森宮莉子は突き進む。 | ナノ
間の悪い人々
「あ、いえいえ、忙しいならいいです。メッセージ送っておきますし」
お取り込み中なら仕方ない。わざわざ呼ぼうとする先輩を押し留めようとしたけど、その先輩の動きのほうがワンテンポ早かった。
「久家ー! 森宮女史が来てんぞー」
彼は休憩所兼待機所として使用しているっぽい別室の扉を開けて久家くんを呼びだしてしまった。
名乗ってないのに知らない先輩に自分の名を知られているだと…? どっかでお話したことありましたっけ?
「いい加減離しなさいよ! 拓磨くんが迷惑がっているのに気付かないの!?」
「あなたこそなんなの? 久家くんに馴れ馴れしいんじゃない?」
「医学部は医学部でもこの人は看護学科の人よ。身の程知らずなのよ」
「はぁぁ!? ここのサークルの入会資格もない癖になにを偉そうに!」
先輩によって開け放たれた扉からは複数の女性達の言い争う声が聞こえてきた。もうこの時点で嫌な予感がしていた。
「──森宮さん?」
先輩の呼びかけに反応した当人が部屋からひょっこり出てきて、私の姿を認める。
ドクターコスプレをした彼は返り血を浴びていた。そして周りに複数のお花ちゃん達をはべらしていた。
わぁ。あそこに加わるのヤだなぁ。私は一歩後ずさった。
「あー、なんかお取り込み中申し訳ない。楽しかったよ、お化け屋敷」
「呼んでおいて持て成せなくて悪い。いろんな人に絡まれてトラブっていたんだ」
「うん、見たらわかるよ」
大変だね。
なんか間の悪い時に来ちゃってゴメンね。
「久家くん、なんでその地味女と!」
「ちょ、やめ、離せって!」
横から女の子に抱き着かれた久家くんの表情が嫌悪に歪んでいた。
うーん、やっぱり根本的な女性不信は治っていないのかな。私との接触は問題ないけど、下心が存在するかしないかの問題であろうか。
人のことを地味と称してきた人物の顔をよく見ると、久家くんに絡んでるのって、お見合いインカレサークルのお嬢様大女子学生じゃないの? しかもあの苦い新歓のときに私のことをディスって来たひとり……
なんでこの人たちがいるんだろう……遊びに来てトラブル起こしてるのかな。それを同じサークルに所属する、看護学科の美人さんが庇ってあげていたそんな流れなのだろうか。
「離れなさいって言っているでしょう! これ以上拓磨くんに付き纏うならあんた達の大学へ直接苦情言うわよ!」
「言えば? 私たち聖ニコラ女学院大学サークルの学生はこちらの医学部とは懇意にしているの。だいたい、学生同士が交流しているだけじゃない」
ばちばちと両者の間で火花が散っているように見える。
関わりたくないから帰ろう。
「ほな、さいなら……」
私はスッと久家くんから目をそらすと踵を返した。
「森宮さん!」
「ね、久家くんあんな子放っておいて、私と明日の後夜祭で一緒にミスコン出場しましょ?」
久家くんの縋るような声に胸が痛んだが、面倒ごとは御免でござる。
そういう女子って相手すると二倍にも三倍にも面倒だし。おとなしく生贄になってくれ。ミスコンがどうのこうの言っているけど、流石に喰われはしないだろうから……
「ああっ莉子せんぱぁい、探しましたよぉ!」
胸の中で謝罪しながらお化け屋敷スペースを後にしようと気持ち早歩きで進んでいると意外な人物とかち合ってしまった。
「高野さん」
私を探していたという高野さん。先日ゲスト参加したお料理サークルがきっかけでなぜか懐かれた相手だ。
私を上目遣いで見つめ、頬っぺたをぷくりと膨らませた彼女は大学生なのに幼い少女のようなあざとい可愛さがあった。
おめめパッチリな彼女につけまつげなんか必要ない。マスカラとアイラインを引けばそれだけで際立つ。赤のルージュを使わなくても、年相応のピンクのリップで十分に美しさを引き出せるし、本当に可愛い子だ。この子普通にアイドルとか目指せそう。
元の造形がいいと、化粧するのも楽しいだろうなぁと彼女を観察しながら想像する。
「サークル場所に行ってもいないんですもん! あちこち駆けずり回ったんですからね!」
しらんがな。
来るとか聞いてないし、約束してないんだから知ったことではない。
しかし私に用があったから探し回っていたのだろうから、本音は言わない。
「ここ、友達のサークルだから顔出してたの。午後の部から私の発表だからそろそろ戻るよ……私になにか用があるの?」
用件をここで聞いてしまおうと問い掛けると、高野さんは待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべ、「はいどうぞ!」とケーキ屋さんで使われている手持ち箱を差し出してきた。
「……? あぁ、差し入れ? それならサークルの誰かに預けたらよかったのに」
「違いますよぅ、これは莉子先輩に宛てたものですから! 他の人に渡しても仕方ないでしょ? それ、私の手作りなんですよ」
開けてくださいとこの場で開封要求されたので、その場に立ったまま私はケーキ箱を開けた。
中には一口サイズドーナツのような食べ物が入っていた。これ全部同じものなんだろうか……
「ありがとう。作るの手間だったろうに」
「美味しくなぁれっておまじないしたんです!」
「それ、男相手に言ったほうがいいよ。私だと反応に困る」
ねぎらいの気持ちはうれしいけどさ、そもそも私ひとりじゃこんなに食べられないよ。
これをサークルメンバーにおすそ分けしてもいいか聞くと了承をもらえたので、あとでメンバー達といただくことにした。
……なんか、周りから羨ましそうな視線が刺さるけど私はなにも知らない。いいなぁ、欲しいなぁって男の羨望の眼差しなんか知らないから。
「おい森宮。お前高野さんと知り合いなの?」
そこへ横槍を入れてきたのは、同期の男子学生だった。
あんまし仲良くないし、なんなら私のことをあまりよく思っていないグループと仲のいい男子だったので、私は身構えた。
「だったらどうだって言うんだい?」
「紹介してよ」
下心見え見えの発言に私は呆れを隠せなかった。
いやいや、なにを言っているのかね君は。散々これまで人のことを集団になって馬鹿にしてきたくせに。あんた去年退学した梶井と親しかったし、なんならつい先日名誉毀損で弁護士対応した学生とも親しいでしょうが。私に対してナメ腐った態度取っておいて良くもまぁそんなことが言えるね?
「君に後輩を紹介して、私になにかメリットあるかな? 君はあそこのインカレサークルの女子大生の相手でもしてなさいよ。彼女たち玉の輿狙ってるから、お手頃だと思うよ」
私が彼女たちの方を示すと、久家くんを囲むお嬢様大学の女の子達がむっと顔をしかめていた。──図星だろう。否定はできまい。
別にいいんだよ、人それぞれ目指すものが異なるからね。だけど引き際も肝心だと思うなぁ。
私だってね、鬼じゃない。
まともそうな相手ならサラっと紹介くらいするけど、害がありまくりで不安しかない相手に後輩を紹介するわけには行かないんだよ。
あんたが集団になって私に飛ばしてきた暴言の数々、私は忘れていないんだぞ。私は根に持つタイプなんだ。
私が断ったことに気を悪くしたらしい相手は舌打ちしかねない表情でこちらを見下ろしてきた。なので私もにらみ返す。
なに、こんなに周りに人がいる中で手をあげたりはしないだろう。暴言は飛んで来るかも知れんけど。
「莉子せんぱい、あーん」
「んっ?」
同期と睨み合いをしてたはずなのに、もふっと唇に押し当てられた何かに意識を奪われた。
油断した私の口の中に割り込んできたのは香ばしいそれ。
「中になにが入ってるか当ててみてください」
にっこりと微笑んだ高野さんが私の口の中に差し入れの一口ドーナツを押し込んで来たのだ。
その可愛らしい笑顔に、ぴりついていた空気が緩む。周りの男子学生もにへらと一緒になってつられ笑いをしていてなんだか気持ち悪い。
だからさ、そういうのは意中の男子にしたほうがいいと思う……。
味を当てろと言われたので、黙って咀嚼する。
この中身、ピザソースとチーズじゃない? 甘いのが来ると思ったらそうじゃなかった。
「ピザ味」
「当たりでーす」
ニコニコ笑って拍手して「よく出来ましたー」と褒められたけど、なんか馬鹿にされた感。
複雑な気持ちになりかけていると、さっきまでにらみ合いしていた男子が立ち去っていく姿が見えた。
あ、もしかしてやんわり仲裁しようとしたのかな……
「じゃあ次はこれー」
「ふぐっ」
……いや。違うな。
この子、なにも考えずに私に食べさせているんだ。
「カスタード」
「そうでーす。おいしいですかぁ?」
人に見られながら美女に手づからドーナツを食べさせられるという謎イベントはその後全部の味を制覇するまで続いたのであった。
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