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「轟 一通り申し分ないが、全体的に力押しのきらいがあります。そして八百万は万能ですが、咄嗟の判断力や応用力に欠ける……
よって俺が"個性"を消し、近接戦闘で弱みを突きます」

職員会議での相澤の提案は「異議なし」とまとまっていく。
恐らく、今A組の話をしているどの職員も気になっている肉倉名前の名前はまだ出ていない。

「肉倉は、実力こそ本物です。基礎がどの生徒よりも身についている。……ただ、トラウマやコンプレックスにとらわれ過ぎている。今回のアイツの課題は、トラウマを"受け入れる"事だと考えています」

よって、と相澤はそのまま言葉を続ける。

「俺が轟と八百万同様"個性"を消し、"個性"が使えない、と言う状況でのアイツの行動を見たいと思います」

今度は「異議なし」との声は降ってはこない。
相澤にもそれは分かっていた。
恐らく反発もあるだろう。
何をどうやったところで、"個性"で義足をくっつけている肉倉が"個性"を使えなくなったらどうなるのか。
火を見るよりも、爆豪・緑谷両名の試験での喧嘩の起こる確率を考えるよりも明らかだ。
どうやっても肉倉名前はこの試験に受からない。

「そりゃあ、酷すぎるんじゃねえか?イレイザーよぉ」

マイクが長机に肘をつけて俺を見据えた。

「あまり賛成できないわね。相澤君よ?ついこの間、私に彼女のカウンセリングを相談したの」
「勝ち目を残す、と言う話じゃ無かったのかな?相澤くん」

ミッドナイトもオールマイトすらも反対する。
だが、校長だけは「ふむ」と頷き、「任せよう」と、そう言った。

相澤は静かに頷いた。

■■■■□

相澤が肉倉名前の試験内容をここまで酷なものにしたのには理由があった。
事の始まりは、と言うのは恐らく十年ほど前の話になるであろうから、今回のきっかけになった事象の話である。それは一本の電話から始まった。

電話越しに、しわがれた男の声が「もしもし」と相澤に語り掛けている。
それに「はい」と短く答え、メモ用紙とペンを取り出し、ディスプレイに映る電話番号と、男の名乗る名前をメモとして残した。

「そちらに、肉倉名前さんがおられると思うのですが、電話を替わっていただくことは可能でしょうか」
「……本校は生徒の安全を最優先としております。申し訳ございませんが私がご用向きを伺います」

相澤の声に、その男の声は「いえ」と明確に拒否を示す。

「彼女に、伝えたいのです」
「どのようなご用件であったとしても、録音、確認を私がさせていただく義務があります。それでもよろしいか」

相澤の声に、その電話の向こうのしわがれた声は「かまいません」と答える。

「今は授業中ですので、折り返します」
「よろしく、おねがいします」

そう言って男は静かに電話を切った。
本当は今は業間であったのだが、知ったことではない。生徒の安全を守るのが教師としての役目である。
その男の名前をヒーローネットワークで検索にかける。
そうすると、犯罪者であればそのように。ヒーローであれば、その旨が載っている。
相澤は画面の向こうの検索結果に、顔を手でこすり上げた。

「イレイザ……あら?珍しいもの見てるじゃない。なに?初心に帰ろうっていう話?」

相澤のチェアのバックボードへと預けられたミッドナイト、つまりは香山の荷重で、ギシッとバックボードは悲鳴を上げる。
相澤は考える。
肉倉はどう見ても、現状・・に満足していない。
いや、言い直そう。
恐らくも何も、この電話の相手、ビルボードチャートの元ナンバー10。この男の引退と肉倉のコンプレックスは密接に関係している。
なんなら、恐らく、この男の最後の仕事。これが原因なのであろう。
機密事項と表されて黒塗りになった10数行にもわたる、この男の最後の仕事。それが何なのか。
想像はたやすい。
一般紙面に載ってある『幼児誘拐未遂』では事は済んでいなかった。そういうことなのだろう。
事件後速やかに肉倉は一家で引っ越しをしている。
そうして、あの脚だ。本人の言動からして生まれつき、とは考えにくい。
相澤は肉倉名前の入学書類を今一度目の前に翳し、頬杖をつく。
肉倉の用紙のみ、ほか生徒に比べても空白や黒塗りが目立つ。

「すみません、ミッドナイト。……カウンセリングを、頼むかもしれない」
「……あら、珍しいわね。……肉倉さん、ね。」

また、椅子が悲鳴を上げる。
ミッドナイトが体重をかけたのだろう。
備考欄がやたらと目についた。
『小・中学 共に通学記録なし』
通わなかったのか、通えなかったのか。
恐らく、脚の事だけではない。相澤はそう思う。
相澤は小さくため息を吐き、肉倉名前を職員室へと呼びだした。

■■■□□

相澤は例の男へと電話をかけ直し、軽く挨拶を終えてから肉倉へと受話器を渡す。

「もしもし、かわりました。肉倉名前です」

そう告げたのちに、「ええ」と、戸惑いがちに返していた肉倉はそのうち「ええ」とも、「はい」とも言葉を返さなくなり、受話器を耳から外す。

「……終わりました」

肉倉はそう言うが、受話器からは声がまだ漏れている。

「どうした、不都合があったか」
「……」

肉倉は無言で首を横に振ったかと思うと受話器を相澤に押し付け、どこか切羽詰まった様子で職員室を後にした。
相澤はその背中を眺めながら受話器に耳をつけ、額を押さえる。
(どうにも、眼球が痛い気がする。)

「お電話かわりました」
「……」

受話器の向こうは一度静かになり、「ありがとうございます」そう先ほども耳にしたかすれた声が響く。

「何か伝えておくことは他にありましたか」
「いや、すまない。ありがとう。……それから、……いや、……世話を、かけました」

男の声に「いえ」とだけ返し、電話が切れた後すぐさまに相澤は録音音声を確認した。
聞こえてくる言葉に、相澤は今度こそ背もたれに体を押し付けた。



国立である雄英高校は、身体障碍・異形者優先枠と呼ばれるものがある。
そもそもの制度の始まりは、異形であったり身体障碍であること等から、社会的に立場が弱い人間を救済しよう、と言う非合理的な一部の政府からの立案であった。
国立である雄英をはじめ、士傑やら、上げれば何校かあるが、兎も角そう言った社会的に名の知れた国公立の高校に適応されるその"枠"と言うものは、各学年最低一人、ないし二人規模に応じてそう言った人間を優先的に入れましょう、と言うものだ。
同じ点数であるのなら、そちらを優先しよう。というもので、内申点とは別に身体特徴点なるものが加算されるといった具合だ。

とはいえ、肉倉は優秀であった。
障碍・異形枠用の推薦を使うことなく一般入試でヒーロー科に合格。
その後、資料でその障碍を持っているという事実を初めて認識された。
合格者選別会議はもめた。
「もう出ている結果を覆すべきではない」という者と「異形なら良い。ただ障碍となるのならやめておくべきだ」という者だ。
なぜなら、肉倉が目指しているのが"ヒーロー"であるからだ。
普通科なら関係はない。
サポート科には一人いる。
経営に居ても問題はない。
ただ、ヒーロー科は違う。
ヒーローは、英雄然としていなくてはならない。
ヒーローとは、頑強でなくてはならない。
ヒーローならば。

ただでさえ難しい職業だ。
生半可な人間では、怪我では済まない。
相澤はそれを良く理解していた。
だから、初めからヒーロー科"には"入れるべきではない。そう一貫して突き通していた。
あの素顔の見えないエクトプラズムでさえ、難しい声を漏らしていたのだ。
あのオールマイトすらも。
結果、校長の下した決断は冷酷であった。

「点数的に受かっているのなら受け入れるしかないだろうね。
ただし、こちらが無理だと判断を下した時には即刻除籍させてもらう。
障碍者枠で入学してもらうことにすればいいさ。例年よりも、ヒーロー科は"一時的に"一人多くなるだろうけれど、まぁ問題もないだろう。」

校長の判断に、会議室は静まり返る。
誰も言葉を返すことはなく、モニタに掲示されている点数を見ていた。
肉倉名前は上位十位以内には入っている。個性的に有利とはいいがたい試験内容であった。
それでも、彼女の前途は明るいばかりではないのだろう。
恐らく、その場の誰もがそう思っていた。
こうして肉倉名前は入学することとなったのだ。


肉倉はそれを初めから気にしていた。
席順を見たとき。
出席番号順になると、必ず肉倉は最後になる。
チームアップでも、どこかに"混ぜる"しかない。
誰にも期待されていなかったのだ。
そもそも、誰も、三年間彼女が耐え、ヒーローの卵として孵化を出来るとは期待していなかったのだ。
誰一人として、肉倉名前を他と同等だ、等と認めている人間など居なかったのだ。

けれど、今の相澤は違った。
肉倉の必死な形相を見て、どこまでも満足を知らぬ姿勢を目の当たりにし、誰よりも強くあろうと怠らない姿勢は評価していた。
ただ、それではいけないのだ。
その原動力となっているものが、"コンプレックス"ではヒーローとは呼べない。
評価をしてやることはできないのだ。

ゆえに、相澤は今回のことに賭けることにした。

今回、これを乗り越えられないのなら、冬を待たずに彼女の名前を名簿から消す。
それが相澤の下した決断だった。

『ずっと、謝りたかった。君を、救ってあげられなかった。今でも、そう思っている。』
『それでも、ヒーローを目指していると知って、本当に嬉しかった』
『困ったことがあるなら、頼ってほしい』
『君の活躍を祈っている』
『すまなかった』
『君のこれからを、遠くから祈らせていてほしい』

電話の録音テープから流れる男の声に、相澤は舌を打つ。
どんなにきれいな言葉を並べ立てたとて、独善的でしかない。
恐らく、肉倉はあんたの末路も今も、知りたくは無かったろうよ。
相澤はそう思う。

だが、同時にこうも思うのだ。

この程度・・・・では折れてくれるなよ。と。

ヒーローになれば、嫌でも社会の闇に触れるだろう。
ヒーローを目指しているだけで、触れることになるだろう。
敵はいつだって嫌なところを突いてくる。
敵はいつだって、こちらが血が滲む程に歯を食いしばることを望むのだ。

こんなところで折れるようなら、もう折れてしまった方がいい。
命が摘まれる前に。
その命が、手折られる前に。


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bkm


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