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「体育祭を控えている」と相澤先生に言われてから、リハビリに励みつつもトレーニングを徹底していたため、そう体が鈍っている、とは思ってはいなかった。
けれどふとした弾みに集中力が切れ、足元がカクン、とぐずつく。
その度に漏れそうになる舌打ちを唇を引き締める事で、何とか堪えていた。


ヒーロー科とは言え、一般教養の為一般授業はある。
けれど、体育祭前ともなると少しばかり話は変わってくるようだ。
個性の訓練やら状況判断の訓練も兼ね、ヒーロー基礎学の授業が午前中に食い込むこともままあるようになってきていたらしい。
午前中の担当のオールマイト先生の授業では、指名された二人ないし三人一組でチームを組み、救助作戦にあたる、と言うものが出された。
どこか薄暗い演習用モニタールームで私とチームを組むことになった爆豪勝己は鋭い目を私へと向け、

「病み上がりでも容赦はしねぇ」

そう敵顔負けの表情で凄んでくる。

「ありがたいわ」
「ケッ」

チームを代表してオールマイト先生から渡された設定カードを持ってきた爆豪勝己の手元を覗き込み、その後私は彼の顔を見て、もう一度カードを見てから顔を顰めた。
難易度が、高い。


「俺一人でやれる。てめぇは黙って見てろや」

鋭い目をカードから放さずに言う爆豪君に、いっそため息を吐いてしまいたくなりながらも、視線だけをやる。

「……どうしてもそうして欲しいなら、どうするのか作戦を聞かせてちょうだい。これはチームの成績、ひいては私の成績なの。」
「あ?わぁっとるわ。ンなもんブッパだろが」

ふん、と鼻を鳴らし、どうでも良いとでも言うように一番目の演習組の写るモニターへと彼は目を向ける。

「単純明快なのは結構だけれど、ここの構造は把握しているかしら。増築に増築を重ねているのよ。その衝撃に耐えうるかしら」

私の言葉にまた顔を顰め、モニタから目すら逸らさずに答えた。

「潰れる前に助け出しゃ良いだろ。」
「間に合う根拠はどこかしら」

チッ、と舌を打つ音が良く響く。
そこかしこで、作戦を立てる声やら、モニタの向こうの尾白君と芦戸さんを応援する声が聞こえて来る室内で、爆豪勝己は静かに私に顔を向けた。

「本丸の支柱はここと、ここ、それとここ。こんだけ固まってりゃコッチが多少揺れたところで壊れやしねぇわ」
「ここの柱、壊したいのなら一度実物を見た方が良いわね。建築の年を見た?バブルが弾けた直後の物よ。設計通りかも怪しいわ。」
「あ?てめぇこっち見たかよ。増築は全部この年以後にされてる。なら、少なくとも増築部は基準値通りと見て問題ねぇ。後は救助者が表記通りならこっちのモンだろが」
「……良いわ。ならそれで行きましょう」

ふぅ、と息を抜きつつも、真下の赤文字で書かれた注釈を目に止めた私は、そこを指示す。

「これは、気が付いていた?」
「……今、見たわ!!」

※尚、敵が潜伏している可能性あり

「作戦変更ね、爆豪勝己」
「フルネームで呼ぶなや」

嫌そうに顔を顰めた爆豪は「俺の足手まといになんなよ」と鋭い目をひくりと眇めながら、私を睨みつける事で、溜飲を下げる事を試みたらしい。

「だめ、それじゃあこっちから来られた時の退路が確保できないわ」
「ア?逃げねぇわ」
「私達じゃなくて、要救助者よ。ここから回り込みましょう。そうすれば脆いのは私達の居るここだけになるわ」
「ッザケンな、ンな事したらこいつ等死ぬわ」

自身の顎の下に手袋に包まれた手を当て、思考を巡らせる爆豪君の姿を視界に収めつつ、私も思考する。

「ねぇ、」
「おい」

言葉が被り、チ、とまた舌を打つ爆豪君と、同じ位置を指さしているのだから、どうやら満場一致で作戦は決定らしい。




「気がついたかしら、爆豪勝己」

目の前にある建物と、予め渡されていたカードを私はもう一度見比べる。

「黙れ。っから、フルネームで呼ぶなや」
「……オールマイト先生も、難しい題目を用意くださったわね」
「大方、能力考えて組んだら思いの外頭働かすタイプだったんだろ」

作戦会議のようなものをしたものの、結局最後には「っつう事だから、てめぇは足引っ張んねぇように見てろや」と豪語していた爆豪勝己へと私は顔を向け直す。

「どうするの、まだ、私はぼぅっと見ていたほうが、良いかしら」
「…………」

渋い顔を更にヒクつかせた爆豪君は「ん゛んぁ!」と唸り声をあげ、ぎろりと私を睨み上げる。
その敵顔負けの表情に、ため息を漏らしつつも、彼の背後に聳える建物の大きさを見てから、また彼へと視線を向けた。

「脳ミソ、かせやァ!」
「それで本当に人が動くと思っているのならお目出度いわね。
良いわ。貸してあげる。貸しよ、爆豪勝己」
「っから!フルネームで、呼ぶなや!」

耳元で、オールマイト先生の『良いかな、少年、少女』と言う声が響く。

「おい、細目女」ビシ
「……」
「おい、細目ぇ!!」爆豪勝己の声に、ビシリ、と私の血管が悲鳴を上げた。

「私の目は、子鹿の様な睫毛が耽美な愛らしいものだわ!!」
「っどぉっでもいいわ!反論が長ぇ!!」

そう叫ぶ爆豪勝己へとカードを投げつけると、

「名前も覚えられない鳥頭だったようには見えなかったけれど、認識を改めるわ!」
「肉倉名前だわ!知っとるわ!!」

バシンと叩き落とされる。

「なら呼びなさいよ!バンガー坊や!!」

『喧嘩はよそうな?行くよ?もうスタートして良いかな?もう行くよ?』耳元でオールマイト先生の声が、もう一度響く。

「あ゛ァン!……ば、く、ちく、……」
『もう!スタート!』
「行くわよ」
「前を、歩くんじゃ、ねぇ!!!」


大振りな一軒家、と言うような事を書かれたカードだったが、どう見てもここは商業施設であった。
地下一階、地上3階建て。
ならば縮尺も違うのであろう、とあたりをつける。

「……おかしいわ、書いてあった設定なら、……」
「全部がデタラメってこったろぉが」
「なら、要救助者も、不明ね。居るかどうかも、わからないわね」

ちら、と横を見ると、頬に汗を光らせた爆豪勝己が、静かに前を見据えている。
あまりの緊張感に、口角が上がっていく。
馬鹿みたいな、難易度ではないかしら。

「……とにかく、フロアマップを手に入れましょう」
「命令すんなや。……アッチだろ。大体は従業員用の入り口側に避難口指示のマップもあんだろ」

私の前を歩き始めた背中に着いて行くように足を進める。

「そうね」


従業員入口を、少しばかり力技でこじ開け、入ってすぐの内壁を覗く。
昼間であるから、従業員用の廊下に設置されている大きな窓から光が取り込まれているのを視界へといれた。

「……広いわね……増築部は任せるわ。」
「あ゛ァ?てめーがそっち行けや」
「いいえ。……時間勝負よ、おそらく。」

と言うのも、先ほどから、頭上でぱら、と時折砂が落ちるのを私は見ている。
その意味に気が付かない程、爆豪勝己は無能ではないだろう。

「……足手まといには、なんなや」
「勿論、あなたこそ。」
「ハッ」

空気を裂くように息を吐き出した爆豪勝己の背中を見送り、体中の肉を変形させていく。

「見ていて、オールマイト先生。私はきっとあなたのサイドキックにふさわしいわよ」

ぐ、と姿勢を低くし、フロア中に肉を飛ばす。

(範囲が広すぎるわ……二度に分けたほうが……いいえ、そこまでの、時間はきっとないわね)

肉は、触れたものをどれも肉塊に変えることは無かった。

「爆豪勝己、このフロアは反応無しよ。地下に行くわ」
『好きにしろや』

無線越しに聞こえる、少しばかり不機嫌な音に眉をしかめながら、センターコートの動いていないエスカレーターを下る。
チカチカと、照明が点滅していて視界は不明瞭。
けれどそれは、被災者も敵もおそらく同じ。
なら、何ら不利は無いわね、とまた地下で肉を使い捜索する。

カン
と、小さな甲高い音が頭上から響き、バッと頭上を見上げた。

「嘘、でしょう」
『オイ、どうした』

オイ、とまた耳元で爆豪君の声が響く。
息を潜め、死角を探す。
(エスカレーター、しかないわね)
『オイ、返事しろや!』

煩い無線のマイクにもなっているイヤホンを2度、叩く。

『……敵なら2回』

もう一度2回、マイクを叩く。

『ハッ、コッチはスカだわ、クソが!』

爆豪勝己のその言葉に、隠れる必要が無くなったことを理解し、肉を使って一気に地上2階へと移動する。

「でかしたわね、爆豪勝己!」

こちらを向いた敵役であろう事を知らしめる為に、敵と書かれた布を背に貼り付け、要救助者人形を抱えたプレゼントマイク先生を、あちらこちらへと乱発し、用意しておいた肉で肉塊へと丸め上げた。

「捕獲よ。要救助者は人質として取られていたわ、確保済みよ」

肉の壁の中で肉塊になっているプレゼントマイク先生を確認。
肉塊を片手に、要救助者人形を担ぐ。
一階のセンターまでやってきている爆豪勝己を視認。

「私の勝ちよ」
「ア゛ァン?!運が良かっただけだろが!」

吠える男に口角を上げつつ、エスカレーターを下っていると、ガゴン、と鈍い音。

「オイ、肉女!!」
「ッ……!!!爆豪君っ!!」

先生だった肉塊と要救助者人形を投げ渡し、肉壁で防御壁を作り上げ、降ってくる瓦礫を凌ぐ。
ただの肉だ。
更に言うと、自身の体の一部。
痛くないはずも無く、うめき声が歯列の隙間から漏れ出ていく。
ここで、集中を解けば、先生は元に戻ってしまう。
衝撃を予め予測できたのは、不幸中の幸いだった。
それに胸を撫で下ろしつつも、後は痛みを凌げばいい。

「……っ、ぐ!!ッ、は、……ぅあ、」
「肉女!……」

一度、爆豪勝己の声が聞こえたけれど、それからはシン、とした室内の音に、パチパチ、バチンと言う変わらず電気の点滅の音。
カラカラパラパラと、瓦礫に砂埃が落ちる音。
それだけがやたらと響いている。

いつだって、ヒーローは遅れてやって来る。
来た頃にはすべてが終わっていて、手遅れになっている。
私は、それが酷く憎らしかった。
私が殺されかけたあの瞬間、オールマイトは遥か北の方で、米農家のお婆さんが腰を痛めたのを病院まで運んでいたらしい。
フレイムヒーローのエンデヴァーは、凶悪敵と会敵、交戦中だったんだとか。
あの日の出来事を、掘り返したことで歯を軋ませなかった事など無かった。
それでもどこかで、私を探そうとしてくれていたヒーローを、助けようとしてくれていたヒーローを探していたのだ。
兄ではなく、私を、助けようと動いてくれたヒーローを、探していた。

『聞こえっか、肉女』
「……やっ、ぱり、……鶏頭、じゃない」

『「しね」』

音がダブった、と認識。
それと同時に小さな爆発音が幾度も響き、小さくなった瓦礫が取り除かれていって、肉壁の隙間から明滅する電気と爆発の明かりとを認識しながら、ゆっくり個性を解除していく。

「くたばったかよ、肉女」
「残念な事に、まだ動けるわ」
『肉倉少女、大丈夫かな』
「ええ、勿論」

インカムに向けて返事をしつつ、一際大きな爆発音を響かせ、瓦礫を撤去する爆豪勝己に苦笑を漏らす。

「まだ、くたばって無いわよ、私」
「見りゃわかる」

どこかバツが悪いのか、それとも拗ねているのか。
眉間に皺を寄せているのであろう額は、マスクに隠れているけれど下唇を小さく付き出すその表情には、覚えがある。

「ヒーローみたいね」
「バカにしとんか」

私はパッと、足元を払うけれど、中で足がズレているらしく、上手く立てずに膝が落ちる。

「っあ、」
「ザコ」

フンと鼻を鳴らしながらも支えられた体に、ゴツゴツとした肉の圧を感じた。

「いいえ、……ヒーローみたいだったわ」
「……みたいじゃねぇ。ヒーローに、なるンだわ!」

無言で私の体を背負い上げるゴツゴツとした背中に、まだ上手く動かない体を預け、小さく息を吐く。

「なら、その言葉遣いをどうにかした方がいいわね、きっと」
「てめーは筋肉つけろや」
「つけなくてもあなたより強いわ」
「んな訳ねーだろ。落とすぞ!」

ギャン、と吠える声が背中から響く。

「でも、助けに来てくれたのね。……ふふ、」

ふふふ、と笑っていたのに、なぜだか涙が溢れてくる。
あの時の小さな私の前に、差し伸べられる手は無かったけれど、今なら私はあの頃の私に、手を差し伸べられる気がする。
いつか、助けようと手を伸ばしてくれる人がやって来るのよ、って。

「助かったわ、爆豪勝己」
「クソ重ぇ」

彼の前に回していた腕を、軽く動かしてぴとり、と首筋につける。

「……ハ?」

つつ、となぞるとみるみる真っ赤になる首筋に、くつくつと笑いながら

「油断し過ぎよ」
「は、ぁ?!死ね!クソ!!死ね!!!」

個性をかけた。
爆豪勝己のおかげでモニタルームを目前にしていた私は爆豪勝己であった肉の塊を抱き上げ、モニタルームの扉を開く。

ワッ、と声がして、麗日さんや八百万さん、耳郎さんがやってきて、梅雨ちゃんが

「ヒヤリとしたわ。大丈夫だったみたいで、安心したわ」と。
「もう、大丈夫よ」

この言葉に含まれている意味なんて、誰も知らなくても良いけれど、胸の中で『蛙吹と爆豪が、特に心配していたよ』そう言った相澤先生の言葉がまた暖かく膨らんだ。

「ソレ、って、爆豪君?!」驚いた声を上げる麗日さん。
「うわ、キモいな」つん、と突く耳郎さんに、
「こうすれば、可愛らしくなりますわ」リボンを結ぶ八百万さん。

自然と上がってしまう口角を叱責しながら、

「戻りました、オールマイト先生」

帰還を宣言した。

「ねぇ、聞こえているでしょう」

爆豪勝己だったリボンのついた肉塊を、すこしだけきゅ、と強く抱き直し、きっと彼にしか聞こえていないくらいの声で、

「ありがとう」
「なにイチャついてんだ、てめーら。オイラも女とペアが良かった!!!乳に圧迫されてぇ!!!!肉塊どんと来い!!ほら!!ほら、!!!個性の訓練に、なんだろぉ!!!」

足に張り付く葡萄にびっくりしてしまい、思わず個性を解除してしまったらしく、ムクムクと腕の中身が膨らんでいく。

「っぐ、あ!重……っ」

支えきれずにごちん、と後頭部を直ぐ側にあった壁に強か打ち付けながら、爆豪勝己を抱き上げる格好になってしまった。
オレンジのリボンを首に巻いている爆豪勝己がプルプルと私の腕の中、お腹の上で震えているのを肌で感じる。
この上なく赤くなった彼の顔には、自然と口角が上がる。

「なんだそのハプニング!!うらやまぶヘァッ!!」
「重たいわ、爆豪勝己。退いて頂戴」

なんとか、と言う状況で抱え上げている爆豪君が重たくて、言うけれど、どうにも恥ずかしかったらしい彼は照れ隠しにギャンと吠えた。

「……ッ、このまま!圧死!しろ!!!」


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bkm


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