森宮莉子は突き進む。 | ナノ
大学祭とお化け屋敷
大学にも高校の時のように文化祭がある。
なのだが、同じ学部の同級生だけで固まってなにかすることはあまりなく、大体が部活サークルが中心となって出店している。
私にとって初めての大学祭ってわけでもないので、感動もワクワクもない。去年は自分の作ったサークルは人数が少なかったし、サークル結成して数ヶ月しか経ってなかったから何もしなかったんだよなぁ。
文化祭や模擬店にあんまり興味持てないので、今年もうちのサークルでは何もせずにおこうかと思っていたけど、顧問がこれまで発表したことを来場者にお披露目したらどうかって提案してきた。
お祭りなのにわざわざ時間割いて聴講しにくる人なんかいるかなぁ?
遊びのイベントなのに学びたい人って少ないんじゃないの?
私はあんまり乗り気ではなかったけど、他のメンバーが是非ともやってみたいというので、彼らの希望を尊重することにした。
部長の私は文化祭当日に使用する教室の予約を取り、文化祭パンフレットに乗せる草案を作り上げた。
妨害を含む冷やかし観覧を避けるために、少ないけどお客さんからは参加費をいただく形で入場制限をかける。
お席に座ってまったり聴講できるよう、レジュメとお茶とお茶菓子を配布することに決めた。
発表テーマは、3日間の大学祭期間中に午前と午後の部に別れて開催する。私は2日目午後に「犯罪に巻き込まれたときの対処法【法学部准教授加筆による改善版】」を発表予定だ。
琴乃は大好きな筋肉について更に深堀りした内容を作り上げたと胸を張っていた。現役医師のお父さんを巻き込んで作り上げたというそれがどんなものに進化したか、私も楽しみである。
他のメンバーもこれまで発表したテーマの改善版を作り込み、各自準備を整えていた。
今回は大学側に申請してプロジェクターをお借りできたので、大画面を使って説明できる。大学祭中の発表会でも参加者からの質疑応答に応えるシステムだけど、サークル活動の時より質問がなくて静かだろうなぁってのが予想だ。
◆◇◆
大学祭初日から色んな人に声をかけられた。
去年講義で親しくなった他の学部の友人たちがうちのサークルの出し物に来てくれて、イベント参加後に各々感想を伝えてくれた。
午後の部になると久家くんもわざわざ遊びに来てくれて、うちのメンバー全員に行き渡るように差し入れをくれた。気の利く男である。
「君の取り扱うテーマは……すごいな」
「自分の経験から語るからかなりリアルで参考になると思ったの」
私が明日発表予定のテーマを知った彼の反応は複雑なものだったが、私はこのテーマは誰かの役に立つと信じているのだ。
知識は時に武器になる。いいテーマであると自負している。
「森宮さんのように頻繁に事件に巻き込まれるような人間はなかなかいないと思うけどな」
「その油断が命取りだよ久家くん。私だってこれまで警察や弁護士さんとは縁がないと思っていたのに、突然その時がやってきたからね」
慎ましく生きていても事件に巻き込まれるときはある。
そのための予備知識として知っておいて損はないと思うんだ。特にごく平均的な大学生は弁護士のツテなんてないからね。なかなかスムーズに事が進むとは思えないんだよ。
「ところで大学祭期間中、空き時間はないのか?」
「ん? あるよ。出ようと思えばいつでも出られる。明日は午前中なら空いてるし」
今日は大学祭初日だったこともあり、一日中スペースにいたけど、外に出ようと思えば隙間時間を作ることは可能だ。
「なら明日にでも俺のサークルの出し物にも遊びに来ないか?」
「医学部の運動部サークル? いいけどそっちはなにしてるんだっけ……」
出し物一覧の乗ったパンフレットを目で追って、私は怪訝な表情で固まった。
「Ghost of Hospital」
「病院を舞台にしたお化け屋敷だよ」
「お化け屋敷かぁ……そんなところに医学部生らしいところ出して来るんだ。久家くん何するの? お化け?」
呼ぶくらいだから裏方ではなく、お化け役なんだろう。病院だというのだからお医者さんか看護師、患者さんに変装してるのかな。バイオハザード的な扮装で……それともジャパニーズ・ホラー的なじっとりとした恐怖を体感させる感じ?
「あぁ。ネタバレになるから何に変装しているかは教えない」
「そんなこと言って、お化け屋敷で私が通り掛かったら死ぬほど驚かせる気満々なんでしょー」
私が指摘すると、彼はにっと軽く笑っていた。真面目な風して割とお茶目な部分があるな君は。
お誘いを受けたので翌日、医学部運動部サークルのお化け屋敷に遊びにやって来た。
ホントは真歌や琴乃も誘ったけど、ふたりとも時間が合わなかった。ひとりでお化け屋敷……怖くないけど寂しさが襲ってくる。
「君、ひとり? 怖くてリタイヤしたくなったら、各所に設置してるブザー鳴らしてね。裏方が避難誘導するから」
女一人でお化け屋敷に入ろうとする私を哀れんだのか、受付の人に優しく声をかけられた。
ボッチには慣れてるつもりだったけど、お化け屋敷にボッチ参加は別の意味の孤独感がある。
お化け屋敷内部は古びた病院を模造しているようだった。引き戸を閉じると、つん、と病院独特な消毒液っぽい香りがした。
電気は点灯しているのに、どこか薄暗くて不気味だ。
「!」
チカチカと蛍光灯が点滅したあとにジーと異音が聞こえた。私はそれにビクッとする。……なるほど、雰囲気で驚かす方ね。
おいおい、今はLEDが主流なのに、どこからか蛍光灯用意してきたの?
それにしても静かだ。誰かの悲鳴が聞こえてきてもおかしくないだろうに……
辺りに人の気配がないかを探りながら進んでいくも、人っ子一人としていない。
診察室らしき部屋に行かなきゃ遭遇しないのかと思って、目隠しパーテーションの横を通過した、その時だった。
キュッ…と足首に何かが巻き付いたではないか。
「うおおっ!?」
私は女子らしからぬ野太い悲鳴を上げて飛び上がる。
何が巻き付いているのかと下を見ると、パーテーションの隙間から腐蝕メイクの施された腕が伸びて、その手がダボダボのロングパンツの裾部分をがっしりと握っていたのだ。
「たす、けてぇ……」
「なんだ、ビックリしたぁ」
……スカートじゃなくて本当に良かった。
お化けに扮した人間の仕業だと分かると私は冷静になってしまった。お化け役の人もそれを察したのか手を離すとスルリスルリと腕を引っ込めてしまった。
うむ、引き際のわかるやつは好きだよ。
今のはそこそこ驚いたけど、序盤って感じだ。
うちの妹なら今の時点で気絶してる可能性があるけど。あの子ゾンビ系が本当にダメだから。
生きている人間を解剖している風に見せかけたアクションはホラー映画さながらだったし、臓物はレプリカだけど良くできていた。
間近で見たくて近づこうとすると、執刀医に扮した人がレプリカのメスを向けて「お前も解剖してやろうか!」と脅してきたのでまじまじ観察できなかったのが残念だ。
その横で解剖されてる役の人はずっとギャーギャー悲鳴あげてたけど、実際に同じことが行われたら、麻酔無しで腹を掻っ捌かれた痛みで気絶するか、失血死してると思う。
医学部の特性を生かした出し物はそこその見れるものだった。流石に解剖実習を経験した私にはパンチが弱かったけど、学生が作り上げたにしてはリアルだと思われる。
誘われたから出向いただけだけど、そこそこ面白い見世物だった。
「おーおかえりー。一人でよく頑張ったねー」
「はいこれ参加賞」
悲鳴をあげた以外には何事もなく、ひとりで無事ゴールすると、受付の人にトマトジュースを渡された。最後までゴールした人に渡しているんだそうだ。
あぁ、なるほど。血をイメージして、トマトジュースね。
「あの、久家くんって今の時間いないんですか? 彼に誘われて遊びに来たのに見かけなくて。中をくまなく探しても居なかったんですよね」
誘われた手前だったので、会わずに帰るのは感じが悪いだろうと思って受付の先輩に問うと、彼は苦笑いしていた。
「久家ならちょっとゴタゴタしてて。別室にいるから呼んできてやるよ」
ゴタゴタしてて、とは?
なにやら久家くんはお取り込み中らしい。
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