森宮莉子は突き進む。 | ナノ
そっちがその気なら、こっちも本気を出す
正義感に燃えたコンビニ店員さんが押さえ込んだ犯人は、私の首を切ったナイフ以外にもスタンガンを持っていた。
現在ナイフはコンビニの駐車場に放り捨てられ、スタンガンは没収されている。地面に押さえ込まれた犯人はいかにもって感じの格好をしている。黒っぽい服に、黒い野球帽、黒いマスクという不審者セットで。
諦めたのか、今では抵抗をやめておとなしく拘束されている。
警察が到着する前に顔でも拝んでやろうと、不審者の帽子やマスクを剥ぎ取った私は目を細める。
「誰だ、貴様は」
少なくとも同じ医学部1年ではないな。通りすがりの突発的犯行……いや、それにしても不審者ムーブだし、ナイフやスタンガン持っている時点で最初からこうするつもりだったんじゃないだろうか。
「頼まれたんだよ! あんたをヤッたら金くれるって言われたから!」
不穏な発言。私はギュッと眉間にしわを寄せた。
私を標的にして、計画的に危害を加えようとしたと。
「……誰よ、そんなことしたの」
「俺の高校の時の同級生だよ、梶井竜也! 知ってるだろ?」
共犯者なのにホイホイばらしてしまっていいのだろうか。それとも道連れにしてやろうって魂胆なのだろうか。
──そうか、あいつか。
私はニコッと笑った。
恐怖とか怒りを通り越して笑いがこみあげてきた。
それを見た不審者はぎょっとした顔をしていたが、構うものか。
「そっちがその気なら、こっちもやってやんよ……」
そこまでして私を潰したいか。
ならばそれに応えよう。……私もあいつを潰してやる。
すくっと立ち上がると、私は自分のスマホを取りだし、ある連絡先に電話した。
時間も遅いから、もしかしたらもう休んでいるかなと思ったけど、6コール後に相手は出た。
『もしもし』
「もしもし、夜遅くにごめんね。あのさ、この間言っていたお父さんお抱えの弁護士、紹介してくれる? 今し方必要になった」
細かい前置きは置いておいて、私は要件だけを伝えた。
電話口で彼は数秒黙っていた。多分理解が追いついていないんだと思う。
コンビニの外からウゥーッとパトカーのサイレン音が近づいて来た。
『えぇと』
「間違いなく慰謝料は取れるから、お支払いはそこからお願いしたい。……お願いできるよね?」
自分から弁護士紹介しようかと持ちかけてきたのだ。できないとは言わせないぜ。
『……わかった。ただ、教えてくれるか。なにがあった』
「傷害に遭った。実際はレイプされそうになったんだけどね。今はコンビニに避難して店員さんが現行犯逮捕してくれてる」
『傷害!? 怪我の程度は』
「ナイフで首を切られたけど程度は軽い。多分これからお巡りさんの事情聴取があって、その後診断書のために病院にいくことになるから。だから弁護士さんへの連絡よろしくね。私の電話番号送るからそれも伝えてもらえるかな」
さすがに弁護士さんとのやり取りにアプリ使用するのはあれなので、直接電話できるよう番号を伝えておく。
久家くんはやけに心配そうな声音だったが、私は心配するなと言っておいた。お父さんに迎えに来てもらうように伝えているし、警察も来るから。
弁護士依頼の件は久家くんにお任せし、私は警察の人とのやり取りで深夜まで拘束された。解放された後は診断書のために自宅近くの救急病院に行って、サッと診てもらった。出血量の割に傷口は浅いとの診断だったのでホッとする。軽く切られた程度だと思っていたけど、割と血が出てきて焦ったんだよね。着ていた服には血が染み込んでしまった。
お母さんの勤務する病院だったので夜勤で勤務していたお母さんが私の様子を見に来ていつになく不安そうだった。お父さんも同様だ。
未遂とは言え、強姦に遭いそうだった娘を前に不安に駆られているのだろう。私はどっちかといえば報復に燃えていて怯えとかそういう感情はなかった。
「お父さんお母さん、この件は逆恨みしたとある人物が仕組んだことだとわかっています。なので私は同級生のツテをお借りして弁護士さんに対応を手伝ってもらおうと思うのでそのつもりでお願いします」
ニッコリ笑うと、両親は戸惑う様子を見せていたが、犯人をこのまま野放しにはできないし、全面的にサポートすると言ってくれた。
首の傷は浅い。
しかし傷害は傷害である。そこそこ重い罪になる。
そして梶井が実際に手を汚していないとしても、依頼した者も同罪だ。責任はしっかりとってもらわなくては。
大学そばで起きた傷害事件の話題は大きく広まった。
私は大学内で注目の的となり、ナイフを突きつけてきた犯人に対抗して目つぶししたという噂が流布していた。
……目つぶしというか催涙スプレー吹っかけただけだよ。正当防衛なのに、犯人の目を指で突き刺して再起不能にさせたニュアンスで噂されているのが気に食わない。
そして久家くんのツテで紹介してもらった弁護士から連絡があり、家まで来てくれたので両親同席の上でアドバイスを受けて、告訴することにした。
警察に被害を訴える際、当事者は被害届と告訴状というものを提出できるが、犯人への刑罰を求めることができるのは告訴状になるのだ。
被害届だと出しっぱなしで泣き寝入りの可能性があるから、それなら告訴状で被害を訴えた方がいいとアドバイスを受けたってわけだ。
◇◆◇
「──とまぁ、いまはそんな段階なわけよ。頼りになる弁護士さんを紹介してくれてありがとうね」
大学の空きコマ時間に久家くんを呼び出して現在の状況を報告した。一応弁護士さん手配してくれた恩もあるからね。
弁護士さんはサクサクと必要な手続きをしてくれた。
今回の件で逮捕されたのは、他の大学の学生で現在2年生だという。留年して金に困っていて、梶井からの依頼話に乗ったらしい。私に対する傷害罪で罪に問われるのは確定している。
そして実行犯は警察の前でも梶井の名前を出し、頼まれてやったと素直に自供した。スマホでのやりとり、口座に送金された記録に加えて、録音した会話という証拠が提出され、梶井は嫌疑を向けられ、警察から呼び出しを受けた。
私側は、実行犯、そして梶井を傷害罪の教唆犯として告訴した。
梶井は関連を否定してたそうだが、証拠があるので言い逃れはできない。いったん勾留されることになるも、あっちの弁護士が阻止したとかそんな話を聞かされた時は思わず舌打ちしたよね。
……と、今の進捗状況をお話すると、久家くんがじっと私の首元を観察していたので私はなんぞ? と首を傾げた。
「首、まだ痛むのか?」
スカーフをしている私の首を見た久家くんは痛そうな顔をしていた。
そうなんだよね。包帯が痛々しいからスカーフで隠しているんだよね。
「いんや、包帯が目立つから隠しているだけ」
「あれならうちの病院で診てやるけど。美容皮膚科もあるから」
大したことない、と言おうとしたら、サラッとすごいことを言われた。
うちの病院でって……なんかすごいな。
「いいよ別に。大げさだなぁ」
「大げさじゃない。まだ完全には治っていないんだろう? 首は特に目につくから早いうちに処置したほうがいい」
なんなら今からでも。と言って席を立った久家くんに私は待ったをかける。
「心配性だな。ほら診てよ。大丈夫だって」
安心させるためにスカーフと包帯、ガーゼを外して患部を見せると、彼の指が伸びてきて、くいっと軽く顎を持ち上げられた。
久家くんはまじまじ傷口観察している。
うん、よく見るために顎を持ち上げたんだよね、知ってる。
「あの、久家くんこの姿勢はいろいろと誤解を生むと思うよ」
ここ、食堂だし。人少ない時間だけど、人の目があるから。
「なにを言っている……?」
なに言ってんだこいつって目で見られた。失礼な。
「ほら、車で連れていってやるから行くぞ」
診せたら安心すると思ったけど、ダメだったようだ。
隣の椅子に置いてあった教科書やパソコンの入った鞄を持ち上げられ、行くぞと言われたが、私は気乗りしなかった。
ここ最近ばたばたして勉強できなかったから、挽回したいんだけど。
「えぇ、今日は図書館で調べ物を」
「明日でもできるだろう。ほら」
解いた包帯などを付け直され、二の腕を引っ張られた私は半ば強引に病院送りになった。
久家くんのお父さんが院長を勤めている大病院に連れて行かれ、問診票を書かされた後は、順番無視で優先的に美容皮膚科の診察を受けた。
いいんだろうか、予約無しだし、緊急性もないのに。
久家くん立ち合いの元、美容皮膚科医の問診と診察を受けた後、ちょっとした治療を受け、ビタミン剤や塗り薬を処方された。
傷口はそれから程なくして何もなかったかのように綺麗に治った。
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