教室へと向かう前に、自動販売機で適当な飲み物を二本買い込み、一つはバッグへとしまい込む。
ペタペタと上履きの音に耳を済ませながら、4限目の授業が終わるのを教室の外で待った。
中から
「んじゃあ次は実技だからな!気張って行けぇー!」
と、陽気な声がしたのと同時に授業の終わりを報せるベルが鳴り響く。
教室のドアがガラリと開き、中から教材を手にした先生が一番に出てきたかと思うと、私の肩に手を乗せて、
「ヘイ女子リスナー、とっとと入れよ」
バチンとウィンクを残していった。
息を吐き出して、教室へと入ると教材を机に仕舞い終え、早くも出来たらしい友人のもとへとお喋りをしようと腰を上げている姿があちらこちらに見えてくる。
私が目的の姿を見つけるよりも前に、私の目的の彼女はゆっくりと席を立ち、私の方へと足を向けた。
「良かったわ、昨日の今日で来なかったから、もしかしたら、気にさせてしまったかしら、って気になっていたのよ。ほら、もうすっかり治っているわ」
「……悪かったわ」
そう、そっぽを向くように告げ、既に汗をかいてしまっているペットボトルをずい、と彼女へと押し付けた。
「ケロ、……ありがとう。私は蛙吹梅雨というの。梅雨ちゃんと呼んでちょうだい」
「……受け取ってくれないと、席に着けないわ」
「ツンデレ、なのかしら」
「…………」
思わず目を窄めたけれど、ポン、と左肩を叩く赤髪が、
「はよ!朝じゃねぇけどな!」
と。
例の黒髪の特徴的な耳朶を持つ彼女が、
「おはよ、次は後ろも見なよ」
と。
学校なんて、どんな事を学ぶのかそれが果たしてヒーロー教育に相応しいのか、だとか。
そんな事を見られれば良い、と思っていた。
自分を鍛えられればいいと。
それくらい。
ここにはヒーローが多いから、ヒーローとは何か、をもっと沢山学べると思ったから。
馴れ合いなんて、要らないの。
必要ないの。
「わ、熱あんの?!顔真っ赤だけど!大丈夫?!」
「えっ、マジか?!ほ、保健室!今日こそ必要か?!」
「肉倉ちゃん、大丈夫?」
兄の言うように、「学校で友人」だの、「仲良く」だの「楽しく」だのと考えたことなど無かった。
無かったのだ。
「は、離してちょうだい……」
自分でも、蚊の鳴くような声が出たと、思う。
*
肉倉名前さん、彼女は最初からとても余裕がない子に見えたわ。
それこそ初めは調子が悪いのかしら、って見ていたのだけれど体力テストの時は普通に見えていた。
結果を出されたときに、歯を食いしばって目を見開いた彼女はどこか、怯えているようにすら見えた。
きっと、何かしらを焦っているのね。
と、どこかで私はそう結論付けた。
「わーたーしーがー!!」
普通にドアから来た!!!
と、多分皆の一つの目的であるオールマイトが現れた教室の正面扉。
6限目と7限目の授業が始まろうとしていたわ。
「肉倉ちゃん、とっても似合っているわ」
幾分か落ち着いたらしい肉倉ちゃんに声をかけると、少し考えるような素振りを見せてから、ジャケットのボタンをしめていき、腰に止めてあるベルトをもう一度きゅうと締め直している。
「……あなたも。」
たったその一言だったけれど、
「梅雨ちゃんと呼んで」
そう笑うと、困ったように笑われて。
ああ、この子は自分にも素直になれない子なのかもしれないわね、とどこかで考えていた。
飯田天哉、爆豪勝己 対 麗日お茶子、緑谷出久戦 で皆が固唾を飲んで見守り時には熱く燃える中、肉倉ちゃんは一時も視線を逸らすことなく、ただただ画面を静かに見ていた。
チーム分けで、彼女が最後に余った際に、オールマイト先生が「体力テストの順位を照らし合わせて2対1のチームも作るからね!」と、用紙を開いたときに、彼女は先生の前まで歩み寄り「私が余りよ。一番強いと先生が思ったチームと私を組んで下さい」そう、言った。
オールマイト先生は少したじろいで居たけれど、
「なら、最後に一番疲れていなさそうなチームと組んでもらおうかな、」
そう、誤魔化すように笑って話を纏めていたわ。
だから、彼女は自分の対戦相手が誰でも良いように、ってこの短い時間で作戦を練っているのかもしれない。
そう思って、私は何も話しかけなかったのだけれど、推薦入学だという、轟ちゃんの戦闘が終わってからの様子は少し違っていた。
屈み込んで、しきりに足を揉んで、その後先生に「少しお手洗いに」と言ってから、それこそ暫くは戻って来なかったの。
私と常闇ちゃんも切島ちゃんと瀬呂ちゃんと戦闘訓練を終えた頃に、漸く彼女は戻って来たわ。
「なら、肉倉少女はCチームと対戦としよう!!」
オールマイト先生はCチームを指名したのだけれど、八百万ちゃんと峯田ちゃんが用意をしようとしたところで、
「先生は、"一番疲れていなさそうなチーム"と言ったわ」
肉倉ちゃんはそう、声を上げた。
「いやいやいや、見てただろ?!あ、どっか行ってたんだっけ?アイツはやべぇだろ?!」
「そうだぜ、ここは先生の言うとおりにしとこうぜ、2対1でアイツ等に挑むのはやべぇだろ!」
上鳴ちゃんと、切島ちゃんはそう肉倉ちゃんに言うのだけれど、そうすると、
「先生、誰がどう見ても疲れていないのはCチームでは無いようですが。」
「んんんー!!策士!!」
そう、ニヤリと口角を上げた肉倉ちゃんは菫色の綺麗な胸元まである髪をまとめ上げて、軍帽や、制帽にも見える、コスチュームと同じく黒い帽子を深く冠った。
結果として私達は今から、轟ちゃん対肉倉ちゃんの一対一を見る事になった。
最後まで、「チームで」と拘っていた肉倉ちゃんだけれど、「俺に負けた理由を多対1にしたいのか」と、轟ちゃんの発した一言で火蓋は切って落とされたらしかったわ。
きっと、轟ちゃんのプライドにも触ってしまったのだと、思うわ。
「ヒーローは、肉倉少女で行こうかな!」
「敵の出方を知っているのにですか?」
肉倉ちゃんの真っ直ぐな目に、オールマイト先生は少し唸ってから、「轟少年!!君が、敵だ!!」とビシリと指を指した。
轟ちゃんは、即座に核を氷漬けにしてからその部屋の唯一の出入り口のドアの前に佇んでいた。
きっと、肉倉ちゃんを待っていたのだと思うわ。
カツコツと、音を響かせて階段を上る肉倉ちゃんの周りには、何かの塊が蠢いている。
ごく、とどこかで唾を飲む音が聞こえた気がしたわ。
「このアングル、下乳がエロ過ぎんだろぉ、何だよぉ、あのコスチュームはよぉ……チューブトップ、ズレねぇかなぁ、……あのジャケットだけに、ならねぇかなぁ……もうちょい、もうちょい脚あげ、ヘブッ!!」
あまりの言い様に、声の主を舌で叩きあげた。
皆真面目に見ているのに、良くないわ。
「うわ、まじかよ!!容赦ねぇ!!」
そう、声を上げたのは上鳴ちゃん。
轟ちゃんの目の前に現れた肉倉ちゃんを、彼は迷いもなくその蠢く物ごと氷漬けにしてしまった。
何を言っているのか聞こえないけれど、何言かを言った轟ちゃんの目は、直ぐに見開かれる事になる。
小刻みに、氷が振動している。
轟ちゃんが、更に構え直したその時だった。
轟ちゃんはフッと姿を消して、その場には肉の塊がベシャリ、と落ちたのだ。
「は、?」
誰の声かはわからない。
わからないけれど、その声はこのモニタ室にひどく響いた。
小刻みに氷が振動していたのが止んだ、かと思うと氷の表面にヒビ割れが現れ、肉倉ちゃんの周りに蠢いていたそれが氷を割って飛び出し、そこから肉倉ちゃんの黒い革靴が、長く白い脚がぬるりと出てきたのだ。
くぐるように氷から這い出た彼女は、パッと帽子の表面を払い、被り直して直ぐに
緩慢な動作で肉の塊を持ち上げてニヤリと笑う。
『 』
何を言っているのかはわからない。
わからないけれど、そのまま確保テープを肉塊に巻いた肉倉ちゃんは、体がもとに戻っていく轟ちゃんに、また何かをこぼした。
まさかの状況に、無傷で圧勝してしまったかのようにすら見える肉倉ちゃんの勝利に、暫くモニタールームの私達は、また口を開けずにいる。
「あ、アイツ!!……ダイナマイトボディだったのに、乳がちょっと、萎んでねぇか……?!」
「ま、……まじかよ……!!」
峯田ちゃんは口を塞いで吊るし上げることにしたわ。
恐らく、皆思っている事は同じだと思うの。
あの可憐な少女、としての姿はそこには無かった。
ギラギラとした、強者を求める目は、
彼女は、とっても、強いと思うわ。
肉倉名前
"個性"『精肉』
触れた肉は全て変化させることが出来る!
ミンチからスライス、肉団子となんでもいけるぞ!
自身の肉体はさらに自由度が高い!
とっても便利そう!!