22
そうして、あの爆豪勝己から主に緑谷出久へと向けられた挑発宣言「嫌がおうにも優劣がつく」発言の一週間後。
つまり、今日。
期末演習試験の当日を迎えた。

学内のターミナル前。
ズラッと並び立つ先生方に、少なくとも1−Aの皆はざわついた。
筆記試験も終え、B組の拳藤一佳からの情報によって、入試試験と同じ仮想敵の迎撃を主とする訓練である。そう聞いていた私たちは、明らかに多すぎる"引率"の教師陣に疑問を覚える。

「それじゃあ、演習試験を始めていく」

その生徒たちからのざわめきもものともせず、相澤先生を初めとした先生たちは高らかにそう告げた。

「もちろんこの試験でも、赤点はある」
「諸君らなら情報を仕入れて何をするのか、薄々わかっているとは思うが」

そこまで言いのけ、私たちを見た相澤先生の目は普段の覇気のない目ではない。
私は早々に気が付いてしまった。
恐らく、これは本当に、"試験"だ。
きっと、定期試験だとか、そう言った趣旨ではない。
きっと、そうじゃない。
ずら、と圧倒的なまでの迫力で立つ先生方に、私の吐く息が震えた。

二人一組チームアップで、ここに居る教師一人と戦闘を行ってもらう!」

相澤先生の首に巻かれたくたびれた捕縛布からその小さな身を出し、地に降り立ちピンと腕を上げた真っ白な輝かしいまでの毛並みを持つ校長先生はいつもの不敵な笑みを浮かべながらそう告げた。

「もちろん、例外はある、が!とにもかくにもプルスウルトラ!さ!」

「先生方と……」

隣でお茶子ちゃんの不安気な声がしていた。
なおも先生方は説明を続ける。
今回のペアと対戦相手先生は決定済である。
行動傾向、親密度、思考傾向等の諸々から今度の対戦は組まれている。
そこまで告げてから相澤先生は不敵な笑みを浮かべて言う。

「まず轟と八百万はチームアップで、俺とだ」

続々とチームが発表される中、私の名前が呼ばれることは無い。
最後の一人として私の名前が残った時に、ようやく相澤先生は私に視線を向け、「肉倉」と私を呼ぶ。

「お前は特別ルールが適応されている」
「……」
「俺と、一対一だ」

私はそこで、唐突に理解した。
先生は、ここで、今日この日・・・これから、私を除籍にするかどうかを、決める気だ。
きっと、いいえ、間違いなく。

「……ッ」口から息が漏れる。
「……え、ちょ、肉倉さん一人って、」気遣わし気に声を上げたのは芦戸さんで、
「先生、一対一は不利が過ぎると思いますが……」そう言ってのけたのは八百万さん。
「赤点もある、と言うことはその、例えば除籍だとか、そう言った、その先のものにも関わるのかしら……」言い辛そうにそう尋ねたのは梅雨ちゃん。
相澤先生は皆の言葉を受けてもものともせずに、

「お前たち、人の事を気にしている暇はあるのか」

冷たくそう告げ

「それぞれステージは10組、用意してある。例外・・を除き、それぞれ一斉スタートだ。試験の概要については各々の対戦相手から説明される。
 もちろん、状況いかんでは除籍も検討する。それは普段の授業と同じく、変わることは無い。心してかかるように」

説明を続けた。
そう言って、相澤先生は各チームの演習場を発表し、ターミナルに予め用意されているバスを指定していく。

「轟、八百万、肉倉は一緒に2号車に乗り込むように。」
「はい」
「ええ」
「……」

立ち尽くす私を尻目に、皆各々のバスに乗り込んでいく。
まるで、私の足は地面に沈み込んだようだった。
動かす事なんてできなくなって、ただただ小さく足を震わせた。
根っこが生えているなんてものじゃない。
進みたく、ない。

「どけや、ブス」
「……ぁ、」

ドンッと、私にぶつかった爆豪勝己は、静かに前を睨みつけながら「邪魔だ」とだけ告げ、指定の学内バスに乗り込んだ。
もしかすると、発破をかけようだとか、そう言った気遣いであったのか、もしかするとただただ本当に邪魔だったのか。
私は理解できては居ない。
いや、きっと本当に邪魔だったのだろう。
未だ上手く頭を働かせることもできないままに、相澤先生からの「早くしろ」と言う言葉で、張り付いて動かすことが出来ないと思っていた足が、きちんと私の意思で動かせる、と言うことを知った。
ただただ息をするのも、怖い。
私はここで終わるのだろうか。
いやだ。
いやだいやだいやだ。
そんなの、嫌。
だって私は、何もできていない。
何も、成せていない。
何も、誰にも、誰一人にも勝ててなんていない!
ヒーローに、なれていない!!

バチン、と高らかな音を立てて私の頬にキレイに入った私の右手を今一度きつく握り、私もバスに乗り込んだ。

□□□□□

相澤先生、轟焦凍、八百万百が試験場の向こうへと姿を消してから10分が過ぎただろうか。もう少し経つ頃だろうか。
そんな時だった。
いつか体育祭の時に見た大氷壁が聳え立ち、私の元にまで仄かに冷たい空気が届いた。

確かに不利だ。
皆よりも、恐らく圧倒的に。
勝ち目なんて、無いのかもしれない。
どうしたって私が勝てるビジョンは浮かんではくれない。
それでも、私が皆より不利じゃなかったことなんて、今まででも一度だってあっただろうか。
私が皆に運も含めて勝っていたことなんて、そう感じる事が出来た事なんて、一度だってない。

一人、相澤先生は服に付いた霜を払いながら私の立つスタート地点へとやってくる。
ざらざらと、先生の靴の下で砂が鳴く。
私の足の下で、砂が鳴く。

「準備は良いか」
「……よく、無いわ」
「……」
「でも、準備なんてさせてくれないのが、敵だもの」

私の言葉に、ニィ、と口端を持ち上げた相澤先生は「上等」と呟いた。

「ハンデだ」相澤先生はゴーグルをつけ、スタートのゲートに私を押し入れる。
「……」
「向こうのゲートを俺よりも速くくぐり切ればお前は合格だ。タイムリミットは30分」
「……はい」
「8分やる。その後俺もスタートする。それまで俺はここからは動かない」

先生の"ここからは"と言う言葉が気になるけれど、私は一歩、脚を踏み出した。
踏み出そうと、した。

「……ッあ!!」

ガクンッと体は傾き、地面がすぐ傍までやってくる。
手をつき、そのままの勢いで体を捻り持ち上げ、バク転の要領で足をつこうとした。
したのだ。
先ほどから、ずっと。
今度こそ、私の体は地面へと叩きつけられた。

「っぐ!」

何度個性を発動しても、脚が、うまく動かない。
何度個性を発動しようとしても、"精肉"も出来ない。
目に膜が張っていく。
震える体を腕だけで持ち上げると、あの日と同じ光景が目についた。

膝から下が、無い。

「ぅ、あ、……!」

少し向こうにただの鉄塊が転がっている。
わかっていた。
わかっていたわかっていた。
相澤先生が相手だもの。
わかってた。
それでも、私はズリズリと這って、進む。
速くうごけ。速く動かせ!と、何度も何度もいうのに、私の体は思うように進まない。
こんな動きで出せる速度なんて、限られている。
地面に太腿とお腹がこすれる。
先生の視界からも、離れられない。

「はやく、……はやく!……っ、ふ!」
「8分だ」

そう、先生は冷たく告げ、ものの数秒で私を追い抜いた。
体を起こすために地に付けていた腕で、私は先生の足にしがみつく。

「い、いやだわッ!!」
「……」

先生が足を進めるたびに、私の太ももがずりずりと擦れて痛む。

「こ、こんなところで、!!……こんなところで、諦めたくないわッ!!」
「だろうな」
「ッ、ぅ、アッ!!」

太ももに、石が刺さったのかもしれない。
ズキズキと痛い。
痛い。
何度も個性を使おうとし続けている。
なのに発動できない。

をそもそもきちんと"固定"していればまた違ったんだろうな」
「……ふ、」
「お前の弱点はどこだと思う、肉倉」
「……ッ、ぁ!!」

ズリッと、また体が擦れる。
先生が足を動かす度にあちらこちらが痛い。

「お前は別に弱くないよ、肉倉」
「……ぁ、」
「ただ『強くない』」

先生の足が、私の腕を振り払った。

「ッ、!!う、いやッ!」

先生の目が前を向いた瞬間に、私の個性は発動した。
した。
それなのに、次の瞬間に私の左腕であった肉は、ボトボトッと地に落ちる。
先生の"個性"だ。

「お前の強みはなんだ、肉倉」
「ぅ、い、いや……!!」
「ここまでそうして誤魔化してきて、何か進んだか」

今度は右腕だけで這って、先生のズボンのすそを掴む。

「……ふ、ぅッ!」
「いつまでこうしているつもりだ」

先生の言葉が冷たく響く。
わかっている、そんなことは。
きっと、きっときっと。
自分の足に拘っているのは、一番執着しているのは私だわ。
軽さに特化した義足は酷く軽やかだった。きっと、機動力はどれよりも高い。
特殊素材で作られた義足は、とてもしなやかで硬かった。だから、きっと折れる事は無いんだわ。
戦闘の為にと作ってもらった義足は、仕込みがたくさんあり、軽く、今よりもきっと高く跳べる。
使いこなすことが出来れば、今よりももっとたくさんの選択肢が増える。
体育祭でも、あんなふうな無様を晒すことなんて、きっと無かった。
こうして、今地を這っている事なんて、無かったのよ。
それでも、使ってこなかった。
体育祭で、あんなに悔しいと泣いたのに。
あんなに皆に勝ちたい、と、そう、思ったのに。
なぜ。
全部、全部全部、普通の足の形に出来なかった・・・・・・からだ。
肉をまとわせることが出来ない程に湾曲している。それがしなりを作るから。義足には必要なものだったからだ。
肉を纏わせたら、シリンダに何度も肉が挟まって、うまく機能させられず、ただただ怪我をすることになったからだ。
全部、"そのまま"でないと、使うことが出来なかったからだ。

「こうして個性が使えなくなる、そんな事は早々起こる事じゃない。それを想定しろと言う話じゃ無い」
「……まだ、!まだよっ!わた、私ッ!諦めてないわっ!!」

また、先生は私の腕を振りほどき、1歩進む。
そうして、先生からの視線がそれた瞬間に、右腕の個性を発動させて、先生へ向けた。
それと一緒にズボンの裾に噛みつく。

「ふーッ、ふ、……ッ、ふ」息が粗くなっていく。
「もうわかっているだろう」
「ふ、ぅ、……ッふ、ぐッ」

ブザーが大きく鳴り響き、「終わりだ」先生の冷たい声が降った。

「ん、んぅ、……」奥歯がギシッと悲鳴を上げた。
「肉倉」
「う、……ぅ、う、……ぅわ、ぁあああん!!!」
「肉倉」
「そ、そんなの、そんなの、わか、……わかってるわ!!!」

足も腕も無い。
こんな状況で、勝てるはずない。
どこにも進むことなんて、出来はしない。
顔だって、隠したいのに隠せない。
先生の「終わりだ」と言う言葉に、腕を戻しながら、私は止まる事のない嗚咽を漏らし続けた。

「ずるい!ずるいわッ!!ひどいわッ!!!わた、私だって、わたしだって!!」

こんなにも、無様だ。
私は、ひどく無様だ。
体を起こすのにも、ひどく手間取って、それすらも悔しさを助長していく。

「おかしいじゃない!!どうしてッ!私はどうしてヒーローを目指しちゃいけないのッ!」
「誰よりも頑張ったわ!絶対よッ!!やだっ!!まだ、まだ!ここ・・に居たいわッ!!!」
「もっと、もっと、もっともっと頑張るからッ!!!うわぁあああん!!!」

「肉倉」と先生の呼びかける声に、もううまく答える事も出来なくなってしまうほどに、ただただ声を上げる。
もう止められなかった。酷い酷いと、先生をなじりたいわけじゃない。
先生が、悪いわけでもない。
そんなことはわかっているのに。

「まだ、!!もっと、もっともっと、皆と居たいわ!!もっともっと、強くならなくちゃいけないのに!!
もっと!皆とッ……ヒーロー……わた、わたしっ!」
「肉倉」

先生は、座り込んだ私の傍に冷たい金属の足を置き、先よりもずっとずっと静かに語りかける。

「試験は終わりだ。リカバリーガールの元へ行け」
「ッ、わ、わたしだけ一人だった!!!」
「そうだな」
「わ、私だけ!皆よりも試験内容がき、厳しいわッ!理不尽よッ!!」
「そうだ」
「……知っていたら!」
「知ってたら?」
「……」

先生は、冷たい目で私を見下ろす。

「知って、いたら……」

知っていたら、私はちゃんと、クローゼットに並ぶあれをつけてきただろうか。
ひざ下に、固定器具を巻いて、ネジを締めて。
金属の触れる音を響かせながら歩いてきたのだろうか。ここまで。

「……」
「……」
「ぁ、……」

私の言葉に、静かに目を伏せた相澤先生は「林間合宿、除籍如何は後日、追って仔細を通達する。リカバリーガールのところへ行くように」とだけ告げて、行ってしまった。

私はただただ息を吸って、吐いて、足をなぜた。
柔い肌のぬくもりが、指先を伝っている。

私は、「知っていたら」どうしたかったのだろう。
向き合う答えなんて、すぐに出せるか、今の私にはわからない。
まだ抑えきれない嗚咽を、どうすれば堪えられるのか、もう私にはわからなかった。
泣くのを堪えることになんて、慣れていた筈なのに。
泣かないように、なんども頬の内側を噛んで、太腿あたりをつねって。そうしたら我慢出来ていたのに。
今は何をしたって涙が止まることなんて無かった。
何をしたって、立つことが出来なかった。


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