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職場体験インターンが始まり、私と爆豪勝己は共にベストジーニスト事務所へと向かっていた。
事務所になっているビルのロビーへと足を踏み入れるなり、デニム姿の受付嬢に促され、私達は更衣室でコスチュームへと着替えるように言いつけられる。
華美な装飾などはほとんど見当たらないものの、洗練された調度品が、持ち主であるベストジーニストが酷くこだわりの強い人間である、と言うことを私に教えてきていた。

着替えを終え、爆豪君と別れた部屋の前まで戻ると、既にコスチュームを纏った彼が舌打ちを落としながら案内を買ってくれて居るらしいデニムの男性とそこに居た。

「おせぇ」
「悪いわね」

彼の視線がちら、と私の脚へと向いたことを私は知らないフリをする。

髪を7:3に分け、ぴっちりと嫌味なほどに全身を整えたその男は、私達を見るなりニコリと微笑みかけ、「案内しますね」と歩き始めた。
どの部屋よりも大きな扉を開き通されたそこは、恐らく辿り着いたときに目にした大きな一面ガラス窓の部屋だったのであろう、と言う事が今目の前でデスクに腰を下ろしていた男の背中の向こう側の景色から伺えた。

ヒョロリと細長い体を持ち上げ、デスクの前に出てきた全身を細身のデニムへと包んだ男は静かに私達を見据えて口を開く。

「正直君たちの事は好きじゃない」

隣で爆豪君の体がピクリ、と揺れた。

「は?」

私はただ静かに髪をびちりと10:0に分けた男の目を見据える。
ここは、どうにも胡散臭い。
何だか、胡散臭い。

私の事務所ウチを選んだのも
どうせ五本の指に入る超人気ヒーローだからだろ?」
「指名入れたのあんただろが」
「……選択肢が、無かったのよ」

イラッとしたらしい爆豪君の体が小さく揺れ、私と彼の回答に目の前の男__ベストジーニストはシニカルに目を細めた。

「そう!最近は「良い子」な志望者ばかりでねえ」パ、と体の横で手が踊っている。
「久々にグッときたよ」

「君たちのように凶暴な人間を"矯正"するのが私の・・ヒーロー活動」髪を撫でつけながら行われる演説は、こうも続く。

「敵もヒーローも表裏一体!そのギラついた目に見せてやるよ
何が人をヒーローたらしめるのか」

静かに流れる時間の中、私はそっと爆豪君へと視線を向け、サッと手を上げた。
彼の視線がギラついている事も、彼の態度が悪いこともわかる。けれど、

「爆豪君がここへ指名された理由はわかったわ。けれど、私が指名された理由が説明がつかないと思うのだけれど」
「……あ゛?」
「ふむ、自覚がない、と」

二人からの視線に体育祭のことを思い出してみるけれど、到底私の素行不良が浮かんでは来ない。

「良いだろう」

ぴっぴっと、ベストジーニストが手元のリモコンを操作し、直ぐ側の壁へとプロジェクタで映し出された体育祭の三回戦の映像。
私は苦い思い出に直ぐ様顔を顰めた。

「見えるかな、これが。……果たして素行の良い人間がこうしてテクニカルのジャッジをしに来た教師へと個性を向けて攻撃しようとするだろうか。
まさしく違法デニム。矯正対象だ」
「違法、デニム……!」
「そこじゃねぇだろ」



「クソが!!」

鏡の前、髪をベストジーニストにピッチリと整えられる爆豪君の隣で、私も静かに女性デニムに髪を梳かされている。

「サラッサラ!凄い!手入れはどうしているの?!」
「……大手ディスカウントストアのオリジナルブランドのシリコーン入りコンディショナーよ」
「まさかの非オーガニック派!!」

嬉々として髪を弄ぶ彼女の声を今度は聞き流し、決して隣を向かないように鏡の向こうを見続ける。
オーガニックとは、私は恐らく程遠い生活を送っている。
そちらに思考をやろうとしても、ベストジーニストが爆豪君の髪をすく度に、ピョコンピョコンといつものようにハネが戻っていくのが嫌でも目に入ってしまう。

「笑い堪えとるの、見えとんだわ!!!」
「動かないでくれないか、バクゴー」
「諦めろや!!!」

ボン、と整いかけていた爆豪君の髪はまたいつもの爆発頭へと姿を戻す。

「……ん、ふ……」
「っから!!!聞こえとんだわ!!!!」

尚も髪を梳かされながら、私の後ろで髪を束ねていく女性は口を開く。

「私も、ベストジーニストに変えてもらった一人よ」
「……違法デニムだったの?」
「ふふっ、……そうね。いい人よ、彼は」
「聞こえているぞ」

鏡の向こうで、前だけを見据えているジーニストの静かな目が睫毛を落とし、力強い眼光が瞬くのを私は見ている。
今、私は自分の辿り着きたいモノNO2に一番近い場所にいる。
一番見たかった景色に限りなく近い人間を、見ている。

「ここで、君達も在りたい・・・・姿を見つけると良い。
そこが明確であればあるほど、ブレない人間ヒーローになれる」
「……ケッ」
「在りたい……」

私と爆豪君の膝の上にタイトなジーンズが置かれ、「穿いてくるように」と指示を受けた。



「……ん、ふっ……ん、……んふふ、」
「聞こえ、とんだわ……!!」

わなわなと、いや、ぶるぶると。隣でヴァイブレーションのように震えている爆豪君に、時折笑ってしまいそうになりながらもベストジーニストのきった号令に、私は皆に倣い返事をした。

「このまま見回りに行く。用意するように」
「舐めんないつでも行けるわ」
「できてます」

ふむ、と私達を見下ろし、ベストジーニストは静かに言ってのける。

「これから君たちは、たくさんの市民と向き合う事になるだろう。真摯に向き合いたまえ」
「はい」
「……」



道中、それなりにアクシデントを爆豪君が起こしたものの、至って何事も無く時間はただ過ぎていく。
ベストジーニストのデニムのお話しに私はコクコクと頷き、爆豪君はぶるぶると震え、今日と言う一日を終えることになった。
とはいえ、終えたのは飽くまでもインターン・・・・・であり、今日が終わったわけではない。
ベストジーニストの事務所の地下一階。
そこで私達は一週間泊まり込むことになっているらしく、食事等は就業時に渡された幕の内のお弁当で、一定量は出るものの、足りない分は各々で用意するようにと告げられて解散となった。

「……」

案内された地下一階のフロアで、爆豪君が荷物と幕の内弁当を持って中へと入り込もうとした所で、私はようやっと口を開いた。

「爆豪君」

返事が返ってくるという期待はしていない。
いっそ動きを止めてこちらへと視線が向いただけ上々と言うものだ。と、思う。

「私、行ってみたい所があるのだけれど」
「勝手に行けや」
「……あら?文脈から読み取れなかったのかしら。お誘いしているのよ」

私の言葉に、美しい7:3の髪がピンと一部跳ね上がる。
今日一日で大分なれたと思う。少しだけ視線を反らし、下を向く。きゅっと唇をかみしめてから、もう一度爆豪君を見据えた。
今なら笑うことは無さそうだ。

「わかってて断っとんだわ」
「シャワーもしたいから、30分後に迎えに行きたいのだけれど、食事に行きましょう」
「弁当出とんだろ」

爆豪君の言葉に、私は右手を確認の為に今一度動かす。

「凡そ480グラムね。容器を含めたとしても、よ。貴方は足りるのかしら……私は足りないわ」
「……20分後だ」
「あら、……ならこうはしてられ無いわね。急がなくちゃ」

私の言葉を聞き終える間もなく閉まった彼の部屋のドアを尻目に、私も充てがわれた一室へと体を滑り込ませた。




「おせぇ」

Tシャツに黒のジャージのハーフパンツを着込んだ爆豪君の舌打ちとともに出た言葉に、私は静かにスマホを見た。

「……おかしいわね、19分と48秒よ。間に合っている筈だわ」
「こまけぇわめんどくせぇ」

吠える爆豪君の姿を今一度見直し、私は静かに告げる。

「待たせたことは、謝罪するわ。……ドレスコードは、大丈夫かしら」
「アホか、どこ行く気だ」

私は静かに着込み直していた制服のスカートのサイドポケットからスマホを取り出し、画面を彼の方へと向けた。

「お茶子ちゃんに、ここで格安でお肉とお米を食べられると聞いたわ……この値段は……破格よ……!」

暫く無言でその画面と私を見比べた爆豪君は、静かに告げる。

「…………行かね」階段とは反対方向へと向かおうとした事から、彼は本当に行かないつもりだと判断した私は彼の腕を掴み、捻り上げ、彼の体を壁と自身の体で挟み込んだ。

「触んな!死ね!必死か!!」
「待って!待って頂戴!!!行ってくれると言ったわ!!」
「言ってねぇわ!」またギャンと怒鳴りながら振り返り、私を睨みつける爆豪君の目が、75度程度の角度にまで吊り上がる頃、私は静かに告げた。

「お、お金は今回限り出すわ……!」
「これくらい出せるわ!!どけや!!!」

その言葉に、私はようやっと腕を離し、パチンと手のひら同士を胸の前でつけ、一足はやく合掌した。

「行ってくれるのね!」
「聞け!!!!!」



爆豪君が、自動ドアをくぐった頃、「しゃぁせぇ」とうまく聞き取れない言葉が飛んでくる。
思わず爆豪君の袖口を引く。

「い、今なんと言ったの?!なにか返すべきなのかしら!!」
「黙れ。喋ったらコロス」

爆豪君の言葉にコクコクと頷き、彼の背中張り付くようについていく。
爆豪君が、カウンタの適当な椅子を引き、腰掛けたのを見届け、私もその隣へと腰を下ろす。
初めての店内は、比較的明るい。
じ、と目を凝らすと時折ホコリやらが見えるから、清潔とは言い難いものの、明るいテーブルや照明のお陰で気分は高揚しやすそうだ。
いや、私が舞い上がって居るだけなのかもしれない。或いは両方か。

「ご注文はぁ、お決まりですかぁ」

間延びしたスタッフの言葉に爆豪君の方を見ると、「あとで」と静かに告げ、私の方へとメニューを投げるように寄越した。
ラミネートされたかの様な光沢のあるオレンジの眩しいメニュー表には、店のロゴが中央へと鎮座しており、一枚見開きのページを開くと、大きな文字で『並 370円』の文字が大きく掲げられている。
差し込みのメニューもあるらしく、『5月の食べ比べフェア』と大きく銘打たれた豚肉と牛肉が山と乗った牛丼が掲げられていた。牛丼と呼んで良いのかは定かでは無いけれど。

「はよしろ」
「……」私はそ、とメニューを指差しながら首を振った。

苛立ったらしいのが空気感で伝わってきたけれど、そこから指を離すのよりも、爆豪君が目をカッと開いて私を叱り飛ばす方が早かった。

「喋れや!!」
「黙れと言ったのはあなたよ!理不尽だわ!」
「空気を読めや!」
「玉ねぎは不要よ!!」
「店員に言え!!!」

私達の前に、つかつかとやってきたキャップと前掛けをつけたポロシャツのスタッフは、ハンディを持ったまま静かに告げた。

「お客様、もう少し声のトーンをお抑え願います。注文伺います」
「……ケッ」
「悪いわね、つい、昂ってしまったわ……」

「並」と、一言だけを告げた爆豪君に倣おうかと思ったけれど、私は静かにお願いする。

「これを、……玉ねぎを抜いてほしいのだけれど」
「並のねぎ抜きですね」
「あら?玉ねぎよ」
「はい。ねぎ抜き、ですね」
「……玉ねぎを」

尚も食い下がろうとした私を押しのけ、爆豪君は「以上!」と静かに叫ぶと言う器用な事をやってのけた。

「……あの方、ねぎと玉ねぎの違いがわからないのかしら!教えてあげなくちゃ」
「もうマジで黙れ」
「……困ったわね……」

一分と経たないうちに目の前に差し出されたお盆に、「ありがとう」と言う暇もなく、私は驚愕の目を向けて今一度爆豪君の方を向こうとして顔をグイと押しやられた。おかげで彼の方を向くことは出来ないけれど、今胸を迸るこの感動を伝えたかった。

「爆豪君!!凄いわ……!ヒーローにもこれが必要よ!なんて速さなの……彼ら、どんな速度で調理をしているのかしら!」
「装っとるだけだわ」
「……メニューをシンプルにする事で毎回の調理の手間を無くしているのね……とても効率的だわ……!」

隣で静かに合掌をして食べ始めた爆豪君に倣い、私も静かに手を合わせ、一口、頬張る。
口の中に染み渡るだしの香りに、仄かにやってくる肉の甘味と少しのえぐ味。
柑橘の香りがどこか奥の方でしていて、少し濃い目の味付けにも関わらず、さっぱりと感じる。
肉はクタクタに煮込みきられ、食感に好みの差は出るものの比較的柔い。

「……これを良いお肉、とは言い難いけれど……美味しいわ!!ここまで美味しく炊けるものなのね!」
「……」爆豪君は話さない。
「タレが絶妙よ!きっと長らく研究に研究を重ねたんでしょうね……この深みのある味わいは一朝一夕ではきっと出ないものよ!さっき一切れ入り込んでいたらしい玉ねぎを食べたけれど、とても奥深い味を出していたわ!一体どれほど煮込めばこの味になるのかし」思わず口から言葉が出ていくのを私は止めることはできないし、静かに語り続ける。けれどそれは、爆豪君のギャンと吠えた声で中止を余儀なくされることになった。
「はよ食えや!!!」
「そ、そうね!!」


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