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本音か、と問われれば「わからない」と答える。
きっと、本当に一塵も思ってすらいなければあんな言葉は出ないのだろう。
けれどそんな事を意識的に考えていた事等無かった。
それは本当だった。

兄の事は大好きだと思っていたのだ。
思っていた。
けれど、同時にひどく羨ましかった。
きっと、兄はこの痛さを知らない、
この不自由さを知らない。
この辛さを知らない。

同じように、あそこにいたのに。
同じように、あそこでヒーローを求めたのに。


だから私は考えた。
そもそも、おかしいのだ。
ヒーローはピンチに駆け付けるもので、事が終わってから駆け付けるものではない。
それではいけないのだ。
間に合っていない。
ではなぜこのヒーローの飽和していると言われている社会でそんな事が起こりえるのか。

なぜ、ヒーローが当たり前にうろついている世の中であるにも関わらずいともたやすく殺人が起こるのか。

足りている事にかまけているからだ。
本来、ヒーローって特別な事をなせる、特別な人間に送られる称号であるはずで、そのヒーローが居たら何かが起こる前に解決出来ていたりして。
その超人的な力で持ってすべてを、災害からも敵からも私達民間人を救ってくれる存在でなければいけないのだ。
ヒーローとは、本来そういうものでは、無いだろうか。

ともすると、私を救えなかった、兄を救えなかった、父の心を救えなかったあれが、ヒーローを名乗っていいわけが無い。
彼がした事は、敵の撃退。
ただそれだけだ。
それって、本当にヒーローの仕事だろうか。

例えば、痴漢に合った女性には見向きもせずに、痴漢魔を追って撃退して。それで事件解決、終わりました。
なら、痴漢された女性は心が休まるだろうか。
痴漢をされた事は無くならない。その時に受けた辱めは決して覆らない。負った傷は癒やされない。
その時にその女性は、「大丈夫か」と、声をかけてほしいのではないだろうか。
その男を追うよりも、「もう大丈夫だ」と、力強く守られたいのでは無いだろうか。
その時の痴漢魔を捕まえるのは、警察に任せてしまえるのでは無かろうか。

けれど、ヒーローはその両方を出来なければならないと思う。
だって、それがヒーローだ。
ヒーローは、多を助けて一人を見捨てる、そんな者であってはならないと思うのだ。
ヒーローは、ヒーローとは、無欠でなくてはならないと、思うのだ。
なら、無欠のヒーローをつくらなければ。

今の世の中のヒーローは、ヒーローなんかでは決してない。

ヒーロー等と、名乗って良いはずがない。


なら、私がならなくては。
私が、この世界を変えなくては。
ヒーローの、ヒーローたる所以を取り戻さなければ。


もうすっかり動かし方を覚えた体を起こし、リビングへと降りた。
今日はちょうどいい。
父が、きている。

鋭い目を私に向けて、きゅ、と眉間に皺を刻んだ父と静かにダイニングに腰かけるその隣に居る母へと私は静かに語り始めた。

「私は、明日から学校へは行きません」
「……な、なにか辛い事があったのかしら、母は気付けなかったのかしら、」
「……」

静かに黙り込む父へと視線を向け、頭を下げる。

「私は、強くなります。誰よりも強く、人を"救える"ヒーローになる。だから、私に投資してください」
「名前、どういうこと、……きちんと、説明して頂戴」
「警察官になるのでは無かったのか」

父と母の言葉に、顔を上げた。
その苦々しかった父の顔には明確に「拒否」が浮かんでいる。

「警察の要項を、私が満たすことは今後一生不可能です。だから、ヒーローになってこんな世の中を変えるの。
ヒーローをもっと高みの存在にするの。
もっと、盤石たる存在にする。
もっと人を"救える"仕組みを作るわ。」
「そ、んなのヒーローにならなくても出来るわ!お勉強頑張っていたじゃない!
もっと、別の方法で、……例えば、法に携わるだとか、ね、ねぇ、あなた、」
「現状を把握できていない指揮官では誰も着いて来ないわ。
だから、私はNo.2になる。
影響力と発言力、権力を持つ立場になって世界を変えるわ。」

それが、私に出来る世の中への制裁だと思う。
この様子のおかしい世の中を誰かが正さなくてはいけない。

「その思想は、時に危うい。」
「はい。」
「お前は身を以て知っているだろう。お前の理想のために他を排除するつもりか」
「いいえ。私の理想じゃない。世界の理想よ。
ヒーローは"だれでもなれる"では、いけない。きちんと、然るべき時に然るべき行動が出来る、選ばれた人間でないといけないわ。すべてを守れる、救える人がそう呼ばれるべきなのよ。」
「それがどうして学校へ行かない事へとつながる。」

父は鋭い目をそのままに、目の前にあるティーソーサを傾けた。

「今の私はヒーローどころではないわ。
私はヒーローから一番遠い世界に居ます。
だからまずは一人の"人間"にならないといけないわ。」
「名前!!」

私の発言に、母は珍しい程に狼狽し音を立てて立ち上がった。
父は右手を伸ばし、それを制止しながら、なおも私に難しい顔を向け。

「名だたるヒーローは、大多数が雄英高校、士傑高校を出ているわ。
なら、そこをまずはなぞりたいの。
勉強くらいなら一人で出来る。
でも、一人で肉体を鍛える事には限界があるわ。
だから、私に、私が鍛える事に、……私の未来に投資してください。
今のままでは、ヒーローどころか一人の人間として誰よりも劣っているわ。
それじゃ、誰も救えない。救う手助けなんて出来やしない。
私は、これからずっとずっと強くなるわ。
そうして救うのよ。貴方も、兄も。自分自身も。」

ため息を吐いた父は、またカップを傾けて母を座らせ、

「いいだろう」

そう顎を上げて言う。

「あ、あなた!!」
「ただし、受からなければ、そこで燻るようなら、そのヒーローになると言う夢もろとも諦めなさい。不可能だ」
「あなた!!!」
「はい」

鋭い目の死ぬことの無い父に頭を下げ、自分で見繕ったジムやら道場やらの紙を父と母へと突き出した。



話を終え、リビングの扉を閉めたところで、私の足元に真白い清潔な靴下を入れた足が目に入った。
顔を上げなくてもわかる。
あれ以来、兄とは口をきいていない。
罪悪感、とは違う。
ましてや嫉妬でもない。

その足を避けようと踏み出すと、掴まれた腕に身体が傾き、思わず足を一歩引く。
廊下でカツンと甲高い音を響かせた。

「何かしら」
「貴様を、私が守ると言った」
「聞いていたのね」

ようやく視線を上げた私の目に映った兄は、いつの間にか私よりも遥か高いところに視線がある。
その鋭い目は、酷く動揺しているように見えた。
何か、言いたいことがあるのであろう事は明白で、私に言いたい事が何か、も明白。

「同情なんて要らないの」
「ど、う情ではない!当然の話をしている!」
「私は一人でなんでもできるわ」
「それは、つい最近そうなったと言う話だろう!」
「なったんじゃない!そうなるように私が努めたのよ!」

兄さんはただでさえ細い目を更に眇めた。

「私は目標の為ならなんだってするわ!勝手に、私の限界を決めないで!
下に見ないで!
見下さないで!卑しめないで!貶めないで!
私は、誰よりも上に立てるわ!立つわ!!
……兄さんのその目が、私は大嫌いよ」
「……」

振り払った腕がまた掴まれることはもう無かったし、呼び止める声ももうない。

それが、中学に上がる、少し前のことだった。




アブローラーを転がしながらTV画面を覗き見る。
画面に映っている爆破を繰り返している少年の前で、立ち尽くしている、他のヒーローを待っている彼ら。
もうずっと、こうして膠着状態が続いている。
彼らがヒーローであるはずがない。
彼らがヒーローを名乗って良い筈がない。
どう見ても、助けを求めている。
彼は、救いがほしそうじゃないか。

それをただ、手をこまねいて見ていられるのだ。
そんな彼らに、まもれるものなどありはしないのだ。
救えるものが、あるはずが無い。
敵は待ってはくれない。
敵は手加減などしてくれない。

だから誰にも、何事にも恐れない。
立ち止まらない。
そうあらなくてはいけないのだ。
そう、ならなくてはいけない。

そうでないなら、ヒーローを名乗ること自体が間違いだわ。

画面の向こうで、また数度、爆発音が響いた。


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bkm


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