブルの原因になるし、私の得にもならない。
少なくとも、この子に紹介する気はない。彼女は私のよく知っている友人ではなくなってしまったから。
私にあっさりと断られたことを不快に思ったのか、南はあからさまに表情をしかめていた。
「なによ、そんなこと言って自分の未来の旦那候補を奪われるのが嫌なんでしょうが」
それにはため息を禁じ得ない。
何故そうなるのかと。
「私は婚活のために大学に通ってるんじゃないよ」
そこを勘違いしないでほしい。
訂正すると、南はどうでも良さそうな顔をしていた。
「大学生なのに本当色気ないよね」
「医師を目指すのに色気はいらないと思うよ」
色気で単位が買えるなら、留年する人なんかいないだろう。
大学に通うのに理由は様々だろうけど、少なくとも色気が学業に役立てるわけじゃないので、そんなこと言われても困る。
「そんなんじゃ婚期逃して惨めな独身生活が待っているんだからね」
「ご心配どうも」
「知らないよ? 寂しい老後を迎えても」
仮に私が一生独身だったとして、彼女には何の関係もないし、見下されることもない。なぜそのような心配をされなくてはならないのだろうか。
夢に向かって努力する旧友を応援してくれないのだろうか。
当時から勉強ばかりで付き合いが悪いと非難されることもあったけど、小学生の時はこんなこと言う子ではなかったのに。
すっかり変わってしまったな、彼女は。
同じ学び舎で同じ授業を受けてきたはずなのに、今はこんなに違う。それに私は悲しくなってきた。
「ねぇ、名前はなんていうんですか?」
私が沈黙したのをいいことに、南は久家くんに絡み始めた。ずずいと馴れ馴れしく近づかれた彼は嫌悪感を隠さず、後ずさって距離を取っていた。
「君に名乗る名はないな」
「えぇ、莉子に気兼ねしてるんですかぁ?」
軽く拒絶されたのに気づいたらしい南の眉がピクリと動いた。
「その子といても楽しくないと思うんだけど」
「そんなことはない」
「莉子は勉強はできるけど、それだけだよ? その調子じゃ彼氏だっていたことなさそうだし、女として終わってる」
女として終わってるから何なんだ。
医師に男も女もない。困ってる患者を救うのが使命なのだから、私に性的魅力がなくても何ら問題ないじゃないか。
言い返してやりたい。
だけどいくら言ってもぬか床に釘な気がして、私は口ごもった。
今の彼女は、私が何を言おうと決して向き合おうとしない。何を言っても無駄だと思うと話すのも嫌になってきた。
「発情するのは動物として正しい姿ではあるな」
淡々と吐き捨てた久家くんの発言に南がポカンとした顔をしていた。
久家くん、言い方。
中立な意見を言おうとしているのかもしれないけど、発情って、動物って。間違ってないから指摘もしにくい。
「自信があるようで結構だが、あいにく俺は奔放な女性よりも、身持ちの固い女性の方が好ましいと考えている。申し訳ないが君は対象外だ」
どぎっぱり切り捨てた。
流石、久家くん。女に言い寄られ慣れてるだけあってはっきり言っちゃうね。
「彼女はとても優秀で得難い人だ。信念を持って医師を目指す強い人だと俺は知っている」
久家くん、どうしたの。今日は褒め殺ししたい気分なのかな?
いやぁ照れますねぇ。
対峙する彼らの側で私は緊張感もなく照れていた。
南は私が褒められてるのが気に入らないのか、口元をへの字に歪めていた。
「……なにが言いたいのよ」
「わからないか? 君のような節穴に莉子を貶す資格はない」
……あれ?
なんかナチュラルに名前呼びされた?
「なによ、感じ悪っ」
「君に言われたくないな。…行こう、莉子」
久家くんによる名前呼び捨てのインパクトが強くてポカーンとしていたら、久家くんが肩に腕を回してきた。
移動しながら小さくお礼を言うと、彼は少し怒っていそうな語気で「別に。本当のことを言っただけだ」と返してきた。
もしかして、私の代わりに怒ってくれてるのだろうか。
歩く足はそのままで、私はちらりと私の肩を押して歩く久家くんの表情を見上げた。
「……君が悲しそうな顔をするのを見ていられなかっただけだから」
彼の口から漏れ出た言葉に私は目を丸くする。
「悲しそうな顔、してた?」
無表情をキープしてるつもりだったけど、顔に出てしまっていたか。
「あぁ。自分の表情は鏡がないとわからないだろうけど…友人だったんだろう? 俺こそしゃしゃり出て悪かったな」
「うぅん、いいんだよ。こっちこそ面倒に巻き込んじゃって……」
寂しい気持ちはあるけど、これが大人になるって事なんだろう。
「君にはいつもの飄々として余裕綽々な態度でいてもらわなきゃ調子が狂うんだ」
そう言った久家くんは、薄く色づいた頬を隠すように目を逸らし、私の肩からパッと手を離した。
なんだか照れくさそうに見えるのは、目の錯覚だろうか?
「別に私は、飄々も余裕綽々もしてないよ」
「いいや。君はいつだって自信満々だ。解剖実習のときのあの勇姿を俺はきっと一生忘れないね」
私は、みんなと同じようにやっていただけだよ。変わったことは何もしてないのになんでそんな大げさに評価するのさ。
「単語テストや口頭試問の時も教授に褒められてドヤ顔してたのも覚えてる」
「それはしてたかも」
「ほら見たことか」
褒められたら普通に嬉しいじゃん。満点とって謙遜するのは他の人に喧嘩売る行為になるし、ドヤ顔するしかないと思う。
なんか元気づけられてるのか、変人扱いされてるのか分からなくなってきたぞ。
私が小さく笑うと、それを見た久家くんが目を細めて見てきた。
「……ほら、君は笑ってる顔のほうがいい」
その目がいつになく優しいものだったから、私はドキッとしてしまった。
いつの間にか先程までの悲しい気分はどこかへと消え去っていた。
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