Dear My Hero
私のお兄ちゃんは強くて優しくてかっこいい。
私が寂しいと「遊ぼう」って外に連れ出してくれる。
泣いていると、どこか痛いのか?って、心配して、お母さんとかおばあちゃんに知らせてくれる。
ちょっと意地悪なところもあるけど、自慢のお兄ちゃんだ。

私が物心つくよりもずっとずっと前。
それくらいから、お父さんとお母さんは結婚をしているけれど、お父さんは一緒に住んでいない。
「どうして私のお家にはお父さんいないの?」って聞いたら、「そのかわりにおじいちゃんとおばあちゃんが居るでしょう?」って、返されたと思う。
その理由を知ったのは、もう暫くしてからだったけれど、それでも寂しくなることなんてなく、楽しく私が過ごせていたのは間違いなくみんなのおかげだったのだ。

それでも、たまにうちにやって来るお父さんを「お父さん、」と呼ぶのにはその頃の私には幾分か度量が足りなかった。
口が上手く動かなくなって、空気を吐いてしまう。
普段はずっと家に居ないのが当たり前だから、来る日は少し憂鬱だった。

私が、お父さんの仕事をきちんと理解したのは、随分と早かった。
それまでは、ずぅっと、「営業のお仕事で、日本中あちこちをまわっている」と、言っていたのはおじいちゃん。
「次は京都のお土産が貰えるよ」と言っていたのは、おばあちゃん。
いつも、お父さんがお仕事の家に帰って行ってから、私はそのお菓子を貰って食べる。数か月に一度の事。

私が、お父さんを苦手な事を知っているから、お兄ちゃんはお父さんがうちの家に来る日になると、「遊ぼう」って外へと連れ出してくれる。

それでも、決してお父さんは嫌いじゃないし、上手にお話し出来るようになれば良いのに。って、いつも思っていたりした。


その日、私とお兄ちゃんはご飯を食べ終わったらすぐにお外に遊びに行っていた、と思う。
お父さんを見送る日だって言うから、どうせお母さんはお父さんにつきっきりだから、それで良いと思ってた。

いつもの公園で、いつものようにお兄ちゃんと遊んでいた。
いつもなら、ジャングルジムとか、ブランコをお兄ちゃんが押してくれたりして遊ぶのだけれど、その時はお砂場に誰も居なかったから、お兄ちゃんと砂場で久しぶりに遊ぶことにしたんだ。

私もお兄ちゃんもやり過ぎるところがある。
延々と砂を掘り進めて山を作っていく。

「名前、もう少し掘り進めるぞ」
「うん」
「そっちはどうだ。こちらはもう下が見えてしまっている」
「もう少しだと、おもうよ」

私達は砂場の底が見えてしまうくらいには掘り進めてしまい、お兄ちゃんのほうから、ガリガリガリと、砂場に似つかわしくない音が聞こえた。

「僕はここを固めていくから、名前はもう少し頑張ると良い」
「うん」

私よりもずっと、個性が出るのも早くて、お砂を掘るのも速い。
私よりも凄い事がたくさんのお兄ちゃんは、私の自慢だ。

「掘って、トンネルを繋げよう。」
「うん、ほっていくね」
「うむ」

ガシガシと音を立てながら、私達は砂場の外に砂を投げていく。
お兄ちゃんの腰よりももう少し高い位置にある縁に砂を放っていくのは骨が折れるけど、お兄ちゃんと、誰よりも大きなお山を作るのだ。
そう思うと、楽しくなってくる。

いつの間にか、もう空は暗くなっていて、それでもまだ半分も穴は掘れていない。

「お兄ちゃん、続きはこんどにしよう?」

私の言葉には何も返ってこない。

「おにいちゃん?」

ぐる、と山の裏を見に行ったところで、足を止めた。
お父さんくらいに大きな体の人だ。
お母さんよりも、多分大きい。
その人が、お兄ちゃんの口元を塞いでいる。

「何してるの?あなた、だあれ?お兄ちゃん、もう帰らないと、怒られちゃうよ。」
「……兄……ちょうどいい。これが手土産に出来るな」

私と、お兄ちゃんを交互に見てニタリと笑ったその人は、お兄ちゃんを抑えているのと反対の、右手に握ったものを私に降り下ろして、私はびっくりして尻餅をついた。
そうしたら、お兄ちゃんが抑えられていた口元を引っぺがして、凄い声で叫んでた。
凄い声で叫んでいたからだと思う。
しばらくしてからやって来たヒーローにお兄ちゃんは助けられて、私は病院に泊まることになったらしい。

私が病院から出られることになり、家に帰れるようになる前には、おじいちゃんとおばあちゃんとはもうさよならをしていたらしくて、
新しいおじいちゃんとおばあちゃんのお家に今度からは帰る事になるんだという。

暫く私は外に出るのも怖いし、お兄ちゃんとかお母さんが居ないと、そもそも外に出るのも難しかったし、私が怖がって「痛い痛い」って、喚いてしまうから、きっとお母さんは大変だったと思う。

これが私の、一番古い記憶だ。





それからは新しい幼稚園にも、私は「行きたくない」と駄々を捏ねて、お母さんのおじいとおばあのお手伝いとして、最近出た個性を使って肉屋さんのお手伝いをしていた。
ずっと。
ずっとだ。
いつの間にか、お兄ちゃんは小学生になっていて、私も、小学校に通わないといけない時期になっていたのだけれど、どうしても怖くて外に出たくなかった。
家のお手伝いの時間以外は、自分の部屋に籠って、ずっと本を読んでいる私を、特にお兄ちゃんが気にしていた。

「名前、そろそろ外に出なければ体も鈍るぞ」
「大丈夫。運動は家でも出来るよ。」
「……友人も作れん」
「要らない。お兄ちゃんが居るから。」

その話をすると、お兄ちゃんはいつもぎゅ、と眉間に皺を寄せて手を固く握る。
それから、

「護ってやれなくて、すまなかった」

っていう。
別にお兄ちゃんが悪い事なんて何もない。
お兄ちゃんも私も幼かった。
襲われた事は私達二人とも同じだもの。
特に私だけが酷い目に会ったなんて訳では無い。

「そんな事言っても、私学校行かないよ」
「……そうか」

それから一呼吸おいて言う。

「僕は、必ず名前を守れるヒーローになる」
「うん。頑張って」

応援してるね。って、それに返しながらまた本を読むことに意識を向け直した。

「名前、学校は良い所だぞ」



私はどんくさいから、ガツガツと嫌な音を立てながら廊下を歩いて、お母さんにお風呂に呼ばれたから入りに行く。
それが終わったらご飯だ。
そそくさとお風呂を終わらせて、のろのろと食卓へと着く。


六人掛けのダイニングテーブルに並ぶのは野菜中心のご飯だ。
それはお兄ちゃんがお肉が苦手だからだ。
あの日から。
おじいちゃんもおばあちゃんもあまり話さないから、食卓に着いてから話すのはお兄ちゃんとお母さんの二人が主で、私は二人のお話しに相槌を打つのがいつもの事だ。

「わ、ぁ……凄いな」

言いながらテレビを眺めているおにいちゃんの視線を辿ると、その先にはオールマイトの姿。
手を突き上げながら、誇らしげに笑っている。

それを見ると、思うのだ。
間に合わなかった癖に。
救ってくれなかった癖に。
そう思うのに、きゅうと唇を引き結んで、キラキラとした目で画面を眺めるお兄ちゃん。
それを見るとどこか裏切られたような気すらしてくる。
どうして?
私達を救えなかったじゃない。

「あら、どうしたの?名前、もう食べない?」
「……野菜、嫌い。このテレビも、嫌い。このヒーローも嫌い。」
「……そう、」

早々に食事を終えてさっさとまた自室にこもった。

あの事件があって、精神的な負担がどう、だとかいう話で個性が暴走してしまっていたようで、私はまた暫く病院に入院していた。
その時に比べれば個性の扱いも上手くなったのだけど、未だお粗末な物だからしたい事もままならない。

あれ以来私の顔を見ると、たまに帰って来る父はきゅと顔を顰める。
だから父が家に来るときは私はお部屋に籠る事にしていた。
父の事は、変わらず嫌いではない。
けれど、私が居なければ、もっと心労は減っていただろう、だとか。
こんな引きこもりに心を砕かなくても良いのだろう、だとか。
思う所は、あるのだ。


あの日、もしもヒーローが後5分早ければきっとお兄ちゃんはあんなに怖い目にあわなかった。
もし、あと7分早かったら、私はこんな目にあわなかったし。こんなに外が怖くも無かった。
けれど、ヒーローは来なかった。
間に合わなかった。
自分があの日、もう5分でも良いから早く「帰ろう」と言っていたら、これは全部変わっていたのかもしれない。
お兄ちゃんを私が助けられていたら、変わっていたのかもしれない。
でも本当はきっと、私が強ければ、何が起こっても問題は何一つとしてなかったのだ。
だから私が、強ければ。

「強く、ならなきゃ」

ぎし、ぎし、と音を立てながら、アブローラーを転がす。




小学校の四年生になる頃、私はようやっと小学校に行けるようになったのだけど、

「あ、あの……おはよ、う!!」
「……肉倉さん?……おはよう」
「う、うん!あ、あの!」
「じゃぁね」

「え」と、声を上げたのは、最初の数日のうち。
このやり取りの後に、「肉倉さんって、気を使わなきゃだもんねぇ」なんてやり取りがなされているのを私は知った。

学校が良い所なんて、嘘だった。
友人が出来るだなんて、嘘だった。
けれどきっと、私が強ければ、オールマイトみたいに強ければ、私も彼のように笑っていられたんだろう。
私が、弱いからだ。
私が弱いから、辛くなるのだ。
強くならなくては、いけない。


自室でしくしくとべそをかきながら腹筋をしている私に、ドアを開いてその向こうがわでお兄ちゃんは言う。

「そんな事でへこたれるな」
「……わからない癖に」
「僕は名前ではない。わかるはずが無いだろう。」
「嘘つき。嫌い。」
「は」

お兄ちゃんを睨みつけて、私は酷い言葉を吐き捨てる。

「お兄ちゃんが私の代わりに怪我をすれば良かったの。」

お兄ちゃんの息遣いが、酷く煩い。

「名前、」
「お兄ちゃんが、あんなのに捕まらなければ、私はこんなになってなかったわ。」

棒立ちになったお兄ちゃんの脚の横に綺麗に付けられた手が、痛そうなくらいに握りしめられている。

「お兄ちゃんのせいよ」
「……名前」

思っても居ない言葉で、私はお兄ちゃんを傷つける。


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