森宮莉子は突き進む。 | ナノ
最初のお飲みものは生ビールになります。
とりあえず一週間は市脇さんには大学の勉強だけに専念するよう指示した。バイトのことが心配なのか、講義で会ったときに大丈夫かと聞かれたが、私は大丈夫だと笑ってみせた。
その間のバイトは私が引き受ける事にしたのだが……深夜まで行われた肉体労働に加え、今朝早朝から行われた定食屋のバイトで全身筋肉痛を引き起こしていた。
肩代わりバイト生活はじめて、まだ3日目なのにもうすでに体が悲鳴を上げている。……言い出しっぺではあるが、すこし後悔していたりする。これに加えて大学の講義と自宅での予習復習もあるからきついったら……
「はぁ……」
私は期間限定でのヘルプだからまだいいけど、こんな生活続けていたら、いつか心折れてしまうだろう。だから大学には学費が工面できずに自主退学していく学生が少なくない数いるんだ。
「大丈夫?」
市脇さんが参加しない講義であることをいいことに、私がだるそうにしていたら、隣に座っていた廣木さんが心配そうに声を掛けてきた。
「全身筋肉痛でとてもつらい……市脇さんすごいなぁって尊敬している」
強がる気分でもなかったのでぺろっと愚痴る。
目の前の廣木さんは周りに言い触らしたりする人じゃない。こんな愚痴も黙って聞いてくれそうだったから思わずと言った形だ。
今晩も居酒屋バイトがあるし、土曜の明日は早朝から定食屋、昼から家庭教師、夜から居酒屋バイト……日曜も家庭教師がないだけで定食屋のバイトの時間が長引くだけである。
「……私にも何か手助けできないかしら?」
「……え?」
廣木さんの言葉に私は疑問を顔に浮かべた。
「こうして大変そうな姿を側で見ているよりも、私もなにか役に立ちたいの」
「で、でも」
「これを機に市脇さんと親しくなれたらいいなって下心も含まれているから、善意100%ってわけじゃないのよ?」
そう言ってふふ、と上品に笑う廣木さん。
恩を売ると言うと言葉は悪いが、親しくなるきっかけになるから力になりたいと言われて私は迷った。
正直、手助けしてくれるならとてもありがたい。
それに私としてもふたりがこれをきっかけに親しくなってくれたら嬉しいと思ったので、彼女の申し出を受けとることにした。
廣木さんには定食屋のシフトをお任せした。
さすがにいいとこのお嬢さんに居酒屋でのバイトは薦められない。セクハラ発言して来る酔っ払いがいるので、居酒屋に関しては私が担当しよう。
それと家庭教師もだ。市脇さんから次の授業の引き継ぎをしたし、こっちもどう進めるかシュミレーションし終えた後だったので、こちらも私が担当することにした。
分担したことで少し気分が楽になった。
まだまだ慣れない居酒屋バイト3日目の今日も頑張ろうと気合いを入れる。バイト先に早めに入って、ユニフォームに着替えてホールで店長の指示を聞きながら今日の予約客の名簿を確認していると、とある団体名に目が止まる。
「K大学、医学部運動サークル一行……」
「あ、そこ森宮さんや真歌ちゃんと同じ学部の団体さんだよね? まだ20未満の学生もいるらしいからお酒の提供には気をつけてね」
「わかりました」
ふむ、18と19の学生がいるってことか。提供が面倒臭いな。
開店開始時はそこまでの忙しさだったが、時間が遅くなるにつれ来客数が増えていく。
来店のチャイムが鳴ったので素早くお店の入口に向かうと、大学生風の団体がぞろぞろと入ってきた。
「すいませーん。忘年会コースで予約していたK大の医学部の者なんですけど」
あっ来た。同じ大学の医学部の人たちだ。
「はいいらっしゃいませぇ! ご予約のK大医学部運動サークルご一行様のご来店です!」
キッチンまで届くくらい大きな声で来店を告げると店内のあちこちにいる従業員が「いらっしゃいませぇ」とおうむ返ししてきた。
「……森宮さん?」
予約席に案内しようとしたら名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声に振り返るとそこには大学の講義で顔を見かけた久家くんがいた。
「あ、やっぱり。久家くんのサークルだったんだここ」
「バイトをはじめたのか?」
団体を席まで案内していると、久家くんからそんなことを聞かれたので私は首を横に振って否定した。
「この間市脇さんが構内で倒れたでしょう。過労みたいだから、一週間バイト禁止にしたの。その代わりに私と廣木さんで手分けして代わりに働いているってわけ」
「女性が居酒屋で働くのは危険じゃないか?」
「はははーだろうね。だから廣木さんには比較的安全な定食屋さんのバイトをお任せしたんだー」
もうすでに酔っ払いに絡まれる洗礼は受けた。
気分はよくないが、期間限定であり、友達のためだと思えば耐えられる。そういうお店じゃないから強く拒絶しても文句は言われないし。
「ご予約は忘年会飲み放題90分コースでお伺いしております。はじめのお飲みものはビール、二十歳未満のお客様はウーロン茶とさせていただきます。追加のお飲みものは飲み放題メニューからお選びください」
簡単に説明すると、私は一旦そこから下がった。
はー忙しい忙しい。
飲み物を運んで、お料理運んで、次のお客さんを入れるためにテーブル片付けて、時折他のお客さんに呼ばれて飛んでいって、冬なのに汗だくで働く。しかも接客業だからそれなりの愛想と元気を求められるから疲れた顔をできないのが地味にしんどい。
若干テンパりながら、追加注文の飲み物をサークルの面々が集う席に持っていくと、久家くんが女子に絡まれていた。その人は先日も久家くんに付き纏って拒絶されていた看護学科の人である。
今日もあからさまに嫌がる久家くんにぴったりくっついて絡んでいるようだ。大変だな、イケメンも。
「君、久家の同級生だよね、有名な特待生の森宮さん。結構かわいいね」
「ははは」
もう酔っ払ってるのかなこの人。私は笑って流した。
飲み物を提供したら空いたグラスやお皿を回収して長居せずに立ち去る。
そっちは遊びでもこっちは仕事だからね。先輩といえど相手にしている暇はない。
「新規3名様ご来店でーす」
「いらっしゃっせー!」
来客のコールに大きな声で返した。最初はこれ恥ずかしかったけど、3日も経つとなんともなくなった。
今日も閉店まで、市脇さんのために頑張って働かねば。
「よいしょっと」
ビールサーバーのタンクが空になったので空容器をお店の裏に置く。
ふぅ、と息を吐けば白い息が空を舞う。空を見上げると真っ暗なこそに星が瞬いていた。今日の気温は雪が降ってもおかしくない寒さなのに、労働で熱を持った私の体は寒さを感じない。
私はじっと空を見上げ、深呼吸した。
「あぁーっお店のお姉さんだぁあー」
「……」
店内に戻ろうと踵を返すと、明らかに酔っ払っているサラリーマン風の男性が私を指差してへらへら笑っていた。
私は内心眉をひそめたが、今はバイト中だ。
「お気をつけてお帰りくださいませ」
失礼のない程度にお見送りの挨拶をしてから店内に戻ろうと横を通りすぎた。
……が、腕を捕まれて引き止められてしまった。
「待ってよぉ、お姉さんねぇバイトなんかフケて、どっか遊びに行こうよ」
「行きません。困ります離してください」
こういう状況下では毅然とした態度で拒絶するのが重要だ。
私は捕まれた腕を振り払うと、素早く店の中へ逃げ込もうとしたのだが、酔っ払いは背後からがばぁっと抱き着いてきた。
「ヒッ…!」
「いいじゃん、バイトなんかつまんないでしょー? お小遣いあげるからさぁ」
「や、やめて、離して……!」
気持ち悪い。
ゾワッと全身鳥肌が立った。
ふぁぁと背後から生暖かい息が吐き出され、相手の酒臭い呼気が吐き気を催す。
「いやっ」
「お姉さん彼氏いないの? 男慣れしてなさそうだよねぇ」
顔が見えないけど、相手が笑ってる気がした。
うわぁぁ本気で気持ち悪い!
暴れて抵抗したけど、相手の力が強すぎて抵抗にならない。
「このっ……!」
もう怒った。おもいっきり足を踏ん付けてやる。
決心した私は足を持ち上げて、おもいっきり相手の足に振り下ろした。
「嫌がっている女性に何しているんですか?」
ダシンッ
狙いを定めて踏んだはずなのに、私はただ地団駄を踏んだだけだった。
なぜなら、私に抱き着いていた変態を久家くんが引き離していたからである。
「なんだよぉ、野郎はお呼びじゃねぇよぉ」
「そんなこと言わないでおじさぁん」
「やめろよぉ」
そして引きはがされた酔っ払いが再び私に抱き着こうとしていたので身構えると、そこに割って入ってきた医学部の先輩がシナを作りながらおじさんに正面から抱き着いていた。
何だろう、この光景。
おじさんと大学生男子が熱くハグしている。
「ほら、今のうちに店に戻るといい」
「う、うん、ありがとう」
「帰りは気をつけるんだぞ。この辺は夜の店も近いから」
私は小走りでお店に戻り、ガラス張りの扉越しに外の様子を伺った。
医学部の先輩はおじさんをどう説得したのか、なぜか肩を組み合ってどこかへ向かっていた。
そして久家くんは私が店に戻るのを見守っていたのか、こっちを見ていた。なので手を振って見ると、ふっと彼が小さく笑ったように見えた。
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