森宮莉子は突き進む。 | ナノ
休みの過ごし方
うちの大学では、クリスマス前から10日ほど冬休みがあったけど、特に目立ったことはしていない。
夏休みに運転免許を取ったはいいが、取得後全く運転していなかったため、家の車にお父さん同乗の上であちこち運転して腕慣らしをした。
それで年末年始の買い出しに出かけたり、妹と少し遠い神社へ初詣に出掛けたり、お母さんの仕事の送り迎えをしたりした。また機会を見つけて運転したいと思う。
その他にはオンラインで語学レッスンを受けていた。語学は実際に喋らないと身につかないからね。
クリスマスシーズンなのでネイティブの人がいなかったりしたけど、大晦日と三が日以外は語学堪能な日本人や中国人、はたまたインド人の講師が担当してくれたので問題なかった。レッスンは数こなし。いろんな講師と話した方が学べるものも多い。
地味でいつもと代わり映えのない、そんな休暇だったと休み明けの大学で友人達に語ると、ふたりからなぜか感嘆のため息をつかれた。
「さすが秀才……やることが違うなぁ。ちなみに私はバイトね! しっかり稼いだよ!」
「うん、安定の解答だね」
真歌に関しては疑う余地もない。聞かずともバイトしていたんだろうなってわかる。
「私は読書をしてたわ。普段は勉強で手一杯だから、この機にたくさん本を読んだの」
「確かに大学入ってから教材以外の本を読む機会が無くなったかも。おもしろかった本はあった?」
一月前までは会話することすらなかったふたりが私の目の前でおしゃべりしている。この変化に私は表に出さずに感動していた。
本音を言うとふたりの微妙な空気感にこっちも気を遣っていたから、本当によかったよ。
「お前どこ行った?」
「アメリカのタイムズスクエアでカウントダウン」
「俺は彼女と温泉旅行」
周りの学生達が休暇中の過ごし方を友人同士で話しているのが聞こえてきたので盗み聞きしていると、海外でカウントダウンしたとか、彼女と温泉旅行行ってきたとか、割とエンジョイしている風な会話が聞こえてきた。
……ずいぶんと余裕だな。
他の学部ならまだ余裕あるだろうけど、医学部でそんな感じで休みを過ごしてて大丈夫なんだろうか。
「久家は? 休み中どう過ごしたんだよ」
「別に……サークルの先輩方と雪山にスノーボードしてきたくらいで」
「どこの山?」
「鳥取の大山」
久家くんもレジャー旅行をしてきたらしい。お金持ちの息子は違うな。余裕がある。
羨ましいかと聞かれたら、そうでもない。私どっちかといえばインドア派だから。
◇◆◇
1月末には試験が行われた。
この試験は進級をかけた大切な試験である。成績、レポート、出席状況、授業態度等から総合評価されるが、それで単位が足りなければ留年になってしまう。
医学部といえど1学年に限っては教養科目が多いため、ちゃんと講義に出席してちゃんと勉強していれば問題なく単位をもらえるそうだけど、中には不真面目に過ごして留年する人もいるとか。
試験の結果が出されたのは2月に入ってからだった。
私は手渡された成績表を見て拳を握る。「秀」の単語が整然と並ぶ成績表とともに、来年の特待生枠継続通知をいただき、トップ成績を維持できたからだ。
「よかったぁー」
「莉子って試験前も焦っている雰囲気一切感じさせなかったけどやっぱり、不安だったの?」
「そりゃそうだよ、特待生の枠から外れたくないもの」
これでも不安だったのだよ。解答欄間違えてないかなとか。
真歌と琴乃も成績の違いはあれど、問題なく単位取得できたそうだ。よかったよかった。真歌に関してはバイトとの両立もあったので少し心配だったけど、そこはバランス良く調整できていたみたいだ。
「春休みはたくさんバイトして稼がなきゃ」と真歌は言った。もうすでに気持ちはバイトモードに切り替わっているようだ。
「春休みは2ヶ月近くあるからたくさん稼げそうだね」
「そうなの! 時給のいい短期バイトも決まったし、大学の講義がない分がっつり稼いで来るよ!」
「体を壊さない程度にね?」
琴乃が心配する様子を見せると、真歌はなぜかふふんと自信満々な顔をして見せた。もう大丈夫だと言いたいのだろうか。
「ほら、2学年は必須科目が増えて留年する確率が上がるってオリエンテーションのとき言われたじゃない。来年度はバイトをセーブして学業になるべく専念するんだ。そのためにたくさん稼いどかなきゃ」
その言葉に私はなるほどと頷いた。
確かに、オリエンテーションでも聞いたけど、別の場所でもそんな噂をどこからともなく聞いたような……そうそう、去年の教科書とかノートを貸してくれた先輩から聞かされたんだった。医学部のサークルには入っていないので、濃厚な情報は得られないが、必要な情報はあちこちから耳に入ってくる。
2年は医学部6年の中で一番過酷な学年なのだと。休日返上して実習に取り組むことも少なくないし、泊まり込みで徹夜になることもあるらしい。
「2年から本格的な専門教育に移るんだよね、楽しみだなぁ」
それを理解しているのかいないのか。真歌はのほほんとつぶやく。
私は割と不安な気持ちでいっぱいなのだけどな……
「解剖実習大丈夫かなぁ。私グロ耐性はあるけど、実際の献体を前にして貧血起こして倒れなきゃいいなぁ」
生身のご遺体と長時間じっくりと触れ合う機会があるのは大学の2学年以外にないらしい。将来法医学関係の職に就くなら話は別だけども。
基本お医者さんは生きている人間相手にするものだからね。
医学の発展を願って、解剖実習のためにご献体してくださった仏様を前にして、私は冷静でいられるだろうか。
数ヶ月後には実際にこの手で剖出しているのだと考えると、なんとも表現しにくい気分になる。
これが医者になるために必要な道だというのはよくわかっているんだけど、私シリアルキラーじゃないし、嬉々としてはできないなぁ。
「大丈夫よ。毎回誰かしら倒れてるそうだから」
お医者さんの娘であり孫である琴乃の励ましの言葉はあんまり安心できるものではなかった。その倒れる人間が自分だったら困る。
どんな診療科を専攻するにも、基本的な人体構造を知っていなくてはいけない。そのために医学生達はたくさん勉強して頭に叩き込むのだが、実際に解剖実習でご献体を前にして気絶、もしくは嘔吐を繰り返し、自分には無理だと心折れて医師を諦めるって人間もいるそうなので自分も他人事には思えないのだ。
「ちなみに解剖実習時に倒れたらどうなるの?」
「近くのベンチに寝かせて、他の人は実習継続するって父は言ってたわ」
「おぉう……」
まぁそうよね、倒れる学生に合わせていたらいつまでも実習が追いつかない。気絶した人はそのままで、残っている人だけで続けるよね、うん。
解剖学と組織学の触りの部分は2学期からもうすでに習い始めているけど、実際に解剖実習となると、写真や図解で見るそれとは違うし、生身のご遺体の感触や臭いも感じるはずだ。
勉強はとっても大事だ。知識がないと疾患の理解も深まらない。だけどそれだけじゃ医者にはなれない。なにより実際の経験も重要だ。
人間そのものの作りを理解するためには、解剖という名の死と向き合う必要がある。
医療の現場に立つと、どうしても避けられないのが死というもの。
それに耐えられる人間でなくては、医者にはなれない。心が潰れてダメになるから。
人にはどうしても向き不向きがある。そればかりはどうしようもない。
だから私は個人的に、解剖実習は医者になれるかどうかの器量を測るものだと考えている。
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