森宮莉子は突き進む。 | ナノ
役に立たない品位
ここで大石さんの名前が出たことで、注目が彼女に向けられようとしていた。大石さん、ホームページに写真を掲載していたのか……
ここで動揺を見せたら肯定してしまうことになる。私は動揺を隠して、じっとスマホの画像を観察した。
「別人じゃない? 化粧してしまえばみんな同じような顔になるでしょ」
去年自分が攻撃対象になった、掲示板セクシー女優画像貼付け事件と違って大石さんは本当に働いているからどこまで誤魔化せるだろうか。
淡々とした態度で一蹴するも、相手は納得した様子がなかった。
「お前は売れないから載ってないんだろ」
「働いてないから載らないだろうねぇ」
だからなぜ私が働いていることに繋がるのか。お店で遭遇したわけでもないってのに。
私はそういうお店のシステムに詳しくないけど、従業員は全員、ホームページに写真載せられるのかな。
「その怪我も男に殴られて出来た怪我なんだろ。お前生意気だから仕方ねぇよな」
お店のお客さんに殴られたと言いたいんだろうが、客じゃないね。少なくとも私にとっては。
「あのさ、私はそういうお店で働いていないわけよ。それを公衆の面前で決めつけるのは私の名誉毀損していることになるんだけど。しまいには訴えるよ?」
「言い逃れできないからって脅すのか?」
そっちが勝手に決めつけて、こっちの言い分を全く聞くつもりがないんだろう。
脅しではない。本当にやるぞ私は。
「確かに私は男性に殴られた。でもね、私は被害者だよ? 犯人は逃げちゃったから君が代わりに捕まえてくれるのかな?」
殴られた件に関しては私が罪に問われることはない。
なにも考えずにとっさに割って入ってきた私の行動はまずかったと思うが、あの行動を後悔したことは一度もない。
「埒が明かないから弁護士呼ぶね」
本当うっとうしい。私を引きずり下ろしても、成績が良くなるわけでもないのに……
鞄のポケットからスマホを取り出して、以前お世話になった弁護士さんにかけようと電話番号を探していると、目の前の男が「お、おい……」と戸惑う様子を見せた。
もう遅いぞ。大勢の前で恥をかかされ濡れ衣を着せられたんだ。私は私の無実を証明する。
さいわい、去年の件でもらった慰謝料の残りが口座に入っている。それで依頼着手してもらえばいいだけのことだ。
「森宮さん、それに大石さん」
弁護士さんの電話番号を見つけたのでコールしようと受話器ボタンをタップしようとしたら、誰かに呼ばれた。
顔を上げると、そこには事務局の人がいた。
「お二方とも、事務局へ来て下さい」
私だけでなく、大石さんも。
疑われているんだな。
一緒に呼ばれた大石さんは顔面真っ青になっていた。
まさかここでバレるとは思わなかったのだろう。
くっそぅ、何のために誰にもいわずに黙っていたのか。思わず舌打ちがしたくなったが、ここで慌てるのは奴を喜ばせるだけ。
事務局の人に誘導されて移動している最中、擦れ違いざまに奴が「ざまあみろ」とつぶやいていたので、私もお返しした。
「首洗って待ってろ」
ってね。
こうなってしまったらもう徹底抗戦するしかない。私の名誉のために戦うことを決意した。
揃って呼び出されたのは会議室のような小部屋だった。
そこには事務局の人が複数人存在した。彼らは電話機と何かの機械を準備しており、これからの会話を録音する気満々のようだった。
私と大石さんは肩を並べて彼らと対峙した。
私はやましいことが何もないので堂々としていたが、大石さんは萎縮して震えているようだった。
学生課の事務局長は咳ばらいすると、重々しい表情で話を切り出した。
「匿名での通報がありました。大石さん、あなたが性風俗店でアルバイトをしていると」
通報、まさか私をぶん殴ったあの男か……!
大石さんの秘密を守るために泣き寝入りしてやったのにそう来たか。
「通報内容を録音したものがあります」
証言提示のために電話機と録音機材を持ってきていたらしい。ぽちっとボタンが押されると、電話での通話内容が再生された。
【大石恵那は売春をしている。俺は証拠の写真を持っているぞ】
【ピンキーバニーという店で働いているが、その外でも客を何人もくわえ込んでる】
【金さえ払えばすぐに体を許す女だ】
男の声が、大石さんの秘密を暴露していた。
なんて奴だ。相手にされなかったからって、人生をめちゃくちゃにするような行いをするとか、どれだけ自分勝手なんだ。そんなんだから相手にしてもらえなかったと考えないんだろうか。
「似た悪戯はたまにあるんです。当大学の学生にフラれたからとウソ偽りを通報して陥れようとする輩が。……ただ、大石さん、あなたの場合、当該店舗で写真を掲載されてしまっています。そして学生にも知られてしまっている」
言いにくそうに職員さんは言葉を連ねた。
なるべく大石さんを傷つけないように言葉を選んでいるようだが、完全にクロだと確信した上で話している。
「あなたはもう成人を迎えているので、わたくしどもも学生達が道を外れない限りは干渉致しません。しかし、大学の風紀を乱すような行動をされると、他の学生達にも悪影響が出ますので……この件に関して、申し開きすることはありますか?」
彼らがなにが言いたいのか、私でもわかる。
彼らは大石さんの口から退学すると言わせようとしているんだ。
私はそこに口を挟もうとしたが、それに待ったをかけたのが大石さん本人だった。
「あのっ」
「はい、私は学費を工面するために、風俗店で働いて、お店の外ではお客さんの相手をしてお金をいただいていました」
大石さんは素直に認めた。
私はそれに大口を開けて唖然としていた。
「……では、これに森宮さんが関与していたことについては?」
「それは」
「森宮さんはあの場に偶然居合わせて私を助けようとしただけなんです。彼女は全くの無実です。在籍してるかはお店に確認すればわかることなので、どうぞご自由にお調べください」
私の関与について聞かれたので自己弁論しようとすると、それも大石さんが返事してしまった。しかも私を庇う内容で。
「彼女のこの顔の怪我は、外でお店のお客さんに脅されて殴られそうなときに、通りすがりの彼女が飛び込んで庇ってくれてできた傷です」
「……家庭教師のバイトの帰りに?」
職員さんがちらっと視線を向けてきたので、私は頷く。さっきの男子とのやり取りを一部聞いていたみたいだ。
「家庭教師先のお宅に確認していただけたらアリバイは取れます」
「そうですか。……森宮さんは無関係ということで、男女間トラブルに巻き込まれたと言うだけですね?」
再確認のために内容を確認する職員さんの声は事務的で、なんだか冷たく聞こえた。
「はい、そうです。彼女は無実です。先ほどの騒動は、優秀な森宮さんに嫉妬した男子学生が勘違いして暴走した結果なだけです」
「大石さん……」
大石さんは泣いていた。泣きながらもしっかりと証言していた。
隣にいた私は悔しさがこみ上げてきた。なんでこんな……!
「ご迷惑をおかけいたしました」
深々と頭を下げる大石さん。
私は床を睨みつけて堪えた。でないと私まで泣いてしまいそうだったから。
「森宮さんは特待生として、品位を保つことは重要です。疑われる行いをしないように。あなたは退室してくださって結構です」
「……はい」
事務局の人に釘を刺された私は感情を押し殺して返事した。
なにが品位だ。
仲間を救えないなら、そんなもの何の役に立たないってのに。
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