西 勝猛は、不可思議な男。
そう評するのが一番正しい、と思う。
出逢って、然程経っていなかった頃の西はあんまりにも俺と、普通の人間と、価値観が乖離し過ぎてた。

「西!!ちょ、待ってくれっ!速すぎるッ!」

俺の前をビュンビュンとすごい勢いで駆けていく唐紅の着流しを翻す西は、そう乞うた俺に見向きもせずに吐き捨てる。

「阿保!!お前待っとったら死んでまうわッ!」

『梅、オレに着いて来たら死にはせん』そう自慢気に始めの頃に言うたくせに、そんな俺すらも西は見捨てていくかのように駆けて行く。
夜露の下りた草葉が嫌に滑って、草履でも西に着いて行くのは馬鹿程難儀する。
茂る草木を避ける気も無いのか、西は時折木の枝を折りながら走っていく。
それが後続の俺の為やったと気付けるのはもう遥か後の話やけど、その時の鬼気迫る勢いの西は、先頭をごっつ速度で飛びよる鴉の後ろをひた走っとった。

麓と比べても遥かに薄暗い山中を駆け、その麓の草に蹴躓きながらも俺が西の入ってたらしいあばら家に辿り着く頃には、西は刀を鞘にしまう所やった。

「とろいねん。……しゃんとせぇや」
「……すまん、西……そ、の人らは……」

俺が屈んでそこに横たわるチヨとそう変わらん年頃の娘を抱え上げた時に漸く、西はその薄暗いものを宿したような目を俺と娘に向けた。
その西の向こう側。
古ぼけた民家の梁に張り巡らされた管。
その先を辿っていくと一か所に集約していく。そこに、きっと鬼は居ったんやろう。
今は無惨にも、コロンと首だけが転がっとる。
まるで、酒でも飲むために用意されたみたいな肉の切端があっちこっちの皿の上に散らばっとる。
ようよう吊るされてる人らを見たら、その管は下腹部から人間の口へ。両足から、大きな管へ。
それからその大きな管とは別の太い管がもう一本あって、表の井戸に差し込まれてる。
この人らは、生きたまま血袋、、にされとる。

「西、こんな、……こんなん、……はよ、助けたらな!!」
「阿保かお前。よう見てみ。この管全部肉片で出来とる……血鬼術、やな。殺しても解けよらへんわ……この人らも足はもう腐っとる。多分、自分のクソ喰らわされとるんやろな、この管から。感染症も引き起こしとる。ウジも湧いとる。コレ、、まだ生かしとくんか?
……それこそ、"鬼"やろ」

そうは言うけど、その西の向こうには、軽く二十人は吊ってある。

「そ、れは……でも、!!」
「……もうええ」

西は、俺から顔を背けてからそのうちのまだ"綺麗"な人の口から管を引き抜いてから、静かに告げた。
薄暗い、を通り越した、月明かりもまともに入って来ん暗いあばら家の中で残酷なまでに西の擦れた声が響いとった。

「……遅くなってすまん……堪忍や。……直ぐ、楽にしたる。一個、教えてくれ……遺族は居ってか?」

西の言葉に、瞼を一度だけ閉じたその男か女かもわからんなってもてる"人間"は静かに目を閉じた。
西はそのまま綺麗に刀を三度振り抜いて、払った。

どちゃ、ぐちゃ、べチャッ
嫌な音が止んだ頃。
漸く西は息を吐きだしてから、その"人間やった"塊の服をまさぐって、一枚の写真を撮りだす。

「そっちもじきに死ぬやろうな。……介錯したり」

そこからクイッと顎をしゃくるようにしてその娘を指し示すその西の言葉に、俺は思わず息を呑む。

「……診療所に、い、医者に!」
「無駄や。その傷見えてるやろ。はよしたらな、苦しむのはその娘っ子や」
「にし、アカン……それは、あかんことや!」

俺はブンブンと首を横に振って拒否をしてたら、西は静かに歩いてきて、その娘っ子の胸の谷間にあたるところにするすると銀色に鈍く光るどろついたそれを呑み込ませていった。

「梅、……今後の為に一個教えといたる。……オレに、逆らうな」

一度だけ、静かに目を閉じた西は息を吐きながら空を見上げてから、また俺を見る。

慣れろ、、、梅。ここはそれが救い、、になる世界や。望もうと望むまいと、お前はこれから人を斬る。その為にお前には刀取らせた」
「違う、俺は、……鬼を斬るために、」

俺の言葉に、西は目を鋭く細めた。
娘の体から流れる血が、そのあばら家から流れてくる大量の血が、俺の足元を流れていく。俺の地に着けた膝元を、汚していく。

「梅、鬼と、ヒトとは、何が違うんやと思う」
「……鬼は、……人を食う。」
「考えてみろや。オレらは魚を食う。豚や獣肉を食う。鬼と何が違う。鬼が食うのが偶々『人間やった』それだけの差や」
「俺らは、人は人間を甚振らん!!」

ずっと、考えたくは無かった。
『なんでもやる』と、妹が救われるためなら、俺は何でもやると西に誓っていたから、鬼を狩るための訓練や、言う拷問みたいな訓練だって耐えてきた。
鬼の頸も、一度は斬った。
その感触が、ずっとずっと、離れへんかったから、何度何度も吐いて。

でも、西は違う。
こうやって、『人間』が怪我を負って苦しんでたら何の躊躇いもなく、なんの感情も湧かん、とでも言うみたいに手をかける。
鬼を殺すのと同等、何ならそれよりも簡単に、人を殺す。

西の目が、真っ直ぐに俺を貫いた。

「阿呆か。人を殴るのは人だけやわ。魚の踊り食いもする。虫も生きたまま炒めて食うやろ。何の違いも無いんやで、そこには。所詮俺らがやってるのは、人助けに見せかけた生存競争に過ぎひん。
"鬼"斬れるんやから、"人"くらい斬れや」
「……」
「負けたらそこで終いや。オレらがここで負けたら、ここの人らは皆危険に晒される。生存競争に負ける。そんな虫の息を抱えて走れるほどにお前は強いんか?それを守りながら戦えるほどに腕に自信があるんか?それを治せる程に腕に覚えがあるか?
『こいつは死ぬ』そう思ったらそいつが死ぬ時に苦しまさんように葬ってやるんも優しさやろが。
それが不愉快なら、一体でも多くの捕食者を狩る。そんだけやろ
そんな下らんとこで、蹲んな。
刀とったその瞬間から、オレらは立ち止まることは許されてへん」

西の言葉には、説得力がある。
今まで散々に死線を抜けてきたんやろう、と、そう思える。それだけの物がある。
でも、違う。そうじゃない。
圧倒的に違うものを持っている、、、、、

「お前がそんな腑抜けやといつまでも任せるもんが無いやろが」
「西、」
「梅……オレは二度は言わん、次はお前が斬れ。慣れるんやで」
「……、それはもう、人殺しや……お前は何で平気なんや」

決して逸らしてはいけない、と思う。
目を逸らしたら、西の持ってる、抱えてるもんから目を背けたら、多分一生こいつはこのままや。
コイツは、たった一人で苦しんでまう。

俺の言葉に、西は何かを答えようとした。
何かを答えようと口を開いてから、静かに閉じた。閉じて、下駄を一つからんと地面に打ち付けた。

「……お前にはそこまでの質問を許してない」

そう言うて、着流しを翻して向かった先を、俺は知らんかったし、手の中でぬくもりの消えていく娘を、それこそ冷たくなるまで抱えていた。


朝日が昇り始めた頃や。
西がそのあばら家につけた火が、ごうと燃え盛る盛りの頃合い。
その頃合いに、西にいつも張り付いてる『イヌ』言うて呼ばれてる鴉が俺の元まで飛んできて、「着イテ来イ」と俺に告げる。
それに腰を上げられたのは、その鴉の背中を見失いかけてから。

案内された先には、西が既に居って、その向こう側には体をぶるぶると震わせる壮年の夫婦が居った。
あぁ、"どっちか"の親御さんや。
そう、判断するのにはそう時間はかからへんかった。
思わず西に目を向けたら、西の右頬が嫌に腫れてるのが目に入って、それからやった。

ちゃんと気が付けたんは。
何も写してない、みたいな暗い目をした西がそこには居った。
西は、俺らと何も変わらん。
ちゃんと、人を『殺してる』事を自覚してる。
きっと、この肩を大きく震わせて慟哭してる親父さんの気を、ほんの少しでも紛らわす為に、晴らす為に殴らせたんや。
ちゃんと人が死んだら『悲しい』事も、『辛い』事も知ってた。
知ってて、なお躊躇なく殺しよるんや。

なんて、なんて残酷な奴や。
普通では無いのに、普通であろうとしてる。
きっと、コイツは狂っとる。





「もう、本気で殴り寄ってからに!いったいわぁ!!なぁ、酷ない?!梅もそう思うやろ??」
「……」

両親のもとに、"娘"を送り届けてから俺にそう愚痴る西は、先までの事は何もなかったかのように振舞ってた。

「西、……お前は、多分今までもそうやってきたんやな。一人で、背負ってきたんやな……」
「はぁ??いきなり深刻そうな感じにするのやめえや」
「茶化すなや」

俺の言葉に、嫌そうな顔を、下唇を少しだけ突き出した西は背中に太陽を背負いながら俺へ振り向く。

「梅、もうええで」そう言って、西はまたそっぽを向いた。
「お前が、…………まぁ、ええわ。西、ありがとうな」

何を言うても、多分この少し捻た男には伝わらんし、きっとこの男は喜ばん。
何を聞いたところで、この男を理解することはきっと俺には出来んし、俺はわかってやれん。
だから、せめて背負ったものをたまに俺が持って支えてやる、くらいの事はきっとできるんちゃうか、と、そう思うわけや。持ってやりたいな、と。
そうすれば、コイツは「すまんかった」と、"泣けた"んちゃうか、と。
どっかで願ってた。



◇◇◇◇



「西!!おっ前!!今度はどこで使ゥて来た!!!」

俺の叫び声が青い空に木霊する。
どでかい屋敷に住んどきながら、この西と言う男のせいで、基本的に常にカツカツで生活しとる。
女中を一人、さおりちゃん、言う別嬪さんに来てもろうとるから、その子にもお給金は必ず毎週やらんとあかん。
さおりちゃんはほんにええ子や。
病がちなお母さんと、まだ幼い弟を養うためや、言うてこんなむさ苦しい男所帯に女の身一つで乗り込んで、世話焼いてくれて。

目頭を押さえながら、俺は「さおりちゃん」と零した。

「阿保やな、梅は。さおりちゃんはな、病がちなお母さんも居らへんし、歳の離れた弟も居らへんで、……"役者の追っかけ"しとるんや」

口元を抑えながら嬉しそうに西は俺に耳打ちする。

「……さおりちゃんは、そんな子やない!溢れんばかりの愛情と母性にあふれた控えめでしとやかな女性や!!」
「さおりちゃんよう見てみ。……そんな子が、あんなところにでっかい“口吸い痕”つけてると思うか?」
「あ、あほか!!!あれは虫刺されじゃ!!!こんぼけぇ!!!」
「ンな訳」

俺と西のやり取りを傍で聞いてた秋が、両手をサッと広げてさして笑うでもなく口を開いた。

「\どっ/」
「それで?今度はどこでお金を使ってきたの」

両手を腰に当てながら、『隠』と立派に書かれた隊服を着た秋が目を窄めて西をねめつける。
きゅっと肩を竦めた西は唇を窄ませて言うた。

「使てきたんと違うねん。聞いてくれ。……」

西の言葉に、俺と秋はちょっとだけ顔を見合わせた。「始まった、」ちゅうやつや。

「ここ出て直ぐの道をやな、一里ほど行ったところにや、大きな橋がかかっとるやろ?そこにはな、時折、……河童が出よる」
「「……」」
「その河童さんは、や、実はオレと出会ったのは遥か昔。それこそオレが鬼殺隊入ってすぐの頃やったんちゃうか。……彼女はな、身ごもっとったんや……それはそうと、秋お前睫毛ふっさふさやな……女みたいや……」
「女です」

秋がまた目を半分にするのを俺は見た。

「あーあ、居るよなぁ、こうやって何かって言うと女だし始める奴!ほんっま、……居るよなぁ!……女やって言うなら証拠見せてみ?ほら、とりあえず乳でええわ」
「西、溜まっとんやな……って事は花街に行く、言う抜け駆けはしてへん、と」

俺が言うと、今度は秋の鋭い目が俺を睨みつけてくる。

「ふたりとも、ほんっとにいい加減にして下さいよ。西、だから、何をして空にしてきたんですか」

ぴしゃり、と声を張る秋の両肩を西はがっしりと掴み、嫌に真面目腐った顔で唸るように口を開いた。

「ほんまに、すまんかったと、思うとる!
もう賭け事はせん!!絶対や!
賭けてもええ!!」
「西、おい西、もう賭けとるがな」

にっこりと笑った西は、その乱雑に後頭部で結われた髷の近くをがっしがし掻きながら言う。

「そういう細かい男は嫌われるで!
なぁー、秋ちゃん?
……今度あの店の着物買いに行こか?あ、あれか、この間の団子屋にしよか!食べたい言うとったやろ?何がええ?何がほしい?西さんが買うたろ!何でも言うてみ!」
「鬼の頸」
「ひゅう!」

次へ
戻る
目次
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -