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革命と言う名の復讐【三人称視点】

 このサザランド伯領へたどり着いたときはまだ14の少年だった彼は今や青年と呼べる年齢になった。彼は潜むようにスラムで貧困生活を送ったのち、離れ離れになった国の側近と再会するとすぐに国の仇であるサザランド伯への復讐を計画した。
 サザランド伯はこの国の国王に命じられ、陣頭指揮を取り、略奪殺戮を繰り返して青年の国を乗っ取った。豊かな公国に嫉妬し、手に入れたいという浅ましい感情が引き起こした悲劇。なにもかも奪われた彼らは命をかけて奪い返すその覚悟でいた。
 ただ、この国に潜入した彼らだけではそれは不可能だった。他にも協力者が必要だ。

 その協力者を見つけるのにはさほど苦労しなかった。
 このサザランド伯領では何かと理由をつけて課せられる重税や圧政で民らは疲弊していた。何度も何度も市民代表が訴えを起こすもサザランド伯一家はそれを無視。その御蔭で民たちの生活水準はガク落ちした。
 政治不信・治安悪化はもとより、食べるために春を鬻ぐ女性間で性病や望まぬ妊娠による無理やりな堕胎で命を落とすものもいたし、餓死や凍死で亡くなるものもいた。身体の弱いもの、立場の弱いものから順に亡くなっていく。
 その中でもなんとかしのいで生きてきた民たちの怒りは我慢の限界をとうに越えていた。

 一方で新聞社に就職した青年は多くの人脈を作り、色んな場所に駆け回った。取材と称して話を聞き出すこともあった。青年は庶民の怒りを煽って、革命仲間に引き入れようと考えていたがその必要はなかった。領主一家は自ら墓穴を掘っていたのだ。
 動くときを慎重に見計らいながら、時間を掛けて領民と接触する。自分の目的の共犯者になってもらうために。
 ──最初は余所者である青年を疑う人間もいたが時間を掛けて信頼関係を作り、自分の身分を明かすと共通の敵が居る相手であると仲間意識を持つ人間も増えてきた。

 お互いの利害が一致した後は早かった。地道な話し合いを重ねて計画を積んでいく。娘が第2王子との婚約が決まって浮かれているサザランド伯はそんなことにも気づかず、悠々自適に暮らしていた。
 散々苦汁をなめさせられた領民たち、そしてエーゲシュトランド公国の者たちが見た地獄を見せてやろうと革命の時を今か今かと待ち続けていた。


 その日がやってきたのは早かった。

 青年が大切にしている恩人でもある少女にサザランド伯の娘が接触したのだ。事もあろうにその女は青年の正体を知っていた。その上青年の母がつけていたネックレスを所持していたのだ。青年の蓄積した怒りは爆発しそうだった。
 時を同じくして協力者の一人の妻が殺された。貧困による強盗目的で家に押し入って金を奪われ、乱暴されて殺されたのだそうだ。犯人は見つかっていない。悪いのは罪を犯した者だが、そうなった原因は貧困だ。職にあぶれた貧困者は弱いものから金を巻き上げようとしてあちこちで犯罪を起こしていた。

 これは全てサザランド伯のせいだ、と誰かが声を上げた。
 領民たちの怒りはますます膨れ上がる。今が報復のときだと訴える彼らは武器を手に持った。
 決行日は決まった。
 青年はその前に大切な少女の顔を見に行こうと彼女の家に訪れたのだが、出迎えたのは彼女の母親だった。母親は血相を変えて娘の姿を探していた。

『リゼットが帰ってきてないの。この間も焼き芋販売の時に強盗にあいそうになったって聞いて…今あの人と息子と手分けして探しているんだけどいないのよ…』

 嫌な予感がした青年はあちこち聞き込みして少女の姿を探した。リゼットがサザランド邸に連れ攫われたという情報を聞きつけ、こっそり潜入した後に牢に入れられたあの子を見つけた青年は激怒した。
 サザランド伯の娘を前にして、革命の前に殺してやろうかと思ったが、今はその時じゃない。この女には民たちが見た地獄を見てもらわなくてはならないんだと思い直すと剣をひいた。

 事が済んだ後に、母の形見となってしまったネックレスを奪い返す。そう誓って青年はその場を後にした。


 青年・ヴィクトルはこれから自分が引き起こすことが大事になること、失敗すれば命はないことなどは理解していた。もしかしたら大切な少女と二度と会えなくなるかもしれないという不安もあったが、もう後には引けないところにまで来てしまった。
 彼はあの日の悪夢を今でも覚えている。両親と国民たちの無念は忘れない。自分の手が血で汚れようとなさねばならない時がきたのだ。
 ヴィクトルは一国の大公となるべく生まれ育った貴人。彼は自分の国民を国土を財産を守る義務があるのだ。彼はもう何も出来ない幼い少年ではない。彼には何かを変える力があった。

 最後に好きな女の子に口づけを贈ると、不慣れな彼女が可愛くてその反応がもっと見たくなり、なかなか解放してあげられなくなって少々やりすぎたが、ヴィクトルは俄然やる気を出した。
 絶対に彼女のもとに帰ってみせると。

 この場に集められた領民たちは各々武器を手に、殺気バリバリでこの革命の先導者であるヴィクトルについていく。目的地は先程までいたサザランド伯の屋敷。屋敷の前に辿り着くなり彼らは門戸を壊す勢いで武器を振り上げた。
 あたりに響く破壊音。屋敷のものが異変に気づいたときにはもう遅い。こちらには数がある。武器がある。怒りという何よりも強い原動力があった。
 慌てて駆け寄ってきた兵士たちは斧やら鉈やらそれぞれの武器を振り上げる領民らの勢いに呑まれていた。中には戦わずにどこかに逃げていく兵士すらいた。領民らは怒りに任せて屋敷を破壊した。物を強奪するものだっていた。突然現れた怒れる領民たちの姿に屋敷中で女の悲鳴があちこちから聞こえてきた。サザランド伯邸は混乱に陥った。

 ヴィクトルは前もって反抗しない相手は後追いするな、女への乱暴行為も禁止だと事前に注意していた。力の弱い女への暴力は望んでいなかったのだ。しかし、腹の虫がおさまらない輩が女を引き倒して乱暴行為を働いていると聞かされ、ヴィクトルは頭痛がした。

「やめないか! 無抵抗の女に手を出すな!」

 怒鳴り声を上げて止めに入ると、男たちに押さえつけられている女と目が合った。
 襲われていた女はほんの数時間前に遭遇したキャロラインだったのだ。着ていたドレスをビリビリに破かれて素肌を暴かれ、犯される寸前だった彼女は恐怖に引きつり、その大きな瞳には涙を浮かべていた。
 ヴィクトルは渋い表情を浮かべると、「我らの目的は領主の首だ。前もって女に乱暴するのは禁止だと言っただろう」と男たちを引き剥がした。折角のいいところだったのにとブチブチ文句を言う男たちを追い払ったヴィクトルは地べたに寝転がってハラハラ涙を流すキャロラインを見下ろした。

「…どうして?」

 疑問形のそれにヴィクトルは眉をひそめた。

「どうしてこんなひどいこと!」
「お前の親がしたことを俺もやり返しただけ。我が国はこれよりもひどい目に遭ったぞ」

 エーゲシュトランドは突然襲われ、奪われ、殺され、暴かれた。情け容赦無く甚振られたのだ。仕返しにしては生ぬるいくらいだ、と吐き捨てたヴィクトルの瞳は冷たかった。

「お前が親を放置した結果、ここの領民たちは貧しくなった。死んでいった者もいる。見捨てたのはお前だ。……幾人もの娘が今のお前のように身体を開く羽目になったんだろうな。最後まで致されなかっただけマシと思え」
「そんな私は…!」
「貴族として産まれ、その恩恵を受けてきたお前は只人じゃない。責任を取らねばならないのだ」

 ヴィクトルもあの日までは自分は守られるべき人間、特別な人間だと思っていた。だけどそうじゃなかった。貴人であるからこそ危険性と隣合わせであること、守られるのではなく自分が守らなきゃいけないのだと思い知った。

「ヴィクトル様! サザランドは地下室にいました!」
「──すぐ行く」

 ヴィクトルの側近が階下から領主の居所を叫んで伝えてきた。それを聞きつけたヴィクトルは腰に下げた剣に手をかける。

「え…ちょっと……嘘よね、お父様とお母様に何をするつもりなの…?」
「……気になるなら自分の目で見てみればいい。俺がされたことと同じことをしてやるだけだ」

 ヴィクトルが本気であること、歯向かえば殺されてしまうかもしれないことを察知したキャロラインは息を呑んで縮こまる。
 止めてくる雰囲気がないとわかるとヴィクトルは踵を返し、領主夫妻のもとへと足を運んだ。


 ──サザランド領の領民たちと協力して暴動を起こしたヴィクトル・エーゲシュトランドは屋敷に侵入したその日の晩に領主夫妻を殺害した。
 涙と鼻水を垂れ流した中年の男女は金目の物をあげるからどうか命だけはと喚いていた。しかし彼は無言で剣を抜いた。最後まで命乞いをされたが、国と両親を奪われたヴィクトルに躊躇いはなかった。

 ……なるべく苦しまぬよう、素早く息の根を止めてやった。生きるために森の中で狩りをしたときのように。温かい返り血を浴びたとき、相手の命を奪ったという実感が湧いてほんの少しの罪悪感を覚えたが、ヴィクトルは自分の咎として抱えて生きていくこと、そして国を再興してみせることを今一度誓った。

 見せしめのように城壁にさらされた夫妻の首。目を閉じさせたので眠っているように見えるが、胴体と完全におさらばしており確実に絶命している。
 それを見たキャロラインは呆然としていた。ヴィクトルとしては仇の娘にも思うところは多々あるが、キャロラインの命までは奪う気はなかった。ここで彼女が復讐に燃えて自分の首を取りに来ることがあれば、逃げも隠れもしない。ヴィクトルは正々堂々と戦うつもりでいた。だけど彼女は抵抗も反抗もしなかった。

 呆然としている女から公妃に譲られるネックレスを取り返すと、キャロラインから光のない目を向けられた。

「こんなはずじゃなかったのに」

 彼女の掠れた呟きを耳にしても、ヴィクトルの心は全く揺れなかった。


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