7
あの日から、女子更衣室は静かだ。
私が原因であることはわかっている。
気を使わせてしまっていることも、理解は出来ている。
けれど、どうすれば良いのかはわからない。
まともに、学校に行っていれば違っただろうか。
人との接し方を知ることはできていたのだろうか。
そう、考えなかった事などない。
どうすれば普通で居られたのか、
普通でいるためにしてきた事が、より普通から私を遠ざけてすらいるように思う。
友人が欲しい、なんてたいそれた事は願わない。
誰かと仲良く、なんて望まない。
兄とすら仲良く出来ないのだから。

こんな小心者の、虚勢だけのスカスカな人間が、誰かの気に留めてもらえることなど無いのだ。
望むだけ、無駄と知っている。
面倒に思われるだけだと知っている。
だから、これでいい。
連携を組まなければならない時はきちんと話せているし、爆豪君みたいに怖がられても居ないのだから、むしろ上々である、と思う。

そんな毎日を過ごして、水曜日。
今日の訓練は少し離れた訓練場でのレスキューだそう。

目の前のバスに乗るように出された指示に従い、適当な座席に腰を下ろした。

「あ、と、隣!隣、良いかな?!」
「どうぞ」

ぼう、と窓の向こうを眺めて広大すぎる敷地をただひたすらに眺めた。

「あ、あの、あの!!肉倉さん、ってとても個性を使いこなせているよね!な、なにかこう、コツとかってあったりするのかなー……なんて、は、ハハ……」
「気を使って話しかけているのなら不要よ」
「……うん、ごめんね」

隣に腰を下ろしていた緑谷くんの口がようやっと動きを止める。
雑音を聞き流すように、声を耳に入れていく。
別に、皆の会話を盗み聞きしているわけでは無い。決して。

「派手で強ぇっつったらやっぱ轟と爆豪だな」
「でも爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」

とは誰が言ったのか。そこにすかさず入る人格否定。いっそ気持ちが良い。

「ンだとコラ、出すわ!!」
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

そう言うのは上鳴君。

「てめぇのボギャブラリーは何だコラ」

殺すぞと凄む爆豪君を尻目に、ケラケラと笑いだす。

「まぁでも性格の話になると肉倉もそうだよな、個性もクソ強ぇし、
「私は誰にでも吠えたりしていない。小型犬でもないのだし」

車内がシン、と静かになった。
誰かの爆発寸前のような荒い息だけが響いている。
すぐにあっはっは、と愛らしい快活な笑い声と喧騒が車内に戻ってきた。

「爆豪君君本当に口悪いな!!肉倉君も言葉には気を付けたまえ!!」

飯田君のお小言が飛んでくる。
それを受けてしまうと私の口は止まってくれず、つい、開いてしまう。

「なぜ私に気を使わない彼に気を使わないといけないの?」

また車内はシンと
静けさを取り戻した。

「てめぇ、さっきから黙ってりゃ調子乗りやがって……ぶっ殺すぞ!!」
「ば、爆豪君、やめたまえ!!」
「私はなぜ?と聞いているの。意思疎通がとれ……

言い切る前に私の口を塞ぐ手が。
口を塞がれると、今度は手が出てしまうもので、その手を勢いよく叩き落し、そろりと撫でた。

「……あ、あの!!……ひや、あの、は、あの!!!!」
「あなたが差し出してきたんでしょう……」

そのまま手をきゅう、と握ってやり、そのまま個性を発動した。
ぼとり、と緑谷君だった塊は座席に落ちてちまんと乗っている。
そうすると、その向こうに見えた蛙吹さんの目は、私の目を確りと捉えてから、きゅ、と細められた。
その目から逃れたくてすぐに個性を解除して緑谷君を戻す。

「つってもあれだもんなぁ、肉倉のはツンツンツンデレっぽいもんなぁ」
「ツンが多いな!」

上鳴君の言葉に麗日さんの言葉がツッコミを入れている。
緑谷君は恥ずかしいのかそっと顔を隠していたが、私はもうそちらを向くことはないだろう。


そうこうしていると、相澤先生からのお小言が入り、間もなくバスは停車。

USJ嘘の災害と事故ルーム』というまた広大な面積を誇る、救助訓練に特化した設備の訓練場を紹介され、ありがたい本日担当の教諭である13号先生の言葉に舌鼓を打っていた。

そんな、中学の頃に比べて、ほんのちょっぴりバイオレンスで、ほんのちょっぴりだけ過ごし難くなったありきたりの日々の風景。
これが、日常で、毎日で、これからもずっと享受できるものだと、私は今日この日この瞬間まで、そう考えていたのだ。

「13号!!生徒を護れ!!!」

相澤先生の言葉が、そう、告げるまで。

「動くなあれはヴィランだ!!!」

本物の、殺意と、悪意を肌でひしりと感じ取るまで。
「オールマイト、平和の象徴……」
ヒーローになるには、何と対峙し、何と向き合い、何と戦うのか。
「居ないなんて…………」
この日、私は本当の意味で、知った。

「子供を殺せば、来るのかな?」


 顔に、体にいたるところに手首から先を着けた白髪のひょろりとした男が何かを言うが早いか、
敵が靄からそれこそ途方もない人数で出てくる。
相澤先生が敵に向かい駆けだし、一直線に捕縛布で応戦する。
皆が避難を、と口々に 言い始めるが早いか、
靄の敵は目の前に来て、迫っていた。
相手は勿論、私たちを殺す気だ
それならば、やるしかない
私は爆豪君と切島君が靄にとびかかるのを尻目に、相澤先生の相手取っている敵の更に遠くに居る敵に向けて個性で指を放った。
当るが早いか、

「だめだ!どきなさい二人とも!!」

13号先生の言葉を耳に入れながら、体中が靄に包まれ
気持ちの悪い浮遊感と共に落ちたのは、
顔に、体に手を付けた、例の敵の目の前

「……ッ!!」
「お前だろ、あの肉の個性。……良い個性持ってんなぁ」

伸びてくる手を後方に飛び避けた。
それと同時に背後から見知った捕縛布が伸びてくる。
更に後退。
相澤先生と場所を入れ替わる。

「逃げろ」

声を落とした相澤先生に小さく頷き、更に一歩、後退った時だった。

「せっかくだ、脳無、コイツらの相手をしてやろうか。」

手を張り付けた敵の声が響き、すぐ横から衝撃。

「あ!!……っぐぅ!!!」

とてつもない威力に、相澤先生を巻き込み、更には転がる敵の上へと崩れ落ちた。
休む間もなく、私は腹の中身をげぇ、と出してしまった。
怖い
これは、怖い。
とてつもない恐怖だった。
今まで出会ったことの無い程の感覚に、圧に、体が震えた。
これは、
人間じゃない

「にいさん、……に、いさ、ん」

衝撃が強すぎて、
速すぎて、
個性が、
出せない

「肉倉ァァア!!」

相澤先生が手を伸ばしているのが見えた。
それと同時か、こちらが早いか
右腕から、
ミチミチと嫌な音がしている

「あ、……ぁ、嘘……いや、あ、ぁぁぁぁぁぁああ、」

バリボリバリと体内に音を響かせて右腕が折りたたまれた。

「ひ、……ひ、ぅ……ぅあ、」

あまりの痛さで、意識が落ちそうなのに、覚醒してしまう。
それを繰り返している。

「せ、んせ、……」

助けて、と零そうとして
唇をかみしめた
にいさん、
にいさん、たすけて

個性を発動させ、その脳無と呼ばれた敵を私は肉塊に変えていく。
それでも大きすぎて、普段よりも時間がかかる。
その間に、自らの腕をも何とか肉塊にして立ち上がり、脳無から距離を取ろうとしたところで、
脳無が、自分自身の体を引き裂いたのを見た。
そこから、ミチミチと
再生していくのを、私は見てしまった。

私は、これと、戦うの?
一気に脳の中で走馬燈が廻る。
まるで映画のワンシーン。
敵が走って来ようと体を屈めているのが見えている。
けれど、頭の中では兄さんに言った、言ってからずっとずっと後悔をしている一言が、それを吐き出した時に兄さんの見せた悲しげな顔が。


「肉倉ァ!!走れ!!逃げろ!!!」

相澤先生の声がして、私の前に立ちはだかる真っ黒な背中。
私よりもずっとずっと大きな背中。
兄さんは、どのくらいだろう。
もう、これくらいに大きくなっているだろうか。
いや、相澤先生はきっと実は背も高いから、兄さんはもっと小さく見えるかも。
そんな、他所毎が頭の中を埋め尽くす。
きっと、死を覚悟してしまっているのだ、私は。
そして、ぐちゃり、ばき、と
今度は先生の片腕が潰されるのを、私は見るんだ。
目の前で、先生の腕が砕かれていく。

「……ぁ、……せんせ、」
「圧倒的な力の前ではつまりただの、無個性だもの」

背後から聞こえた声に、いつの間にか首にひたり、と手の敵の物であろう指が触れる。

「っ、!!」
「ハッ、やばいな、全身かよ」

個性を発動。
その敵を肉塊に変える。
そうだ、こんな事で折れてはいけない。
私ならやれる。
その為に、今までやって来た。
ここに来た。ここまで、来たんだ。
先生を掴んでいる脳無に指を飛ばす
いけ、いけ!!
当れ!
あたった!
脳無の腕がバラバラと千切れていく
先生が這い出てくるのを確認した。
私は邪魔にならないように後退しなければ!
すぐに!
どこに?右?左?それとも、
後ろに振り返りながらさがろうと足を半歩後ろへ下ろそうとして、沈む。

「面倒な能力ですね」

そこから敵の個性のワープゲートが開く
体が沈んでいく!

「……っ、あぁ、」

頭の中で、またパッパッパ、と日常の風景が切り取られて流れていく
(にいさん、兄さん、兄さん!!)

「や、っばい!!」

体を細切れに
頭より上を意識して飛ばす
そこに体を集め直す
そのまま地に降り立とうと、体勢を整えるよりも先に

「矢張り、面倒ですね」

こっちに集中してしまったからか、あちらこちらに肉塊にしていた敵たちは起き上がり始めた。
手の敵も、こちらへ向かって、走ってくる
足が地に着き、体を起こす。
来た
来た
来た!!
どうする、
どうすれば良い
どれが、最善!?
どうすれば、死なない?!
生き残れる?

腕を飛ばし、敵を片っ端からまた肉塊にしていく
手の敵は味方を盾にしてソレすらも避ける。
片腕が、右腕が全部
無くなるまで飛ばす
あわよくば、
脳無も!!

視線を、ほんの一瞬ちらりと脳無に視線をやる
手の敵から視線を反らした
反らしてしまった

「……ッ、」
「へし折ってやろう」

いつの間にか、私に向けていた手を、何故か、いつの間にかそこにいた蛙吹さんへと伸ばしていた。
蛙吹さんに、敵の手が、伸びていた。

「ッ!!!……あなたの相手は、私でしょう!!」

もう、靄も脳無も見えてはいない。
蛙吹さんを、助けなきゃ!
助けなくちゃ!!
それしか、無かった。

足場が消えて、
景色がガラリと変わる。
恐らく、靄のワープ!
目の前に、手が
見えている。
そうして私の顔に、触れた。

怖い、
怖い怖い怖い

「……ッあ!!」
「本っ当、カッコいいぜ、イレイザーヘッド……まぁた、個性かけやがったな、お前……」

その言葉に、先生がこの敵の個性を消したことを悟る。
誰かが、肉塊へと姿を変えようとしているその手の敵に殴りかかるのが視界に入った。
風圧に目を開いていられなくなる。
視界が開けると
また、
目の前に、
今度は脳無が居る。

どうして、

「……ッぁ!!!」

緑谷君の声に、そちらを向く
緑谷君の、腕が、脳無に掴まれている
私を助けようとしたのだと、理解した。

「み、どりっ……」

体がぶるりと震える
怖い
逃げたい
逃げたい逃げたい

「……し、しくら、さん……ッにげて」
「……!!!!」

脳無の腕に、頭に、背中に、飛び散らせていた左腕全部の肉をぶつけた。
向こうで、先生が倒れている。
肉片に変わりかけていた脳無の下半身から、また体が生えてきている。

「やっぱりそれ、ずるいな」

もう、体の形を取り戻し始めた手の敵が笑った。
集中力が、持たない!!
そして、今度は、私の足に奴の手が、ある

「!!……っ、あ、ぁ、やめ、やめてっ!!」
(……兄さん助けて!!)

(私の個性の方が、反応が遅ければ、また、)
「ハ、崩れろ……!」

敵の言葉に、相澤先生の腕を思い出してひやりと背中が冷えていくのを感じる。

「あ、ア゛ぁぁ、あ!!!」
「ザマぁ、みやがれ……!!」
「肉倉さんを、離せぇぇぇえ!!!」
「し、肉倉ちゃん!!」

緑谷君が、こちらに手をのばすよりも、私の個性よりも、ずっと速く。
私の右足は、膝から下がボロリと崩れ落ちた。


「……っあ!!」

べしゃりと、体は支えるものを無くして地に落ち、いつかの様に強かに打ち付けた。
少しだけ、顔を上げると、目を大きく見開いた梅雨ちゃんが居た。




「私が、来た!!!」


ほら、やっぱりヒーローは、やって来るのが遅すぎる。

私はいつもそう思う。
だから、やっぱり私がなんとかしなくちゃ。
できるように、ならなくちゃ。
そう、微睡み薄れ沈み行く意識の中でいつだって私の無事を確かめようと泣き叫ぶ兄の声を思い出す。


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bkm


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