お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

不審者に注意。知らない人に拉致されないようにしましょう。




 7月に入って、期末テスト目前になると生徒達があちこちで勉強している姿が見受けられた。
 なので私も慎悟と一緒に勉強をしていたのだが、高確率で加納ガールズに見つかって引き剥がされてしまう。その度、邪魔してくるので勉強が進まない。
 ……巻き毛達は、慎悟のこと好きなのよね? 慎悟の勉強時間よりも、私達の仲を引き裂くことの方が大切なのだろうか……私は彼の邪魔になりたくないので、大人しく友人たちと勉強することにした。
 私はもちろん家庭教師作のプリントでお勉強だ。時々そのプリントに対抗意識を燃やした幹さんが教えてくれるし、好調にテスト勉強をこなしている。

 悔いのない結果を残そうと頑張っていた。暗い気持ちで休みを迎えたくはないからね。テストが終われば夏休みが待っている。なんたって全国の強豪がぶつかるインターハイが待っている。
 私はやる気が空回りしやすいから今度は自爆しないようにインターハイに臨みたい。




【不審者に注意! ここ最近、学校の周辺で不審者の目撃情報が出ています】

 帰りのHRで担任の先生に配られたプリントに書かれた文言を見て、私は目をパチクリさせた。
 内容は『不審な中年男女が白のワゴン車で学校周辺をうろつき、英学院の生徒を観察しているようだ』とのことだった。女子生徒だけに注意喚起するのではなく、男女問わず生徒全員に対してという辺りが英学院らしい。

 私の母校である、誠心高校の男子はガタイがいい人が多かったし、女子もスポーツ万能な子が多かったので、そういう不審者に狙われる確率は低かったように思える。
 不審者って基本的に自分よりも弱い人間を狙うでしょ? 血気盛んな脳筋高校生を狙おうっていう不審者は少なかったんだよ。返り討ちに遭うかもしれないというのがわかっていたからかな?
 小柄な誠心高校女子生徒(ハンドボール部生)が不審者を素手で返り討ちにした前例もあった。……新聞にも載ってその子は全校集会で表彰されてた。
 不審者には情け容赦なく鉄拳制裁。
 まさしく脳筋である。私も同じことをする自信があるぞ。

 それはともかく不審者か。
 一応学校の敷地内に関係者専用の駐車場とバス停があり、その周辺は警備員が配置されているが、何度か入門ゲートを突破されたこともある。どんなに厳重にしていても狙われる時は狙われる。
 有名どころの子息子女が通うんだ。誘拐犯からしてみたら、一般家庭出身の一般生でも金の卵に見えるのではなかろうか。…制服でブランドが決まっちゃうのかなぁ。
 私を殺した犯人もエリカちゃんの制服を見て、どこぞの令嬢を殺したとなれば有名になれると思って人質にしたと証言していたもの。

 私は用心のために防犯ベルは持ち歩いている。嫌がらせを受けたときに浸水して壊れたので新しく買い替えたやつだ。上杉対策で所持しているけど、不審者対策でもある。
 まぁでも私は大丈夫だと思うんだよね。だって基本的に車移動だし。

 学校には屈強な警備のお兄さんおじさんがいるけど、学校外部までは手が回らないので各自用心するようにという教師の話を聞き終えると、HRが終わって解散を告げられた。
 私だけでなくクラスメイト全員、警戒していたのは最初の日とその後数日だけ。すぐにテストに意識が向き、みんな不審者のことは頭の隅に追いやってしまっていた。



■□■



 期末テスト最終日は昼頃に学校が終わるとわかっていたので、その日は15時から病院の予約をとっていた。私は一旦家に帰宅して、私服に着替えてから病院に向かおうと考えていた。
 経過観察中の膝と完治した捻挫の状態を診察してもらって、万全の対策をとって試合に臨むのだ。
 さっきまで受けていた期末テストのことはもう忘れたのかと言うわけではない。今夜家庭教師の井上さんと自己採点という名の復習をするから、その時までは頭を解放させておきたいのだ。
 つまり疲れたんだ。

「お嬢様、本当に帰りはお迎えに上がらなくてもよろしいんですか?」
「行き慣れた道ですから大丈夫ですよ。診察もどのくらい時間がかかるかわからないし、帰りはバスで帰ります」

 学校の送り迎えをしてもらった上に、また病院の送迎をしてもらうのは気が引けるので、帰りはバスで帰ると運転手さんに告げた。
 部活が終わる時間に合わせて、いつも送り迎えしてもらっているんだ。それが運転手さんのお仕事とはわかっているが、私のペースに合わせすぎて負担になっているような気がして申し訳ない。
 それに帰りはただバスに乗るだけだ。大丈夫だろう。 
 予約をしていても、時間が前後するからいつ終わるかもわからない。その間駐車場で待ってもらうのも申し訳ないし、終わってから車を呼ぶのも急かすようで気が引けるんだよなぁ。

 レントゲン撮影と触診と問診を行った後は、スポーツ理学療法士のもとでアドバイスを受ける。膝の状態は現状維持できているし、捻挫も正しく治療できたので大丈夫であろうとお墨付きをいただけてホッとした。
 そんなこんなしていたら17時過ぎていた。とはいえ7月の夏本番に入ったので、外はめちゃくちゃ明るい。診察費の支払いなどを終えた私は、病院近くのバス停に向かおうと歩いていた。
 大通り沿いを歩いて、家方向のバス停に向かうために、私は信号待ちをしていた。病院が閉院した後だからか、人通りが少ない。車の交通量もそこまで多くないのは時間的な問題だろうか。
 それにしても夕方なのに暑いな。アスファルトが熱を吸収しているせいで熱がこもっているのかな。暑いしバスが早めに来ると良いんだけど。

 目の前の信号は変わる気配がない。私は横断歩道の信号が変わるのをボーッと待っていた。
 病院周りはオフィス街となっていて、大きなビルがたくさん建っている。その中にはひときわ立派なビルがあって、ガラス張りの建物の中の広くて綺麗なエントランスが見えた。大きなガラス扉の奥には強そうな警備員がいて、入門ゲート前を監視しているのが見えた。入場には英学院のような通行パスが必要なようだ。

 なんだろうこの会社……ちらりと会社名を見た時に「あれ?」と既視感を覚えたけど、目の前に停まった白いワゴン車の登場によって思考を妨害された。
 歩行者側の信号は未だに赤だ。何故、この車は停まっているのだろうか……?
 
 次の瞬間、横開きの扉が荒々しく音を立てて乱暴に開かれた。その音にびっくりした私は固まっていた。
 車の中から現れたのは──瑞沢嬢と顔立ちの似た中年女性。
 相変わらず年齢にそぐわない若々しい服装をしている。流行を追いかけているのか、若者に人気のメイクを取り入れているが、それは10代20代の子がするから可愛いのであって、40代に差し掛かるであろう大人の女性がするものではない。ただメイクが浮いて見えるだけだ。

「うわっ!」
「来なさい!」

 女は鋭利な刃物のようなネイルがされた手をこちらに伸ばして来た。爪が皮膚に食い込んでくるくらい乱暴に腕を掴んで、私を車に引き込もうとしてきたのだ。
 来いと言われて素直についていくとでも思っているのだろうか。突然の出来事に私は目を白黒するしか出来ない。何故ここに瑞沢母がいるのか、私を拉致しようとしているのか。
 車の中に引き込まれないように踏ん張って抵抗していた私は運転席にいる中年の男を見て、ハッとした。
 瑞沢嬢を違法に売春させようとしていた一味の女衒おじさんじゃないか。そういえばこの車は白いワゴン、そして中年の男女…
 ……学校の周りをウロウロしていた不審者ってこの人達ってわけか!

「…あんたたち、性懲りもなく瑞沢さんにまた近づこうとしてるの!?」

 あの騒動の後、慎悟のお父さんの知り合いの警察関係者に秘密裏に調べてもらっていたが、未だに音沙汰なしだったので、尻尾がつかめなかったのかもしれない。
 あんなことをしているんだ。裏の世界にいる人間なのだろう。

「うるさいわね! 前回は逃げられたけど、姫乃がダメならあんたを売り飛ばしてやる! あんたのせいなんだから責任取りなさいよ!」
「おい、怪我はさせるなよ。傷がつくと値段が落ちる…まぁ、その趣味の男にはたまらんだろうがなぁ…」

 ニヤァ…と粘つくような笑みを浮かべた女衒おっさんの顔を見てしまって、私は全身に鳥肌を立てた。
 気持ち悪い…!

「上物な上にあの金持ち学校に通う娘だ。値段がせり上がるぞ」
「…冗談じゃない!」

 なんなんだこいつらは。頭おかしくないか? 人身売買は違法なんだぞ。自分が何をしているかわかっていないの?
 ふざけるな、馬鹿じゃないのかこの大人たちは…! 呆れて物も言えない!

「いいから来なさいってぇ!」
「断る!」

 瑞沢母、痩せているのに力が強い。お金への執着なのか、こう見えて実は鍛えているのか…日頃から運動して鍛えているはずの私はどんどん車の中に引きずり込まれていた。
 空いた手で開かれたスライドドアを掴んで踏ん張っていた私だが、このままじゃ力負けして連れて行かれそうだったので、一瞬手を離して、肩掛けカバンの横に取り付けたキーホルダー型の防犯ベルに触れた。

 ──ピュリリリリリリリ!
「なっなに!?」

 飛行機もびっくりの爆音防犯ベルだ。甲高い警報音が鳴り渡った。そういえば防犯ベルを役立てたのこれが初めてかも。
 その音に驚いた瑞沢母がギョッとして手を緩めた。私はその隙を逃さずにその手を振りほどくと、一目散に逃走を図った。

 この辺は見晴らしのいい大通りが続く。ここを走っても、追いつかれて捕まるかもしれない。…ならば細い路地に入り込む…? いや、通行人が少なすぎて、捕まってしまった時に助けを求めることが出来ない。
 私は防犯ベルを作動させたまま、走って逃走先を探っていた。目につくのは先程既視感を覚えたあの大きな会社だ。警備員が建物のガラス扉の向こうで待機している。

 一か八か、あの大きな会社の警備員に助けを求めよう…!

「おい、早く捕まえろ!」
「ふざけんじゃないわよこのクソガキ! 待ちなさいよ!!」

 後ろで瑞沢母が金切り声を上げているのが聞こえてきたが、私は振り返らずに走り続けたのである。



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mokuji
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