16
6日目。
午前6:30
そろそろベストジーニストの事務所での寝泊まりも慣れてきた頃であった。
地下一階のフロアは薄暗く。私と爆豪君の通されている客間と仮眠室が併設されている。そこを越えると備え付けてある、シャワールームと洗面の共同スペースへと向かう。

「あら、おはよう」

私よりもはやく起きていたらしい爆豪君は、ちら、と私を見てから静かに歯を磨く。
それに倣うように私も歯を磨き、歯の隙間にフロスを入れ、顔を洗う。

すべてを終える頃には爆豪君は居なくなっているけれど、それはいつもの事だった。

7:00丁度に爆豪君の部屋をノックして、事務所すぐの定食屋のテイクアウトを持ち帰る。
自室で食べ終えると綺麗に袋をたたみ、それをヒーロースーツのウェストバッグへと入れる。

7:45になると、事務所へと向かう。
そこで私と爆豪君は何故か毎朝髪を整えられる。
本当は、ベタつくものだから、この作業は好んでいない。
ただ、この時間は時折ためになると思える言葉をベストジーニストが漏らすものだから、嫌いではなかった。

今日とて、そうだった。
爆豪君の髪をとかすベストジーニストは、爆豪君の下がった顔を持ち上げながら告げる。

「君たち、ヒーローネームは決まったか」
「……」
「まだ」

わなわなと震える爆豪君の目は鏡を睨みつけながら角度を変えていく。
恐らく、現在77 度程度。

「ここまで数日、君らを見てきた」

静かに息を吐きながら全身をタイトなジーンズで包まれた今日もピシリと髪を纏め上げたベストジーニストは言う。

「名は願い
己はどうありたいか、どうあるべきか。
君らはまだ世界そとを見ようとしていない」

また下がる爆豪君の頭を、ベストジーニストは静かに上げなおす。

「私は君達に世界そとを見せたいのだ」

一足早く、いつも私の髪を纏めてくれるデニムの女性は「完成」と囁き、その場を去った。
残された私は暫しその意味を噛み締め、咀嚼する。

名は願い。
きっと、父も母も、私に願ったのだ。
名前と名をつけ、何を願ったのだろう。
何を、思ったのだろう。
未来さきを見据えていたのだろうか。
その瞬間を切り取ったのだろうか。
私は、なにを願われたのだろう。

彼は、何を願われたのだろう。

「名は、願い」

私が歩もうとしているのは、歩んでいるものは、願いにそえているのだろうか。
いつもよりも、もう少し髪を多く分け、撫で付けられた爆豪君の顔を見て、暫し考えた。
考えたけれど、全部抜けてしまった。

「ん、ふ……」
「てめぇ、わらうな……!お前も変わんねぇわ!!」
「んんっ、ふ……」

静かに震える彼はさて置き、また今日という一日が幕を開けていた。

□□□□□■

見回りをしている最中に、ベストジーニストのサイドキックからの情報により、敵が直ぐ側に出現していると情報が入る。
ベストジーニストは走り出し、それに続く。

「行くぞ」
「違法デニムですか」肉女が言う。違法デニムってなんだ、アホか。
「違法デニムではない。ただの違法者だ」だから、違法デニムって、何だアホ。


東京都、都心ほど近く。それもオフィス街。
丁度大手会社の出勤時刻と被っているらしいそこは、人で溢れかえっている。

「不躾だが、仕方ない……!」

バ、と衣服の繊維を伸ばし、器用にもビルのアチラコチラへと繊維を引っ掛け、振り子のように進んでいく。
遅れを取らないように、肉女は肉で足場を作り、俺は出来得る限り静かに掌から熱を出す。

現場となっている、殆ど鉄骨のみになった、まるで骸骨のような外骨格と薄い壁を少しだけ残した廃ビル脇の路地へと辿り着くと、体中から鋭い棘を出した大型の、恐らく200センチは超えたハリネズミのような男が、壁の剥がれ落ちた廃ビルの中で静かに一人の平均的な男の首を抱え込み、人質をとっている。その様子が隙間から差し込む明かりで見えた。
ジーパン野郎に通報をしたのは、それを悔しげに路地から眺める男で、長い髪を頭頂部で団子に纏め上げた男、オッサンであった。
かつては体を張っていたりしたのだろうか。そう思えるほどには良い体格をしている、と思う。
肉女は、その男を凝視している。
恐らく、その男を知っているのだろう。
その男を、知っている。
ハリネズミの男、ではない。
人質でもない。
こちらを、肉女を静かに眺める男。その、オッサンを。

「頼みます、ベストジーニストヒーロー

まるで、自分がヒーローでは無いとでも言うようにそう告げた男は、暫く身を翻し、俺たちよりもずっと後ろへと回る。
まるで、自身を隠すように。

「名前、ぼうっとするな」囁くように、ジーパン野郎が呼びかける。

「名前!!」
「っ!はい!!」

ジーパン野郎の普段あげない大きな声に、肉女はビクリと体を跳ね上げ、反射的にハリネズミへと個性を向けた。
肉女の襟首をひっ掴み、突進しようとする身体を引き留めるも、飛ばされた肉女の指は先にハリネズミ野郎達へと触れていた。

「名前!止まれ!!」
「おい、コラ!!クソ女!!!」

人質は、静かに口角を持ち上げていた。
人質だと思っていた男は、同じく敵だったらしい。
肉女の放った肉がハリネズミ男へと触れるのと同時。
その男に、触れられていた。
してやられた、と言うわけだ。



肉女の放った個性で肉塊になったハリネズミの敵と人質敵は、ジーパン野郎の個性によって更に厳重に取り押さえられるも、突っ走った挙げ句、敵の個性にかかった肉女は、静かにその場に崩れ落ちた。
何も比喩ではない。
文字通り、崩れ落ちた。

先の通報人は警察にも通報していたらしく、敵は数分後には到着した警察へとジーパン野郎によって引き渡された。

俺は静かに、隣に崩折れたままの肉女へと声をかけようとして、躊躇った。
躊躇ったのは、確実にその服の中にはあの女が、先程まで見ていた状態で居ない・・・と、わかっていたからだ。

「オイ、ジーパン野郎……コイツ、」
「待って、待ってくれ……」

慌てたように声を荒らげ、俺を押しのけて来たのはその通報人だった。
震える手で肉女の帽子を引っ掴む手を、俺は掴み上げる。

「オイこら、さわんな」
「やめたまえ、バクゴー」

俺の手を更に掴んだジーパン野郎はそれでも男から手を離さない俺から、静かにオッサンへと視線の矛先を変える。

「申し訳ないが、緊急事態だ。何かあるなら私が聞こう」

そう、ジーパン野郎が告げた事により、力が抜けたのか、男の手は帽子のつばから離れ、帽子は力なく地に落ちた。

「やっぱり、……きみ、だった、」オッサンの嗄れた声が響く。

そこに居たのは、紛れもなく肉倉名前肉女だ。
だがしかし、どう見ても、幼い。幼児だ。ガキだ。

「は……?」
「……警察に連絡を入れよう」サッ、と俺から手を離し、独特な持ち方で電話をかけ始めたジーパン野郎よりも、そのオッサンから目を放すことが出来なかった。
俺は、静かに目を見開く肉倉名前肉女へ、何度も「すまなかった」とアチラコチラから人が覗き始めている中で、地に付して涙を堪える男の声をただただ聞いている。

「こわい」

震えるか細い声をあげたのが誰か。
俺は一瞬わからなくなる。
誰がその言葉を告げたのか、火を見るよりも明らかである筈のそれが、一瞬でもわからなかった。
それほどに頼りなく、普段の嫌味な肉女の姿が一ミリも浮かぶことは無い程の細く腑抜けた音であったからだ。
辺りから、ざわざわと音がし始めている。

「敵だってぇ」そうだわ。だから失せろや
「誰か怪我したっぽい」わかっとるならケータイ構えんな
「あれ、ベストジーニストじゃん!」黙れや
「てかあそこ、幼児じゃね?敵?」黙れ

電話を終えたらしいベストジーニストは、静かに肉女を抱き上げる。

「きゃあ!!」

直ぐ近くで声が上がった。
声の発信源の集まり始めた野次馬共の中にはなにもない。
変わらずスマホを構え、こちらを物珍しげに見ているのみだ。
つまり、今、俺の目の前で起こったことが悲鳴の対象であったのだろう。
オッサンは、それを見て、鈍く光る鉛色に手を伸ばしかけ、悔しげに何も掴まなかった拳を握り込み、地に叩きつけた。

「君の、将来を、おれが、うばった……!すまない、……すまない!!!」

ジーパン野郎は静かにオッサンの目の前に名刺を置き、俺は肉女のを回収した。
クソみたいにぬるく、クソみたいに重ぇ。
目の前で、「いやだ!!」「たすけて!」「お兄ちゃん!」と泣き叫び、ジーパン野郎の髪を乱す肉女から俺は静かに目を背けた。



「きゃあ!かわいいわ!!」

そう言いながら肉女の服を着替えさせたらしい細目のジーパンカマ男は、腰をくねらせて事務所の一角、端の方へと座り込む肉女を、あれ以降この事務所の一角で構い倒していたらしい。
あれ、というのは数時間前に遡る。


結局、ジーパン野郎は事務所へと肉女を連れ帰り、たまたま「お兄ちゃん」と肉女が呼んだカマ男へと預けた。

「今日の見回りが終わったわけではないからな。もう一度、行くとしよう」

乱れきった髪をどっかくたびれた様相をごまかすかのように櫛で梳かし、またセットをし直しながら言うジーパン野郎に頷き、カマ男へと俺もを預ける事にする。


外へと出たベストジーニストは、開口一番に俺に言う。

「警察に、個性の解除方法は確認中だ。案ずることはない」
「案じてねぇわ」
「そうか……なら良い」

それからは、何が起こるでも無くただただ時間を浪費するだけのように過ぎていった。
決して案じてなどはいない。
自業自得だ。
大した実力がある訳でもねぇのに、ぼさっとしとるからだ。
殺されずに済んで良かったとでも思やいい。

そうして事務所へと帰ると、その光景があった。

俺たちの姿を認めるや否や、カマ男はすっ飛んできて真顔で言う。

「いつ、彼女を引き取りに来ますか……!」

つい先程まで泣き通しだったのだそうだ。
「怖い」「触っちゃだめ」「危ない」「やめて」
近寄るだけでもそう騒がれるのだと言う。
「絶対に触らないから!!」何度もそう言い聞かせ、預かって数時間、つい先程ようやっと落ち着いたらしい。


「彼女の親御さんへは、このままインターンを続行する、と伝えてある」
「……っシュア!ベストジーニスト!」ビシ!と姿勢を正し、カマ男は肉女の方を見てから少し肩を落として肉女の元へと戻って行った。

ジーパン野郎はそれについて行き、静かに肉女に近寄った。

「やぁ、名前」
「こんにちは」

思っていたよりも、ハッキリと言葉を返す肉女と屈んでいるジーパン野郎の背中を、俺はただ見ていた。
やる事もねぇからだ。そんだけ。そんだけだ。

「君について、聞きたいことがいくつかある」
「だめよ」
「それは、どうしてかな」

肉女はぱっ、と長い髪を弾いた。
その仕草だけが、どこかいつもの肉女とかぶった気がする。

「お兄ちゃんたちに、知らないひと・・・・・・に、おしえることは何もないといわれているの」
「それは、失礼した。きみの言う通り!私はベストジーニストと言う、君について教えてほしい」
「……ししくら名前よ。」

静かに話すが、高校までの記憶は無いのだろう。

「これで知り合いだ。いいね?君はいくつかな?」
「よっつよ」

つまり、これは恐らく肉女の見られたく無いもの過去なのだろう。

「私と会うまでは何を、していたのかな」
「びょういんで、"りょうよう"してたわ」

覗いてはいけないのだ。きっと。
俺だったら嫌だわ。死ねる。確実に。
そう、解っている。
恐らく、この場を離れても何かを言う者は決して居ないのだろう。

「つぎは、いつお母さんにあえるの?」
「ふむ、良い子にしていたら、きっと直ぐだろう」

きっと、コイツも見られたくはない。

「あなたは?ごはんの人?個性をつかったら、しかりにくる人?えっと、とくべつ個性じどうそうだんの人?おいしゃさま?けいさつのひと?……そとに、つれてく人?……わるい人?」
「ヒーローだ」
「ヒーロー……」

きっと、見てはいけない。

俺が踵を返したところで、「ここに居なさい」とジーパン野郎に告げられる。

「……時間外だろが」
「ここでは君は、私の言う事を聞かなくてはならない。わかるな」
「……」

見たく、ない。
肉女の長い睫毛の下で、小さく目が揺れている。
助けてくれと、揺れているのだ。
こんな情けねぇ顔は、アイツなら見せはしねぇだろう。
だから、見ては、いけない。

「ヒーローなんて、いないわ」
「……っ、」

俺は思わず、下唇を噛んでいた。
静かな事務所には、キーボードを弾く音と、電話に出る声以外は殆ど無い。
それすら今、一瞬止まった。
きっと、皆が聞いている。
その中では嫌味な程に、肉女の声が、響く。

「あなたがほんとうにヒーローなら、お母さんをわらわせて。お兄ちゃんに、わるくないよって、おしえてあげて。お父さんに、ごめんなさいって、わたしといっしょにいって。
わるい人につかまって、ごめんなさいって。」
「……そうだな。それがもし全て出来なければ、ヒーローではないのかも知れないな」
「わたし、ここでお母さんまてるよ。びょういんでね、ひとりでねむれるよ。こわくても、もうてをつないでって、いわないよ。
あしも、いたいってもういわないよ。お母さんにあわせてって、なかないよ。
ひとりでねむるから、お母さんをわらわせて。お母さんをこわくないよって、だきしめてあげて。わたしはそれをしちゃだめなんだって。
ずっと、ずっとね、わらってくれないの。ないちゃうのよ。お母さん。」

ぐるる、と鳴った腹を抑えつけながら、

「ごはんも、がまんできるよ。たべるときはおやさいもいっぱいたべるよ。のこさないよ。
個性もまちがわないように、がんばるよ。」

ぽろぽろと涙を零す。
静かに涙を零して、「すぐなきやむよ」と何度も何度も頬を擦り上げた。

「だから、お母さんをね、たすけて」

ジーパン野郎は、手を伸ばしかけて、下ろす。

「食事にしよう。名前、一緒に食べてくれるかな」
「だめ」

静かに頭を振る肉女は、小さく嗚咽を漏らしながら言う。

「個性が、うまくできないから、ひとりでじぶんのおへやでたべるのよ。だから、くるまいすをちょうだい。かえらなくちゃ、いけないの……びょういんにかえるのよ。お母さんが、こまっちゃうの……!」

俺は今度こそ踵を返し、適当に着替えてからクソみたいな気持ちで丼を買いに行く。

「大盛り一つと並、ねぎ抜きつゆ少なめ!」
「ありがとぉございますぅ」などと気の抜けた返事を聞き流し、発泡スチロール製の器に並々と入った牛丼を2つ引っさげて事務所へと戻り、未だジーパン野郎とカマ男の手から身を捩り逃げる肉女の首根っこをひっ掴み、俺はとっとと事務所を出る事にした。
俺の行動から何やらを考え込む素振りだけを見せたジーパン野郎は、また前髪を整えながら静かに言う。

「バクゴー、悪いな。何かあれば言いに来るといい。定期的にサイドキックに様子を見に行かせる」
「……ン」
「ありがとうね、バクゴーちゃん」

ジタバタと力なく暴れる肉女の指先が、俺の手首に当たった。
当たった瞬間、ぱっと体を丸め込み、ぶるぶると震えながら「ごめんなさい!」そう何度も漏らしとった。

地下一階。
肉女に割り当てられている部屋の鍵を探るわけにもいかない。
俺は適当に俺に割り当てられている部屋の鍵を開け、肉女をベッドへと放り出した。

「食うんか、食わねぇんか!」
「……たべられないよ」
「あ゛ぁ?!」

俺の声にビクリと体を縮こめ、また目に涙を浮かべ始める。
クソだわ。
こんだけ怖がっとんのに、怯えとんのに「触んな」と、教える大人が、クソだわ。

肉女の話しの断片を聞いただけでも、コイツがどんな状況に居たのかは、嫌でも想像した。
出来た。
不幸にも、恐らく事件・・で脚を無くした。それをきっかけに個性が発動、もしくは暴走。
コイツの個性を考えたら、確かにそう易易と人が触れることは出来ねぇだろう。暴走しがちなのであれば、尚更。
特に、ベストジーニストらは。医者は。責任の重いやつ程。
脚を無くして怖がっとる、痛がっとる子供に、「痛い」と嘆かせる事も手を繋いで、ましてや背中を擦って「大丈夫」と言ってやる事ができるやつも、おらんかったんだろ。
母親にも、思うように会えんかったんだろ。
クソみたいに熱出したときに、ババアが粥を炊いて「はやく治しな」そう、デコを撫で回す手が、俺には当たり前だった手が、一番心細くつらい時期に、コイツには無かった。
仕方がない。
それは、間違いない。
各々、無責任に仕事が出来ない状況になる訳にも行かない。
個性特別児童相談所、と言っていた。行政とてその状態だったのだ。
仕方がない。
こんななら、「ヒーローなんて、いないのよ」そう言っても、仕方ねぇ。
これくらいのやつは、きっとゴロゴロと居る。
それを一々全部救うってのも、土台無理な話しだわ。

ベッドでモゾモゾと動き、体の向きを変えようとしとる肉女に手を差し出す。

「だめだよ」
「駄目じゃねぇ」
「しかられるわ」
「俺が良いっつっとんだわ」

肉女は、それでも尚首を横に降る。

「なら、腕上げろ。そこの椅子に下ろす」

俺の言う事を静かに聞き入れ、腕を少しだけ上げ、服が隠している脇を浮かせた。
そこに手を差し込み、備え付けの何も置いていないデスクに、丼を乗せ、蓋を外す。貰ってきていたスプーンをそこに差し込み、「食えや」と顎をしゃくった。

隣に丼を置いて、俺も食べ始める。
肉女は、静かに何度も俺を見てから数分後。スプーンを動かしてそのいつもよりも小さな口で頬張り、ようやっと食べ始めた。

「うまいかよ」
「ちょっとしょっぱい。みかんみたいなにおいがしてるよ」
「……ハ、そーかよ」

聞き覚えのある感想に、思わず口角が上がり、肉女に茶のボトルを差し出す。
おずおずと受け取り、「ありがとう」そう静かに告げながら長い睫毛を落としてからまた、肉を頬張った。

「こわくないの?」
「ねぇわ」
「どうして?ぐちゃって、しちゃうよ。」

慣れたわ。は、嘘だ。そこまでじゃねぇ。
戻れなかったら、やべんだろな、とも、思う。
が、最悪相澤センセーがなんとかすんだろ。とも。

真っ赤に腫らした目元をこっちに向けて、笑うでも怯えるでも無く、静かに食う。
それを見飽きた俺は、筋トレをし始めて、食い終わったらしい肉女のぽつぽつと零す言葉を、ただ聞いていた。

「お兄ちゃんが、ようちえんでいちばんキレイなだんごをつくれるよ」
「お兄ちゃんはね、おやまがじょうずなの。わたしもじょうずよ」
「きのう、あさにきゃべつをのこしたら、とってもしかられたわ」
「おひるはたまねぎとにんじんと、はくさいをのこしたの。すっっごくこわかったわ」

なら食えや。
とは言わずに、静かに今度は腕立て伏せをする。
腕周りと、太腿がいい具合に、きとる。

「でも、よるはぜんぶたべたわ!」
「だってね、たべないと、おにくをくれないっていうのよ!」
「っ、……笑わすなや!」

思わず、腹筋がつるかと思ったわ!と、舌を打ちながら椅子の上で脚をぶらつかせる肉女を睨みつけた。

「かえりたい。カレンダーに、ばってんつけるの。お母さんとあえる日まで、ばってんをつけるのよ。」
「……そーかよ」
「いつかえれる?」
「帰れねぇ」

ふっ、ふっ、と息が短く漏れる。
別に、肉女の方を見たくない、だとかそういう訳ではない。
見る必要がない。そう思ってるだけだ。
どうせ、泣いてる。
そんだけだろ、と。
ちっせぇ頭ひねって、帰りたい。としか言えない肉女が、このガキが、よりちっちゃく見えるのは、見なくとも、わかる。

「そうなの?」

静かな声は、震えていない。
俺は始めてその小さな顔面の真ん中に揺れている目を、睨むように見据えた。
何を言ったところで、何かが起きるわけではない。
こんな事に、意味はねぇ。

「てめぇは、」俺の声の方が、掠れていた。

「てめぇは個性かけられて縮んだだけの15、6の学生で、雄英生だわ。
肉ばっか食って、クソほど生意気言うとる上から目線のクソ女だわ。
帰りてぇ?戻りてぇ、の間違いだろが。ならとっとと戻れや、クソが!」
「……クソって、なぁに」
「だからっ、そこじゃ、ねぇんだわ!!」

俺のでけぇ声にビビったらしい肉女は、暫く泣き叫んだ。
飛んできたカマ男が勝手に部屋に入り込んで肉女を抱き上げて背中をさすりあげるまで、泣き叫んでいた。
だから、ガキは嫌いなんだわ!クソが!めんどくせぇ!

「あんたはキライよ!」
「ええからはよ泣き止めや!!うっせぇ!!!」
「ほら、もう!!怒鳴らないで頂戴!!!」
「てめぇもうっせぇわ!!」

またわんわん泣き始めたガキが、この上なくうっせぇから一時でもはやく戻れば良いと思う。
多分、そう思っとるのは俺だけではないだろう。

ジーパン野郎から、個性の解除方法を告げられたのは、その日の夜も深まってから。
今日と言う一日の終わりが迫っとった頃だった。
それはまぁいいが、兎に角黙ってほしい。マジで、うるせぇ。
だから、はよもとに戻れば良い、と思う。


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