森宮莉子は突き進む。 | ナノ
豚バラは腹側のちょうどアバラの部分になります。
高野さんによってすっかりお腹いっぱいになった私はお腹をさすった。割とお腹に貯まる。
午後の部の前にお昼ご飯食べようかと思ったけど、その手間が省けたと思えばいいのだろうか。
「高野さんだっけ? 本当にかわいいねぇ」
「彼氏いるの?」
「ごめんなさぁい、私、彼氏がいるから仲良くできないんですぅ」
高野さんは上目遣いで話し掛けてきた相手に謝罪していた。
そりゃそうか。これだけかわいければ彼氏くらいいるよね。期待させずに断るのは誠実でよろしい。
彼氏がいるとわかって諦めた男性陣が後ろ髪ひかれてるような顔でとぼとぼ立ち去る。一方の高野さんはふいっと視線を反らすとすっかり関心をなくしていた。おそらくこういう状況には慣れているんだろう。
やっぱり人間、美しいものに弱いね。
さっきまでぎゃんぎゃん騒いでいた女子軍団がおとなしくなってしまったよ。多分高野さんが注目受けているからそれに嫉妬しているけど勝ち目がないからなにも言えないんだろう。ここでしゃしゃったら変に目立って比較されるかもしれないし。
「莉子せんぱぁい、うちのサークルにはもう来ないんですかぁ?」
媚びを売るように話し掛けてきた彼女に私は苦笑いしてしまう。
同性である私に媚び売っても仕方ないだろうに。同じ学部なら未だしも全く違う学部の先輩だから何の役に立てないだろうに何故私に愛想振り撒くんだろうなこの子……
「今年度は忙しくて時間の捻出が難しいんだよね。自分が部長の教養サークルもあるし」
先日のゲスト参加は気分転換もかねてだからイレギュラー参加だったのだ。自分が運営しているサークルもあるので、掛け持ち参加は厳しい。それ以前に今年は忙しいので時間がなかなか作れないのだ。
私がやんわり断ると、彼女は残念そうな顔をしていた。
「じゃあ私そろそろ戻らなきゃいけないからこれで」
「森宮さん、戻るのか?」
思ったよりも長居しすぎた。そろそろ会場に戻ろうと高野さんに別れを告げると、久家くんに呼び止められた。
「うん。そろそろ準備始めたいし」
おや、女子に囲まれていたのに彼はいつの間に抜け出したんだろう。
ちらっと彼女たちの方に視線を向けると、彼女たちはその場に根を生やしたように動かなかった。美女・高野さんに臆して近づけないようである。
久家くんはそんな女子達の気も知らないようで、私の背丈に合わせて身を屈めたかと思ったら、耳元で「君の発表、観に行くから」と言った。
思わぬ発言に私は少し驚いた。私の発表テーマに微妙な顔をしていた癖に興味が湧いてきたと言うのか。
「できれば……彼女たちは連れて来ないようにして欲しいな? 他の人の迷惑になりそうだから」
この状態だと彼女たちを引き連れて来そうな気がしたので私が小さな声で要望を出すと、久家くんの形のいい眉がひそめられた。
「適当にあしらう」
これ以上、彼女たちに振り回されるのは御免だ。
声に出さなかったけど彼の心の副音声が聞こえて来たような気がした。
その後、久家くんは宣言通り女子達を引き離して一人で来場した。
ぽつぽつ埋まった席のひとつに座って、最後まで聴講して、発表後には鋭い質問までしてきた。
なんだかんだ言って興味津々だったんじゃないか、君。
◇◆◇
大学祭最終日。
久家くんがちょっと出し物を見て回りたいから付き合ってくれないかと頼んできたので、朝からぶらぶらと宛てもなくふたりで文化祭を回った。
うちのサークルでの出し物は昨日の時点ですべて終わってしまった。メンバーが少ないから、2日間で一周してしまったのだ。なので今日は完全なるフリーだ。
久家くんはいろいろと都合つけて今日はフリーになったらしい。
もしかしたらそれは建前で、昨日女子に絡まれて、お化け屋敷の仕事が全然できなかったので、戦力外通告を受けてしまったのかもしれない。
それにしても残念だったな。彼のお化け演技を見てみたかったよ。
ラグビー部が出店している焼鳥屋のビッグ豚バラ串がおいしそうだったので買おうとしたら久家くんがサラっと購入してくれた。誘った側だからこれくらい奢るとのご厚意である。なんか悪いね。
ちらりと隣の久家くんを見ると、彼は私の方を見ていた。……豚バラ、食べたいのだろうか。
「……食べる?」
「いや、君の分なのだから君が食べるといい」
まだ口を付けていない串を差し出すと遠慮された。
ところで今更なんだけど。相方は私でいいのだろうか。こういうのって意中の相手じゃない限り、異性と一緒に見てまわってもつまらない気がする。なんといっても私はつまらないと定評のある人間だからね。
久家くんって普段友達とどんなふうに遊んでるんだろう。ワンランク上な遊び方をしてそうである。
「昨日、君と一緒にいた子は高野さん、だったか? あまり君と合わなそうなタイプなのに意外だな」
彼からの問いに私は目をぱちりとまばたきした。
そこは私も不思議なのだよ。お互いに印象がいいわけでもないのに、あの有様なのだもの。
「よくわからん。医学部では解剖するのは本当なのかって聞かれたから肯定したら散々な言われようだったから、献体してくれた仏様を馬鹿にするなって叱ったら懐かれたんだ」
「なるほど、君らしい」
君らしいってなんだ。私が毎回説教してるみたいな言い草じゃないか。
「めずらしいね、久家くんが女の子に興味持つなんて。残念だけどあの子彼氏がいるからね」
女嫌いでも、根っこがノーマルだから反応しちゃうのかな?
楽しくなった私は久家くんをからかう。
「別にそういう意味で興味があるわけじゃない」
むっとした久家くんは否定したが、私はそれを照れ隠しと判断した。
「そっかぁ、久家くんもやっぱり美女には弱いかぁ。看護学科の大人美女よりも、天真爛漫かわいい系の美女が好みなんだな?」
「違うと言っているだろう」
「彼氏と別れたって報告を受けたら改めて紹介してあげるよ」
「いらない」
意地っ張りだなぁ。
もしかして他の男のものになった女には興味ないと言うつもりか?
それとも女嫌いを貫き通すつもりなのかな?
「久家くんはこれから一生女の人を避けて生きて独身貫くの?」
今の時代独身なんて珍しくないけど、久家くんのようなお家はそれを見逃してもらえなさそうだよね。
なんとなく興味本位で尋ねると、彼は微妙な顔をしていた。
「……結婚はしたいと考えてる」
「そうなんだ」
「結婚したいと思える相手がいればの話だが」
ほほぅ。割とロマンチックだね。
そっかぁ、女の人は苦手だけど結婚願望はある。なかなか難儀だな。今のままだと前進すらしてないじゃん。
「嫌悪感のない女の子いたら付き合ってみたら? 多少は女避けになると思う」
少しでも好意がある相手なら、そのうち特別な存在になるかもよ、と彼氏いない歴年齢の私が提案してみる。
説得力はないけど、このまま女嫌いのままだと後々苦労する気がするんだ。
お医者さんになるなら、嫌でも女性と関わる事になる。泌尿器科のように男性患者が多そうな科を専攻すると言うなら話は別だけど、彼は腫瘍内科に興味があると少し前に言っていたので、多分そちらの進路を選ぶことになるだろうし。
私の提案を受けた彼は、私をじっと見下ろし、なにやら考え込んでいるようだった。
思考タイムに突入した久家くんを放置すると、私は買ってもらった豚バラ串をもぐもぐした。いい塩梅だこと。
「ところで君にはそういう相手はいるのか?」
食べ終わった串をゴミ箱に捨てていると、久家くんが真顔で尋ねてきた。
私の恋愛遍歴が気になるか、そうか。
その問いに私はふっと笑う。
「いると思うかね? ガリ勉地味女と揶揄される私に彼氏なんて贅沢品が。友達にすら一緒にいてつまらないと言われてきたから、彼氏が出来たとしても長続きしないと思うよ」
あっ、自分で言って自分で傷ついた。
気にしてないつもりだったけど、過去につまらないと評されたことを割と引きずっているっぽい。
「そんなことはない、君は努力家で勤勉だし、見習うところがたくさんある。会話してても不快感がない」
久家くんがそんな私を慰めようとしてくる。
「いいんだ、無理に慰めようとしなくても。逆に虚しくなるから今のは聞かなかったことにしてくれ」
「慰めじゃない。本当のことだ。君は自分の価値を過小評価している。そんなことを言ってくる人間とはレベルが違いすぎただけだろう」
IQに差があると思考回路が異なるから、どこかで意見が合わなくなるものだと久家くんは私のことを真剣にフォローしてくれた。
なんだか私を買い被ってる気もするが、気遣ってくれてるんだ。私はくすぐったい気持ちでありがとうとお礼を言った。
本当、入学式のときの印象と変わったな君は。
久家くんは本当にいいやつだ。医学部の男子には鼻につくタイプが多くてうんざりすることもあるけど、君がいて本当に良かった。
「──莉子?」
久家くんと仲間の絆を確認しあって胸熱な気分になっていると、外野から名前を呼ばれた。
声のした方へ目を向けると、そこには同年代の女子がいた。
「やっぱり莉子だ。全然変わらないからすぐにわかったよ。ここの大学だったんだ?」
大学生にもなれば全身フル装備な人も少なくない。流行のメイクをされると皆が同じ顔に見えるから誰が誰だかわからなくなる。
誰……?
見慣れぬ相手だったので、私が怪訝にしていると、相手がブハッと笑った。
「ほらあたしよ、南。小中同じだったでしょ」
高校進学で疎遠になったかつての友。姿形は成長と化粧ですっかり激変していたので、全くわからなかった。
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