無意識のうちに初恋泥棒になってしまいましたわ!【完】 翌朝、ヴィックは使用人一同へ帰国することを告げた。 その為、朝から使用人たちが帰国準備にバタバタしていると、その話を聞きつけてきた国王がわざわざお部屋までお出ましした。 『大公殿、今日帰国すると…急ではないか?』 『ここにいても得られるものはありませんので』 見切りをつけた言葉に国王は青ざめていた。 いやもう、挽回できることないでしょう? 何とかなると思っていたの? 突っ込みたいけど、突っ込むまい。揚げ足取りされたくないし、私の発言でヴィックの足を引っ張る恐れもあるから。 『今後はダーギル王子に支援物資の管理をさせるように。あぁ、それと定期購入している鉱石の取引窓口も彼にしてくれ』 ヴィックの口から飛び出してきた言葉に私は怪訝な顔をしてしまった。 『──ダーギル王子同席のもとで調べた帳簿に不明な点がいくつか見受けられた。まともに計算できないものは外したほうがいい』 聞き間違いじゃなかった。 ヴィックは今後の取引関係はダーギル王子を介してでなくては行わないと言っているのだ。 『しかし、ダーギルは』 『我が国と彼は一度いざこざはあった。が、実際に自国のことを一番憂いている王族のようだからな』 それは明確な皮肉であろう。 目の前の国王は国のことを考えていない愚王だとヴィックは揶揄している。 相手がキレて攻撃してこないか私は冷や冷やしていたが、ヴィックはどこ吹く風のようだった。 『適正かつ公平に頼むよ、ダーギル王子』 ヴィックの発言をすべて聞いても理解できなかったらしいダーギル王子は間抜けな面を晒していた。 そうそう。朝からヴィックに引っ張り込まれて、王宮内の書類や取引関係の書類を突き合わせてやいやい言い合っていたからずっとここにいたんだよね。 「ダーギル王子、私が貴様を殺したり王子の称号剥奪を求めなかった理由を知ってるか?」 ハイドラート語から突然の母国語への切り替えに私は目を丸くした。 その問いかけにダーギル王子は過去の己の過ちを思い出して渋い表情を浮かべている。 王子の表情を見たヴィックは小さく鼻を鳴らすと、肩をすくめた。 「貴様はやり方を間違えた。リゼットを手に掛けようとしたことは今でも許せない。だが、貴様には国民を守りたいという意志があったから踏みとどまったのだ」 初耳だ。 あの時ヴィックは殺意MAXに見えたし、周りの人に説得されたから息の根を止めなかったのだと思っていたけど、実際にはそうじゃなかったのか。 「第23王子なんて微妙な地位に甘えてないで登り詰めろ。民を救いたいのだろう」 まるでダーギル王子に国王の座を奪えと発破かけているように聞こえる。 ダーギル王子はうちの大陸の言語も堪能だけど、他の王族はそこまでだ。だから他の人にはわかりにくいようにわざと言語を切り替えたのだろう。王位争いが絶えないこの国だからこそ。 ヴィックからの激励にダーギル王子は顔をくしゃっとさせていた。 「簡単に言ってくれるじゃねぇか。最初から将来が約束されてた大公様がよぉ」 「そうでもない。横から簒奪された経験があるから言えることだ」 軽口にも似ているが、ヴィックの言葉は重い。 ヴィックはいろんなものを失い、命を懸けて国を取り戻した。だからこそダーギル王子に響いたのかもしれない。小さくうなずくことで返事していた。 「私の期待を裏切るなよ」 「若造が。偉そうな口を叩きやがって」 ヴィックとダーギル王子のやり取りは国王や他の王宮関係者にはさっぱりだったようだ。ダーギル王子が危険視されている空気は一切なかった。 まぁ誰もかれもが語学堪能ってわけにはいかないだろうから仕方ないのかな。 内緒話を堂々とできるというこちら側のメリットはあるかもしれない。 追いすがろうとする国王をスルーして、私たちエーゲシュトランド一行は帰国の準備を整えた。 「今回は少しだけ助けられたね、ありがと。まぁ私を殺しかけたことは許さないけどね!」 「うるせぇ。さっさと帰れ帰れ」 律儀にも見送りに来たダーギル王子に、部屋を手配してもらったことについてのお礼を言おうとしたら、シッシッとあしらわれた。 「リゼット、おいで」 なんだと、と噛みつこうとしたら、先にラクダに騎乗していたヴィックに手を差し伸べられたので、彼とラクダ使いの手を借りてラクダの背に乗った。 港までの長旅だ。行きよりもさらに防備して移動する。 滞在中に慣れるかなと思ったけど、やっぱりこの暑さは応える。めっきり食欲がなくなって食べてないせいで体力が落ちている可能性も否めない。しかもこの後私の苦手な船旅も待っている。私は無事帰国できるだろうかと別の意味で心配になった。 『公妃様ー!』 『どこに行くのー?』 ラクダで移動していると、市場付近に住んでいたスラムの子どもたちが駆け寄ってきたので、一旦ラクダの足を止めてもらい、子どもたちに帰国することを告げた。 すると子どもたちはそろって残念そうな表情をしていた。もうサツマイモが食べられないからがっかりしているのだろう。ごめんね。 『これからは第23王子が何とかしてくれるからね』 すぐには、って訳にはいかないけど、きっと以前よりもマシな生活が送れると信じている。 ラクダに騎乗したまま、みんなに手を振って別れの言葉を告げていると、泣きそうな顔をしたあの少年と目が合った。 『────!!』 大声で叫ばれた言葉。 私はきょとんとする。 習っていない単語だったから。 彼は腕で目を擦りながらダッとどこかへ走り去ってしまった。 「お別れの挨拶してくれたのかな?」 別れが悲しくなるほど懐いてくれていたのかなとほのぼのしながら後ろに乗っている旦那様に視線を向けると、彼は無表情で少年の背を目で見送っていた。 え、なにその反応。 「なんて言ってたの? 悪口とかじゃないよね?」 もしも悪口なら私は悲しい。 結構慕ってくれていると思っていたのに…綺麗な石だってくれたしさ。 「愛の告白をされたんだよ」 感情を見せない平坦な声で言われた言葉に私は一瞬理解が追い付かなかった。 「あなたが好きですと言っていた」 ヴィックは冗談を言う人ではない。 きっと本当のことを言っているんだ。 「え、こ、子どもだよ? お姉さん大好きって感じの軽い意味合いよね?」 「違う。男が愛する女性に贈る言葉で間違いない。あの少年はリゼットに恋をしたんだ」 こ、恋…? 懇切丁寧に説明された私は更に衝撃を受けた。 一人の少年の初恋を奪ってしまったのだろうか、私は。 告白されて微笑ましいとか嬉しいを通り越して、なんというか罪な気持ちに陥っていると、おもむろにヴィックが唇を奪ってきた。 「君は私の奥さんなんだからね?」 念押しするように言われた言葉に私は我に返って、ぷふっと吹き出してしまった。 またこの人小学生くらいの男児に嫉妬してるし! 私が笑ったことが気に入らないのか、ヴィックはムスッとしていた。 大公様が子どもみたいにいじけちゃって。 「わかってるよ。私の旦那様」 へそを曲げた彼をなだめるようにキスをし返すと、ヴィックは「もっと」とキスをせがんできた。 どうした、今日は甘えたモードなのか。 帰りの砂漠道では何の問題もなく港まで到着し、船では安定の船酔い地獄だった。もう船には乗りたくない。 今回の視察旅で私だけがごっそり痩せてしまって、無事に帰国した後は体重増量メニューが課せられて太れと圧力をかけられる羽目になった。 体の頑丈さには自信があったのに、不甲斐ない…。 持ち帰った隕石をエーゲシュトランド公国の専門機関に持ち込んで詳しく調べてもらったその結果、やはり例の隕石からはやはりパラサイト隕石・ペリドットが出てきたではないか。 国の宝石製造技術者に頼んで、熱加工すると透明度が増してとても美しい色に変化した。 一つの可能性を賭けて、私はそれを大々的にお披露目した。 【空から降ってきた奇跡の星のかけら】 と銘打って、オークション販売したら高価な値段で買い取られた。 こうして物珍しく美しいペリドットには希少価値が出たのだ。 なのでヴィックを介してその事をダーギル王子に手紙で伝えてもらった。 ハイドラート現地の人の口ぶりでは、隕石が過去に複数落ちてきたのだと思われる。 よって砂漠にはまた隕石が埋まっていると考えられるので加工してうまく販売すれば、いい収入源になるよと。 あの隕石は災厄なんかではない。富をもたらす石なんだと。 とはいえ、今回は他の国のことに踏み込みすぎたので、お節介はここまでにしておいた。 これからはダーギル王子の手腕の見せ所だと思われる。 あの少年に貰った石はそのままの形で保管している。 磨かなくても十分に綺麗な石だから加工するのが勿体なく感じたのだ。 宝石でも、ただの石だとしてもどっちでもよかった。 彼の感謝の気持ちがこもった、私の宝物になったから。 |