森宮莉子は突き進む。 | ナノ
医学部の男だけはない。
私の見えない場所で梶井は確実に社会的に追い詰められていた。
梶井の両親はそれに慌てたのだろう。梶井家の弁護士だという人が非常識にも私の家に押しかけてきて、示談を持ちかけてきたが私はそれを許さなかった。
こっちもすぐに弁護士に連絡して、抗議してもらった。
金をぶつければ済むと思ってんのか。人の親の職業調べて遠回しに圧力かけるみたいなニュアンスでモノ言ってさ。絶対に許してあげないし。
傷害罪の法定刑は15年以下の懲役または50万以下の罰金。
教唆は共犯とみなされ、同罪の正犯扱いだ。
私は相手を潰す気だったし、負けないつもりで挑んだ。
結果、実行犯と教唆犯の梶井両方とも起訴され、有罪判決となった。もう逃れられないねぇ。前科持ちになったねぇ。
ただ、梶井は罰金を払って、刑の執行完了となった。
刑務所に入ることなく、お金で解決したのだ。
終わりはそんなあっさりしたものだった。
結果、両方の家から多額の慰謝料をもらったので、それを弁護士費用に充てた。
大学でも話題になったので、地元テレビ局のニュースになるかと思ったけど、梶井の家の金で封じられたのか、テレビも新聞もネットも、このことを報じなかった。病院の威信に関わるからかな?
梶井は人知れず大学を退学していった。
私に謝罪は一言もなかったので、あいつの性根は治らないと思う。
ただ、この勝負、私が勝ったのでそれで満足することにする。
二度目の襲撃はさすがにしないだろう。私が徹底的にやり返す人間だってわかっただろうからね。
風の噂で、梶井が日本を出て海外留学するとか、そこで他の医大に入り直すみたいな話が聞こえてきたが、海外といえど医者、医学部という世界は想像より狭い。噂を噂を呼んできっと門前払いを受けるんじゃないかな。
妊娠させた女の子を殴って堕胎させるような医者を誰が望むのであろう。
ついでに海外の大学は卒業するのが日本以上に難しいらしいので、果たしてあの男に卒業できるのか。
そもそも、前科持ちになったあいつは医師免許を持つのが難しくなったと思う。
梶井の悪友っぽかった人は何も知りませんといった風で無関係を装って今日も講義に出ている。
あれだけ梶井と一緒にしつこく絡んできたのに、今では私に絡むことは一切ない。
◇◆◇
土曜日のとある日。講義もなにもない日だけど、その日は不定期開催の教養サークル活動日だったため、私は大学に来ていた。
今日のお茶請けである煎餅の詰め合わせとお茶のペットボトルを抱えて歩いていると、運動着姿の久家くんが女の子に絡まれている姿を見つけた。
ちらりとその横を見ると、フェンス越しにテニスをしている人々の姿が見えた。
あぁ、ここのテニスコートでプレイしていたのかな。というと彼もサークル活動中だったのだろうか。
「離してください。断るって言っているのが聞こえないのですか?」
「どうして? お話するだけじゃない。それに私のことをよく知ってくれれば気持ちも変わるはずよ」
なかなか押しの強い女子である。嫌がられても付き纏うそのハートは鋼鉄で出来ているのだろうか。
テニスウェアっぽい格好した女子学生にくっつかれた久家くんの表情は嫌悪そのものだった。いろんな女に絡まれてうんざりしたという話は聞いたけど彼の事情は根深そうである。
「おやおや、久家さんは優雅にお花と戯れ中ですか?」
私はわざとらしくそこに割って入って行った。
芝居じみた台詞回しで声をかけたからか、相手の反応は遅れて固まっていた。
「森宮さん……見たらわかるだろう。俺は迷惑しているんだ」
久家くんは私にからかわれていると思ったようで、渋い顔をしていた。
あぁごめんごめん。本当に嫌だったんだね。悪気は少しあったけど、ごめんね。
「ちょっと、なに、この子」
「同じ学科の同級生です……もういいですか?」
久家くんに腕を振りほどかれた女子学生は不満そうに膨れていた。そして去り際に私を睨んで行くのを忘れなかった。
おぉ怖い、睨まれちった。
肩をすくめた私は、疲れた顔した久家くんを見上げて尋ねた。
「あれは誰なんだい」
「看護学科の2年。それとあそこにいるのは医学部生のみで構成されたスポーツサークルの人達」
「へぇー。そうか、看護学科も医学部の一つだもんね」
医学部というくくりに守られてるかと思ったら、刺客がいたというわけね。お医者さんとの結婚を希望する看護師もいるにはいるらしいから、それ狙いで入会した人なのかな。
「でも割と美人さんだったよね」
「容色などいずれ衰える」
「うわぁ」
確かにそうかもしれないけどさ。久家くん、ちょっと辛辣じゃない?
女に失望しきった彼の目はどこを見ているのかわからない。
なんか謎の闇を抱えている感じがする。
……本当に女子に付き纏われただけでこんなに女嫌いになったのだろうか。もっと他にあるんじゃない?
気になったけど、それを聞いてしまったら学友に格上げされたのにまたばい菌扱いに戻るかもしれないので余計なことは聞かないで置いた。
人にはひとつやふたつ、闇があるってもんだ。
「森宮さーん!」
「あ、廣木さん。そろそろ行かなきゃ。じゃあね久家くん」
サークル活動場所に向かう途中だった廣木さんに呼びかけられたので、私はそこで軽く挨拶して久家くんと別れた。
廣木さんと肩を並べて歩いていると、隣でふふ、と彼女が笑う気配がした。
「久家くんと随分仲良くなったのね」
彼女からの言葉に私はうーんと首を傾げた。
「そうかな、仲良くなったかな?」
「久家くんがよく話す女性の存在って珍しいから驚いちゃった。こんなによく話す女性、森宮さん以外で見たことないわ」
その言葉に私はぴーんときた。
「あぁ、勘違いしないでね。私達は最悪の出会いを果たした間柄だから。たまたま理解り合えただけで、そこには恋愛感情などというものは含まれてないの」
なんか誤解されそうだったので、私は先に否定しておいた。
変な誤解をされたら困る。こんなことが久家くんの耳に入ったら面倒なことになりそうなので、はっきり否定しておかなくては。
「そうなの?」
「ただの同級生だよ。私、医学部の男だけはないと思っているから。ありえないよ」
この半年間でいろいろ思うことが出来たので、医学部の男はそういう対象に入れない方向で行く。
ていうか私は恋愛とかしている余裕がないし、久家くんもそんな気一切ないから。
私が真顔で言うと、廣木さんはなぜだか苦笑いをしていた。
廣木さんとともに本日の活動場所としてお借りしている教室に向かうと、もうすでに人が待機していた。
噂を聞き付けてサークルに加入したメンバーを加えて、現在4名の教養サークル。初期メンバーの北堀くんと、ニューフェイスの田尻くん、そして私と廣木さんでの活動のはずなのに、イレギュラーな人がそこにいた。
……顧問の教授、また知らないおじさん連れて来てるし……
「教授、こちらの方は……」
「法学の准教授だよ。今日は法律に関するプレゼンだと話したら興味を持たれてね」
悪びれもなく言われた私はうわぁとぼやいてしまった。
今日の発表、私なんだが……テーマ選択ミスったかな……。
質問責めは覚悟しておかなくては。
私は気を取り直して咳ばらいすると、教室のホワイトボード前に立つ。事前に人数分用意していたレジュメをサークルメンバーに手渡した。
イレギュラー参加な准教授には顧問と一緒にシェアして見てもらう形だ。
「では、第5回目の教養サークル活動を開始いたします。本日のテーマは、事件に巻き込まれたときの対処方法です!」
ホワイトボードにきゅきゅっと罪状の種類を書きだし、告訴状と被害届の違い、逮捕後の流れなどを簡単に説明していくと、そこから深堀した。
罪の重さや刑事罰について、現代の法律の欠点など、自分が事件に巻き込まれて感じた事をまとめて発表する。
専攻外の内容ではあるが、実際の体験談は参考になったのだろう。メンバーはじっくり聴き入っていた。
案の定、法学の准教授からの質問責めにはあったけど、それは逆に勉強になることも多く、実入りの多いプレゼンだったと思う。
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