12
体育祭の翌日、そこから二日は振替休日であったから、その日の朝、私はただひたすらに動画を見続けた。
何度も何度も見続けて、シミュレーション。
下着だけで布団に包まりながら、ただただスマホを構えていた。
小鳥の囀りが聞こえていた気がする。

「上鳴君は初撃を躱せさえすれば、何とでもなるわね。
絶縁体となる何かをつくるのは難しいかしら。肉で浮きさえすれば怖くはないけれど、それだけでは安心に足りないわよね。
飯田君の速度は問題よね。兄さんならどう切り抜けるかしら。ヒーロースーツのアーマーも突破できなきゃいけないものね。素肌がでていないのは、痛いわ。」

身体をベッドから起こし、直ぐ側のクロゼットまでベッドの上を移動する。
クロゼットを開けると、一面に揃えている私の足を、ぼぅ、と眺めた。
私の足が、普通でなくなってから、父は、母は沢山の足を私にくれた。
それこそ、毎年の誕生日に、クリスマス。それから、新しい型が出る度に。
もう普通・・の足がどんなだったかなんて忘れたというのに、「これはどう?」と聞かれても、私には何とも答えられなかった。
いつからか、肌の色を模したものなんて選ばなくなった。
より硬い物を。
寧ろ軟い物。
機動力の着くもの。
何なら軽いもの。
競技用のもの。
けれど私が最後に選ぶのは、自分の肌を纏わせる事が出来る・・・・・・・・・・・・・・物、であった。
その為に余分な脂肪を、筋肉をつけ、足へとまわし。
結局誰よりも、私はこれに拘っている。

適当なものを選んで、肉を纏わせる。
それからランニングシャツと、パンツを取り出してベッドへと。

ベッド以外に物をほとんど置いていない部屋で、ひた、と足を下ろして洗面所へとスマホを眺めながら向かった。

「芦戸さんの酸も、困るわね。特に足を狙われたら難しいわ。彼女が敵だったなら、どう対処すべきかしら。
全身から、だとやっぱりある程度はこちらもリスクを被る事になるわね。
常闇君……タイミングが大事ね……。ダークシャドウには肉体は無いものね。」

シャコシャコと歯を磨く。
鏡に映る私はそれはそれはひどい顔をしていた。
多分、貧血もあるのだと思う。

「切島君のアレは肉なのかしら。一度触らせてもらっても良いかしら。もし硬さで精肉の速度と精度が変わるなら知っておきたいわ。」

一人用の冷蔵庫からゼリー飲料を取り出してザッと吸い込み、ベッドへ出しておいた適当なランニングシャツを着込む。

「……轟君と、爆豪君……ねぇ。」

二人の対策を考えながら、ただひたすらに走った。
家を出てからずっと、それこそ数時間は走ったと思う。
我武者羅に走って、照りつける太陽を仰ぐ頃にはブワ、と汗も吹き出し、通る風で体が冷えるほどであった。
けれど、火照った体にはそれくらいが丁度良かったと思う。

「一番……」

爆豪君の、開会宣言での言葉を転がす。
そよぐ風に乗って葉音と共に吹き抜けていった言葉は、私のものにはならないとでも言いたげに去っていったかのようにも思える。
無様だった。



「あ、肉倉さん?肉倉さんや!!」

汗を手の甲で拭った時に聞こえてきた声に、私は下唇を噛んだ。
本当なら、今は会いたくは無かった。
無様な姿を見せていたのだ。
恥じ入りこそすれ、交わす言葉など無いと、思っていたのだ。

「ええ、今晩は」
「ほんまや!今晩はの時間やねぇ、今晩は!」

そうにこやかに隣で肩に引っ掛けたタオルで汗を拭う彼女も、きっと走り込んでいたのだろう。
麗日お茶子、彼女も体育祭でトーナメント戦まで勝ち抜いた人の一人だ。

「この辺に住んどるの?」
「ええ。行くわね」
「あ、私も!」

ザッザッと鳴る靴の音が、ふたつになった。

「まだ明るいから、挨拶に迷うね」
「そうかしら。6時は、今晩はだと思うけれど」

間違いない、そう笑う彼女からは負の感情は一ミリも漏れていないように思えるけれど、ふっと、悔しくは無かったのかしら。なんて。

「走りながら話してると、舌かみそうやね」
「黙りましょうか?」
「ちゃうちゃう!」

両手をブンブンと振る麗日さんに、少しだけ頷く。
わかった、と言ったほうが、良かったかもしれない。

「……肉倉さん、めっちゃ喋りやすくなったよね」
「そう?……そう、なの?」

は、は、と息を軽く切らしながらでもテンポよく会話ができるあたり、わかってはいたけれど彼女も体力はあるのだ。

「うん。前は、こう、なんて言うかギラギラしてる、言うか……んー、爆豪君とか轟君とはちょっと違う感じのとっつきがたさと言うか」
「そうなのね」
「なんか、今は、私でも友達になれるかなぁ、って」
「……そう、なのね」
「うん。あ、私ここ!」

ザッザッと言う音は次第に止んで、スローペースで歩くようになった彼女と私の足は、同じところで止まる。
彼女だけの帰る場所であったなら、「ならまた、」と私は去っていたと思う。
そうしないのは、私もそこへ、住んでいるからだった。

「……私は5階よ」
「そうなん?!私3階!一緒やったんや!!嬉しい!!これから行き帰り一緒に出来るかも知れんね!」

そう顔のすぐ下でぎゅうと両方の手で握りこぶしを作る麗日さんに、小さく頷く。
別に、一緒に帰るだとかそういう話しでは無い。そういう事も、今後あり得るかもしれない、という可能性について頷いただけだった。それ以外の意図は無かったのだけれど、麗日さんはそうは取らなかったのかも、知れない。

「……折角やし、一緒に、食べん?」

突然の申し出に、私は普段よりも目を大きくしたと思う。

「……良いわ。着替えだけ、してきたいのだけれど」
「うんうん!ていうか、私の部屋今汚くて、肉倉さんの部屋とか、あかん??」
「……テーブルも無いわよ」

口をあんぐりと開けた麗日さんは、

「ええっ?!どうやってご飯食べてるん?!」
「シンクの横で、」
「ええ!!?私!折りたたみテーブル貸したげる!!暫く使い!!」
「……要らな、」
「着替えたら先に持っていくね!!」
「う、うん」

食い気味に言葉を放つ。
とうとう、私の部屋で食べる、と決定してしまった事に小さく頷きながら、部屋番号を伝える事に、なっていた。

「503、よ、」





「こんばんは!はい!」

インターホンが鳴り、扉を開くと、にこやかに薄桃色の折り畳みのローテーブルを抱えた変わらず笑顔の麗日さんがいる。

「……どうぞ」

招き入れると、間取りもさして変わることのないであろう部屋へと「お邪魔します」と靴を揃えて入った。

「…………え?!え!!?ほ、ほんっっっまに、ベッドしかない……」
「置きたいものも、無くて」

さらに言えば、置くべき物すらない。そう思っていたのに、ベッドボードの小物入れの天板へと出ているのは、幼い頃に兄と撮った写真。
それだけは見られないように、パタンと下へと倒した。
兄と、仲の良かった事など、今なら信じられない事で、それを見られるのが、とても恥ずかしいことに思えたからだ。

「……今度、一緒に買い物行く?」
「……今日は食材を買いに行きましょう」
「うん、今日食材行こう!!」
「……」



徒歩6分の位置にある、何なら駅よりも学校よりももう少しほど近いスーパーへと、私達は足を向けた。
近隣では一番安いのだ、と麗日さんが言うからだ。
適当にカゴを引っ掴んで前を歩き、勝手知ったると言うように先陣を切る麗日さんの背中に私はついていく。

「何食べる?」
「お肉」
「お肉!!!……どうしよ、……炒める?」
「なんでもいいわ」
「お料理得意?」
「ほとんど、しないわね」
「なら……鍋、!鍋にしよ!!」

その言葉に、眉を顰めたくなる。
何度でも言うけれど、野菜は嫌いだ。

「……野菜は、……要らないわ」
「まさかの!野菜嫌い!!」
「……悪い?」
「意外!キャベツは入れても良い?」
「キャベツをあなたが食べるなら」
「じゃあ入れよー。安いし」

100円!と強調された手書きの値札を刺した山から、一玉彼女は引っ掴んでカゴへと入れた。

「……コレなら、食べるわよ」

私は直ぐ側にあった、茶色の丸玉を彼女へと手渡す。

「まさかの玉ねぎ!」
「……お肉にはこれでしょう」
「庶民派!!……何味にしよう」
「トマトソースにしましょう」
「あ!ええねー!……おもち、入れても良い?」
「……あなたが食べるなら」
「ありがとう!」

お会計を済ます頃には、段々と空が薄暗くなって来ていることが窓に面したサッカー台からはありありとわかった。
酷くお腹も空いていた。
それだけだ。
決して、楽しみなんかでは、ない。

「出してもらってごめん!」
「テーブルのレンタル代よ」

と、思う。



「……ん、ちょっと味薄かったかな?」
「……でも、美味しいわ」

包丁を、さほど上手く扱えなかった麗日さんに変わり、私が握ったけれど、私の方がうまく扱えなかった事を、二人で笑いながら用意をした。
鍋もおたまもない!と焦り、麗日さんの部屋まで取りに行ってくれている間に、3割引のブロックの豚バラ肉を精肉・・でスライスして、「包丁の練習、サボっとる!」なんて笑われたり。
初めてのお料理が、とんだ思い出になってしまったものだ。と、母に、兄さんに話したい事が出来てしまった。

「肉倉さんは、笑ったらめっちゃ顔幼く見えるんやね」
「し、つれい、だわ!」
「可愛いと思う!」
「あ、なたは、ずっと幼いわ!」
「よく言われる!!」

一口コンロしか調理器具も無かったから、結局は二人で立って鍋をつつく。

「皆、凄かったなぁ。爆豪君、……ホントに、強かった」
「ええ。……負けて、しまったわ」

スカートから伸びる足の、脹脛を足の甲で擦る彼女の脛やら、膝はアザが山のようについている。

「うん。あ、!ほんま!!大丈夫やった?!倒れてたもんね!ちょっと心配だな、」
「問題ないわ」
「……そっか。」

ピタ、と箸が動かくなってしまった彼女のお椀に、私は餅を掬って入れた。

「爆豪君は、ずっと手を、抜いていなかったもの、あなたを、……強いと認めている証拠よ」
「肉倉さんは、慰めるの、もっと下手やと思っとった」
「下手よ。下手な上に、知らないわ。……だから、これから覚えるわ」
「うん。そっか」

でも、と彼女は続けて、いつもの愛らしく染まった頬を私へと向けて、歯を見せて笑った。
備え付けのキッチンの窓が、玄関先の外廊下側に面している。
だから、日が落ちて暗くなっているのに、廊下の蛍光灯でより明るく照らされた彼女の赤い頬。
それが、本当に嬉しそうに見せてくる。

「今私、凄い嬉しいや!」
「……私、」

多分、そのせいだ。
彼女の、その場の雰囲気にあてられてしまった。
何かを言う必要なんてないし、私の問題は私のもので、私の悩みも私だけのもの。
けれど、同じ釜の飯を食う、と言う所かもしれない。
季節外れも過ぎるお鍋に気が、緩みきっていたのだと思う。

「友人なんて居ないものだから、……そう、呼べる人なんて、居なかったものだから、なんと言えばいいのか、上手く、纏まらないわ。」

一度、息を吸い直す。
麗日さんの視線が、刺さっている気がする。

「私、も、多分、彼との対峙なら、怖いかも、知れないわ。……え、と……あなた、格好良かったわよ。とても。」

息を飲む音がして、ほど小さなワークトップに置かれている彼女の手が震えているのが見えた。
ゆっくりと視線を上げると、パッと私の目の前に両手のひらを差し付けた彼女は「ダメだ」と、何度も呟く。

「それは、ズルい……も、そんなん、泣く……」
「あなた、……強いわ。ちゃんと」

悔しい、そう、鼻を啜り始めてしまった彼女をどうこうする事なんて私は出来なかったけれど、泊まっていくと言う彼女を受け入れることくらいなら、できる気がする。





「私、誰かを泊めるのは、初めてだわ」

いつもよりも、酷く狭いベッドの上で右側に顔を倒すと、嬉しそうにこちらを見て笑う麗日さんが居る。

「私も、一人暮らしの友達の家に泊まるのは初めてだ!こんなに楽しいんやね!」
「……」

にっこりと笑った彼女に、私は小さく「そうね」と言ったかもしれない。
きっと、彼女は口元を手で覆っていたから、言ったのだと、思う。

「肉倉さん……名前ちゃんって、可愛いんやね、」
「……そ、……も、もう眠るわ!!」

サッと背を向けたところで、布団をくれと言われて私は慌ててお茶子ちゃんの方へと向き直ったのだけれど、嬉しそうに笑って、

「友達やね」

なんて言う。
恥ずかしい事ばかり言うこの口は、塞いでしまっても私は叱られないんじゃ無いかしら、と、思ったのは秘密にしておきたい。


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bkm


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