23
18禁ヒーローの二つ名を持つミッドナイト、こと 香山睡は期末の演習も終わりを迎え、演習場から生徒を乗車させたバスが発車するのを見送った。
今年の一年生も、しっかりと育っている。
そう思うと、自然と頬がほころんでいた。
見た目や二つ名からそうだと思われにくいが、香山はどちらかと言うと自分は教育熱心な方だと思う。
世話を焼くことも嫌いではない。
どちらかと言うと、好きだ。
何よりも、高校生、と言う、中学までの限定的な世界から、一気に社会を知り、大いに戸惑い、自分の身の程を知り、挫折を、成功を知り、強さと弱さを理解していく、その一人の人間が深みを増していく。その瞬間に立ち会えることが何よりも尊いものだと思っている。
三度の飯よりも好きであった。
なぜならば、そこにそこはかとない青春を感じるからだ。
まるで少女漫画の一ページのような、少年漫画の一ページのような。
その一瞬一瞬を見せてくれる子供と大人の間である彼らを、香山は何よりも愛している。

ぶるぶると、腰のあたりに下げたポーチが震え、中からケータイを取り出すと、ディスプレイには珍しくそうそう見ない名前が浮かび上がっている。
「相澤」の文字。

「はぁい。どうしたのかしら!子猫ちゃん」
『そう言うのは良いんです』

そう冷たく返した電話の向こうの男は、どうにもひどく落ち込んでいるようであった。
それも香山は知っていた。
きっと、それでもこの相澤という男は、今日も生徒が帰宅するまでは何も思っても居ないような顔をして過ごすんだろう。それから薄暗くなった職員室で寝袋にくるまり、顔も隠して何時間も何時間も悩むのだ。自分が納得できるまで。この男は。
自ら憎まれ役を買い、自らを憎ませることで生徒らが奮起すればいいと、どこまでも自己犠牲を貫くのだろう。この男は。
香山は知っている。
この男のそういったところは、結局のところ日の目を見る事はそうそうないだろう。ないのであろうが、立派にヒーローなのだ。
だからこそ、香山は相澤が教師をやるべきだと思ったし、教師をやれ、とこの仕事に就かせた。
だからこそ、自分はどこまでもこの男の味方でいてやりたい、とも思うのだ。

「どうだったの」
『……バスを、こちらまで一台用意してほしい。肉倉も乗せていく予定だったが、難しい。このまま轟と八百万のみを乗せて集合場所まで向かわせる』
「そう」

思った通りの静かな声を、相澤は香山に返す。
結局、自分が冷たい人間であると見せかけておきたいのだ。恨まれていたいのだ。この男は。
どこまでも優しく、どこまでも熱い男なのだ。

電話向こうで「アイツ迎えに行ってもいいですか」と、相澤とは別に少年の声もしていた。
「先生、私名前さんに声をかけて来たいのですが」と、懇願している声もする。
その声の持ち主は、轟と八百万で間違いないのであろう。
相澤の「だめだ」と言う、明確な拒否と「さあ行くぞ」と指示が飛んだことで、二人は黙ることにしたようだ。

「良いわ。すぐに向かうわ」

大体、事は理解している。
今回の期末の演習試験についての会議でも、件の、肉倉名前の試験についての話をした際だ。
何食わぬ顔で、誰よりも酷な試験内容を課しておきながら、何度も何度も変わる事のない肉倉名前の名簿を見返しては顔を顰めていた。
恐らく相澤は覚悟を決めようとしていたのだろう。
肉倉名前を除籍にする、と言うその覚悟を。
もしかすると、乗り越えられると信じても居たのかも知れない。

香山は自動運転の校内バスの行き先を、相澤の使用していた演習場へと指定し、走らせた。

「あら」

到着すると、ちょうどこちらに向けて歩いてくる一つの人影が見当たる。
間違いなく、肉倉名前であった。

「ちょうどよかったわ、乗りなさい」
「……」

目元を真っ赤に染め上げ、へそ回り、太ももまでもを傷だらけにした肉倉名前は、膝下まで伝う血を拭うこともせずに歩いていた。
停車させたバスから降りた香山はそう声をかけるが、コスチュームの制帽を深くまでかぶり直した肉倉名前は、口を開こうとして、やはり閉じた。
それからまた開き、今度は下唇を噛み締めている。

「さ、乗りなさい」
「よご……してしまう……から、……」
「良いのよ」
「……足は、ついて、いる、……から、大丈夫……で、す……歩けるわ。」

喋る度に唇を震わせ、何度も何度も噛み締め、制帽を下げる仕草を見せる。
そのいじらしさに胸を打たれながら、香山は唇を持ち上げた。

「良い、肉倉さん」

香山はついに目の前で体を震わせ始めてしまった名前に厳しい目を作る。

「覚えておきなさい。ヒーローはね、決して泣くことは許されないのよ」

更に唇を噛み締めた名前の帽子に香山は手をかけ、帽子をとり払う。
帽子に仕舞われていた長い髪がさらさらと流れて、名前の肩に溜まってから落ちていく。
名前の長いたっぷりの睫毛に乗った重たげな雫は、頬を伝い、顎先に溜まってからぼたぼたと地面に染みを作った。
そうして一際大きく震えた名前の体を香山は優しく包み込んだ。

「けどね、のあなたは、ただの高校一年生の女の子よ」
「……っふ、…………ぅ、ぅ、う……うぁ、」

香山は何も言わず、何も聞かずに、ただただ名前の背を撫で、ただただ「今は泣きなさい」と抱きしめた。

□□□□■

「…………ありがとうございました」

すっかりと薄暗くなった職員室で、香山のデスクに缶コーヒーが一本音を立てずに置かれる。
したい事やらに囲まれていると、時間と言うのはあっという間に過ぎていくからいただけない。

「何してるんですか、こんな時間まで」

香山の隣に立ち、自らも同じコーヒーを喉へと流し込む相澤に「そっちこそ」と言ってやることにした。

「この間のレスキュー訓練を見てるわ」
「あぁ、……そろそろやめてやってください。趣味悪いですよ」

しれっと言う相澤を鼻で笑いながら

「いざと言うときに女性だったから助けられません、は通用しないでしょう」

そう言ってのけた香山に、どこか疲れた様子の相澤はため息を吐き捨てる。

「それで騙せるのは13号くらいのもんです」
「ふふっ。だぁって、おいしいでしょう?こんなに可愛い姿を見られるって、そうそうないじゃないの!」

今回のミッドナイトハイライトは、双方が顔を真っ赤にし、あたふたとしながら行われた麗日お茶子と緑谷出久の心臓マッサージだと明記しておく。
次点で上鳴電気に軌道の確保をされながらも恥じらいを見せる耳郎響香だろうか。それとも、件の彼女、肉倉名前への胸部圧迫の練習を終えた後に、自身の手を心境の読み取れない目で見つめていた爆豪勝己だろうか。

「まぁ、良いですが、ほどほどにしてください」
「決まってるじゃない!やりすぎは興奮しないわ!!」
「はいはい」

そうして香山は、彼女をあしらうふりをしながら寝袋に身を包もうとし始めた相澤に「一緒に飲みに行ってあげましょうか?」と、声をかける事にした。

「良いです。あなたに借りを作るのはめんどくさいんで」すげなく相澤はそう返す。
「そ」

それだけを呟く香山は、また静かに先の動画の続きに舌鼓を打つことに決め込んだ。
そうして、また一時間程経った頃。
誰も居なくなった、香山の周り以外には明かりのない職員室で寝袋のジップが下がる音が響き、

「香山さん」

そう珍しく、きちんとした呼び名で呼ぶ相澤の声が響いた。

「なに、相澤くん」
「やっぱり今日、一杯良いですか」
「ええ、いいわよ!」

何も相談などはしてこないのであろうことは分かっている。
きっと、ずっと決めかねているのだろう。
もしかすると、もう決めているのだろうか。
それとも、何かを待っているのか。
信じたいのだろうか。
そこまでは香山にもわかりはしない。
それでも、相澤が悩み抜き、決めた事なのであれば、それは恐らく「正しい判断だ」と香山は迷いなく信じる。そう決めていたし、そう信じている。



「飲み過ぎたわ……」
「水分を摂ってください」

翌朝の職員室で冷たく返す相澤に「昨日のしおらしさはどこへ消えたのかしら!」と舌打ちをしそうになりながら、香山はペットボトルを傾ける。
そうしていると、相澤が一つ大きく息を吐き捨て、デスクから取り出した一枚の用紙にペンを滑らせ始めるのを、香山は視界の端で感じていた。

「イレイザーよぉ」
「煩い」

旧友であるプレゼントマイクの言葉も遮り、相澤は静かにペンを置き、席を立った。
そのままの足で校長へと提出された用紙が、一体何だったのか。
香山はそれを聞くつもりはない。
彼がそう決めたのだから。
だから、職員室を出て1−Aの朝礼へと向かう相澤の背中を、ただただ静かに見送ろうとしていた。

「失礼します」

ノックの音と共に職員室へと入ってきたのは、先まで相澤の悩みの八割を割いていたであろう肉倉名前だった。
相澤はドアの前で立ち尽くし、肉倉名前の姿を見下ろしている。

「……先生、私、ちゃんと……考えたわ」
「……」
「コスチューム変更依頼書類と、体操着の、新しい、購入用紙を……いただく事が、出来ればと……思うのだけれど、」

そう言った肉倉名前の足元には、鈍く光る金属製のがついている。

「頂けますか」

昨日よりもずっとしっかりとした、以前にも増して鋭い目が、相澤を見据えている。
どうやら彼女も覚悟を決めたらしい。
自然と香山の目は細まった。
ちょうど朝の予鈴のチャイムが鳴ろうかと言う頃。
相澤は、肉倉名前に待つように言いつけ、校長に何事かを話した。
本人には到底言う事は出来ないが、それこそ敵のような形相で校長から受け取り直した一枚の用紙。
相澤はそれを破り捨てた。

「アイツは、ちゃんとやっていけます。断言します」
「君が言うならそうなんだろう!任せよう!」
「ええ」

相澤は肉倉名前の背を押し、職員室を退室した。
その背中を今度こそ見送った香山は、相澤も元気になったようだし、と席を立つ。

「さ、一時限目の授業の用意でもしようかしらね!」

どうやら今日は、良い一日になるわ。
そう思うと自然と香山の口角は上がった。


prev next

bkm


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -