生き抜くのに必死なんです。 | ナノ



穏便に済ませる気は毛頭ございませんわ!

 ヴィックのおかげで媚薬に侵された欲は解放された。大惨事ではあったけど、不貞せずに済んだことは僥倖だった。

 しかしいつまでも部屋にこもっているわけにはいけない。
 ハイドラート側の罪を言及する必要がある。私も泣き寝入りして帰国する気はさらさらない。
 
 湯殿で身体を清めてから、使用人が持ってきてくれた衣服に袖を通すと国王の元を訪ねた。
 今日に関しては私たちも起床時間が遅かったため、遅すぎる朝食を食べている彼らと顔を合わせることになった。
 大広間では一族が食事を囲んでおり、その中に第8王子の姿はあった。
 昨日の屈辱を思い出して嫌な気分になる。のうのうと朝ご飯を食べているその態度が許せない。

 私は昨晩の影響で腰が立たなかったためヴィックにお姫様抱っこされて運ばれていた。昨日喧嘩を売ってきたシャリア王女にすごい目で睨まれたが、私はヴィックの首に抱き着いて見せつけることで対抗した。

『ハイドラート王』
『おぉ、これは大公殿』
『私の妻が襲われたというのによくも呑気に食事ができますね』

 呑気な顔をしたハイドラート王に対して、ヴィックは嫌味を投げかけた。
 見た目は美麗な若大公だから舐められることもあるけど、実際修羅場を乗り越えたヴィックは鬼の顔を見せることもある。正直、この国王はヴィックに口で勝てないんじゃないかな…

『しかも部屋には媚薬効果のある香を焚かれて。第8王子、あなたの息子の不始末ですよ。どう落とし前をつけるおつもりで?』
『え、えぇと、それは…』

 単刀直入に苦情を申し立てると、国王は口ごもっていた。
 その反応はこの国王も知っていたってことだろうか。

『俺は刺されたんだぞ! しかも石で腹を殴られた! あの災厄の痕跡で!』

 指名された第8王子は唾を飛ばす勢いで怒鳴ってきた。
 自分のしたことの重大さを隅に置いて、抵抗されたことを根に持って文句つけてきた。

『この娘は我が国の災いだ!』
「なんだとこの卑怯者!」

 私は母国語で反論したが、私を抱っこしたままのヴィックの腕に力が入ったことで彼の感情の揺れを察知して黙り込んだ。

『…はぁ? 私が貴様の息の根を止めてやってもいいんだぞ?』

 そう吐き捨てたヴィックの目を見て私は後悔した。
 ガチギレモード突入ではないですか。この目は、旧サザランドでキャロラインと対峙したときに見た目と同じに見える。殺意がビシビシ伝わってきますが。

『下手したら私の妻はお前に害されるか、もしくは死んでいた。私にとっては貴様らが災いそのものだ──あの石はリゼットにとって救いになったようだ』

 お前たちにとって災厄でも、私たちにとっては救済の石だった。
 彼が小さくつぶやくと、第8王子から一旦目をそらし、国王へ向けた。

『仕掛け部屋のような部屋に妻を案内したのは……最初からそのつもりで招待したのだろう? 私の妻を辱めて、貴様の娘を私に宛がうために画策したのだろう!』
『違う!』

 湧いてきた疑惑を確信の形でぶつけると、見るからに動揺した国王が否定した。

『あの部屋には不審者対策のために隠し入口があるのは否定しない。しかしそれは大公殿の奥方の保護のために良かれと思って……第8王子が勝手にやったことなのだ。どうか穏便に』
『父上!?』

 息子を切り捨てて自己保身に走り始めた。それにぎょっとした第8王子が情けない声で父王を呼ぶが、ハイドラート王にとっては使い捨て出来る捨て駒の一人だったみたいだ。

 そういえば、第23王子・ダーギルの時も殺していい、好きに扱ってと返事があった。この国王にとって子どもは利用するための存在なのかもしれない。

『そのような理由で許してもらえるとでも? まったく舐めてくれているな』

 そんな返事で納得できないヴィックはギロッと国王を睨みつけた。
 ここはハイドラート王国であり、支配している国王にはそれなりの義務がある。国外からの貴賓客に失礼をしたなら責任を取らなくてはならない。それなのに国王は。
 宣戦布告と取られてもおかしくないというのに。

『おいおい親父殿、いいのかぁ?』

 ピリついた空気の中、呑気に口を挟む男がいた。

『そいつを舐めないほうがいいぜ。公国奪還のために、周りの国を巻き込む形で手回しして、領地一つぶっ潰して仇を始末した上に前国王を間接的に引きずり降ろして幽閉させたからな。…俺だって一度は殺されかけた。やるときは本当にやるぞ』

 ニタニタ笑いのダーギル王子が発言したのだ。
 こいつ…一度目は自分が宣戦布告みたいな事をしでかしたくせに、ここでは傍観者気取りか…
 遠回しにハイドラート王国も同じ憂き目に遭うぞと忠告に似たことを言っていた。

 実際にはエーゲシュトランド側にメリットがあまりないからそんなことしないだろうけどね。
 エーゲシュトランドの人間にこの国の気候は合わない。攻め入っても戦うのが難しいだろうし、ヴィックは奪われた側だから、追いつめられない限りそういうことはしないと思う。

『黙れダーギル!』

 息子に舐めた口を叩かれて腹が立ったのか、国王が怒鳴ってきた。しかしダーギル王子は国王を恐れる様子がない。
 この一族の関係はいまいち把握していないけど、国王派と、そうじゃない独立派で別れていそうな気もする。

『…私が20にもなってない若造だから何しても誤魔化せるとでも思ったか? 丸め込めるとでも思ったか?』
『そ、そんなことは』
『なにも契約期間までとは言わん。今すぐ援助を打ち切ることもできる。このまま断交しても構わないんだぞ』
 
 ヴィックには許す気がないのだろう。
 今、ハイドラート王族が贅沢できているのはエーゲシュトランドの支援があってこそ。それを打ち切られたら、今までと同じ生活ができなくなる。彼らはそれを嫌がると理解しているから脅しをかけているのだ。

『その男の処遇だが…第8王子という身分を剥奪した上で採掘現場での労務をさせろ。一番危険な場所でな』
『なんだと!?』
『富を食い尽くしてきた貴様に一番効く罰だろう? 民たちの苦しみをよく味わうといい』

 ここでの支配者はヴィックになっていた。
 国王は彼の圧力に負けて委縮しており、二の句が継げない様子。
 それをみて溜飲が下がったのか、ヴィックは私を抱っこしたままくるりと踵を返した。

 第8王子の処遇に関して、ヴィックの指示に従うかはわからない。
 だけどヴィックがはっきり今後の援助を無くす可能性を示唆したので相手もおとなしくなることであろう。これ以上の細工は自分の首を絞めることになると理解したと思う。彼らが馬鹿でなければ、だけど。


◇◆◇ 


 部屋に新たな仕掛けがされていないかを厳重に調査している使用人たちを待っている間、私とヴィックは別室で遅い朝食兼昼食を頂いた。
 私の食が進んでいないのを心配してか、ハンナさんが厨房を借りて食べやすいものを作ってくれた。調味料が足りなかったけど、比較的食べやすくなったと思うと言って差し出されたのは、麦がゆのようなものだ。
 正直今もあんまり食欲がないけど、食べないのは失礼だから頑張って食べた。
 この国は暑い砂漠の国だからスパイシーな調味料を使用することも多く、胃に刺激が強かったんだ。ハンナさんお手製の素朴な麦がゆは口当たりもよく、胃にも優しかった。

 軽食を食べた後、私はうとうと眠気に襲われて、安全を確認されたヴィック用の宿泊部屋のベッドにて爆睡していた。
 その間、護衛用の武器を持たせたメイドさん複数人を寝ている私のそばに配置して、更に扉の前には護衛さんを付けて守りを厳重に固めた後、ヴィックはダーギル王子をとっつかまえて何か陰でいろいろ調べ物をしていたらしい。

 それを聞かされた私は複雑な思いだった。
 なんか私の知らない所でダーギル王子と仲良くなってない?
 奴は私を殺しかけた前科一犯だぞ?

 何度か王宮の召使いが部屋までご機嫌伺いにやってきたが、ヴィックはすべて断った。

『お茶はうちの使用人が淹れてくれるので結構』
『宴会の参加は辞退する。妻が本調子じゃないので』

 まぁ正直、宴会で何をされるかわからないし、ここまで来たら付き合いも必要ないよね。
 これまでは社交だと思って参加していたけど、もうね…

 夜も胃に優しい軽食を使用人が用意してくれたのでそれを食べただけ。必要以上に部屋の外に出ることは避けた。

 その日は寝る前まで、ヴィックは何かの帳簿のようなものを読み込んでいた。
 ダーギル王子と何を調べていたの? と聞きたかったが、今は邪魔しないほうがいいだろうと思って口出しせずに見守ることを選択した。
 多分ここで私が口出ししても何にもならないし、ヴィックもいろいろ考えていることだろう。
 
 私はまだまだ疲れが取れていなかったので先に寝台で横になって、ヴィックをじっと観察していると、視線に気づいたヴィックが微笑みながらこちらに手を伸ばして頬を撫でてきた。

「君を他の男には触れさせないよ。また襲ってきたら……有無を言わさず殺してやる」

 彼の手のひらの優しさに口元が緩みそうだったけど、引き攣った。

 ぎらりと彼の目が光って見えた。冗談を言っている目には見えなかった。
 ヴィック……不穏な発言はやめてくれ。そこまで私を愛してくれているのは嬉しいけど。

 その発言について何かコメントすることもなく、無言で彼の手を引っ張ると、ヴィックは私の誘導に従って寝台に入ってきた。私よりも大きな体を両腕で包み込んで、胸に抱き込むと背中をポンポン叩いて無理やり寝かしつけた。

 多分疲れているんだよヴィック、この国にいたら気が抜けないもんね。
 今はしっかり寝ておこう。

 予想通り、ヴィックが寝付くのは早かった。彼の寝息を聞きながら、私も眠りについたのである。


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