お嬢様なんて柄じゃない | ナノ さようなら、私。こんにちは、エリカちゃん。

私が恨むのはただひとり。それだけはわかってほしい。



「ペロたん、散歩行くか?」
「キャワワワン!」
「そーかそーか行くか」

 7月も終わりに近づいた頃。
 私は松戸家にやって来ていた。最近になって二階堂家にも慣れてきたけど、やはり生まれ育ったこの家は別物である。

 散歩にはしゃいでいるペロの首輪にリードを取り付ける。お散歩セットを持って玄関のドアを開けると、夕方でもムシムシと暑い外に出た。
 ちなみにエリカちゃんのきれいな肌を守るために強力日焼け止め&日傘でお肌をガード・帽子を身に着けている。可愛らしい清楚なワンピースがよく似合っていて美少女ってやっぱり良いね!

 歩き慣れた散歩道を歩いていき、近くの公園に辿り着くと木陰で一休み。ペロにも水分補給をさせた。
 去年の今頃は今よりも部活一色だった。こんなのんびり夏休みを過ごしていた覚えがないので思わず夏休みボケをしてしまいそうだ。

「ペロ、暑くない?」
「フスッ」

 もう少し涼しくなればキャッチボールと行きたいが、熱中症が流行る今の時期の今はやめておいたほうが良いだろう。
 …今年のお盆は松戸家に弔問客として二階堂パパママと一緒に訪問する予定だ。ほら、私の身体が死んではじめての初盆だから、事件の関係者としてね…
 自分の体を弔うのもすっごい変な感じなんだけど。

 だから松戸家の家族とは他人のふりをしないといけない。ついでに悲しむ振りもしないと心証が悪いので頑張る。
 ……色んな意味で憂鬱である。

 何故かって…もしかしたら加害者家族が来るかもしれないと言われているからだ。
 加害者家族が直接手を下したわけじゃないけど、こちらとしては複雑なものがある。
 だからといって世間の人が義憤にかられて私刑のように追い詰めていたりするのも複雑なのだ。犯人は塀の中で守られていて、外にいる加害者家族に攻撃が集中してしまうっていうのはいかがなものかなと思うのだ。

 …そんな事されても傷は癒えないし、死んだ人は戻らない。
 忘れないでほしいのは 被害者 わたし が一番許せないのは犯人だ。犯人の家族ではない。
 ……だけどこればっかりは難しい問題だ。
 …そもそもマスコミなんかは被害者の気持ちなんてどうでもいいのかもしれない。



 ペロが木陰の下を走り回っているのをしばらく眺めた後、私はペロを連れて帰宅した。
 家のキッチンではお母さんが大きなボウルで大量のひき肉と細切れの野菜を混ぜ込んでいた。リビングのテーブルには使い込んでいるホットプレート…もしかして今夜は…?

「笑ー。餃子作るの手伝ってー」
「わかったー」

 今晩は餃子らしい。
 手を洗うと、私は洋服を汚さないようにエプロンを付けて地道な餃子包み作業を始めた。
 時刻はもう18時だ。夜に二階堂パパが仕事帰りに迎えに来てくれるそうなので、私はそれで一緒に二階堂家へ帰る。泊まってもいいけど明日が部活の日なので、隣市のここから通学だと色々大変というか。

 ひたすらお母さんと餃子を包んでいると、ピンポーンとインターホンの音が鳴った。
 だがあいにく私達の手は塞がってる。ソファに寝っ転がってスマホゲームをしている渉に出るように指示すると、弟は面倒くさそうにソファから起き上がっていた。


 …すぐに戻ってくるかと思ったけど、渉はなかなか戻ってこない。玄関側から声が聞こえるので、何やら話し込んでいるようであった。
 回覧板を渡しに来た近所のお喋りおばちゃんにでも捕まったのかなと思っていたのだが、弟は気まずそうな顔をしてリビングに戻ってくるなり、ひそひそ声で訪問者の名を告げた。

「ユキ兄が来た」

 その名を聞いた私は、餃子を包む手をピタリと止めた。それはお母さんも同様。ハッとして餃子を包む作業を止めると、水道で手を洗っていた。

「…そうね…笑、ひとまず渉の友達のフリできる? 」
「…うん」
「仏壇のお参りだけだろうから頑張りなさい」


 そうして裏でそんなやり取りがあったことなんて知りもしないだろうユキ兄ちゃんを家の中に招いた。

 最後にユキ兄ちゃんを見たのは、私が死ぬちょっと前。遠目で見た彼は私が見たことのない表情で彼女らしき女の子に笑いかけていた。
 あれから4ヶ月弱。久々に見た彼はやつれていた。
 それには私は演技を忘れてぎょっとした。

 え!? どうしたのユキ兄ちゃん!? なんか顔色悪いし、暗いよ!?
 ユキ兄ちゃんは私を見るとキョトンとしていたが、にこりと微笑むと「渉の彼女? こんにちは」と挨拶してきた。

「はぁ!? ありえねーんだけど!」
「……本当に。全くありえないです。こんにちは私、二階堂エリカと申します。渉とはただの友達です」

 ウェェッと顔をしかめる渉は後でシバく。
 …確かに私達は精神的には姉弟なので私も渉にそんな気は起きない。でもシバくのは決定だから。
 ユキ兄ちゃんは「そうなの? ごめんね」と謝罪する。渉が大袈裟な反応するから不審に思われないか心配だったけど大丈夫だったようだ。
 彼は私の仏壇のある和室に入り、仏壇前に正座して座ると長いこと私の遺影を眺めていた。

 あの、私ここにいるんですけど。
 そんな事を言えるわけもなく、ユキ兄ちゃんが線香をあげるのを見守っていた。
 何度見ても線香貰うの慣れないわぁ。
 
 私達の視線に気づいたのか、ユキ兄ちゃんはこちら側に向き直ると苦笑いした。
 そして悲しそうに表情を曇らせ、唇を何度か開閉させてためらう仕草をした後、意を決して話しだした。

「……ずっと言えなかったんですけど…笑ちゃん、あの日俺に会いに来ていたらしくて。……俺の忘れ物を届けてくれたけど会えなかったのでダチが預かってくれてました」

 そうそう。ユキ兄ちゃんがうちに遊びに来た時に大学の授業で使うであろうテキストを忘れてて、これはいかんと思った私は通学路途中にあるユキ兄ちゃんの大学へ立ち寄って渡しに行こうとしたんだよ。
 何度かお邪魔したことがあったからすぐに彼の姿を見つけることが出来た。
 …そして彼女とのキスシーンを見てしまった私は傷心のまま、あのバス停に居合わせたのだ。
 
「…あの時、引き留めていれば笑ちゃんはあのバス停を利用しなかったのに…俺のせいです…すいません…」

 ユキ兄ちゃんは顔を歪め、涙を流していた。
 それに驚いたのは私だけでなくお母さんと渉も目を見開いてびっくりしていた。

 おいおいちょっと待て。聞き捨てならないな。
 ユキ兄ちゃんが悪い?
 悪いのは犯人しかいないだろう。ていうかユキ兄ちゃんが自分自身を責めても、私は嬉しくないんだけどな。

「ユキ君、そんな事無い。笑はたまたま運が悪かったの。悪いのは犯人なのよ」

 お母さんの言葉に私はうんうんと大きくうなずく。

「そうそう、姉ちゃんはそんな事気にしてないって」

 渉も私の気持ちを代弁してくれていたが、ユキ兄ちゃんは「いえ、俺が悪いんです。そもそも俺が忘れ物しなければ…」と原因を掘り下げて自分を責める始末。
 男泣きするユキ兄ちゃんにお母さんも渉もオロオロするしかなかった。

 …私はこの中で唯一異物のような感じがしていた。だからなのかどこか他人事のようにそれを眺めていたのだ。

「……ペロ、Go!」

 エリカちゃんの可愛い声が室内に響き渡った。
 私の動作と命令に反応した忠犬ペロはピクリと反応した後、スタートダッシュを切ってユキ兄ちゃんにタックルをかました。

「っぶ!? ふぉっ、ちょ、ペロ…やめっ」

 ペロペロと言うよりベロベロとユキ兄ちゃんの顔面を舐め回すペロにユキ兄ちゃんは慌てていた。

「え、笑ちゃ…?」
「私はあの日庇って刺されたことに後悔していない。死にたくなかったけど、運がなかっただけのこと。私が恨むのは犯人ただひとり」
「………」

 ユキ兄ちゃんは私を見上げてぽかんとしていた。
 彼の顔を見てつい泣き顔になりそうな所を私は頑張って笑顔を作った。
 
「…って笑さんならそういうと思いますよ?」

 私はそう締めくくるとゆっくり立ち上がった。キッチンに歩いていくと、包み終わった餃子を持ってホットプレートが置かれたテーブルにそれを置く。
 ホットプレートを温めながらなるべく明るい声で私は喋った。

「そういう風に自分のせいだって思われる方が余計に嫌だし、大切な人には笑っててほしいと思いますよ? お兄さんきっとお腹すいてるんですよ! お腹すいてるから暗い気分になっちゃうんですよ。餃子焼くから食べてってください!」

 餃子を焼き出した音に復活したお母さんが「ぎょ、餃子包まなきゃねー」と白々しい演技でキッチンへ逃げていった。
 ドヤ顔(推定)で私のそばに寄ってきたペロは『褒めて褒めて!』と私の周りをうろちょろしているし、渉もギクシャクしながらテーブルに着いた。


 私はちゃんと笑えているだろうか。
 
 ユキ兄ちゃんのせいじゃないって言いたいのに私はエリカちゃんでしか無い。説得力がないのだ。…それがなんだか悔しいな。

 悲しんでもらえるっていうのはそれだけ大切に思ってくれてた証拠だけど……でもさ、大切なひとには好きな人には笑顔でいてほしいよ。
 

 
 焼き途中の餃子のことを渉に任せて、私は餃子を包む作業に戻った。

 だから気付かなかった…
 ユキ兄ちゃんが私をじっと見つめていたことを。


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mokuji
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