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「今日のレスキュー訓練は、レスキューの基本中の基本を行います」

USJ・・・でコスチュームに包まれた指をピンと一本立てた13号先生は、同じようにコスチュームに着替えた1−Aの皆を前に言う。

「災害時にも被災地に一早く駆けつけるのは、救助隊の役目かも知れない。それでも僕たちヒーローはそれ以上・・・・に速く辿り着く。誰よりも速く被災した人たちを助ける。その気概を忘れてはいけないと思っているよ」

私の隣でうんうんと大きく頷くお茶子ちゃんは私に向けてまた「うん!」と大きく首を縦に振った。

「大体の場合、被災地は本当にすごいことになっているんだ。君たちもテレビで見たこともあるだろうけれど、実際はもっと、すごい。
救急隊の人たちだけで手も回りきらないことの方が多い。
そんな時には自分たちの判断で救助、応急処置、避難誘導、救命措置。僕たちにはしなくてはならない事ばかりだ。けれどそれをするためには実際に学んでいなければ出来ない。」

ので、とそこまでの前置きをしてからクラスをくじで三人一組に分けていく。
メンバーが発表され、皆が各々のグループへと固まった。私も例外なく、轟君と峰田君の元へと向かう。

「今回は最悪の事態の想定として、要救助者の救命訓練をしようと思います!」

私は手の中に納まったDの用紙をぼう、と眺めてから13号先生の隣に佇み、静観している相澤先生を見る。
組みわけのリストを眺めていた相澤先生は暫く考え込む素振りを見せてから「爆豪、峰田ちょっと来い」と呼び寄せている。
それを尻目に13号先生の指示が轟く。

「じゃあまずは、各グループで二人ずつこっちに来るように!」

13号先生の声に、私は轟君と頷きあいながら峰田君を待たずに13号先生の元へと向かった。

「ここに来てくれた二人組は、救助の訓練を説明していくね!相澤先輩!」
「ああ、大丈夫だ。お前らはこっちな」

13号先生の号令に相澤先生は応答し、残った生徒に集合をかけていく。

「いーやーだぁぁぁぁああ!!!女子ィ!!!先生!オイラ何でもする!!女子とペアだったのはオイラだぞ!!なんで爆豪とペア変わらなくちゃなんねぇんだよぉ!!!おい!爆豪!お前もなんとか言えよぉ!!!!」
「うぜぇ」
「……お前、相澤先生に袖の下渡したな……!!!お前の仕業だったんだな!!!……許さねぇえ!!!」
「峰田」

相澤先生の静かな声に「ぐッ」と言葉を詰まらせた峰田君は、酷く妬ましいとでも言いた気な顔で爆豪君を睨み続けていた。



つかつかと歩いてきた爆豪君は、顔を上げてから「うげッ」と言う表情を作り「なんでてめぇらなんだぁ……!!」と唸り上げる。

「……後から来たの、お前だろ」
「俺の希望じゃねぇわ!!!」
「……そうか。頼む」
「頼むな!!!」

轟君は変わらずぼう、とした顔を作り、私もただぼうっと足元を眺める。

「爆豪君は被災者よ」
「……」
「……あ?」
「……」
「俺は被災してねぇ!!!!」
「は?そういう設定じゃなかったのか?肉倉、さっきのプリント……」
「だぁあ!!!うっぜぇ!!!被災者だわ!!!」

がるがると唸る爆豪君に首を傾げる轟君、よくわからなくなってきた私。私たちのグループだけが賑やかしい。と、思っていたら違った。峰田君のグループもにぎやかだった。

「こんなのオイラ潰れちまう!!!!どう考えてもサイズ間違ってんだろぉ!!!!」
「子供が被災した際の訓練と思えばちょうどいいかも知れねぇよな」

砂藤君と障子君に囲まれた峰田君は、砂藤君の言う通り、もしかせずとも小学生のようである。
ぼう、とそれも眺めていたら、トントンと肩を叩かれた。

「……あ、……ごめんなさい」呼んでいてくれたらしい轟君に軽く謝罪をしてから私は軽く両頬をはたいた。
授業だ。授業中だ。
何があっただとか、どうじゃないわ。
きちんとしなくちゃ。今は、何も考えなくていいわ。

「いや」と首を振ってくれる轟君に倣い、私も足を踏み出した。

「てめェぼさっとしてんじゃねぇぞ!聞いとったんか!」
「あ、聞いてなかったわ」
「もうすぐ始まるから、あっち行くぞ」
「ええ」
「ケッ」


爆豪君の隣にまで進んだところで「オイ」と私を呼び止める声が隣から聞こえた。爆豪君だ。

「なにかし……」
「言いたい事あんなら言えや」
「…………」
「……」

食い気味に畳み掛けてくる爆豪君に、私は思わずポカンとしてしまった。
彼に言いたい事、等思い浮かんでは来ない。
何かをしたのだろうか。
若しくは何かをしてもらったのだろうか。
強いて言うなら先日わざわざ私の忘れ物を届けに来てくれた事に対してだろうか。

「……言いたい、こと……」
「ボーっとしとんじゃねぇわ!めんどくせぇ!!」

呟きながら、その事実に思い至り、「あ」と声が漏れ出た。
あの時は恥ずかしさや動揺から、爆豪君にお礼を言っていなかった気がする。爆豪君は親切に洗濯までしてくれていたらしく、袋を開けた時に、紙袋独特の匂いと一緒に柔軟剤の香りがほのかにしていたのだ。

「あれの事かしら?ショーツよね!ありがとう。感謝するわ」
「は?」

珍しくきょとん、とした顔を作った爆豪君は、その場で立ち止まった。

「……プレゼントか?」そう言いながら少し後ろを歩いていた轟君が、立ち止まったままの爆豪君を追い越していく。

「爆豪君が預かってくれていたのよ」
「……は?ショーツを?」
「ちっげぇだろが!!!てめぇは脳みそくるっとんのか!!!!!」

後ろで爆豪君のギャンと吠える声と共に爆音がはぜる。

「あら。違うのね……あ、ちゃんと穿いているわよ」言いながら爆豪君の方を見ると、ぶるぶると震えている。
「……わりぃ、聞いちまって。……先に行ってる」

轟君は気まずそうな顔をして、ふい、と私から顔を逸らした。

「気ィ聞かせとんじゃねぇわ!!!!違ぇつっとんだろが!!!!!てめぇらワザとだろ!!!!!」

爆豪君がそう吠えたところで、少し離れたところでグループを組んでいたお茶子ちゃんが、ズカズカとやってきて、爆豪君の目の前に立つ。

「ご、ごめん!聞く気は無かったんやけど……!!」
「なら聞くなや!!!」

お茶子ちゃんは身を乗り出し、爆豪君の腕をがっしりと掴み上げた。

「……そう言う……名前ちゃんとは、そう言う・・・・事なん?!」

お茶子ちゃんの声に、緑谷君の隣に立っていた芦戸さんも、サッと口もとを手で隠す。

「ちょっと待って……仲良いと思ってたら……そう言う……?え、ちょ……進みすぎじゃない…………?」
「か、かっちゃんが……かっちゃ、…………かっ…………かっちゃ!!かっ!!カッチャ!!!」
「ちょ、緑谷落ち着いて……!息しな!息!!」
「カッチャカッチャうぜぇ!!!!喋んな!!!」

ぶるぶると震え、耳の先まで真っ赤にした爆豪君の元へといつの間にかやってきていた峰田君が、ポン、と爆豪君の腰をはたく。

「おい、爆豪、お前もケツ派かよぉ、そうならそうと言えよな…………後で聞かせろよ」
「………………死ねェ!!!!!!」
「うわッ!!」

お茶子ちゃんを振りほどいた爆豪君に頭を掴まれ、何度も爆破される峰田君をよそに、私の頭の中では一つの言葉が渦を巻く。

「仲良し……」
「お前も顔赤くすんなや!!!良かねぇわ!!!自分でわかンだろが!!!!」

仲良し……
と、言うことは、友達なのだろうか。
友達……なんだろうか。
胸の近くが、チクチクと痛む。
痛むのに、口元が持ち上がっていってしまいそうだ。
嬉しい。
友人だ、と言われることは、はたしてこんなに嬉しい事だったのか。
友達が、出来た。出来ていた。
初めての男の子の友人だ。
授業中だ、と言うことも忘れそうになってしまうくらいには、恐らく私は舞い上がっている。
嫌なことを全部、忘れてしまいそうになるほどには。
決して私のしてしまった事は消え失せることはないのだろう。
それでも、そんなことをすら心の片隅に追いやってしまいそうなくらいには心が大きく傾いた。
心臓を落ち着けるために、私は何度か深呼吸をしようと試みる。

「お前らいい加減にしろよ、授業中だぞ。……肉倉と爆豪は後で職員室に来るように」
「ッだから!ちっげぇえ!!!!!」
「……ごめんなさい」

峰田君を回収した先生が私たちに向けて静かにそう告げてから、やっぱり爆豪君はキレた。

「お前はもう!だぁってろ!!!」

友達と言いのける相手が爆豪君だと言うことは、私にはまだ難しい事なのだと思うけれど、友人。
その響きは、とてもとても、甘美だった。

□□□□■

「はい!では準備はいいですね!じゃあ一人目から!要救助者を発見しました!はい、スタートです!」

パチンと手を叩いた13号先生の号令により、今日の授業が再開される。
胡坐をかいて砂地の地べたに腰を下ろしていた爆豪君はごろんと転がった。
それを見て、私は爆豪君の傍に立つ。

「お願いするわ」
「……」爆豪君は手から力を抜いていて、
「採点してくぞ」轟君が、プリントを挟んだバインダを構えた。
「ええ」

今回は採点のため、状況を口頭で説明することになっている。
私も決まりに従って爆豪君の傍に立ち、チェックをしていく。

「周囲の安全確認、よし」

爆豪君の傍で膝をつき、彼の口元に耳を近づけた。
もちろん、呼吸をしている。
だから、彼の息遣いは聞こえているし、時折、軽く私の頬にあたる彼の息は温かい。

「心音呼吸音のチェック……」

それでも今回は心肺蘇生の基礎訓練から、と言う設定だったので「無し、」と私は呟いた。
真っ赤な目が、じ、と私を見ていた。
わかっている。心臓は動いているし、息もしてる。
さっきまでもあぁやって元気に怒鳴っていたし、歩いていた。彼は自分でここに転んでいる。
今だって、真っ赤な目を瞬きで隠した。
わかっている。
それでも、もやもやとしたものが胸のあたりを覆っていく。
どうしても、どうやっても相澤先生から呼び出されたあの電話の相手が、あの元ヒーローヒーローの顔がちらつく。

「……軌道、確保……」

爆豪君の顎に指を伸ばして持ち上げていく。
私の指が触れた瞬間に、爆豪君は体をピクリと揺らした。
私の個性の事を考えているのだろうか。
私の指の動きに合わせ、爆豪君は喉元を大きく反らせていく。
息を、してる。
張り出した喉仏も動いている。
視線を滑らせると、肺も、黒とオレンジのコスチュームを押し上げて上下している。
そのまま私は爆豪君の腹部へと跨った。
体重がかからないよう膝で立ち、上下する胸の上に垂直に右手をついてから左手を重ね置く。

「……心臓マッサージ」

動いている。
彼の心臓は、動いている。生きている。
そうしてからやっと私は爆豪君から視線を外すことができた。

「以上よ」

そこまでして、私は轟君を見る。
そうすると、彼はそのチェックシートの下方に記載のある設問を読み上げていく。

「何センチ以上下まで押す」
「五センチ」
「胸部圧迫と人口呼吸の比率」
「30:2」
「ん。問題ねぇ」
「ありがとう」
「次こっちだ」
「ええ」

次に、轟君からバインダを預かり、一枚、用紙を捲りあげながら、右手に感じた、煩いまでの爆豪君の心音と、個性のせいか、彼のもともとの体温か。自分よりも少し高かった温度に私はひどく安堵していた。


「おい、爆豪。聞こえるか」轟君が、被災者の役を果たしている爆豪君に問いかける。
「……」爆豪君は答えない。
「爆豪大丈夫か」轟君は、また声をかける。意識チェックだ。
「……」爆豪君は答えない。
「聞こえるか」と、轟君。
「……」変わらず、爆豪君は答えない。
「爆豪意識あるか」
「ねぇわ!!!」

ギャン!と吠えた上に、上半身を持ち上げた爆豪君に、私は轟君と目を見合わせる。

「……」
「……」
「ねぇな」
「ないわ」

無かったことにすれば、また続きを出来るだろう。
私と轟君はそう考えた。
轟君の心境はわからないが、きっとそう。
舌打ちを落とした爆豪君はまた転び直し、ギュッと拳を作りあげる。

「……」
「痙攣してる」
「アドリブかしら」

段々と釣り上がっていく爆豪君の目が、そのうち轟君を睨みつけ始めて、

「……ッ!!!」
「すげぇな」
「チェックよ轟君」
「おう」
「クッッッッッソ!!!」

覚えてやがれよ!と、ギャン!と吠えた。


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bkm


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