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その日、僕は酷く震えていた。
昨日の放課後のかっちゃんとの話のせいだ。
きっと機嫌が悪いだろうから、今日かっちゃんの後ろに座る事すら、怖いのだ。


かっちゃんが涙をこらえている所なんて、僕は然程見た覚えがない。
かっちゃんは、やれば何でも人並み以上にできて、強くて負け知らず。個性だって派手だから、かっちゃんが誰かに、何かに圧倒される事なんて、僕は見たことが無かったし覚えだって、やっぱり無い。

かっちゃんが上げた人は、悉く体力テスト上位者だったから、やっぱり彼等は凄かったんだ、と思ったのだけど、その後上がった「細目女」に正直驚いた。
彼女は、体力テストで目ぼしいところも正直あまり無くて、下から数えたほうが早かった、ように思えるし、彼女の個性をちゃんとした意味で僕は見ていない。

「おはよ!!デクくん!!………お、やってるねぇ、……お、は、よ!!」
「わっ!!!わ、わ、わ、う、うららららかさ!!おは、おはおは!!」

肩をバシンと叩かれて、僕はやっと前を見た。

「下駄箱と挨拶するところやったよー!」
「あ、あ、ありがとう!!……お、おはよう麗日さんん!!」
「それ、さっき言ったよ?」

コテンと、傾げられる首がんがわいぃ!!!

「あ、あの!あの!!僕、保健室に行ってて、昨日の演習……見られてなくて、その、どんなだったか、教えてほしい!!」
「ええよ!誰から聞く??」

ぐ、と両手で拳を作る麗日さんにやっぱり可愛い!!と感嘆の意を評しながら「し、ししくらさん、」と言うと、「ああ、」と言うように、難しい顔をして頷いた。

「肉倉さんはねぇ、こう、自分の周りにもやもや?もよもよ?もこもこー?ってさせてて、氷が、あ、相手はあの轟君ってこやったんやけど、氷をバァーンってされたんよ。そしたら、ゴツゴツガツガツガンガン!みたいな感じで、」
「え??え???ん???え???」
「そう、それでね、下からシュッて来たのが轟くんにペタってついたんやと、思うんよ。そしたら、ぐにゃあって……もう、すんごい塊!!!みたいになって、」

そこまで体の脇で手をパタパタと広げながら身振り手振りで教えてくれていた麗日さんの後ろから、「ねぇ、」と声がかけられる。

「は、はひ!!!」
「わ!肉倉さん!!ご、ごめん!邪魔やったかな!」

僕と麗日さんをちらりと視線だけで見てから靴を取り出した肉倉さんは、靴を履きながら僕のネクタイを解いたかと思うと、パパパっと途轍もなく素早い手さばきで締め直し、

「立場を自覚した方がいいわ。制服は品位よ」
「わ!!ごめ、!!あ、あり!!ありあ、りが、とう……!!」

長いまつ毛をバサリと一度落としてから靴を下駄箱にそれこそ美しく並べ入れてから去っていく。

「は、はえー……し、肉倉さんて、」
「う、うん……なんか、凄いね」

僕と麗日さんは暫く惚けてしまった。



放課後に、昨日の演習Vが見たい人は観られる、と言うことで、僕と飯田くん、それから何人かと意外にも肉倉さんが残った。

教室でそのまま流されるVを、皆が前に固まって見ている中、肉倉さんだけは自分の席から動くことなく一番うしろの自分の席でただ静かに見ていた。

それから、僕の中で彼女が一気にわからなくなる。

「あれ、肉倉さん、なんて言ったんやろ」

麗日さんの言葉に、少しだけ僕は目を伏せた。
昨日僕が言われた言葉だ。
かっちゃんが歯を食いしばりながら、あのギラギラとした鋭く力強い目とともに僕に向けた言葉だ。

『氷の奴見てっ!敵わねぇんじゃって、思っちまったッ!!
ポニーテールの言う事に納得しちまった……
最後の細目女の!初手が全く見えてなかったッ!!』

あの時のクソ、クソッ、と幼馴染みの口から短く吐き出される言葉に、僕は息が上手く出来なかったんだ。

『いいか…!!!』
『俺はここで!一番になってやる……!!!』
「多分、『私が、一番になる・・』って、言ってる、と思う」

昨日の、かっちゃんの顔がずっと頭から離れないのだ。
それだけ、あの凄い幼馴染みが、誰よりも強かった幼馴染みが負けを、勝てなかったと言う事を認めたと言うのが、衝撃的。
そこまで言わせたのだ。
かっちゃんに。
なら、その言葉通り僕は強くならなくちゃ。
本当の意味で、勝たなくちゃいけない。
だから僕も、もっと強くならなくちゃ。
まずは、彼に並べるくらいに。
そして、次は彼を追い越すくらいに。

多分だけど、と伝えるとそれを聞いていたらしい飯田くんが麗日さんの向こうから顔をヒョコリと出して言う。

「最強だ、とその前のチーム戦で評されていた轟君に勝ったのだから、実質一番だと彼女は自分を評さないのだろうか。……どうにも、客観的に自分の実力を把握できない程の性格でも実力でも無さそうだが……」
「わ、わからないけど、……」
「肉倉さんて、そんなにギラギラしたタイプやったんやねぇ、どっちかと言うと、こう、一匹狼なクールタイプ!な感じに見えてたんやけど」

麗日さんの言葉を耳に入れながら、少しだけ後ろを見ると、僕らの話題の渦中の彼女は、肉倉さんはもうそこには居なかった。

「そう、だね、」



なんやかんやあって、委員長決めをする事になったのだけど、

「じゃあ委員長緑谷、副委員長は八百万……と、肉倉も2票、か。副委員長はどちらかだな、どっちにする」

そう先生が名前を呼ぶと、丁度前後の席らしい肉倉さんと八百万さんは二人してすっと立ち上がる。

「どちらが相応しいか、決めましょう」
「いいわね。委員長なら譲っても良いけれど、"副"委員長は譲れないわ」

肉倉さんのこだわりはなんのこだわりかはわからないけど、兎に角、火蓋は切って落とされた。

「かのナポレオン・ヒルは言いましたわ!!最も優れた人は、万人の召使いにもなれる人である、と!肉倉さんに召使いは似合いませんわ!どうぞ私にお譲りくださいな!」

す、と目を細めた八百万さんは、顎を引きまるで虎が獲物に狙いを定めるかのように、彼女を見据えた。

「かの、ウォレン・ベニスは言ったわ。優れたリーダーになるためには、肯定的自己観と望ましい結果を期待する楽観性の両方が必要だ、と。貴女に楽観性を持てるとは思えないわ。かわりに私が治めてあげるわよ」

対しての肉倉さんはくい、と顎を少し持ち上げまるで八百万さんを見下ろすようにして腕を組んだ。

「肉倉さんに……ピッタリの格言をさしあげますわ、千人の頭となる人物は、千人に頭を垂れることができなければならぬのです。肉倉さん、貴女には出来ますか」
「あら、それは子羊の考え方だわ。一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れは、一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れにまさる、これはボナパルトの言葉よ。なら、私が、私こそが皆を高みへ導ける人間だと思うの。」

八百万さんと肉倉さんの格言の押収は、かっちゃんの

「誰が羊だぁ!もの考えて言えねンだったら死ねぇッ!!」

という大爆発で一旦幕を下ろした。
最終的には「お前が決めろ」との先生の言葉と、二人からの眼力に、僕はクラスの皆の多数決をとることに決めて、2票差で八百万さんへ軍配が上がる事になる。
余談だけど、かっちゃんと轟君は八百万さんに票を入れていた。
個人的に肉倉さんに思うところがあるのは、Vを見ていたから、何だか頷ける。

結果が出ると八百万さんは立ち上がり、

「楽しかったですわ。一人でできることは決して多くはありません、皆一緒にやれば多くの事を成し遂げられますわ。」

そう、肉倉さんに手を伸ばす。
くすり、と肉倉さんは笑ってその手を取り、

「ヘレン・ケラーね。目を星に向け、地に足をつけましょう。」
「セオドア・ルーズベルトですわね。……貴女とは気は合わないかもしれませんが、仲良く出来そうですわ!!」
「必要ないわ。私達はただの同期。それで十分だわ」
「なら、学友ですわね」

固く握手を交わしていた。

ともかく、委員長を決めるという一大イベントはこれで綺麗に幕を下ろす。



その日昼間に食堂であった騒ぎを飯田君は見事に治めて見せ、非常口飯田の名をほしいままにし、その手腕を結局は評価されて、僕の「委員長は飯田君がいいと思う」と言う提案に殆どの皆が頷いてくれた。
結果としてクラス委員は飯田君、副委員は八百万さんになったのだけど、
「不愉快だわ」と、後から肉倉さんに言われた一言で僕は副委員の座を争った二人に申し訳ない事をしたのだと猛省する事になるし、肉倉さんに謝罪をすれば、
「私は負けた人間だからどうだって良いのよ。八百万さんを軽んじないで頂戴」
とぴしゃりと叱られてしまって、僕は八百万さんにも謝罪を入れることにした。
多を牽引すると言う難しさやらなんやらを、ほんの少しだけ学べた気がしたような、そんな気持ちにはなれたと思う。


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