森宮莉子は突き進む。 | ナノ
友との別れ
大石さんは結局、大学や周りの目に耐えられなくなり、退学していった。
退学のための手続きにやってきた大石さんを呼び止めた私は彼女になんて声をかけるべきか迷った。
「大石さん……」
私の心の声を読み取ったのか、彼女は困ったように微笑んでいた。
「周りの目を見たでしょう? もうあそこにはいられない。私の居場所はないの」
どうして。
大石さんはただ大学で学びたかっただけなのに。医者になりたかったからここにいたのに。
どうしてこんな結果に陥ってしまったのか。
「森宮さんは医者になるんだから、体を大切にしなきゃだめだよ。──あなたならきっといいお医者さんになれるよ」
彼女は私にそう言い残すと、医学部キャンパスを去った。
私はその日、同じ道を志す同士を一人失ってしまったのだ。
いくら勉強ができたとしても、私には友ひとり助ける力がない。
私があの場に居合わせなければ、彼女の秘密のバイトもバレなかったかもしれない。
私のせいで彼女は追い詰められたのでは。
私が目を付けられているせいで、彼女にもとばっちりがあったんじゃ。
情けなくて悔しい。
じわっと目元が熱くなったので、手で目を擦っていたらその手を取り上げられた。
「まだ、腫れは残っているんだ。擦るんじゃない」
止めたのは久家くんだった。
まだ治っていない怪我を心配して止めてくれたんだろうが、今はそっとしておいてほしかった。
「君のせいではない」
私が自責の念に耐え兼ねているのを察したのか、彼は慰めの言葉をかけてきた。
しかし私は納得できなかった。
自分の無力さを痛感したのだ。人を救うために医者を目指しているのに、たった一人の友人を救えなかったのだから。
◇◆◇
大石さんがいなくなった大学だが、何もなかったかのように時間が流れていた。
あれからしばらくは私も注目を受けたり、変な噂が流れたけど、私が素知らぬ顔をしていれば自然とその噂も落ち着いた。
中にはセクハラじみた発言をする輩もいるにはいたけど、なるべく相手にしないでおいた。
「お前も働いて来たらどうだ? 女はいいよな、体を使えば簡単に稼げるんだから」
心無い男子生徒の言葉に私は軽蔑の眼差しを送る。
またこいつか……
私の無実は大石さんが証明してくれ、お店に在籍確認されて、大学関係者にも認められた。
それなのにこいつはいつまでもそのことを引きずる。
大方ウサ晴らしなんだろうけど。そんなことしてないで小テストの勉強でもすればいいのに。
私の中で男性不信に磨きがかかっていくのは止められなかった。
やっぱり医学部の男はないな。クソ男ばかりじゃないか。
私が失望に失望を重ねてしまうのは致し方のないことだった。
「やめろ、いくら何でも無神経がすぎる!」
奴らの発言が目に余ったのか、久家くんが叱責する始末だ。
男性に失望していくこんな状況下でも彼の株は私の中で上昇していた。医学部の中にいる男の中でもマシな人間がいるんだなぁと思わず感動してしまう。
彼は女嫌いであるが、今回の件で一度も大石さんを悪く言ったりしなかった。そう考えると彼はちゃんと人を見ているな。
「な、なんだよ、ムキになって」
「自分の言動がセクハラになっているとわからないのか? 君はそういう態度をこれからも続けていくつもりか?」
久家くんだと奴らも怯むらしい。やっぱりお家パワーだろうか。
真面目に説教しようとする久家くんの雰囲気に圧されたのか、奴らは一歩後退りしていた。
なんか申し訳ない。割と久家くんは正義感が強い人なんだね。
だけど、こいつらのために貴重な時間を割いてやる必要ないよ。
一度、痛い目にあってしまえばいいんだ。
「庇ってくれてありがとう、でもこんなの相手しなくていいよ」
私が久家くんを止めると、久家くんはまだ言い足りなさそうな不満げな顔をしていた。しかしここでは私が相手になるべきだ。ガツンと言ってやろうじゃないか。
彼女がどんな思いで必死だったか知らないくせに、好き勝手言いやがって。絶対に許してやらんからな。
「私は卒業まで特待生であり続けてみせるからバイトのことはご心配なく。──それより君たちは進級できるかどうかを心配したらどうかな? お金じゃ単位は買えないものね?」
私が挑発して見せると、一拍遅れで奴らはカッと顔を赤らめていた。
殴りかかってくるかもと思ったけど、暴力を振るわれたならそれで結構。私が有利になる。
「1学期試験の追試も数科目落ちたって聞いたよ。この間の小テストも散々だったみたいだね? 私に嫌がらせして遊ぶのも結構だけどさぁ、そろそろ真面目に勉強したらどうかな?」
「なっ……!」
図星だったので、相手は反論できない様子だ。どんなに言い訳しても、結果がついていかないんじゃ意味がない。ここは医学部。大学という場所だもの。
私はニッコリと微笑んで見せた。
「留年して私の後輩になったら、口の聞き方に気をつけてね……?」
そう、このまま行けば、彼らは留年してまた2年生やり直しになる。そして私は順調に特待生のまま3年生に進級して、先輩になるんだからさ。
「このっクソ女っ……!」
わざと怒らせた私につかみ掛かろうとしてきたので、私はそれを悠然と眺める。
久家くんが慌てて止めようと間に入ったが、その前に私は次の爆弾を投下する。
「あと、そろそろ弁護士から君のお家へ連絡行くと思うからよろしくね?」
言い渡した言葉に、奴がぎくっとした顔を見逃さなかった。
私は言ったよね? 訴えるよって。
首洗って待ってろって言ったでしょ?
私は本気だよ。冗談なんか言わないから。
「名誉毀損で訴えるから、待っていてね」
私を窮地に追いやろうとしたこと、こうして精神的な辱めを与えようとしたこと、それら全部、訴えて形にしてやるから。
すると、ようやく自分の立場がまずくなったと理解したのか、相手は火が消えたようにしゅんと大人しくなった。
おや、これでおしまいか。
もっと燃え上がるのを期待していたのに。
「耳が腐るからあっちにいこう」
私が興ざめしていると、久家くんが私の背中を押してこの場から引きはがそうとした。
確かにここにいてもこれ以上楽しいことはなさそうだし、もういいか。私は彼の誘導に従ってそこから離れた。
ちなみにあの後、興信所を使って私を殴った男を探し宛てて貰ってから弁護士さんの助けを借りて告訴してやった。
これはある意味私と大石さんの復讐である。
絶対あいつが大学に通報したに違いないもんね! 大石さんの被害は彼女が訴えなきゃどうにもできないので、今回は私自身の被害だけを訴える形になった。
いやぁ診断書取っておいてよかった!
あの男は事情を聞きに来た警察にびびったのか素直に吐かなくてもいいことを吐いていたらしい。今更罪を悔いても遅い。
なにはともあれ一糸報いたので、すっとした。
私に嫌がらせをする男子学生達の親を巻き込んで名誉毀損云々で訴えてそちらも謝罪と慰謝料ぶん捕ったし、男子学生達は親に大目玉を喰らったらしく、あれからずいぶんと静かになったのでとても快適である。
いろいろあって心掻き乱されたりはしたけど、私は気持ちを切り替えた。
振り返るな。振り返っても仕方がない。
私は私の道を行くしかないんだ。
思い出すとしくりと胸が痛むけれど、私は私の目指す道だけを見つめるんだ。
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