15
「爆、豪君、今日、は、ここ、に」

インターンと訓練も終わり、シャワーをすら浴びる前に肉女からこちらに向けられたスマホの画面には、安さが売りの大手チェーンとんかつ屋のトップページ。

「30分後、昨日ン、とこ」
「……は、……わかったわ、は」

勝手に行けや、と言ってしまっても良い。が、外へと出るには階段を使い、一度ロビーを通る必要がある。
そうすると、「どこに行くんだい」等と必ず誰かが声をかけてくる。お節介を大発揮したその時の人間は、俺を部屋まで呼びに来て金を握らせ、「初めてらしいから、一緒に行ってやってくれないか」等と俺の前にソワソワとその日の夕飯を楽しみにしているのが如実にわかる肉女を差し出した。
それ以降、俺たちに弁当は配給されず、一日分の弁当代と同じ金額が支給されるようになった。
であるからして、どのみち俺自身も外へと出て飯を調達する必要がある訳だ。
クソかよ。
地下二階の訓練用のフロアから出て、薄暗い階段を登っていると、後ろに着いてくる肉女からウンウンとメニューに今から悩む声が聞こえている。

「海老、やっぱりお肉よね……ヒレ……ヒレにしようかしら」
「……肉意外も食えや」
「ここのキャベツはあなたにあげるわ。それかキャベツ抜きって、あるのかしら」

バカ真面目にスマホを睨みつけた肉女は、静かに画面をスクロールし、あれが美味そうだこれが美味そうだとまた饒舌に語りはじめる。
夜飯にハンバーガーを提案されたときはマジで勘弁しろ、と怒鳴りつけたくなりつつも、「昼メシで食えや」となんとか告げると、嬉しそうに「ランチとして食すのね!」等と宣っとった。
クソリッチなポニーテールをどっかで彷彿とさせるその言動にはイラッとする。
この肉女の言動から、もしかせずともそこそこの家の出なのであろうという想像は容易であったが、果たしてそれだけでこうも常識のラインは変わるものだろうか。

常識知らず甚だしい程の発言に辟易しつつも、チクチクとどっかしらが刺激されるのをどっかしらで感じてしまうのは人間である限り仕方がねぇモノだと思う。
が、それと同時にいい加減にしろやと思う所もある。というのも、店につくなり物珍しそうにキョロキョロと当たりを見渡し、嬉しそうに俺の肩を揺らしやがるからだ。うぜぇ。

インターンが始まって三日目の事であった。



四日目。
雨が降っとった。
日に日に7:3がジーパン野郎によって8:2の分け目へと変えられて行くのに、血反吐が出そうになる。
整髪料により押さえつけられていた頭は、雨で不愉快なベトつきを伴って流れていった。
結果として頭のピッタリと張り付く不快感は減ったからそこは良い。

見回り中、独特なうぜぇポーズで電話に出たベストジーニストジーパンは、静かに頷き、一言「戻ろう」と俺達へと告げる。


「ここで二人で組手でもしていると良い。休憩時間には呼びに来るようサイドキックに声をかけておく。私が戻っても顔を出そう。好きにしたまえ」

案内されたのは訓練場。
デニム野郎のサイドキックと訓練をする際にも使用している地下の一室。
フロア丸々一つを演習場としているらしいそこは、障害物だとでも言うように、地面と同じようなコンクリートの壁がそこかしこにある。

「はい、行ってらっしゃい」

小さく頷いた肉女の横顔を見ながら、何でコイツと、と小さく舌を打つ。
別段、何か不安事がある訳でもない。いつかコイツとは直接やり合いてぇ、とは思っていたが、度重なる脚の負傷、不調に妙な劣等感を匂わせる言動、時折ある特別・・な扱いはその答えをいとも簡単に導き出す事ができる。
関係ねぇ。
そう言ってしまうのは簡単だが、こうも易易と脚を壊されまくると気を使うなと言う方が無理だ。
関係ねぇ事だ。
そうは言うが、また、チラ、と肉女の脚を見た。

「問題ないわよ」
「あ?」
これ・・があなたの勝つ理由にはならないし、私の負ける理由にもならないわ。」

静かにヒーローコスチュームの帽子のつばを引き下ろし、長い睫毛の奥で鋭い眼光を覗かせる。

これ・・が私よ。
それとも、貴方の負ける・・・理由にしておく?」
「上等だ」

ザリっと砂を踏みしめる音が響くと同時、肉女の体は地面スレスレまで落ち、足元を薙ぐのを軽い爆破で跳躍し、躱す。
待っていた、と言わんばかりに指弾が舞う。
全弾躱すくらいなら、爆破
牽制も兼ねて、火力を強く。

「し、ねぇ!」
「単調だわ」

背中からの衝撃を、爆破で逃しながら転回
多分、蹴られた
勢いをつけ、捻じ伏せる
待ちかねていた、とでも言うように肉で蜘蛛の巣のように膜を張られていた。
あの一瞬で仕掛けたのかよ

「クソ、が!!」
「っぁ!」

爆破で逆噴射し、勢いを殺しつつ肉女から距離を取る。
その衝撃で、肉女の近くの障害物もどきの壁が砕ける。

この女の身のこなしは一朝一夕でできるものでは無いだろう。
かなり洗練されている、という事が節々で理解できる。
個性が無くとも、恐らくそれなり。
決して弱くは無いだろう。
個性がある分、認めるのはかなり癪だが、強い

上段へ向けて放った蹴りは女の腕に絡め取られ、身体を勢い良く畳まれる。
顔が近付いた瞬間に、爆破
女の顔が仰け反った瞬間に、体重をかけ、女の腹を脚で押さえつけ、腕を絡め上げた。

「俺の勝ち、だわ!」
「そうかしら」

ぐにゃ、と掴み上げていた腕が溶けるように手から抜け、俺の頭上へ。

「クソが!!」

女の本体へと向け、爆破をして牽制を、と構える頃には俺の足が抑え込んだ身体は分断され、アチラコチラに舞っている。

「は?」

こんなん、アリかよ。
とんだ強固性じゃねぇか



どれ程そうしていたか、わからねぇ。
触れれば一瞬で終わる。
それは演習を見ていたから理解している。
爆破をかまし、直撃する度に肉を焼くニオイがしてる。
消耗戦。
俺の手が、死ぬか
コイツの肉が焼き尽くされるか!

「死ぬまで、殺し尽くしたらぁ!!」

舞った肉の塊が、礫のように降り注ぐ

火力を強め、撃ち落とす
逃れた肉は本体の元へと集約されていくように集まっていく
その先の黒い上着が硝煙の隙間から覗く。

「そこ、かぁ!!」
「ざんねん」

腰に、絡まった女の脚。
こっち、と耳元で聞こえた音へ
自身の背中側へ
いっそ反射的に手を翳す。
腕もついていない女の顔が、近付いてくる。
はやく
はやく

撃て

触れたら、終わる

撃て

「そこまでだ」

BOOM

掌で爆ぜた火花は絡まった糸で腕ごと女から遠ざかる。
それと同時に、身体はギチギチと糸に締め上げられる。

「ここまでしろとは、言っていないが?」

入口ドアを開け放ち、俺と肉女を個性で縛り上げたジーパン野郎が後ろであたふたとするサイドキックを携え、立っていた。

「好きにしろ、と言うのは今後はやめることにしよう。
君たちにかかれば破壊し尽くせると言うことがよく分かった。
なんたる遠慮のなさ。ここまで来ると違法デニムだ」
「訳わかんねぇこと言ってねぇで離せや!!!」

前髪を手櫛で抑えつけながら溜め息を吐いたその男は、滾滾と俺と肉女へと説教を始めるのだった。

「いや、許可を出した時点で違法では無いな。脱法デニムだ」





暫くして説教を終えたジーパン野郎が、肉女を促し、俺へと片付けを言いつけた事に舌打ちを落としながら、紆余曲折を経てこの部屋へと戻ってきた肉女の下着を俺のケツのポケットへと捩じ込んだ事からこの話しは始まる。


瓦礫を一箇所に纏めながら、大きなものは砕く。


「蹴りが、上段を攻めがちよ」静かな空間に、女の声が響く。

いっそ、舌打ちを落としたくなった。

「けれど、あの抑え込みは、焦ったわ」
「……テメェはカウンター狙いが、多い」

俺の声に「そう」と相槌を打ち、肉女は瓦礫を落とす。

「右腕は大振りに頼りがちよ、あそこではコンパクトにすべきね」
「脚、庇い過ぎだわ」
「出した手脚は、すぐに引くべきよ。掴まれるわ」
「わかっとるわ。」そろ、と女を見ると、静かに俺を見据えている。

「初撃の下段の後に続く技は、上に繋げ難ぇ。飛べる奴には、不向きだわ」
「ありがとう」
「……」

肉女の言うありがとう、がどこにかかるものか、それがわからない訳ではない。
それでも、これ以上そこへ言及はすべきでは無い。
そこまでの信頼がある訳でも、責任を持てるわけでもない。

静かに息を、吐き捨てた。

「テメェは、勝ってねぇぞ」

俺の言葉にキョトンとした顔をつくってから、肉女は口角を少しだけ上げた。

「負けても、無いわ」

良く良く女を見ると、身体のあちこちに擦り傷が見える、が火傷痕はない。
それでも、肉の灼けたニオイを忘れたわけではない。

「まだ終わってないわよ」
「便所だわ!!」

肉女をそこに残し、デニム野郎、もしくはサイドキックを探す。
事務所のある階までエレベーターで上りきり、入口付近に彷徨く男を呼び止めた。タイトなデニムを穿き込んだ、7:3野郎だった。まぁ、皆そうだが。

「……回復の個性のやつか、火傷用の軟膏寄越せや」

俺の言葉を、きょとんとした顔で飲み込み、「すぐに戻るね」と事務所へと引っ込んだ。
程なく戻った男は俺を生ぬるい目で見ながら救急箱を寄越す。

「今快法さん外に出ているから、これで手当してあげてくれ。帰ったら向かわせるからね」
「……っス」

ガシャガシャと煩い救急箱を抱えながら肉女の元へと向かう。
もや、としたものが胸中を渦巻くが、今は無視をしておく。
別に照れとかじゃねぇ。



「オイ」
「……」
「無言で脱ぐなや!!」

俺の言葉に、また服を着込み直した肉女に、そうじゃねぇ、と苛立ちが募る。
死ね

「いや、脱げや」
「……厭らしいわ、爆豪君」
「あ゛?死ね」

掌でバチバチと火花が散るのは決して俺だけが悪いわけでは、ない。

「背中、出せや」
「待って頂戴」

乱れた髪を帽子に入れ込み直し、背中を捲りあげた女の耳が赤い事は知らないふりをする事にする。
こんな事で、俺の心臓が動くはずがねぇ。
ただの手当だわ。
授業と一緒。
ヒーロー活動の一環だわ。

「オイ、これ、はずせや」
「……ええ、」少し震えている女の指先が、下着のホックを外していく。

痛々しく爛れかけている部分と、赤く腫れている部分が、背中にだけ群生している。

「背中で、庇っとんか」
「移動させただけよ。殆どが腕だったわ」
「そうかよ」

たっぷりと軟膏を手に取った。
その背中に触れる。
軟膏を、塗るためだけに触れた。
それだけだ。
俺はどっかの紫の玉じゃねぇ。
クソだわ。
死ぬほど柔い。

「回復持ちが、居るらしい。……後で見てくれるってよ」
「そ、そう……なら、今はもう良いわ」
「……もう、終わる」
「そ、う」
「ン」

やっぱり死ぬほど柔い肌に、そっと軟膏を塗り込んだ。

「っつうか、手に移動させ直せや!!!死ね!!!」
「ま、間違いないわ!!!先に言ってちょうだい!!!」

このインターンの意義は未だ見出だせない上に、居心地が悪く無いのが何よりもクソだった。


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bkm


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