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その後、僕とオールマイトは保健室に、肉倉さんと相澤先生、13号先生は病院に搬送された。
相澤先生も13号先生も、命に別状はない、という事だったけれど、肉倉さんに関してはぼかされてしまった。

翌日は臨時休校となり、その翌日、相澤先生が教室に姿を見せた。
相澤先生は体育祭の説明をして、そろそろ朝のホームルームが終わろうか、という頃。

「せんせい、」

蛙吹さんが声を上げる。
誰もが聞きたくて、恐らく、それでも聞けなかったこと。

「肉倉ちゃんは、大丈夫なのかしら」

その言葉に先生は少し顔を下げ、それを見たかっちゃんが頬杖をつくのをやめて姿勢を少しだけ正す。その背中を、僕は見た。
このクラスでも、僕と、峰田君、蛙吹さんは、特に彼女が先生を守ろうと、ひいては皆を守ろうと戦った事を知っている。
僕も、ほんの一時。
ほんの一時、あの脳無と対峙しただけでも身がすくんだ。
それでも彼女は、先生を守るためにと、蛙吹さんを護ろうとあれに向かって行ったんだ。
僕を護るために、震える体を鞭打って自分の危機も顧みずに戦ったんだ。
あの時僕は、かっちゃんに向けるのとは違う意味で、少しだけ彼女が怖くなった。
そこに、ほんの少しだけ僕を、こんな風に言うと、彼女はもっと凄い人だから、違うかもしれないけれど自分自身を見た気がした。
ああ、僕はお母さんに、こんな思いをさせていたのか、と本当に少しだけかもしれないけれど、気持ちがわかったような、そんな気がしたのだ。

相澤先生は、大きく息を吐き直してから

「今後の為に、お前たちにも言っておく」

そう前置きをして話し始めた。

__命あっての人助けだという事を忘れるな。
自分の力量を見誤るな
一生徒として教師の言う事にはきちんと従え
何よりも一番大切なのは自分の命だ
それでも、命をかけ無ければならない時は来るかもしれない
その時・・・を見誤るな__と。

「肉倉は、右腕と、足が通常であればもう使い物にはならない状態だそうだ。
そこはあいつの個性なら、何とかなるかもしれないと医者は言っていた。が、今はまだ様子はわからん。
内臓もやられていたそうだが、リカバリーガールと、本人の個性で持ち直している。
命に別状はないそうだ。
ただ、不安なのは精神面だ。
昨日の時点ではまだ肉倉の意識は混濁していて会話が難しい状態だった。
……これから先、君たちも自分が敵う筈もないのではないか、と、明日は無いかも知れない、とそう思えるほどの敵と相まみえることもあるだろう。
そうなった時、その圧倒的なまでの力に潰された時、打ちのめされた時。それでも続けたいと思えるのかどうか。
そうまでして、ヒーローで有ろうと思えるのか。
それでもヒーローたろうと思えるか。
それはこの先、誰にもわかるものじゃない。」

先生はそこで言葉を区切って、周りを見渡した。
シンとした教室で、かっちゃんの声が響いた。

「……あいつは、ンな玉じゃねぇだろ」
「お前達はそう、信じてやっててくれ」

先生の去った教室は、すっかり静かになっていて、そのまま一コマ目の英語の授業を迎える。
プレゼントマイクの掛け声に、返す声が無くなったのを多分皆、気が付いている。



体育祭の前日、昼間にがらりと開いた教室のドアから約2週間ぶりに顔を出した肉倉さんに向かって僕は突進して、両手を握ってありがとう、ありがとう、僕を助けてくれて、ありがとう!と泣いてしまったのはここだけの話だ。


___________________


 リカバリーガールの治癒のおかげで、日常生活が送れるまでに回復したのは、三日目の事だった。
それからは暫く自分の個性で右の腕を何とかするために、いったんは死ぬほどにご飯を食べた。
食べに食べ、肉体を組み直して、もう使えない部分を離脱。
それが馬鹿みたいに痛い。
リカバリーガールに心配されるほどにはのたうって、見まいに来た母にも心配をかけた。
久しぶりに電話をした兄には、怖かったと泣きついて、何度もごめんと謝って酷く取り乱してしまったり。
それを聞いた兄は、今すぐこっちに来ると言うから、母と二人がかりで来なくていいと説得したものだ。

後日見舞いにやって来てくれた相澤先生には親に向けて頭を下げさせてしまったし、私が両腕きちんと動くところを見せたら、少しだけ先生の目が潤んだのを私は見てしまった。
ドライアイのせいにしておこう、とこの時ばかりは他人を思いやることができたように、思う。
それから、きっちりと叱られた。

「お前の行動は俺の指示に反したものばかりだった。決して褒められたものではない。
それでも、お前に助けられたよ。
ただ、今後は絶対にするな。お前たちは守られるべき立場に居る。そう言う意味ではお前は俺を窮地に追いやっている訳だ。
意味は分かるな。
ちゃんと守られろ、強くなるまで。」
「……」

初めてかもしれない。
家族以外の人の前で涙を見せたのは。
それでも、私は、わかってしまったから。
一番は、今の私には、遠すぎる。
一番は、あんなものをまで、倒せなくては、ならないのだ。

「先生、私、……強く、なれますか」
「……校訓を忘れたか。なれるか、じゃなくてなるんだよ。その為に俺達が居るんだから」
「聞き方を変えます。……私は、誰よりも強く、……一番に、なれますか」

その問いに、相澤先生は少し黙ってしまった。

「先生って、嘘つけないんですね。……遠いです、ね」
「あぁ、遠いな」

先生が、少しだけ寂しそうな目でこちらを見てから病室のドアを開く。

「言っておきますけれど、私、それでも譲らないわ。……自分が出来る限界値なんて、これからいくらでも高められる。
そうでしょう?生きていれば、強くなれる」
「……言うつもりはなかったんだが、……待ってるぞ」
「はい」

先生は後ろ手にドアを閉めようとして、「あぁ、」と声を上げた。

「爆豪と蛙吹が、特に気にしていたよ。……連絡先を知っているなら、してやるといい」

そう残して閉められたドアを、私は暫くぼぅ、と眺めていた。
段々と視界には透明な靄がかかり、ドアの輪郭をぼやかしていく。
見えなくなる頃には、ポタポタと溢れたものが布団にシミを作り、また膝から下を失った足が酷く、酷く痛んだ。

一頻り泣いて、泣いて、
窓の向こうを見たら
今までより、ずっと、ずっと空が晴れて見えた。
全部の荷物が下りたような、そんな気がする。
私は、決して強くない。
弱くはないけれど!
それでも、強くはない。
それを知れた、今からだ。
今ここからきちんと立ち上がらなければ。

きちんと、恐怖心も、弱さも、脆さとも、確り向き合わなければ。

強く、ならなければ。

プルプルと震えるケータイを見る。
個室だから許されているけれど、本来病院は電話は不可だぞ、と最近一日に何度も電話をかけてくる兄からの電話を取る。

「はい」
『……調子はどうだ』

兄さんの声が聞こえる。

「今、凄く気分が良いの」
『そうか。名前転校は可能だ。あんなことがあったのだ、こちらに来て然るべきではないか』
「……ここで、まだ、一番が取れてないんです、兄さん。」
『何をそんなにこだわっ
「兄さん、見ていて。私はもっと、もっと強くなるわ。ずっとずっと、兄さんが、追いつけないくらい遠くに。だから、見ていて。
着いて来て、追い越して、そばにいて」

兄さんの言葉を遮ってでも、聞いてほしくて、話を続ける。

『豪儀だな、……期待している』
「はい。」

あまり、無茶をしてくれるなと言う兄さんに、ちょっとだけ笑って電話を切り、大きく伸びをした。
真っ赤な夕日がまぶしくて、目をすがめた。

「誰よりも強く、なるわ。心配をかけるようじゃ、まだまだね」

だから、頑張るんだ。
今から。
これから。
もう、震えなくてもいいくらいに。
怖がらなくても、良いくらいに。


私はまるっと2週間学校を休んだ。


その間一度だけ、蛙吹さんが__梅雨ちゃんが、八百万さんと共に病院へと来た。

私は、確か退院に備えて片付けをしていたと思う。

響くノック音に返事をすると、カラカラと音を立てて引き戸が引かれた。
私は暫くそこに立つ人をぼぅ、と見ていた気がする。

「あ、あの、肉倉さんお久しぶりですわ」

八百万さんの声がそう聞こえたのと同じくらいか、梅雨ちゃんはペタペタと音を立てそうなほどにゆっくりと、私のベッド迄近付いて、それから、私を見て眉を精一杯下げた。

「良かったわ。……私、ずっと心配だったのよ」

その言葉に、弾かれるようにして私の手は梅雨ちゃんの顔へと伸び、ぺたぺたとその頬の柔さを確かめるように触れた。
前髪を捲って、耳を確認して、首筋に触れて。
肩を、腕を、と伝って梅雨ちゃんの手に触れた。
ぎゅ、と握れば握り返す強さがそこにはあった。

「退院は、出来そうなの?」

梅雨ちゃんの視線が、ゆらりと揺れて私の目を捉える。

「ええ。すぐに」
「そう」

また、きゅ、と手が握り返される。
多分、熱いからだ。
熱すぎたから、少しだけ私にも熱が移った。

「無事で、良かったわ……」
「ししく、……名前ちゃんも、無事でいてくれて嬉しいわ。早く良くなってちょうだい。そうしたら、また皆でお勉強をしましょ。皆待っているのよ。爆豪ちゃんも、響香ちゃんも切島ちゃんも、緑谷ちゃんも早く名前ちゃんに会いたくて仕方がないみたいよ。だから、待っているわ。皆で」
「そう、……それは、……嬉しいわね」

私の顔を見た二人は、顔を見合わせてから更にベッドの近くへと寄り、八百万さんは私をその少しだけ私よりも大きな体で包み込んで。
梅雨ちゃんはもっと強く、私の手を握りしめる。

梅雨ちゃんの顔が段々と歪んで輪郭を失う。
そうしたら、ぽたぽたと私と梅雨ちゃんの手の間に入り込んでいくみたいにどこからかこぼれる水滴が流れて。

「ケガは、無かった?」
「ええ、名前ちゃんのおかげで、私は元気よ」
「……もう、怖くない?」
「ええ。名前ちゃんが、助けてくれたもの」

私の顔を覗き込むように笑顔を見せる梅雨ちゃんは、やっぱり柔らかな笑顔を見せる。
八百万さんの手が、背中をゆるゆると撫でている。

「本当は、とても怖かったわ。あの時、もうダメかもしれないと思っていたの。
けれど、名前ちゃんや緑谷ちゃんが身を挺してまで助けてくれた事、とても頼もしくて、本当に嬉しかったのよ。」
「……ええ」
「けれど、それと同時に名前ちゃんが病院へ搬送されたと知って、私本当に怖くなったのよ。
もしも、もしも名前ちゃんに何かあったら、これが原因で将来が危ぶまれる事が起きていたら、って。
そう思ったら、もっと怖くなったの。
だから、もうあんな助け方はやめましょう。きっと、良くない事だと思うわ。」
「……ええ」

梅雨ちゃんの手を離し、八百万さんから少しだけ体を離して、私は自分の右手の感覚を確かめた。

「検査を終えたら退院よ。もう、あんなに情けないところは見せないわ。」
「名前ちゃんが私達を護ってくれたように、私達にも名前ちゃんを護らせてちょうだい。
やっぱり、ひとりは……寂しいものよ」

梅雨ちゃんの言葉に、力強く頷いた八百万さん。
あの敵に二人が敵うとは正直思わない。
こんな言い方をしてはいけないかもしれない。
けれど、事実として私は二人よりも強いだろう。
だからこの二人にまもられる、なんて未来ヴィジョンは到底見えないけれど、それでも少しだけ心が軽くなった、ような気がした。

「私、ヒーローって本当は嫌いだったのよ。
いつだって、間に合わない。来たときには大変なことは終わっているのよ。いつだって、何かを失ったあとに来るの。でも、今日少しだけ……悪く無いかも、と。
こんな救い方もあるのね、って思えたわ。
……それって、まるで、……ヒーローよね」

窓から指す夕焼けの光が、酷く眩しくて、私は思わず大きく息を吐き出した。





最後に検査を終えてすぐ、実家に戻り、私は母に頭を下げた。

「母さん、私、もっと強くなるから。」
「……あまり、心配、かけないで」
「ええ」

そこから数日はまた道場に通い、走り込んで、身体を鍛え直す。
誰よりも、強くなければ、同じことは御免だもの。
心も、体も。
もっと強くしなくちゃ。

あれから丁度ニ週間後昼休みの終わり、一番目立たないであろう時間を狙って教室のドアを開けると、こちらを見て、目を真ん丸にした緑谷君がバタバタと走ってやってきて私の手を掴み上げた

「し、し、肉倉さん!!!よ、よがっだ!!あ、ありがどう!!ありがとう!!守ってくれて!!守ってあげられなくて、ごめん!!あ、あの、!ありがとう!!」
「名前ちゃん、来てくれたのね、」
「お前!!性格悪いだけじゃなかったんだ、ぶあっ!!」

緑谷君はわんわん泣いて、蛙吹さんは目にいっぱいの涙を溜めて、すかさず叩かれた葡萄はたくさん実っていて。
後ろで「心配したんだからな!」と切島君が涙を拭っている。

「……梅雨ちゃん、私はもっと、強くなるわ。
だから、ついて来て。」
「……ええ。すぐに、追い抜くわ」

緑谷君が、私と梅雨ちゃんを交互に見て、それからぎゅうと目をつむり「良かった!」ともう一度。

「お友達ね名前ちゃん」
「肉倉さん、ノート!!ノート印刷するからね!!」

わあわあと騒ぎ立てる彼らを尻目に、少しだけ言葉を落とす。

「あなた達を守ったのは、先生だわ。……私は、そんなことが出来るほど、……強くなかった。」
「そんなこと、
「だから、ちゃんと護れるくらいに、あれに勝てるくらいに、もう負けないように。もっともっと、誰よりも強くなるわ。
皆を振り落とすくらいに、強くなるわ。」

だから、見ていて。
そう、これはみんなへの宣戦布告。

「僕も、強くなるよ。……皆を、護れるように」

ぎゅ、と唇を引き結ぶ、彼の背丈が私と変わらないくらいで良かった。
私より高いと、きっと腹が立つから。

「なら、友達じゃないわね。皆、私のライバルだわ」
「……うん!!」

負けないから
と笑う緑谷君の、少しだけ普段より小生意気な顔、切島君の強い笑顔に、梅雨ちゃんの真っ直ぐな目。
八百万さんの不敵な笑みに、轟君のどこかに暗いものを孕んだ冷たい目。
上鳴くんの放胆な表情と、耳郎さんが小さく頷き。
それから、こちらに視線だけを向けている爆豪君の鋭い目は嫌いじゃないと思う。

はじめてだ。
はじめて、教室で息苦しさを感じなかった。
それは多分今日この日、きっと、本当の意味で皆と対等になったと思えたからなんだろう、と私は思えた。


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