6
私は特に、ヒーロー基礎学を好んでいる。
自分の立ち位置が、力量が、客観的に評価されるからだ。
わかるからだ。
けれどヒーローを志す者として本当に大切なのはそこだけではない。
それは百も承知だ。
けれど、疼いて仕方がないのだ。
もっと強くなりたいと、疼くのだ。
これを熟していけば、嫌が応にも強くなれる、と私は確信を持っている。


今度の訓練は『救助訓練』

 設定はこうだ。

『・敵は捕縛及び逮捕されたがその証言から人質が複数人ビルに取り残されている事がわかった
・人質の怪我、状態、数、どこに居るのか、要救助者は纏められているのか、ばらけているのかは未だ不明
・時限爆弾を仕掛けてあるとの証言あり。
それが確実であるのなら制限時間は10分

・制限時間内に三人一組で全員を助け、爆弾を解除ないし解除班(先生)に託す。』

グループがクジで決められ、各々がグループ毎にまとまっていく。

A芦戸・障子・峰田
B飯田・麗日・口田
C青山・蛙吹・尾白
D轟・葉隠・瀬呂
E砂藤・耳郎・緑谷
F切島・八百万・常闇
G爆豪・上鳴・肉倉
解除班オールマイト・相澤

Aグループから順番にヒーロー役をこなしていく事になる。
人質は手の空いている他グループから順に教師より指定されたグループが行う。
二組の事もあれば、一組、はたまた三組の事もある。との事だ。
救助タイム、及び正確性、ヒーロー性を競う。

こんなところで躓いては一番は目指せないわ。と、私は大きく息を吸って、口角を上げた。
ヒーローたるもの、笑顔が大切だ、とオールマイトが言うのだから、笑顔でいなくては。

爆弾処理半役のオールマイトは講評も兼ねて横の建物の一階に居る。
演習は、地上23階の高層ビル。
若しくは、13階建ての廃ビル。
これも直前に発表される。


「ンでこいつとッ!!……てめぇ俺より前を歩くんじゃねぇ!!!」

ガン睨みしてくる煩い視線を無視して私は与えられた人質役として動き始めた。

「ムシしてんじゃねぇ!!!!」
「上鳴君、何階に行くんですか?」

おろおろとした上鳴君は

「ほら、肉倉も無視はやめようぜ、俺は上の方」
「へぇ、」

煙となんとやらはって言いますよね、と笑うと今度は凄い形相で二人ともに睨まれる。
あ、失言だったわ、と気がついた頃には既に鋭い目を向けられているのだから、それ以上は何も言わずに
「いけないわね、」と手で口元をそっと抑えた。
まぁ、爆豪君に至ってはずっと鋭い目を私に向けてはいるのだが。

「爆豪、俺もこいつはどうかと思うわ!!!」
「テメーと一緒にすんな!!」
「うわ!お前もひっでぇな!」
「お先です」

これ以上失言をしないように、とすたすたとビルに入り込んで適当なところで腰を下ろす。
敢えて二階のロッカーに隠れてみた訳だけれど、誰かと一緒に隠れればよかったかしら、と直ぐに選んだ場所を少しだけ後悔した。
偏に暇だった上、暗くて心細くなる。
何よりも、私が"助けられなかった"場合を想定して身がすくむのだ。

「……被害者の立場も学べると言う事ね」

私はそう、と瞼を下ろし、ロッカーの扉が開くのをひたすらに待った。



「合法的に女子に触れるってことで、良いですか!!!」

ロッカーを開いて私を見つけたのは峰田君。

「黙りなさいな蔓性落葉低木。気安く触れないで頂戴」

凄んでしまうのは許してほしい。
先生にあらかじめ渡されている怪我人設定用紙の内容を思い出す。

『右足骨折、打撲多数、自立不可』

ふ、ざ、け、な、い、で!
貞操の危機しか感じないわ!!
何故か身長を理由にやたらと腰回りの素肌を触る峰田を肉塊にしたことは不可抗力だったと断言する。
これでは敵やら性犯罪者と変わらないと思う。
彼らのグループは制限時間内に終わらなかったわけだけれど、仕方がない。私は、悪くないと思うの。

Bグループは口田君の個性をふんだんに使って動物たちに人を探させ、麗日さんの個性で複数人を軽くして飯田君の機動力を生かして回収、というもの。

私がこのメンバーでこの状況ならどうするのかしら、どう個性を使うかしらと想定して、幾度も考えた。


C、D、Eグループを講評の会場から見送って
モニターを眺めて考察をしながら作戦会議という名の爆豪君の名言及び解説コーナーが開かれている。

「三階の右端ン部屋」
「え?!マジ??なんで?」
「定石だろが。てめぇが敵になったらどこに置きてぇか考えんでもわかんだろーが、アホか」

から始まる爆豪君の解説を耳に入れて『なるほどな』とどこかで納得してしまう。

「ここは、頑丈過ぎて爆破させたところで被害は少ねぇ。弾の無駄だ。なら、ここの角とこっちを崩しゃあ少なくともこのフロアは崩落する。
そうすりゃどっちにしろこの部屋には辿り着けねぇ。
ならこの角とここに設置すんだろが。後は、あってもプラスでここだな」

そして本当にそこに時限爆弾はあったのだ。

「へぇー!うわ!!マジだ!爆豪お前すげぇな!!」
「これがわからねぇとか、クソだな」

私には、最後の場所はわからなかった。
そこまで、まだ辿り着けていなかった。
ぎり、と口の奥で歯がしなる。

「ド低能のお前らは黙って俺についてこいや」
「昭和の亭主は流行りませんよ、爆豪勝己」
「…………ブフッ」

平和に考察をしていたのに、最後の言葉に思わず言い返してしまった。
的確に、私の沽券に関わる言葉を吐かれるからだ。
苛立って仕方が無いからだ。

「貴方は現場に出てもそう言うんですか」
「……何が言いてぇ」
「おいおい、やめとこうぜ、な、俺にはお前ら二人の喧嘩止められる気しねぇの」

上鳴君が止めに入ってくるけれど、見下されるのは、嫌いだ。

「たった10分程度の役割分担が出来ないのなら、チームアップが出来ないのなら、お荷物です、と言いたいんです。伝わりませんか」
「上等だコラ、表でろや」
「あー、もー!!ほらぁ!!」

左右の掌を上に向けて爆豪君は構えはじめる。
私もそれに倣って髪を束ね直し、制帽を被り直したところで、

「……落ち着こうね」

そう、オールマイト先生に宥められてしまう。
らちらりと爆豪君を見ると、もう私から視線を逸して不機嫌そうにモニターを睨みつけていた。

「おい、細目女ァ、お前何ができる」
「…………あなたよりは役に立てるわ」
「ア゛ァ!!?」
「ちょ、マジやめろって、早く作戦決めようぜ!」

あたふたする上鳴君には悪いけれど、また口が勝手に動いてしまう。
ほんの少しだけ申し訳なくは思っているのに、口から言葉が止まらなかったのは、負けず嫌いが災いしてのものだと思う。

「私が人質及び怪我人を一纏めにします。救出は私が一人でできるわ。二人で爆弾を探してちょうだい」
「アァ?ザケンなよ、ンでお前の言う事に従わなきゃなんねえ」
「ちょ、だから本当にやめろって、」

それでも私は学ばなければならない。
自分の弱さも、強みも。
さっきのCDEグループの講評で見せられた爆豪君の推察力、観察眼に私は目を剥いた。
私では、爆弾の場所すべては割り出せなかった。
今回が本番、つまり現場だったなら、彼を知っていたら私はやっぱり間違いなく彼に爆弾をお願いする。
そうしなければならない。今は。
今後の課題だわ。
あと、きっと、恐らく、コミュニケーションの取り方も。
No.2になるのに、きっと必要な素養だ。
今から、学んでいかなければ。
私の目が、目を眇めている爆豪勝己を捉える。

「……だから、……あなたなら見つけられるでしょうって、言っているんです!!」
「……」
「あ、……あぁ、なるほど、ツンデレ系ね!わかりにきーな!」

上鳴君を睨みつけると、苦笑いを返されてしまう。
それすらも、精神年齢的な対応で負けた気がしてきて、なんだか腹が立つ。
でも、自分で言ったのだ。役割を分担する、と。
経験をすべて糧にする、と。
ならば、しっかりとやらなければ。
学ばなければ。
次はこの程度ならば一人で熟せるように。

「……要救助者は、私の、ある種得意分野だわ。居場所は簡単に探せるし、コンパクトにできる。だから、すぐに回収できるわ。
外に皆を運ぶのは……今の私では、まだ不安が残る。
……不可能ではないけれど、一人も漏らさないように、というのは案外、……きっと難しいから。」

私の言葉に、二人の目が少し大きくなったのがわかる。
私が、難しい、というのがそんなに面白いのだろうか。

「爆豪君なら、すぐに爆弾を見つけられる、と判断します。その後の上鳴君との連携も上手くできるでしょう。
爆弾の処理を先に終えたら、時間は関係なくなる。そうしたら……人質救助も手伝わせてあげるわ。」

ふい、と顔を背けた。
多分、私は真っ赤になっている。
けれどこんなところで、躓いていては私の思い描くヒーローにはなれないだろうから。
きちんと、やらなければ。

「手伝ってください、だろが」

ニタリ、と笑う爆豪君に、「お前もまあ最低だな」と上鳴君が零した。



「細目女ァ、お前は最上階から来い。」
「肉倉、頼んだぞ」
「爆豪君貴方、名前を覚えることも出来ないのかしら。
そんな頭で良く入試に受かったわね」
「……え、やっぱそうだったの?!え!?そういう??!爆豪!俺の名前わかるか?!」
「ッ肉倉名前!!知っとるわ!!嫌味を理解出来ねーんか!シネ!!お前も混ざってくんな!うぜぇ!!」

演習が開始して、返事は返さないままに二人を残して私は最上階へと向かった。
いう事を聞くのは癪だけれど、仕方がない。
腹が立つけれど、それに不本意だけれど、確かに彼は、爆豪君は少しだけ優秀だと思ってしまったから。
本当に、少しだけ。
少しだけだ。


爆弾は矢張り爆豪君がすべて探し当て、上鳴君に引き継いだ。
上の方に居た怪我をした要救助者は最上階に纏め上げて、真ん中の階以下の人には、上から降りてきてもらった軽症の人間(設定)と共に下に向かわせる。
怪我人は肉塊にして要救助者の皆にも手伝ってもらいつつ、運ぶ。
これなら、間に合うわね。
最上階に居る要救助者かつ重症者(設定)3人を共に肉の塊になった怪我人設定の要救助者と外に連れ出し、私の個性を解除していった。
その肉の塊に上鳴君は顔をしかめながらも、「手伝うわ」と一緒に運び出す。

「うぇ、まぁまぁ見た目気持ちわりぃ」
「皆意識はあるわよ」
「え、マジかよ、さっきの言ったの撤回!!」

皆が避難を終え、演習が終了したのは7分と35秒。
爆弾処理が先に出来ていたし、タイムなんてあってないようなものだけれど、
これがもしも現場で、爆弾が複数個、まだ隠れているものがあったとして、と
いろんな可能性を考えてから、
尚も思いの外ギリギリでの1位のタイム。
その数字に私はぼう、と立ち尽くす。
ただの1秒差。
こんなものは、負けと変わらない。
爆豪君がペアで無ければ、負けは確定だったとわかるのだから。
まだだ。まだ、私には足りないものが多すぎる。

あそこで、私が自分の個性を使って避難用の滑り台を作ればもっと速くに怪我人は回収出来たのかも。
もしかすると、あそこで皆を歩かせるよりもいっそ個性で全員を一度肉塊にしてしまった方が良かったのかしら。
そうすれば、私がそれで集中力を切らせさえしなければもっと早く終わったのかも知れない。
所詮は訓練、と言う思いがどこかにあって、油断に繋がったのかも知れない。

「ごめんなさい。……もっといい方法が今見つかったわ。
……私のせいだわ。
……負けて、しまった。」
「アァ?そこまでテメーに求めてねぇし期待もしてねぇし負けてもねぇわ。自惚れんなカス」
「ほら、1位だし!な?!」

舌打ちを残して私に背を向ける淡い色素の髪を視界から離す。
高校に入ってから、初めてちゃんと世界の広さを知って、自分の立ち位置が曖昧になった。

少し前までは、私は私が知る誰よりも強くて誰よりも努力をしていた、と思う。
勿論、兄よりも、たくさん努力をしているつもりで、強いつもりだった。
そう、思えていた。
なのに、高校に来てからおかしい。
私はどれも、勉強も、体力も、個性の使い方も、強さも、そのどれも一番に位置していない。
八百万さんには知識量で敵わないかもしれない。いや、きっと敵わない。
爆豪勝己程素早い状況把握は出来なかった。
尾白君ほどの肉体の強靭さは私にはない。
飯田君ほど速くは走れない。
轟君の氷、あれは酷く厄介だわ。
再戦して、あの後直ぐに対策を取られていたら、もう一度あの氷を張られたら抜け出せたかわからない。
私の個性が先に発動できたから勝てたのだ。
彼があれに気が付いていたら、勝てていたかはわからない。
彼が全く油断していなければ、わからなかったわ。
けれどきっとNO.1はすべてを物ともせず易易と超えて行くのだろう。
私は負けるかも知れない。
敵わないのかもしれない。
同じ年頃の子供に。
そんなの、負けているのと一緒だわ。
ただでさえ私は誰よりも弱いのに。
だから人よりもずっと努力はしている。それでも勝つことが出来ないなんて。いやだ。

強く、ならなくちゃ。

講評を聞き終え、訓練が終わった。
そのままの流れで皆は更衣室へ向かい、私はその背中をじ、と眺めていた。

「どうしたのかな?肉倉少女!先生はもう行くぞ!」

ニコリと歯を見せて笑う彼に、私はおもむろに視線を向けた。

「私は、誰よりも強くなってみせるわ。
誰よりも強くなって、貴方をより高みへと、はるか高みへと押し上げるの。
今よりもっと、今までよりずっと。
だから、待っていて……!」

私の言葉に、先生は少し困ったように笑い、「楽しみにしているよ、」と嘯いた。

私はいつか、この言葉を本物にしなくてはいけない。
いつか、本物にするのだ。




着替えも終え、皆が出ていった更衣室で、悔しさから、不甲斐なさから涙がボロボロと溢れてきた。
私は、ヒーローとしては決して今は強くはない。
たったの数日で少しずつ、少しずつ突きつけられていたその現実が重く伸し掛かって酷く息苦しい。

皆、それなりに凄かった。
私には思いつかない方法で、考えつかない推理力で、大きな個性の力を使って。
勝手に一人見下していただけの私を超えていく。
違う。
そもそも、私が同列に立ててすら、いないのだ。
きっと。

「肉倉さん、戻ってこんから、みんな心配して、……」

ドアが開き、覗いた顔が見覚えのあるそれ。

「放っておいて。もう解散してるのだから、関係無いでしょう」

目を大きく開いた麗日お茶子の顔を目に入れてから、サッと反らした。
麗日さんは、サッと私を隠すようにドアを閉めてから部屋に備えてある椅子に腰掛けた。

「皆さぁ、凄くてビックリするよね。勿論肉倉さんも凄いし、轟君とか、爆豪君とか、緑谷君も、もう、規格外!!みたいな人たち多すぎてビックリだ!それを女子なのに渡り合えてる肉倉さん、本当に凄いなって
「やめて」

睨みつけると、麗日さんの肩が揺れる。

「男とか、女とか関係無いでしょう。
……渡り合えている、ですって?
……そもそもは私が下だと、言いたいの?私の立ち位置を、あなたが決めるの」
「あ、……いや、ごめん。そんなつもりは無かったんだけど、肉倉さん凄いなぁって、負けられんなぁって、その、なんかそんな感じに思ったんよ」

手早く着替えてロッカーを閉める。
あまりに乱雑に扱ってしまった為に出た音の大きさに、麗日さんの肩が跳ねたのを視界の端で確認したけれど、それも無視をして更衣室を出た。

(慰められた。慰められたわ!!私が、!!!)

ただただ無心で脚を進めた。
教室に入る手前。
通り過ぎざまに腕を掴まれて、その先を辿る。

「……今、苛ついているの。離して頂戴」
「で、でも、……とても、辛そうだから!ぼ、僕も話しを聞くくらいなら、出来るから!……それに、皆肉倉さんが戻って来ないからって、心配して…」

見据えてくる今度は緑の双眸が、まるで先程の麗日さんのような顔が、酷く胸にモヤを張っていく。

「そんな事に気を回せるなんて、余裕なのね。
羨ましい限りだわ。私は馴れ合いたい訳じゃないの。
お友達ごっこに巻き込まないで頂戴」

緑谷君を無視して教室の扉を開くと、視線が集まったような、気がした。
それも全部を振り切って自席まで行き、荷物を引っ掴んで教室から出ようとすると、また腕を掴まれる。
ここは、お節介の巣窟ね。
これだから、嫌いだわ。
学校なんて、やっぱり楽しくなんてないものよ。
きっと。
おもむろに振り返ると今度は蛙吹さんだった。
心配そうな表情を覗かせて、切島君までこちらに歩いて来ようとしている。

「ねぇ、肉倉ちゃん何をそんなに焦っているの?何をそんなに、気にしているのかしら。心配だわ。お友達だもの」
「……離して頂戴」
「生理か?」

峰田君が蛙吹さんに叩かれ、飯田君に嗜められているのを尻目に掴まれたままの腕を振り解き、蛙吹さんに一言落としてから教室を出た。

「私には友人なんて、必要ないわ」


prev next

bkm


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -