森宮莉子は突き進む。 | ナノ
暴露
「莉子、その目はどうしたの?」
大学から帰ってきた後に、朝は遭遇しなかった家族と家の中でかち合ったときに、やっぱり片方パンダになった片目の痣について突っ込まれた。
「ドアにぶつけた」
「嘘おっしゃい。虐待被害者みたいな言い訳をしても無駄よ」
私はドアにぶつけたと言い訳したけど、医療従事者であるお母さんの目はごまかせなかった。そのまま強制的にお母さんの働く総合病院へと連れていかれた。ギリ診療時間内だったため、急いで眼科の受付をすると待ち時間無しで案内された。
診察の流れで、自分が医大生であると話すとなにを思ったのかお医者さんはこう言ってきた。
「自分の症状からみて、どんな検査をして、治療するといいと思う?」
「えぇ……」
そんな、ようやく医学に足を踏み込んだ2年生にする質問にしては難しくないか? 私はまだ正常な人体の仕組みを途中までしか習っていないんだ。
私は戸惑ったけど、お医者さんが期待の眼差しで見てくるものだから、真面目に考えた。
「……眼球打撲が考えられるので、眼底検査をするべきかと考えています。自分の体感ですと、腫れによる疼痛はあります。腫れぼったいため視界が狭まっていますが、眼球自体に異常は感じません。よって治療自体は必要ないと考えています」
それらしい解答を導き出すと、お医者さんはニコッと笑っていた。
正解なのか、そうじゃないのか教えてほしい。
「じゃあ検査しましょう。お母さんはこちらでお待ち下さい」
私は眼科の看護師さんに誘導されて、検査室に入る。
そこでは私と先生、看護師さんの3人だけになった。
「ところでどうしてぶつけたの? 正確な事がわからないと、こちらもベストを尽くせないから教えてほしいな」
私はそれに口ごもった。やっぱり、言わなきゃダメかな?
言いにくそうにしているのに気づいたのか、先生は続けて言った。
「目に何かが当たった場合は、当たったもの、固さ、飛んできた方角、速度、当たった時の状況などを患者から聴き取ってからどうするかを判断するんだ。…重大な疾患を見落とす可能性もあるから、状況を把握してしっかり検査させてほしいんだ」
お医者さんの顔は真剣だった。
だよ、ねぇ。お医者さんもお仕事だもの。ここで重大なことを見落としたらお医者さんにも迷惑がかかるかもしれない。
友達にも親にも誤魔化したけど、お医者さんに嘘をつくのはまずいかな……しばし逡巡した後、私は白状した。
「…同級生を庇って殴られました。それが周りに知られたら同級生の今後が危うくなるから周りには言えなかったんです」
「喧嘩かな?」
「いえ……誘いを断られた腹いせで、一方的に男が女性に暴力をふるっていました。私がそこに割って入って、おもいっきり拳が入ったんです」
同級生が風俗店で働いていた云々についてはぼかしたけど、その説明は今ここでは不要だろう。
私は嘘は言っていない。状況だけを説明できたらそれでいいだろう。
「なるほど。逆上した男性の拳がおもいっきりぶつかったのね。じゃあここに顎置いてくれる? 一応両目調べるからね。眩しいけど頑張って開けてね」
電気を消した検査室で私はじっくり目の検査を受けた。瞳に光を当てられたり、拡大鏡で眼球を観察されたり、風を当てられたり。
「うーん、今のところ目立った異常はないかなぁ」
先生が「もう顎下ろしていいよ」と言ったので、私は検査台から顎を離した。
「例えば君の場合、眼瞼付近を殴られたと。眼球打撲の場合、目のかすみ、痛みや出血、物が二重に見える、視力低下の症状がある。だけど症状が軽いと感じたから、君はすぐに病院に行かなかった」
目の構造がかかれたイラストを見せながら先生は説明してくれる。なぜだろう。大学の講義を受けているような気分になるのは。
「でもね、それだけで判断しちゃまずいんだ。目の周りの打撲だけだったとしても、それが角膜びらん、眼圧上昇による緑内障や網膜剥離みたいな疾患に進行する可能性もある。あとから症状が出てくることもあるから、ひとりで自己判断しないように」
「すみませんでした……」
「見えなくなってからじゃ遅いからね?」
「はい……」
おう、耳が痛い。
医師を目指している癖に、迂闊な行動をしていた自分が恥ずかしい。
「医者を目指すなら、君も自分自身の体を大事にするんだよ。でないと患者さんに偉そうなこと言えないからね」
「そうですね…気をつけます」
私は力無くうなだれた。
その後、眼の検査ついでに、念のため頭のCT写真を撮らされた。
それらすべてを総合しての結果は打撲痕が目立つが、目立った異常なしとの診断だった。
「これが、私の脳……」
スライスされた私の脳の画像。なんて美しいんだ。
なんだか解剖実習を思い出してしまうなぁ。これスマホで撮影させてもらえないかな。待受にしたい。
「今2年ってことは、今年解剖実習を受けたのかな?」
「! はい。実に有意義な実習でした」
自分の脳画像に見惚れるという、一歩間違えば究極のナルシスト行為をしていた私は、お医者さんに話し掛けられてはっとする。
「いやー2年生って本当に大変だよね。先生の周りもたくさん留年してねぇ……ホント阿鼻叫喚だったよ。そこら辺からちらほら退学していく学生もいてね。理由は様々だったけどそこから既にふるい落としがされてるんだって感じたね」
先生は学生時代を思い出しているのか遠い目をしていた。
先輩の発言は重みがあるな。私は重々しく頷く。今年は去年とは違う。おそらく、学年内で留年退学する学生もちらほら出てくるだろうなと私も感じ取っている。
そしてふと、大石さんの顔が脳裏を過ぎって……悲しい気持ちになった。
◆◇◆
「おい、森宮」
呼び止められたので振り返ると、そこにはニヤニヤと笑う男子学生がいた。それは実習期間にいちゃもんつけてきた内のひとりである。
なんかまたケンカ売って来るのかなと、眼帯をつけていない方の目でジトッと見返すと、相手の笑顔が余計に深くなってなんだか良からぬことを企んでいそうな気配を察知した。
「お前が夜の町にいたのを見かけたぜ」
「……」
「お前、風俗で働いてるんだろ」
その問いかけは、他の学生が行き交う廊下でされた。
当然ながら視線が私に集まってきたが、私はそれに動じなかった。
私に疑惑が向いたか。彼女に向かなかったことを幸運に思うべきか、自分に冤罪をかけられて嘆くべきか。難しいところである。
「見たんだぞ。あの界隈をふらふら歩いている姿!」
「……家庭教師先がその隣町にあるから、最寄り駅までの通り道として歩いていたことは否定しない。あの辺は明るくて人通りが多いから逆に安全なの」
歩いていたことを認めると、男子は勝利したと言わんばかりに笑っていた。
なんか勘違いしているようだけど、私は風俗で働いていないから、そっちの思い通りにはいかんよ。
「ていうか、あんたがあの界隈にいたってこと暴露してるんだけどそこは知られていいの?」
そう尋ねると相手は怪訝な表情を浮かべていた。
20歳超えているから別に問題はないだろうけど、風俗で遊んでいた人間が、風俗で働いていた疑惑を突きつけるのってどこか矛盾している気がするんだけど。
夜の街を歩く暇があったら勉強したらいいのに。
それに、あそこは確かに夜の町だけど、男性だけの町ではないぞ。
「私が遊んでいた側だとは想像しないの? もう私は20歳だし、遊ぶ分には何の問題もないはずだけど?」
「はぁ!? 女の癖になに言ってるんだよ!」
なんか相手は大きな誤解をしているようで過剰に反応していた。
あの町は大人のための遊び場だ。つまり、大人の女性の遊び場も存在するという意味で言ったんだけど、相手は別の方向に想像が向かっているみたいである。
「ホストクラブがあるでしょうが。私がホスト狂いで、シャンパンタワーで盛り上がっていたとは想像しないのかね」
ホスト遊びする女子大生なんて珍しくとも何ともないだろう。あの町にはホストクラブが複数あるんだ。私がいても別におかしくとも何ともない。
あいにく私は今の所ホストに興味ないし、遊んだこともないんだけどさ。
「ホストクラブで働く男子学生も多いって聞くけどねぇ……それが君だったりして」
「なわけねーだろ!」
カマかけてみたら即否定された。ムキになると逆に怪しいと思うぞ。
証言だけだから弱い。
私を陥れようとしてるみたいだけど、弱すぎる。
話はこれで終わりだと私が踵を返そうとすると、男子はバッと私の目の前にスマホの画面を見せてきた。
そこには、下着姿の女性の画像が映っている。
その人は私のよく知っている人だ。
「ほら、店のホームページに大石の写真が載ってるんだよ! お前ら同じグループだったろ、だから同じ店で働いてるんだろうが!」
まずい。これは大石さんが風俗店で働いている確かな証拠になってしまう。他の人に見られたら──
全く、テストの点数は振るわないくせに、どうでもいい方向に頭の回る野郎だな。
どうしてくれようか。
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