お嬢様なんて柄じゃない | ナノ お許しあそばして。お嬢様なんて柄じゃございませんの。

ひとつひとつクリアしていこう。



「おはよう、笑さん」

 その声で、私は自然と笑顔になった。

「おはよう! 昨日ね、慎悟のお母さんに日傘買ってもらったんだよ。…み、未来の娘だって言われてさ…照れる…!」

 慎悟と学校の正門前で遭遇すると、昨日から抱えているむず痒い感情をおすそ分けした。おばさんから話を聞かされているかも知れないけど、言わずには居られなかったのだ。
 だけど慎悟は「朝から元気だなあんた」とドライに返してくるのみ。だって照れくさくない!? まだ婚約していないけど、現実味湧いて照れくさいでしょ? そう尋ねてみると慎悟は「そうでもない」とため息を吐いていた。
 そんな冷たい反応しなくてもと言おうとしたら、彼はシリアスな顔をしていた。なんだか深刻そうなので、文句を言おうとした口を閉ざした。

「…婚約の話に二階堂のご当主様がなかなか首を縦に振ってくれないんだ」
「…そうなの?」

 私達が婚約前提でお付き合いしているのは理解していたが、まだ婚約という単語がふわふわしている状態。私はあんまり意識していなかったけど、慎悟としてはマズい状況なのかな? 

「エリカは宝生との婚約破棄があったから……多分俺や加納家のことを事前調査しているんじゃないかな。あちらの気持ちはわからないでもないよ」

 …ということは、お祖父さんの鶴の一声で縁談の話が立ち消えになる可能性もあるのか…。
 お付き合いを始めて4ヶ月目。縁談というものがどの位の期間で内定されるのかがわからないので気長に待っていたが、慎悟としては焦りが出てきたのであろうか。

 さっきまで照れくさくて悶えていた気持ちは鎮火して、私までシリアスになってしまった。そうか……私達は一緒になれない可能性もあるんだな。
 だけど私は、別の相手を好きになる自信なんかないよ。
 他の人と結婚しろとか言われても、ここまで心許せないだろう。相手に心の内を素直に打ち明けられなくて、秘密ばかりできて苦しくなると思うんだ。多分それが相手にもバレて、きっとお互いに辛くなると思うんだよねぇ…
 ……お祖父さんの反対か……もしもそうなったらどうしようか。「どうしても一緒になりたいんだ!」とゴリ押ししたらなんとかなるか?
 私が一緒に悩み始めたのに気づいたのか、慎悟が手を握ってきた。

「…頑張るよ。だからそんな顔するなよ」

 私を安心させるように笑いかけてくるが、不安なのは慎悟もだろう。それに頑張るのは慎悟だけじゃないぞ。私だって一緒に頑張るさ。

「いざとなったら私からもお祖父さんにお願いしに行くから」
「大丈夫。念には念を、って意味で、調査しているだけだろう。例えば裏に女がいないかとか、会社が不法行為していないかとか。…そういう調査をするのは悪いことではない。大事な娘を嫁がせることになる上で必要なことなんだよ」
「…うん」
「俺にはやましいことはない、もちろん家の会社にも。だから心配しなくていい」

 遅刻するからもう行くぞと言われて、そのまま手を引かれた。…無性に抱きつきたくなったので、先を行く慎悟の背中に思いっきり抱きついた。

「…ほら、遅刻するから行くぞ」

 私は慎悟の背中にグリグリと顔を押し付けて充電すると、拘束を解いた。
 大丈夫、急に不安になっちゃったけどきっと大丈夫だ!

 私は慎悟の前に回ると、手を掴んで先を急いだ。
 私達は想い合っているけど、今はただの恋人同士なだけ。将来を約束された婚約者ではない。そして親や家の一声で引き裂かれる可能性もまだ残っているのだ。
 …私が弱気になってどうする。しっかりしなきゃ。

 先日の土曜日に病院で捻挫完治を宣言された。ようやく部活動の許可が出たのだ。段階を踏んで練習に参加する予定である。
 家で腕の筋トレだけは欠かさず行ったので、下半身の筋トレもちょっとずつ負荷をかけていかなくては。
 そしてその前に期末テストがあるけど、家庭教師の井上さんのお陰で理解が深まってきた。相変わらず勉強は大変だけど、着々と前に進んでいる。習い事にも慣れてきて、中々様になってるんじゃないかと感じることもある。

 大丈夫、失敗してもやり直せば。一旦休んで出直せばきっと前にすすめるはずだ。

「私も頑張るよ!」
「…怪我が治ったばかりだろ。無茶はするなよ」
「わかってるよー」

 ちゃんと考えて行動しなきゃ。惚れた腫れただけではダメなのだ。
 私が前向きに意気込んで教室に入ると、そこには般若がいた。私と慎悟の繋がれた手を見た彼女は「フンッ」と気合を入れると、手刀を入れてきた。

「いったぁ!」
「慎悟様、朝からそんなはしたない行為はよくありませんわ」

 巻き毛にとってお手々つなぎははしたない行為のひとつらしい。…あんたは明治時代の女学生か。

「おはようございます慎悟様!」
「今朝の慎悟様も素敵ですわ。前髪少し切られました?」

 朝のあいさつ代わりの巻き毛の妨害を受けた私達は、続々と現れた加納ガールズ過激派3人組に引き裂かれてしまった。
 3年3組、ロミオとジュリエット劇場が今朝も開幕されたのである。


■□■


「今回は100位前後を目指しましょう」
「井上さん、私のアホさを実感しているはずなのになんて無茶ぶりを」

 期末テストが間近に迫っているので、井上さんと試験範囲について話していると、今回の目標について「学年100位前後を目指す」ようにと言われてしまった。この間の中間テストでは150位。それでも十分頑張ったと思うの。当初の最下位に近い順位から100位近く上昇したんだよ!
 それを更に50位って……死ぬよ! 私死んじゃうよ! 三度死んじゃうよ!?

 だけど私の気持ちはどうでもいいらしい。井上さんは学力テストと称して、作ってきたテストを解くようにと私に指示してきた。私はげっそりしながら、テストを受けたのである。




「絶対無理無理」
「そう言いながらあんた成績ぐんぐん上昇しているじゃないの。もっと自信持ったら?」
「そうですよ。二階堂様はやればできる子なのですよ」
「…やっぱりわかりやすいプリントですねぇ…」

 学校で家庭教師の先生に目標を勝手に決められてしまったと愚痴ると、友人たちは三者三様の反応を見せてきた。
 
「ところで皆さん、進路希望表は持ってこられました?」
「うん。阿南さんは家政学部だったよね。あたしは体育学部でエリカは経営学部で、幹さんが経済学部」

 私達の進路は皆バラバラだ。大学自体は同じところに進むけど、大学生になったらこうして一緒に過ごすことはできなくなるんだろうなと考えるとすごく寂しい。

「あ…そのことですけど…希望学部のことはもう少し考えてみようと思って、先生に相談するつもりなんです」

 ぴかりんの言葉を遮るようにして、幹さんが口を挟んできた。
 …私は幹さんが進路を変えようとしている理由を知っているけど、ぴかりんと阿南さんは知らない。

「そうなの? この間エリカと一緒に大学見学行った時に他の学部に興味が湧いたの?」
「…まぁ、そんな感じです」

 幹さんは苦笑いしていたが、色々調べて自分で考えている最中なのだろう。私も水を差さないよう、その辺りの話は幹さんから話してくれるのを待っている状況だ。
 ぴかりんと阿南さんは不思議そうに首を傾げていたが「そうなんだ」と頷いて、深く切り込んでくることはなかった。


「へぇ、二階堂さんも経営学部志望なんだ? 僕とおそろいだね」
「……」

 どこかで聞き耳を立てていたらしい上杉が話に割り込んできた。
 いや、コイツもいいところの社長子息なので、経営側に回るというのは普通に考えたらわかるんだけどさ……それだよ。
 上杉を避けるためだけに学部を変更するのは癪だし、私は将来のために経営学部に進もうと決めたのだ。サイコパスに屈してなるものか……こいつに屈するという事は、負けを意味するのだ…!

「上杉君は実家の家業継ぐんだっけ?」
「そうだよ。父の子供は僕しかいないから自動的にね。昔から父の会社には顔を出しているし、挨拶回りもさせられてきたから、大学に入ればちょっとずつ仕事も教わることになると思うんだよね」
「お坊ちゃんも大変だねー」

 コイツのサイコパス気質を全く気に留めていないと言うか、全然気づいていないぴかりんは呑気に上杉とおしゃべりをしている。
 私は初対面で上杉に恐怖を抱いたけど、ぴかりんは平気なの? ただ単に鈍感なの? それとも執着されているかされてないかの違いなの?

「興味があるなら今度うちの会社の見学においでよ」
「あはは、芸能人に会える?」
「もちろん会えるよ」

 芸能事務所ってちょっと特殊な業界に見えるけど、経営学部で大丈夫なの? …私がいるから進路変更したとかないよね? 
 ぴかりんが呑気にサイコパスと談笑している姿を、私は息を呑んで見守っていた。

「二階堂さんも遊びにおいでよ。うちの会社はそう遠くない場所にあるから。君が来てくれたら歓迎するよ」
「行かない」
「…たまにバレーボールの試合でうちのタレントをコメンテーターとして派遣するんだけどなぁ。面白い話が聞けるかもよ? あ…もしかしたら観戦チケット譲ってくれるかも」
「……行かないったら行かない…!」

 卑怯者め…バレーを絡めたら私が簡単にホイホイついてくるチョロい人間だと思ってやがるな。誰が着いていくもんか。バレーの観戦試合なら自分でチケット取って観に行くもん。
 私の断固拒否の姿勢を見た上杉は肩を竦めていた。

「やせ我慢しなくてもいいのに」
「違いますけど」

 上杉の目にはどう見えているんだろう。中の人が私でも可憐なエリカちゃんがプルプル我慢しているように見えるのか? 
 私はどっちかといえば貞操の危機、サイコスリラーな未来不可避を察知して、積極的に避けているつもりなのだけど。

「それはまぁ置いておいて…君と同じ学部だなんて…なんだか運命感じるなぁ」
「慎悟も同じ志望先だけど。私達は運命の赤い糸で結ばれているのかな、ハハハ」

 その言い分だと他の経営学部志望の生徒たちも運命で結ばれているのかな。
 こやつと同じ学部だというのなら……大学進学後の身の守り方をちょっと考えないとな。スタンガンでも持ち歩くか?
 うーん…でもまぁ、慎悟と同じ講義をとっていれば大丈夫かな。
 
「ふふ、今から楽しみになってきたよ」
「…はは、そうかい」

 そこで笑うの止めて? 意味深に聞こえて怖いの。あぁー…本当にこわい。
 お嬢様教育に習い事、大学進学、慎悟との婚約話難航に、進学後の上杉のストーカー対策…問題は山積みだ。
 経営学部に進む気持ちは変わらないけど、進路変えたほうが良いのかなとちょっと迷ってしまったじゃないか。

 なんだかとってもバレーがしたくなってきたが、テスト週間で部活休止なんだよなぁ…とても、つらい。



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mokuji
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