18
インターンを終え、ヒーロースーツを持って帰ったから、これを期にガッツリ洗うか、とブーツと小物入れも出してきた。
幸い、休日の初日。
晴れ。
アホみたいに澄んだ青が、少しばかり昨日のモヤを吹き飛ばしてくれそうだった。

□□□□■

その日の朝、目が冷めたら俺と同じ借りもんのベッドで、クソみたいにスヤスヤ寝とるまだ年端もいかねぇ肉女がいる。年端も、と言うのはもう文字通りまだ一桁どころか、自分よりもおおよそ一回りは下。むしろ、4歳だと言っていた気すらする。
口元が動く度にもちもちと頬が動き、枕に押し付けられている方の肉が垂れている。触ったら崩れんじゃねぇか。なんて思考は、身体を起こしたときに見えた不自然なほどに短い脚が、全てかっさらっていく。
可哀想だ、等と言うつもりはない。子供ではないが、エクトプラズムも、確か両方が義足であった。よくある事、では無いがそこまでさして悲観することでは無い、と言うのは恐らく自分についているから思うのだろうか。
眉間にシワを寄せ、小さく唸る肉女の前髪を掻き分けるように、額に浮かぶ汗を拭う。

「いたい……いた、い」

口元が小さく蠢き、囁くように漏れる音に俺は矢張り顔をしかめた。

「クソだな」

その肉女を一人置いて顔を洗いに行った。
筋トレをして、パ、と時計を見る。
7:00を15分は回っとった。
まだ、眠っている。
適当に用意をして、朝飯を買いに部屋を出た。

いつの間にか当たり前になろうとしていた事に、舌を打つ。
別に待ってた訳じゃねぇ。
なにが、とは言わない。

ジーパン野郎曰く、48時間。
48時間後には肉女はもとに戻るらしい。
つまり、8日目にあたる、インターン終了翌日の昼。
アイツどうすんだろな。

等とぼう、と考えながらコンビニで適当に朝メシを買って袋をぶら下げて部屋へ戻ったと思う。
鍵を開けてドアノブを捻りドアを開くと、胸の前に握りこぶしを作り、ドアの真ん前に座り込んだ肉女は未だかつて見たこともないくらいに目を大きく開いてから、静かに俯いた。

「……」
「どけや」

膝を立てて、這うように移動する体を持ち上げてやり、昨日みたいに椅子に体を乗せてやる。
そうすると、バツが悪そうに下を向き、俺の視線から逃れようと身を捩った。

「今度は何だよ」
「……なにもないよ」
「言え」
「……次は、お兄さんにいつあえますかって、きこうとおもって」

帰って来ねぇの前提かよ、と舌を打ちたくなる。が、それも肉女の目の前に弁当とフォークを置き、俺はその横で地べたで胡座をかいて飯を食い始めることで飲み込んだ。
そろそろ、家のメシが食いたい。
コンビニやら、この女の好んで食っていたファーストフードの可も不可もない味から、美味ぇとは思える家の。
別にババアのメシと言う訳じゃねぇ。何なら俺が作る。

「何事もなけりゃ、今日は夜の7:30に戻ってくる予定だわ」

俺の言葉に、まるまると子供にしては小さな目を見開き、短な膝下を揺らしている。

「きょう?!きょうくるの?!」
「そうだよ、だから、はよ食えや」
「うん」

野菜もな、と口にキャベツを放り込んでやった。
コンビニの弁当の少ねぇ野菜くらいは全部食え。
べぇ、と舌を出そうとしたのに向けて睨みつけ、

「食わねぇなら、もう来ねぇ」
「……ずるい」



8:00過ぎには昨日のカマ野郎が部屋に来て、肉女を連れてった。
俺に手を振る姿は、見て見ぬ振りをする事にした。


可も不可もなく(強いて言うならジーパン野郎のうぜぇ)今日のインターン活動も終わり、マジで来る場所ミスった。と、全体的に見て総評する。
それでも得たものがゼロかと聞かれればそんな事はねぇ。
ただ、もっとあっただろ。なんか。
と、思ったくらいで。


「さて、今日で君らはインターンも終わりな訳だが。」

俺とジーパン野郎とカマ野郎、それからいっつも肉女の髪を梳かしとったジーパン女の視線が、俺の足元へと集まる。
何かを感じ取っとったらしい肉女は、静かに俺の足元で座り込み、肉女自身のスクールバッグの中身を弄っとる。
時折中から物を取り出しては、戻す。
出しては眺めて、戻す。
やめとけ、見せちゃいけねぇモンまで出とんぞ。と、俺が言うよりはやく、いや、言うつもりはもはや無いが、ジーパン女はサッとフォローに入ることにしたらしい。

「コレは、出しちゃだめよ!」
「これは?」
「それも!!」
「これ、お母さんのといっしょ」
「それもだめ!」

そんなやり取りを俺とジーパン野郎は視線から逸した。
下だらねぇ。
下だらねぇ上に、面倒くせぇ。
ジーパン野郎は髪を整えてから肉女に言った。

「名前、君はもう一日私の事務所うちに居てもらおうと言う話が出ているんだが、どうだろう」
「や」
「や、じゃねぇわ。困らすなや」

肉女の背中が張り付いた足元を、ちょん、と動かす。
それを身を捩って躱しながら、また「や」とだけ。

「仕方ない。矢張りイレイザーヘッドを呼ぶ事にするから、バクゴー、君はもう帰るといい。」
「ン……」

軽く。本当に軽くだけ頭を下げて、脚を動かそうと試みたところで、ズシッとしたものが脚に張り付く。
くそだわ。
マジで、クソだ。

「離せや」
「や!……バクゴー!」

クソだわ。

「……イレイザーヘッドが来るまで、バクゴーにも居てもらおう」
「なんで俺が!!」

俺はこの後もごねにごねて泣き喚き始めた肉女との根比べに折れ、ババアに遅くなる、と連絡することになったのだ。

______
_____
___

なんてことを思い出しながら、ベランダに出した桶でガッシガシ洗い殺してた。
洗濯機にまんまで放り込むと、砂埃やら鉄粉やら何やらが紛れてるらしく、以前体操着でもジャラジャラと一度音がしたものだから、母親が発狂した。それ以降体操着含め一度手洗いする事が決まりとなっている。例に漏れず、ヒーロースーツもそうなのだろう。
別にババアが怖いだとかでは無く、偏に面倒だからだ。
学校なら専用の洗濯機を使えるというのに。面倒くせぇ。

「あ゛?」

スーツの下を洗ってた頃。
どんだけ擦っても、ケツ周りのゴワつきが取れねぇ。
苛立ちに任せて擦り上げても良かったが、ジリジリと、5月終わりにしては暑い日差しに苛立ち始めていた俺は、その正体を確かめずには居られなかった。
突き止めたら速攻爆破したらァ。
私有地だから問題ねぇだろ。等とくだらない事を考えて、ケツ周りの部分を確認すると、何かが入っているらしい。
はて、普段ここにはものを入れることはないが。などと思考しても埒が明かない訳だから、ケツのポケットからそれを引き抜き、目の前に引き上げてすぐさま、思わず桶にぶち込み直した。

「は?」

もう一度言う。

「……は?」

母親の、ではない。
そんな趣味も微塵もない。
さらに言えば、少なくともベランダの端、外から見えないようにと気を使って干されている下着はここまで華やかなものではない。
そうして俺はコレ・・に見覚えがある。
だから思い出していた。
思わず額に濡れた手を当てた。

「……クソかよ」

これではまるで後生大事に取っておいたようだ。
今一度、桶からゆっくりと引っ張り上げたそれを、ぴらと、もう一方の手で摘む。
まるで翳すようになってしまったが、そのような意図はない。
ただ、悩ましかった。
どう考えても、ババアの物よりは高価、に見える。知らないが。
恐らく返してやった方が助かるんだろう。
それは良い。
俺が、持って行ってやる。それは、百歩、いや五百歩もしくは千歩譲って、もうそれで良い。
そもそも拾ったものは持ち主に届ける義務がある。
何ならここまで持ってた俺が問題だ。
忘れていた。それが原因だからだ。
問題はその為に、コレを洗わなければならないという事と、干さなければ、という事だ。
放置したものを鞄に詰め込むのは、若しくはポケットに入れておくのは気が進まないのだから、仕方がない。
そこまでは、良い。良くないが。
つまり、他の洗濯も俺が入れてやらにゃならなくなる上、ババアが洗濯をわざわざ見に来ねぇように気を使わなければならない、という事だ。おちおち集中してトレーニングに打ち込む事も出来ない未来を直視して余計に腹が立つ。
なんで、俺が!
死ね!
あの瞬間に爆破して無かった自分も、あの時知らないふりしてそれとなく肉女自身が気が付くように持っていかなかった自分も、クソほど間抜けだわ。
何故ケツのポケットに入れた!死ね!
死ね!殺す!
ただ、俺にここまでさせたショーツだ。
俺だけが何故こんなに下らない事で恥じなければならないのか。
お前も恥じ入るべきだろが。
そうして浮かんだ肉女のスカした顔を歪めるかの如く、黒のレースに縁取られた頼りのなさすぎる某をも洗い殺した。

□□□■■

「放課後、面ァかせや……!!」

絞り出すように、その言葉が正しく正しいだろう、という程の音が己の喉から出た事に俺は驚きすらしなかった。
なんなら、少しばかり後悔もしていた。
何が嬉しくて返そうとしているのか。
いや、普通に考えて持ち主に持ち物を返却する事は持ち主を知っているのなら当然の行いである筈だ。
だから俺は当然の事を当然のようにしようとしている筈で、ただそれだけの事だわ。
褒められることこそあれど、恥じる事はなんら無い筈だろが。
とにかく、死ね。
心中で罵り続けることでなんとか正気でいられる気がした。



午後の授業も終え放課に入ると、あの動きはどうだ、だの、ここでこうする方が良かった、だのとクラスの人間が話し始める。が、俺はそれどころでは無かった。
偏に、あのクソデクの動きが原因だった。
胸クソ悪い。
まるで当てつけのように動きをトレースするように。
お前にできる事は個性さえあれば、使えば、自分も出来る、とでも言いたいかのように、嘲笑うように。
苛立ちに任せて鞄にを持ち上げると、そのまま教室を出た。

「あ、おい!爆豪!!」等と俺を呼ぶクソ髪の声も聞こえるが、わざわざ立ち止まってやる義理はない。

教室を出て廊下を数歩歩いてから、余計にイラッとしたものが体中を駆け巡る。

「ついて来とんなら、なんとか言えや!!」

勢いよく振り返った俺の視界いっぱいに、想像したのと同じスカした肉女の顔が写り、余計に苛立ちが募っていく。

「……今朝、呼び出したでしょう。……忘れてしまったのかと、思……その方が私に都合は良かったかしら……?」
「知らねーわ!!ついてくる気あんのか!!」
「あ、……ない……ある!あるわ!」
「どっちだ!」
「あるわよ!」

俺より前に躍り出た肉女は、そそくさと下駄箱までの道程を歩く。
ついてくる・・・・・気は皆無じゃねぇか。アホか。
罵ってやりたいが、また下らない言い争いにしかならない事は目に見えている。ので黙っておいてやることにした。
教室から出てほど近くの階段を下り、昇降口すぐの靴箱まで来ると、肉女は靴を履き替えているところであった。
俺はあと一段で降りきる、という半端なところからそれを見ている。
スカート下。太腿の中腹よりも下から覗く脚には何ら変わったところは見当たることは無い。
なんならその白さを強調するかのように黒のソックスが脹脛から下を覆っていた。
そこまで見てから、俺もさっさと靴を履き替えることにして、歩を進めた。

暫く歩いた。
それこそ、校門が目の前に、来るくらい。
普通科体育館裏手に行けば告白現場に遭遇し、中庭に行けば何故か誕生パーティーを普通科の人間がやっている。
校舎の中には言わずもがな、生徒が未だいる。部活もある。
いっそ体育館利用届け出しゃ良かったか、と舌を打ちながらもうどうだって良いか、と鞄に手を突っ込んだ。
もうはやく返して帰りたかった。
いっそどうだって良くなっていた。
ただ帰っていつものトレーニングメニューを熟したい。
何が嬉しくてこの肉女と無言で校内見学などに興じているのか。

「オイ」
「……私考えたのよ。人目につきたくないのなら、いい場所を知っているわ。先に言えば良かったわね」

知っとるなら早言えや!
怒鳴りつけたくなりながらも、手を鞄から何も握らずに出し、

「はよ案内しろや」
「頼む態度じゃないわよ」
「……」

女の後ろを歩いた。

何故かスーパーに入り、弁当を二つ購入するのをぼぅっと眺めた。
思えばこの辺から、嫌な予感はしていた。


目の前に聳え立つマンションに、俺はまた身を震わせる。

「おい」声まで、震えている。
「早く入ってちょうだい」

スン、と澄ました顔の肉女はエントランスの手動の扉を開け、早く入れと俺を促す。
何を考えとんだ。いや寧ろ何も考えてねンだな。
巫山戯んな。
やっぱりクソだ。何がどうしてこの女とこの女の下着にここまで振り回されなくちゃなんねぇンだ。
いっそ朝顔を見た瞬間に投げつけておけば良かった。

「お前クソだな」
「口が汚いわよ、爆豪勝己」
「……はよ入れや」
「あなたがね」



形ばかりのエントランスを抜け、エレベータへ乗り込む。
503と書かれた肉女の部屋の前で立ち尽くし、中に入るでもなくそのまま紙袋を投げつけ渡す。

「……なに、これ」
「てめぇで見ろや」
「……」
「帰る」

袋を開けるのを視界の端で確認してから背を向けた。
ガタン、バタン、ドン!
とドアの閉まる音、何かの倒れる音、何かを叩きつけるような音。それが順にでっかい音でして、暫くしてから小さく聞こえた唸り声に、やっと胸のつっかえを飲み込むことが叶ったと思う。
二度とお節介なんざ焼かねぇ。
まさか肉女のお節介なんかは、死んでも焼かねぇ。

ザマァみろ。
恥ずか死ね。


少しばかり軽くなった足取りでマンションを出たのを、まさかの丸顔が見ていたと言うことを俺は知らない。

「え、……あれ?え???え??爆豪君??え??……え?や、やっぱり、もしかすんの?!!」


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bkm


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