西 勝猛の本名を
山田 四
という。

彼に私が出会ったのは、明治39年のまだ肌寒い風が吹く頃であった。


西の方に官軍でもないに関わらず未だ刀を使う一族が居る、という話が実しやかにあったのは知っていた。
父は、その一族に一度声をかけていたらしいが、素気無く断られていたらしい。
それを知ったのは、父の手づからつけていた日記のようなものを見たときであった。

一から剣士を育て上げるのは何年もかかる。
その上、その剣士が必ずしも"隊士となれる者"と言うわけでもない。
育手のもとで修練を積もうとも、剣の腕前が『使える』ようになるのにも、呼吸が『できる』ようになるのにも、あまりにも時間がかかるのだ。
それならはじめから、どちらかの才のある者を出来るだけ多く集めておきたい。
父とて、そう考えていたらしい。



父の手記をもとに辿り着いたのは大阪の街を少しばかり離れたところであった。
今回ばかりは距離があると言うこともあり、着いてきてくれた槇寿郎が顔を顰めたのは、

「鬼狩りには手をかさん」

そう、ピシャリと門を閉められてしまったからであった。
人里から少しばかり離れた所謂辺境の地にあるその屋敷は広大な敷地を誇っており、それこそ恐らく自身の住む屋敷となんら変わらない程のものであろう。

ここには五人の子供と、その両親、そして少しの女中と庭師が住むという。
一見すると、裕福な不自由の無い贅沢な家に思う。
けれど事実は少し違う。
もうこの家は、国からの給付もその殆どを打ち切られ、先祖代々から脈々と受け継がれて来た御役目は、幕末の頃に幕を閉じたのだという。
しかし、その家業から派生した医者ごとを今は細々とやっているのだそう。
それが主な食い扶持になっているのだとか。
そうすると、末の五男の病は相当な痛手である事は想像に難くない。
未だ家督を継がせる息子への主な教育は家業事だと云うのだから、儲かるはずの医者ごとで儲けられないのは必至。
それでも、影でやって来るのだ、時折依頼が。
それを受けない筈が無いのだ。
そのための"名"を継ぐ限りは。
そう教えてくれるのはここを代々から見続けている老齢の鎹鴉であった。


「……お館様、そろそろ戻りましょう。今からなら急げば夜の列車に間に合います」
「……いや、あそこに行こう」

炎のような羽織を靡かせる槇寿郎の提案を下し、指した先は人が山といるであろう、街の真中。

「……お体に、障りかねません」
「愼寿郎、私はあそこに行かなければ・・・・・・ならない」

私の言葉にピクリと眉を跳ね上げた槇寿郎は小さく頷き、私を抱えて駆けた。




表通りは、華やかに彩られた提灯やら旗が所狭しと掲げられ、空の青さえ遮っている。
立ち食いの蕎麦屋の向こうには、軒先に真っ赤な提灯をこれでもかとぶら下げ、大きな看板に『弁天座』と掲げる劇場。
けれどその筋を少し奥まった所には、提灯どころか旗もない。
表の喧騒をすべてこそぎ落とした静けさが、そこにはあった。

「……お館様、ここで間違いありませんか」
「うん、そうだね。私のカンは、"ここ"だと告げているよ」

そう、槇寿郎へ言葉を返したところで、ガシャンと大きな音と共に成人しているかどうか、と言う頃合いの体が先の家屋からゴロリと転がってきた。

サッと槇寿郎は私を羽織で隠すかのように前へと躍り出る。

「イカサマは、イケねぇなぁ」
「……自分らと、一緒やんか」

ペッと、地に向けて血を吐き飛ばしながら、赤毛を靡かせた青年は立ち上がり、イカサマをしたと青年を罵った坊主頭の男へと挑発的な笑みを向けたのだ。
その青年こそ、西 勝猛 後にそう名乗る、男であった。


第六感が『彼だ』と言うのだから、私はそれに従う。
それが代々の掟であり、私のできる唯一である。
彼を、私はなんとしても鬼殺隊に引き入れなければならない。
それは明確な事実であった。

「イカサマは、いけませんね。どうでしょう。ここは私が」

す、と数枚の札を差し出すと、坊主の男はつかつかとこちらへとやってきては乱雑にそれを受け取り
「二度とくんな!」そう怒声を落としてまた屋内へと戻って行った。

「……オレは、頼んでないからな」

ギラギラとした強い意志の宿る目に、"間違いない"と、確信を抱く。

「君が、山田 四、だね」

私の声に、ギラギラとした青年の目は鋭さを増す。

「なんや自分ら、……帯刀しとるな。丁度ええ、ムシャクシャしとるんや」

青年はスッと腰を落とし、抜刀の構えをとる。
けれど、その手には何も握られては居ない。

その筋の達人には、空気で人を斬る事のできる者がいる、と云う。
それは、例えば"気"というのだろうか。
相手の数手先までもが、呼吸やら筋肉の僅かな動きで読める、と云うのだ。
俄には信じ難いものだが、こうして今私の目の前で、槇寿郎はこの青年と刃を交えたのだろう。
横から、すぅと、息を吸う音が聞こえた。

「……!!!!待ち!ちょお、待って!!!
何した?!今の、その息の仕方なんや!?」

青年の言葉に返そうとする槇寿郎へ、少し待てと言外に手で制し、私は口を開く。

「申し訳ないけれど、実は君の事を調べてあるんだよ。
弟君を助けたいのだろう。君は優しい。
その為になら、こうして自分をすら顧みないで動くのは今回だけに限った事でもないのだろう?
その実力があれば、"名"を貰うことすらできたのだろう。長兄君に、義理立てをしているんだね」

ピク、と青年の肩が跳ねる。

「私が、弟君を救う手立てを準備するよ。代わりに君には、"鬼"を狩って欲しいんだ。
鬼は強い。きっと大変だろう。特に恨みつらみがある訳でもないのに、命をすらかけてもらわないといけない。
だから無茶を承知でお願いするよ、"鬼殺隊"に入って、鬼を狩ってはくれないだろうか」
「……」

暫らく黙った後、彼は下を向き小さく「補償は」と、呟いた。

「目に見える形で示すのは難しいだろうね。だから、そうだね、今日は百円を、まずは出そう」

青年の視線が、私と絡む。
真っ直ぐな、鋭い目。
まるで、手負いの獣のような獰猛さを、孕んでいる。

「君が、続ける限りは毎月六十円、もし君が亡くなった場合は、弟君の治療期間その全部のお金を私が用意し続けるよ」
「……さっきの、」

唸るように漏れた彼の言葉が、地を這うように響く。

「さっきの呼吸の仕方、オレにも、……教えろ……いや、教えてくれ」

そう、言葉を向けたのは槇寿郎へと向けたものであった。
やはり彼は、才に溢れている。

類稀なる剣技を持ち、それを知っていながら尚、強くなろうともがく。
彼はきっと、強くなる。
もっともっと、強くなる。
そうしてきっと、欠けてはならい、柱になるだろう。
そう、遠くないうちにも。


「明日、駅で待っているよ。弟君の事は、君の実家に後ほど人を向かわせよう。是非、任せてほしい」
「……助け、られるんか」
「わからない。けれど、設備も整った最高基準の病院での治療を約束しよう」
「……死ぬまでや」
「そうだね」
「アンタが死ぬまでは、……付きおうたる」

そう言葉とともに出してきた青年の手を、私が握るよりも手早く握りしめた槇寿郎は小さく吐き出した。

「役に立ってから物を言え、ヒヨッコが」
「……ハァン?言うたな?……その呼吸、速攻モノにしたるから、首洗うて待っとれや。スグにギャフン言わせたらァ!」
「……フン」





翌日、約束の時刻に駅へ現れた着流し一つを纏ったその青年は、

「オレの事は、"勝猛"そう呼んでくれ」

晴れ晴れとした空のもとで、真っ赤な髷を後頭部で乱雑に結い上げて、ニィと口角を上げた。



◇◇◇



カァカァと鴉の声が増えてきた頃、一羽の鴉が畳を踏みしめた足元へと止まり、くるりと丸い目をこちらへと向けた。

「おや、……イヌジローだったね、どうしたのかな」

私の声に、カァ、と小さく返事をこぼすようにひと鳴きした鴉は、

『西、相棒デキタ!相棒!!デキタ!』

嬉しそうに羽でバサバサと幾度か扇ぐ。

「わざわざ教えに帰ってくれたんだね、ありがとう。どんな子かな」
『バイドク!!西、バイドクト呼ンダ!』
「……うん、それは、少し叱っておこうね」

きっと、その相棒君を巫山戯て勝猛がそう呼んだのだろう、と推察した。
と言うのも、自身の事を『おかっぱ』だの『コケシ』だのと巫山戯て呼ぶきらいが勝猛にはあるからであった。

『楽シソウ!昨日、祇園!オタノシミ!アハン!ウフン!』
「……うん、仕事をしているのなら、まぁ、良いんじゃないかな」
『アハン!ウフン!イイワァ!!』
「……そろそろ、帰っておあげ」

きっと、詳しく聞くのは良くない。
良くないが、多分この鴉は話してしまう。
槇寿郎あたりの鴉に噂が回らないようにだけ祈った。

『アハン!モットォ!ソコヨォ!』
「……早くお帰り」

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