真っ青な空の下
爆豪君が卒業式の日に「付き合えや」って、耳まで真っ赤にして言ってくれたのが、わたしたちの始まりだった。
その頃は、彼をただの同級生としか思ってなかったし、彼とは特別親しかったと思った事もなかった。
目が会えば会釈をして、食堂で同じテーブルになったら、演習の事をちょっと話す、とか。
寮でたまにトレーニングのメニュー見て貰ったり、おすすめのココア入れてあげたり。本当にその程度の関係性であった。
どんな仲でしたか、と問われれば「同級生」特別仲は良かったですかなんて訊かれることがあるのなら、答えは「いいえ」といった感じ。
とにかく、そんな爆豪君は、私の前で首元まで赤く染め上げて付き合え、というのだ。
私は「無理」と言うつもりだった。
けれど、そんな答えすら予想していた様子の爆豪君は「まず、三ヶ月」そう言って指三本を私の目の前に突き立てていた。

「三ヶ月、付き合え。そんで、そん時まだお前の答えが変わらんかったら、スッパリ諦める」
「……でも、」
「俺が諦め悪ぃンは周知だろーが。だから、そんだけありゃあ惚れさせるつっとんだ」
「惚れなかったら?」
「そんな未来はねぇ」

形のいい下唇に歯を立てながら、まるで自信満々とも取れる彼の発言とは裏腹に、その目は少しばかり揺らいでいた。

「うん」

わかった。そう私が頷いた直ぐ後に、しゃがみ込む爆豪君が始めて可愛らしく見えて、今思えば、私はあの日、あの瞬間に彼に恋をしたのだと思う。

お互いに、高校を出てから直ぐ様いろんな事務所のサイドキックや事務の仕事やら、覚えることでてんてこ舞いだった。
それでも、爆豪君に言われた「起きてすぐメッセージ」「帰ったら必ずメッセージ」それは一日たりとも欠かさなかったし、彼も必ずそれに返事をくれた。
時には電話をかけてくれたり。
そのうちメッセージは爆豪君から送ってくるようになっていて、気が付けば私の一日の最初の「おはよう」その一番は爆豪君になっていたし、最後の「おやすみ」は爆豪君になっていた。

くたくたボロボロのまま、二人で晩御飯を食べに行った。
始めて私が入院になった日、私に触れようとしてやめてしまった手が震えていた事を覚えている。
爆豪君が始めて、私を抱きしめた日だったかも知れない。

それが三ヶ月目だった。

とにかく、結果としてこの爆豪君との関係は今も続いていた。

そう。
続いていたはずだった。
今日までは。




半年くらい前のこと。
ほんの些細なことで喧嘩をした。
多分、彼の家に泊まる、泊まらないだとか。そんな話だ。

彼の家に何度か行った事はあったけれど、それはあくまでも彼の住むマンションのエントランスであって、部屋に入ったこともなければ、何号室に住んでいるのかも私は知らなかった。

私の部屋にばかり来る爆豪君に「ずるい」と言ったのが発端だったようにも思う。
とにかく、私はその日、爆豪君とそうして喧嘩をした。



「じゃあな」

また来る。
そう言って、その日玄関の扉を閉めた爆豪君が、この玄関を潜ることは二度となかった。

彼が朝晩必ずくれる「おはよう」「おやすみ」の連絡とは別に、私は何度か連絡をした。
素っ気ない、いつもの爆豪君らしい一言二言のメッセージが、その数時間後に返ってくる。
電話も何度かかけてみた。
けれどすれ違うばかりで、繋がらないものだからそのうちかけなくなった。
気が付けば、半年近くも会うことも出来ていなかった。

最初の一月目は、忙しいのだと思っていた。
きっと、事実としてそうだったと思う。
二月経つ頃には、そこまでこっ酷く怒ってたのかも、とほんの少し、不安になった。
三月経つ頃には、潜入捜査なんかがあるのかも知れない。と、開き直れた。
四か月も経つと、連絡をとる回数が半分になった。
五ヶ月も経てば、決まって爆豪君から来る「おはよう」と「おやすみ」以外に連絡をとらなくなっていた。

爆豪君と付き合って、そろそろ三年目に入る。
カレンダーの真ん中。ハートのつけてあるそれが、ほんの少し痛々しいな、と思えていた。

「……よし」

気分転換でもするか、と外へ出た。
大好きなファットガムが可愛らしくデフォルメされ、印刷されたカレンダーを見つけたものだから、こんな半端な時期だけれど、いっそ新調してしまおうか。
そんなことを考えて、私は口角を上げた。

財布を取り出そうと、気休め程度のサイズのカバンに手をねじ込めば、バイブレーションにしていたスマホが振動しているのが伝わった。

ディスプレイに映る名前に思わずあたりを見渡してしまう。
こんなタイミングで鳴らしてくるなんて、見張られてるみたいだ。
そんな、ほんの少しだけおバカな事を考えながら電話へ出れば、受話口から響く彼の声が「よぉ」と言った。

「うん」
「元気かよ」
「元気だよ。そっちは」
「まぁまぁ」

比較的静かな雑貨屋での電話は不躾な気がしたから、名残惜しいけれど、まだ当分購入の機会を逃してしまいそうなファットガムのカレンダーをディスプレイ棚へと戻し、店を出る。

もう三月のおわりともなれば、風が大きく吹くけれど、それもどこか暖かいものへとすっかり姿を変えている。
爆豪君の声が、耳の直ぐ側でする。

「お前、今どこ」
「東京だよ。ずっと、ここに居るよ」
「来い……俺ンとこ」

頼りなくかかるショルダーバッグの紐を握りしめ、私はまたここで選択を迫られた。
真っ青な空の下。
ムードもへったくれもない、大都会の雑踏で、当の本人が不在であるというのに。
顔も見に来ないくせに。

「……どこかも知らないんだけど」
「アメリカ」
「いま?」
「ん」

いつだって爆豪君は勝手だった。
確かに約束の三ヶ月経つよりもずっと前に惚れたのは私だけれど、これはどうだ。
あの時から、「付き合え」「連絡は、できるだけ毎日寄越せ」挙げ句「来い」しかも、海を渡れ、と。

「英語、得意じゃないよ」
「嫌でも喋れるようになるわ」
「ここで、仕事あるんだけど」
「なんとかしろ」
「親にだって──」
「名前」

爆豪君は、いつだって勝手だ。
その一声で私が黙ってしまうのを知っているし、私が痛いくらいに爆豪君を信じていることを知ってて、わかっててやってるんだ。
けれど、アメリカに居るのだ、という爆豪君の日課がそのままなのだとしたら、私へおやすみとメッセージを送っているのは朝のトレーニングのタイミングだ。
おはようと送っているのは、眠る少し前だとか、ではないだろうか。
欠かさず、毎日。私が返事をしない日があっても、ずっと。
ずっと、ずっと。


電話越しでも、彼が少し緊張しているのが手に取るようにわかった。

「チケット、送った」
「うん」
「明日には届く」

私の足は勝手に動いて、人混みをかき分けながら自宅であるマンションへと向かっていくし、本当は選択肢なんてあってないようなものだ。

彼とちゃんと付き合うと決めたときからわかっていた事だ。
だって、爆豪勝己だ。
あの、爆豪勝己。
私が振り回されない訳がない。
彼が私に合わせてくれる、なんてはずもない。
それをわかっていて決めたのだ。

「うん」
「結婚しろ」
「それは、面と向かって言ってほしいかなぁ」

私の脳天気な声に、爆豪君は「ハッ」と鼻で笑う。

「感謝し殺せ。こっち着いたら、もっぺんだけ言ってやる」
「……真白のワンピースで行こうかな」
「気に入りそうなん、用意しとる」
「うん」
「空のキレーに見えっとこ」
「うん」
「見っけたわ」
「うん。よく覚えてるね……えー……ふふ、一年以上前じゃない?」

爆豪君とたまたま休みがかぶったあの日に見た、世界の絶景ウェディング特集の番組で、いつか「こういうとこでウェディングするの、素敵」そんなふうに雑談混じりに呟いたかも知れない。
チラッとだけ画面を見て、すぐに手元の雑誌に視線を落とした爆豪君は、ちゃんと観ていないと思ってた。

爆豪君は勝手だし、私に合わせようとしてくれるなんて事もない。喧嘩しないようにだけ気は使うのに、いざとなれば、折れてくれた試しなんてない。
私が絶対に頷くことを理解して物を言うばっかりで、本当にずるいと思う。
今回だって、きっと思ったよりも長引いたのだ。
潜入なのか、遠征か。はたまた自己練磨のためか。わからないけれどとにかく、思っていたよりも離れている期間が長かった。きっと彼はそう思ったのに過ぎないのだ。

でも、爆豪君はこうして、彼なりに。とってもわかりにくいところで、こういう・・・・事をするから、もっともっとずるい。

私があの日「絶景って言うなら、私は空がいいなぁ」ってなんの気なしに呟いた、ほんの雑談。自分ですら忘れている、そんな一端を彼はずっと覚えて、彼のやり方で叶えてしまうのだから、ずるい。
ずるい、ずるい。
だから私は、彼から離れられないのだ。
結局、そんな、器用なようで不器用すぎる彼が好きだからだ。
私でないと、振り落とされるんじゃないか、とすら思う。
私ですら、振り落とされそうになったことなんて、一度や二度ではない。
でも、そんな爆豪君が好きなのだ。

「返事」

本当は、彼が緊張して返事を待っていることを、何となく察してしまう。
きっと、あの日みたいに真っ赤な首筋がそこにはあるのかも知れない。
真っ赤な耳たぶが、あるのかも知れない。

「うん」
「ん」
「爆豪君」

私の呼びかけに答えない彼は、また、しゃがみこんでいるのだろうか。
そんな姿、ちゃんと見たかったなぁ。
なんて言ったら、きっと舌を打って「趣味悪ィ」って照れ隠しをするんだろうか。
もう一度、爆豪君と呼んだら「ん」と返事をした彼に、やっぱりずるい。と思ってしまった。

「だいすき」
「バァカ」

ハッと鼻で笑う音が、受話口の向こうから響いていた。


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bkm


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