生き抜くのに必死なんです。 | ナノ



お手をどうぞ、可愛いエポニーヌ。

 革命という名の暴動を指揮していたヴィックは、王都から駆けつけてきた国の兵士たちに捕まってしまった。彼は抵抗することなく王都へ連行され、一時は裁判なしで処刑の流れにいきそうになったが、エーゲシュトランド一行は事前に周辺国へ今回の報復作戦決行を通知していたため、周りの国からの処刑ストップがかかった。そうして一旦身柄が釈放され、大々的な国際裁判が開かれた。
 裁判では公平なものにするべく、裁判官らは関係者の息のかかってない周辺国の人間から選ばれた。

 国側はサザランド伯夫妻が無惨に殺害されたことに対して憤りを述べていた。領民を扇動したヴィクトル・エーゲシュトランドを危険視し、すぐさま処刑するべきと訴えた。
 だが周辺国はその流れに至った原因から掘り下げることにした。
 ことの始まりは蛮族によって襲われ滅びたエーゲシュトランド公国だ。大公夫妻は殺害され、そこから命からがら逃げ出した公子と数人の側近らは

【この国の王侯貴族たちが富に恵まれたエーゲシュトランド公国を取り込みたがっていたことは明白であり、エーゲシュトランドへ蛮族をけしかけたのは国王から命令を受けたサザランド伯爵である】

 …と訴えたのだ。
 その証拠にエーゲシュトランドから盗み出した品物の数々のほかに捕獲した蛮族の証言、それに関する機密文書などが提示された。実際にこの国の王侯貴族らは正当な権利もないのに旧エーゲシュトランドを支配、富を吸い取っている現実だ。
 エーゲシュトランド公国が襲われ、奪われた原因について、周辺国も確信はなかったがこの国が関わっているのではないだろうかと危ぶんでいたらしく、ヴィックたちが提出した証拠の数々を使って独自に調査をした結果、国側が黒であると判明した。

 エーゲシュトランドの状況は酷いの一言だ。奪われ殺戮された大公夫妻と思われる遺体はゴミのようにそのへんに放置されていたという。
 公国の国民らもそれはひどい目に合った。財産まで奪われ、死にものぐるいで他国へ亡命申請してきたものもいたそうだ。

 エーゲシュトランドが亡国に成り下がったのはこの国が主導して計画したことである。今回の件以外にもサザランド個人の犯罪記録もボロボロと出てきており、革命を起こした領民の怒りは最もであるという声が多く出た。

 数カ月に渡る裁判の結果、各々の犯罪証拠とエーゲシュトランドの惨状などを鑑みて温情という判決が出た。他の国の強い意見もあり、ヴィックは正当な後継者として公国を建て直せることになった。
 亡くなったサザランド伯爵がエーゲシュトランドから奪った金銀財産は一旦周辺国代表が没収した。調査の後エーゲシュトランド公国新大公となったヴィクトル・エーゲシュトランドへ返納されることとなったそうだ。
 サザランド夫妻殺害に関しては、自身の両親であるエーゲシュトランド前大公夫妻を無惨に殺害されたことの敵討ちとして認められた形で落ち着いた。


 正式な国際裁判の被告として法廷に立ったヴィック。私は彼の置かれた状況を新聞や噂からでしか聞かされなかった。皆は口々に処刑されるんじゃと怖いことを言うもんだから私はどうにかできないか考えまくって悩んでいた。

 だけどその心配は無駄に終わり、この国の自分勝手な行いを問題視していた諸外国のお偉いさんからの横やりがあって、不利な証拠がぼろぼろ出てきて……いつの間にか国の貴族らも掌返しして国王を裏切った。
 国王は廃位のち幽閉。直系の第一王子が即位する流れになったが、変な動きをしないか周りの国からの監視も入ることとなった。第一王子がどんな人か知らないけど、元国王があれだから警戒されても仕方ないよね…
 サザランド伯が治めていた領地は領主入れ替えとなり、政策や税などを見直しされることになった。そこで他の領地よりも余計な税が課せられていると派遣された監査役から指摘を受けて、あんなに重かった税が大幅に下がった。

 新たにこの領地を管理することになった貧乏くじ貴族はプレッシャーの中かなり頑張ってくれているが、なかなか内政は落ち着かなかった。サザランド伯の悪政は根深いところにまで染み込んでおり、根っこから叩き直さなきゃいけないみたいである。
 だけど前に比べたらマシになったと領民たちは言っていたので、これから徐々にいい方向へ進んでくれるんじゃないかなって思っている。


 ちなみに裁判の流れでキャロラインは、色々やらかしたサザランドの名前を継ぐことはできないこととなり、第二王子との婚約も流れてしまったのだという。そのまま修道院に入るだろうと言われていたが、元婚約者の伯爵子息に保護される形で領地を捨てて嫁いでいったとかそんな風のうわさが流れてきた。
 新しい領主と義兄が伯爵家の尻拭いにてんやわんやしている間に、駆け落ちのようにして出ていったらしい。
 面倒ごとはすべて周りに投げて、自分は楽な場所に行くという。
 ──なんだかんだでしたたかな女である。


□■□


 国全体を揺るがすこととなった国際裁判が幕を閉じ、それから数カ月時間が経過した。あれきり再会できていないヴィックはどうしているだろうかと心配しつつも私は焼き芋を売って生計を助け、少しずつ改善していく領地全体を眺めるという生活を送っていた。
 ずっと彼と一緒に過ごしていたわけじゃない。それでも不定期になったとしてもヴィックは私に会いに来てくれたし、私からも会いに行った。
 今では彼がどこで何をしているかすらわからない。……もう会えないのだろうか。

 …あのキスはなんだったの、って聞きたかった。
 おかしな話である。私はスラムに住む最下層の人間で、ヴィックは一国の大公。身分違いもいいところなのに何を期待しているのやら。
 レ・ミゼラブルでもそうだったろう。
 哀れなエポニーヌはスラム住民である自分を忌避することなく接してくれる学生マリウスに恋をした。しかし結局、いいところの坊っちゃんだったマリウスは育ちの良さそうな美しいコゼットと恋に落ちた。
 ヴィックに心惹かれてもそれはどうにもならない想いなだけ。期待するだけ無駄だ。私はエポニーヌのように好きな男のために命を投げ出す覚悟なんてない。芽生え始めた恋を忘れて、なにもなかったことにしたほうが私の幸せなのかもしれない。
 このままもう二度と再会しないほうがお互い幸せなのかもしれない。

 そう思いながらも、昔ヴィックが行き倒れていた路地に立ち寄ってはそこに座ってぼんやりする。彼とのつながりを求めて立ち寄ってしまうのだ。我ながら諦めの悪いことである。
 騒動の中で冬は終わり、春が近づいてきたがまだまだ寒さは残っている。
 今頃彼はどこで何をしているんだろう。元気にしているだろうか。ちゃんと食べているだろうか。

「リゼット」

 あぁ幻聴まで聞こえてきた。私は末期なのかもしれない。

「リゼットどうしたの、お腹空いてるの?」

 ぼんやりしているとジャリッと地面と靴が擦れ合う音が聞こえ、薄い水色の瞳が覗き込んできた。伸ばしていた髪を後ろで一つにまとめて鳶色のリボンで結んでいる。普段見ていた一般市民御用達のシンプル服とは違ってまるでお貴族様のように整った礼服を着ている彼は物語の王子様そのものであった。
 私は幻覚まで見えてしまっているのかもしれない。会いたくて、だけど会いたくなかった彼が目の前にいる。そう思うと手を伸ばさずにはいられなかった。

 頬に丸みのあった昔よりも肉が削げ落ちた白い頬を手のひらで包むと温かい。
 私は存在を確かめるかのようにまぶた、鼻に耳、唇までペタペタ触る。その手を首に持っていき肩から腕、そして胸元をさすっていると、節くれ立った大きな手がそれを止めた。

「リゼット、俺ならいいけど、他の男にそうしてベタベタ触れてはだめだよ」

 手を掴んだ彼はそのまま私の手の先にキスを落とし、続いて手の甲にも口づけをする。
 私はようやく目の前の存在が幻覚幻聴じゃなく本物であると実感した。

「ヴィック!」
「おっと」

 感極まった私は彼に抱きついた。温かい、生きている。彼の胸元に耳をピタリとつけるとちゃんと心臓の鼓動も聞こえる。

「良かった…無事で」

 ヴィックが無事だという情報は流れていたが、実際に目にしなくては安心できなかった。嬉しくてぎゅうぎゅう抱きつくと、肩にそっと手を乗せられた。

「リゼット、君に大切な話があるんだ」

 彼の声は真剣味を帯びていて、私はどきりとした。抱きついていた腕をそっとほどく。
 あぁやっぱり。国に帰るからお別れを告げに来たのだろう。最初からわかっていた結果なのに悲しかった。やめて、聞きたくない。
 無意識のうちに私はぎゅっと目をつぶった。

「一緒に我が国に来てほしい」
「……?」

 言っている意味がわからなかった。
 一緒に、我が国に……? どういうことだと混乱している間もヴィックは緊張した顔でこちらを見ていた。

「えっと、それは……入植するって意味だよね?」

 入植者として来ないかってお誘いをしてくれてるのね? 公国から亡命した人もいるから人口も減っているだろうし、復興に人手は必要だ。だから私を……

「俺の妻になってほしいんだ」

 続いて彼の口から飛び出してきた言葉に頭の中身が全て吹っ飛んだ。
 ツマ…つま……妻だって!?

「私は貴族じゃないし、無理だよ?」

 流石に身分差が大きすぎる。私達が良くても周りがいい顔しないでしょう。そもそもなぜ私なんだ。ヴィックほどの男ならいくらでも候補がいるだろう…

「我が公国は完膚なきまでに踏み荒らされてる。イチから建て直さなくてはならない。華美な贅沢なんて以ての外だ。…こんな面倒な家に嫁いでくれる女性はリゼットくらい元気じゃないと」

 そう言われたら…お嬢様育ちの女性には酷な話かもしれないね。残っている財産は復興のために使うだろうからしばらくは贅沢を望めないもの。
 一方の私なら貧しさに慣れているから耐えられそう……悲しい現実である。

「今じゃ俺は裸一貫の名ばかり大公だ。国を再興するにあたってはリゼットには苦労させることになるけど、きっと大切にする。……頼む、頷いてくれ」

 そう言いながらヴィックは私の唇を奪った。頷けと言うくせに返事をさせてくれないんですが。
 触れるような口づけを数回繰り返したかと思えば、ヴィックの熱い舌が私の咥内に潜り込んできた。あぁ、あのめちゃくちゃ激しいキスされちゃうんだと私が及び腰になると、離れるのは許さないとばかりに彼によって抱き寄せられ、後頭部を掴まれて固定されてしまった。
 身長差のある彼とのキスは一方的に与えられるばかりで、流れ込んでくる唾液を飲み込めずに口の周りがベタベタになってしまう。普通なら汚いって思っちゃうところだけど不思議とヴィック相手ならそうは思わない。
 ただ、変な気分にはなってしまうけど……
 人の通らない路地裏とはいえ、誰も通らないわけじゃない。静まり返った薄暗いそこで身なりの異なる二人の若い男女が熱いキスを交わしてるのを見られたらどう思われることか。

「むぅ…!」

 鼻で呼吸するにも流石に苦しいし、触られていない場所まで熱くなって目が回り始めた。膝の力が抜けてバランスを崩しそうになるとそれに気づいたヴィックが支えてくれた。

「顔が赤らんでる。……そんな目されたらもっと先のことがしたくなるだろう?」

 ヴィックは見たことないような色気満載の表情で私を甘く見つめてきた。中性的で美しいと形容されるお顔が男の顔になった瞬間を目の当たりにして私はドキリと胸をときめかせていた。
 ……そもそもそんな目ってどんな目だよ。

「だれが、こうさせたの……」

 息も絶え絶えに私が反論すると、ヴィックは私の唇にもう一度キスを落とし、「愛しているよ、リゼット」とさわやかに笑っていたのである。


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