17
地響き。そう言いたいくらいの大きな笑い声が響いていた。
ブワッハハハ!
1−Aの教室のドアを開くのを、暫く戸惑っている。

何故か。

覚えている・・・・・からだ。





ベストジーニスト、と名前をおしえてくれた男の人が、ごはんを食べおわったら、しばらくして やってきた。
男の人なのに女の人みたいに、おしゃべりをしてくれるキリハルさんと一緒に。
キリハルさんは、私を抱きあげて背中をずっと擦るから、そのうち私の肌に触れてしまって。
私はびっくりして、また、やってしまった。

キリハルさんに、抱き上げられていたから、キリハルさんがグチャってなるのと一緒に床に落ちかけたけど、ベストジーニストさんが個性を使って助けてくれた。
こうやって、触らないならグチャってしないから良いなぁと思う。
お母さんの個性も、こうなら良かった。

「落ち着け名前、良いか。ここにいる者は皆君に危害を加えない。叱らない。息を吸いなさい」
「っ、……っ、」
「大丈夫だ。すぐに元に戻せる。大丈夫。」

柔らかい声をしているけど、どこかでピリッとしたものがあって、あぁ、いけないことをしているわって。
なんとかしなきゃ、なんとかしなきゃって思うと、上手く息が吸えなくなってしまう。

「大丈夫。ゆっくりと、吐いて」
「っ、ふ、……ごめんなさい。わるいこでっ、ごめんなさい」

上手く言えないけど、ベストジーニストさんの後ろで、一緒にごはんを食べてくれたあのお兄さんは、静かに私を見てる。
静かに見てから、視線を逸した。
知ってる。
私が、入院する事になったときも大変だったんだって聞いたから。
それからみんな私に出来るだけ触らないようにしているのも知ってる。
私は私の病室の前で、ご飯を運ぶ係で毎日揉めてるのも知ってる。
本当は、ずっと寂しかったわ。
誰も、良い子って頭を撫でてくれないのも。
お母さんとお兄ちゃんと窓越しでしか会えないのも。
だから、お兄さんが、一緒にごはんを食べてくれたの、すごく嬉しかったのよ。
久しぶりにたくさんお喋りを出来たのも、すっごく楽しかったのよ。
私のことを、いやがらないわって、思ったのに。
また、やってしまった。
こんな事なら、個性なんて要らなかった。
個性がなかったら、お母さんにぎゅって抱きしめて「もう大丈夫よ」って、言ってもらえるの。
こんなふうに、みっともなく部屋の真ん中でぶら下げられることなんて無かったのよ。

「落ち着いたな。離すぞ」静かに言うベストジーニストさんに、ゆっくりと頷いて、地面に体がついたときに、急いでドアの側まで這って行って張り付いた。

「おふとんを、まいてくれる?」
「……」
「ぜんぶをかくしちゃえば、さわらないし、さわれないでしょ。びょういんのひとは そうしてるのよ。おふとんを、ちょうだい」

私へ布団を投げつけたのは、あのすぐに怒るお兄さんだった。
私はもらったおふとんを すっぽりと頭から被って、隠れる。

「これで、私のびょうしつに はこんでちょうだい」
「少し、話しをしないか、名前」
「しないわ」
「どうして」

優しい声に、体がもぞもぞとする。

「泣いたり、怒ったりしちゃうと、またやっちゃうから」
「そうか。それは困ったな。おい、バクゴー、勝手は……」

布団の向こうから声がしたと思ったら、目の前にかかる布団が、ゆっくりとこっちにやってきて、次第に手の形が出てくる。

「……」
「……」

大きな手だった。
私よりもお兄ちゃんよりも。もしかしたら、お母さんよりも。
その手に、ちょん、と触ってみる。
布団の暖かさがある。
指先だけを、押し付ける。
そしたら、布団の暖かさだけじゃ無いのがわかった。
手のひらを、ちょん、とつけたら、そのまま手を握られた。
それから布団が引っ張られて、またあのお兄さんの赤い目が見えてる。

「ジーパン野郎、また30分後に誰か寄越せや」
「……なら、任せよう」

むくむくと、お兄さんの後ろで形が人の形に戻ってきたキリハルさんは、ベストジーニストさんに支えられて、この部屋を出ていった。

す、っと目の前に、握り込まれているのと反対のお兄さんの手が出されて、

「ん」

突きつけられた。

「だめよ」
「落ち着いてりゃ問題ねぇだろ。さっきも、一瞬だったが問題なかったろーが」
「……また、やっちゃう」

私の言葉には、なにも返さずにお兄さんはもう一度「ン」と声を出した。

何度かやめて、やっぱり、と手を出し直す。
何も言わずに、お兄さんはじっ、と待っていた。
じっ、と待ってくれていて、私はちょん、とだけ指先で触った。

「大丈夫だろが」
「……うん」

お兄さんは静かに私の手を握り込む。

「あ、」
「まだ、痛むんか」

最初はなんの事か解らなかったけど、段々とあぁ、足のことか。って解って、ちょっとだけ、頷いた。

「こわかったんか」

どれの事かわからないけど、ぜんぶ怖かったから、また、ちょっとだけ頷いた。

「……寂しかったんだろ」

また、ちょっとだけ、頷いた。

「はなしたほうがいいよ。」
「……」
「また、じんじんしてるから、ないちゃう」
「泣きゃいい」

お兄さんはそう言って、真っ黒の半袖Tシャツで私をぎゅって、抱っこした。
抱っこして、「アホ」って言う。
クソ はよくわからないけど、アホ はわかる。

「よくないんだよ、そのことば」
「俺は良いンだよ」

お兄さんが優しく背中を撫でて、私に言う。

「個性も身体……体の一部だ。落ち着きゃ出ねぇ。」
「でも、でちゃう」
「落ち着いて、5数えりゃ良いンだとよ。数えられンだろ」
「うん」



平素よりずっと柔らかな声であった、と思う。
あの翌日、結局相澤先生が迎えに来てくれたのだ。
何がどう、その後どうした、何故そうなったと言うのは割愛したい。
思い出したくすら、ない。

ぎゅ、と手を握り直し真っ青なドアを開ける。
一瞬静かになるのは、相澤先生を警戒してのものだ、とわたしもわかってはいる。
けれど、別の意があるのでは、と思ってしまうのは、偏に思い当たるところがあり過ぎるからだ。

バチ、と目があった。
誰と。
爆豪君。

「っ、おはよう、梅雨ちゃん、お茶子ちゃん」
「おはよう……名前ちゃん」コォォオと、音のしてそうな独特な雰囲気を醸すお茶子ちゃんに触れる余裕は今の私には無かった。
「おはよう名前ちゃん、久しぶりね。ケロ」
「ええ」

にこ、と笑う梅雨ちゃんに軽く頭を下げてから自分の席へと向かう。
爆豪君達の居る席の横を通り過ぎなければいけないのが、今だけは酷く恨めしい。

「……」真っ赤な目が、また私の目と絡む。
それと同時にまた爆豪君はブルブルと震え始め、「オイ」と、絞り出すように私に声をかけた。

「……なにかしら」
「放課後、面ァかせや……!!」

彼の言葉に、私の目が更に細くなったのを感じた。

「お??爆豪、そうなの?!アレだもんな、一緒だったもんな?!」
「上鳴、やめとけってぇ、馬に蹴られんぞ」
「ちげぇ、そうじゃねぇ!!」

上鳴君の肩に腕を絡めた瀬呂君が、ニヤニヤとした顔で私と爆豪君を見ている。

「……わかったわ」

まるで、睨みつけるように絡まる視線を、私から千切ることでやっと息をできた、と言いたくなる。それくらいには、恥ずかしい。
恥部を、見られている気分だわ!
この呼び出しが、先のインターン先での苦情だとしたら!
私の痴態を延々と彼は語るのだろうか。
先に、面倒をかけたわと謝罪をすれば、彼の口から私の痴態を説明されることは無いのかしら!
そもそもその話かしら!
わかりはしないけれど、兎に角、恥ずかしい!

「っは!!マジか?お前らもしかすんの?もしかしたりすんのか?!泊まりだったよな?!!オイ!もしかすんのか?!!肉倉ァ!教えてくれ!!お前らナニしてたんだ!?!」
「インターンよ!」
「そうじゃねぇだろ!!」

峰田君からの言葉を右から左へと流して、そそくさと自席へとつく。

「おはようございますわ、名前さん」
「おはようございます、百さん」
「今朝はいつもより遅いですわね」
「ええ……そうね」

そこまで言ってから、机に突っ伏した。



午前中の通常授業も終える頃、ニタニタとした笑顔を張り付けた芦戸さんと、その芦戸さんの後ろでお尻を振る葉隠さん、どこか仏のような笑みを浮かべるお茶子ちゃんに、どこか困り顔の梅雨ちゃんと耳郎さん達。
芦戸さんは、私と百さんの腕をひっぱり立たせようと力を込める。

「お昼、いこ!」


ランチタイムの食堂は、今日も今日とて混雑を極めている。
いつものようにステーキセットをレアで注文して、すでにどこか子供がお菓子をねだるような顔で席に付き、私を待っているのであろう芦戸さんの前にトレイを置いた。

「「いただきますっ!」」
「頂きます」

合掌してから各々に食べ始めたものだから、てっきり何があるのだと思っていた私はどこかでホッとしながら食事を楽しむことにした。
爆豪君はあまり人に何か秘密ごとを話すようなタイプには見えなかったものだから、まさか誰かに……等と思っていたけれど、それは無かった、と見ても良いのだろうか。
それとも、矢張り放課後にそのことで話があるのかしら。
それか、私にそこまでの興味すらない、だとか。

「肉倉さんさぁ、爆豪と何かあった?」
「んっ、げほっ」
「だ、大丈夫ですの?!」

百さんがナフキンを差し出してくるのをもらいながら、そ、と口元を拭う。
心臓が、嫌に音を立てている。
いっそ頭痛がしそうだわ。

「な、にも、無いわ……!」

私の声に、じとっとした視線を感じる。

「まぁ、無いよね……爆豪だもん」耳郎さんの言葉に、お茶子ちゃんはコクコクと頷き、
「でも今朝のやり取りは意味深」芦戸さんの言葉に「そうだよ!絶対に何かあった!」と葉隠さんは喜々として叫ぶ。
「それにしても、爆豪さんは随分と焦って……違いますわね……照れ……怒り……とは違いますわね……?……時として男性の心理はわかりかねますわ」百さんの言葉に、少し頷いてから目の前のお肉にナイフを通した。
そのまま、そうっとしておいて欲しいわ。
今日も肉汁が溢れて、美味しそう。
「じーっ」また口で「じーっ」等と言いながら据わった目で私を見続ける芦戸さんから視線を逸らす。
そらすために、フッとテーブルの島を越えてランチラッシュのバタバタと動いている厨房を見ようと視線を彷徨わせたところでふりふりと振られる手を見つけた。
手を見つけたから、その先を辿ると

「じーっ……ほら、爆豪を見てるんじゃん」
「……っちが、うわ!!」バッと思わず立ち上がり、トレイの中味をひっくり返しかけてしまう。
いっそ、ひっくり返って彼女が黙るのならもうそうしてくれ、と言いたい。
また、居た堪れなくなって座り直し、無心で二皿目のお肉を頬張った。

「あ、上鳴ぃ、こっち来たらー?あいてるよぉー!」

芦戸さんの隣で、後ろを振り返りながら言っている(らしい)葉隠さんは、あろう事か、爆豪君たちの群れを呼び寄せる。
敢えて私はあんなに手を振っていた上鳴君に気が付かなかったフリをしたと言うのに、だ!

「一緒にご飯、食べられるね」にた、と笑う芦戸さんに、あのインターン中の出来事を思い出して頭を抱えたくなった。
そう。爆豪勝己に一緒にいて欲しい、とごねにごねていたのだ、私は!
今の私の意識は無かった、とはいえ!
あぁ、恥ずかしい!
ここの皆に知られたら、どうしよう!
爆豪君が口を滑らせる事も、あるかも知れないわ!
などと考えていると、ここに爆豪君たちが来ませんように!
いつものように「行かねーわ!」なんて言って遠ざかって行きますように!と手を組みたくなるというもの。
意地悪を考えたから、きっとバチが当たったんだわ。
あと一皿で注文したものは完食、と言うところで、無常にも隣に毒々しいまでに赤いスープの麺が乗るトレイが置かれた。

「わり!サンキュな!席無くなっちまったから、助かった!」切島君は私の斜め向かいから指を揃えた手をサッと上げ、皆を見て、その隣の上鳴君はにや、と私に笑いかける。
爆豪君の向こうに見える瀬呂君は何事もないようにぱちんと手を合わせた。

「見んなや、うぜぇ」
「あなたは見てないわ。自意識過剰よ」

右に爆豪君、左に百さん。
出るに、出られない。
ちら、と私のお皿を見てから舌打ちを落とし、爆豪君は麺を啜った。

「……ちょっと!ニンニクとネギと香辛料のニオイがすごいわ!!チンゲン菜の青臭さまで!お肉の味がわからなくなるじゃない!!」
「てめぇもニンニク入っとんだろが!ソースくせぇわ!野菜食えや!」
「くっ、さくはないわよ!嫌よ!!どうして私が!」

しん、とした食卓を前に、また静かに私はナイフを動かす。
やめよう。
嫌な視線を感じている。
絶対に芦戸さん達だわ。

ズズッ、と麺をすする音を無視して無心でお肉を咀嚼した。
芳醇な赤ワインを煮込みきった酸味の少ない香りの中に、どこか遠くでまろやかな甘み。
舌をくすぐるのはお醤油の香ばしさかしら。「ずずずっ」
それとも焦がしバターかしら。
いずれにしても、脂のまわってサクッとすら感じるお肉の表面に、嫌味な程に絡んで、美味しい。「ずずっ」
ツン、と入ってくるこの、刺激臭さえ無ければ、今日の昼食も至高だったのに。

それにしても、今日の用事って何かしら。
矢張り先の個性にかかってしまった際の話かしら。
今も今朝も話さない、という事は余程聞かれたくない事なのか、私を気遣ってのものか。
都合の悪いことであるには違いない。
双方に、若しくは私に。
考えても仕方のない事、そう割り切れないのは、偏に自分に都合が悪いから、と言うことだと理解している。
けれどだからといっていつまでも悶々とするのも、不愉快というもの。
もうそろそろ切り替えよう。
ちら、と視線だけを動かすと、またバチッと真っ赤なそれと視線が絡んだ。

「見とんじゃねぇわ!!!」
「こっちのセリフよ!!」

「やっぱり、もしかしたらもしかするんやろか、」

聞こえているわよ!麗日お茶子!!!


prev next

bkm


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -