「西、……このまま行くと」

背中側からパチパチとそろばんをはじく音がする。
オレから見ても二枚目のオレの後ろを歩く男は、そろばんを手に持ち始めると、どうにもこうにも辛気臭くてたまらん。
男らしくない、と言うか、みみっちい、言うか。
なにせ、鬱陶しい。

「今年いっぱいまでもつかどうか、やぞ」
「えー?……今何月やったかいな?」

ぼう、と考えながら空を見上げると、幾筋もの雲が空に波模様を描いてて、今にも水がザパッと落ちてきそうにも思える。

「もう十月になっとるけど、俺と秋の食い扶持も考えてもらわんと」
「……やばいやんか」

今日、今こうして面倒くさいと零しながらもこの胡散臭い二枚目男と連れ立って歩いているのには訳がある。
そもそも、「金を作って来い、」と部下である隠の嗣永 秋ツグナガ アキにせっつかれたからやった。
秋とこの後ろで面倒にもそろばんをはじく男__ウメはオレに着き従う身でありながら、敬意と言うものが一切感じられんで、アカン。

「……はぁ、」

大きなため息の音がしている。
だからな、上官に向かってため息ってなんやねん、と。

「まぁまぁ、なァ梅、……どうせあとちょっとなんやったら、パァー、いこうや、パァー」

肩に引っ掛けた韓紅の着流しを翻して振り向きざまに、そう言って腕を大きくオレは広げて見せた。
オレは知ってる。
道行く町民どもを眇めた目で見やりながらもその美丈夫な顔を存分に使うてこの男が今までに何をしてきたか、を。
この男が、何よりも好きなものを。

「……パァー……」
「今から、行こうや」

握り込んだ人差し指と中指の間から、親指をにゅうと出しながらオレは言う。
ほら、この男、もう落ちん、、、で。

「……え、ええなぁ!!」

ごくり、と喉を動かした後のコイツの顔は一度秋にも見せてやりたい。
お前がオレの見張りに寄越した男の顔は、こうも歪むぞ、と。



つやつやとした顔を見せてオレと一緒に店から出てきた梅は、数歩歩いたかと思うと振り返りながら、厳つい門構えの際まで歩いてサッと手を上げてからさっきの店を振り返りよる。
オレの家よりも遥かに広く長く作られた建物の二階から、梅に手を振る女が見えた。

「お前、そういうとこやぞ」
「……おんなのこには、優しくせなあかん」
「お前、郭には恨みもあるやろうに」

オレが半目になって白み始めた空の下で呟くと、

「それとこれとは、別やろが!!」
「まぁ、何でもええけどな。お前、わかっとるか?これで、共犯やぞ」
「……く!!策士めが!!」

地団太を踏む梅を放ってオレはすごすごと秋の待つ家へと脚を向けた。
どっちにしても怒られるやろから、もうはよ帰って寝たかった。
昨夜はお盛んやったんやわ。



ガラッと玄関を開けた時に、梅がオレの羽織にしてる着流しを掴むもんやから、鬱陶しくて前に蹴りだした。

「お帰りなさい!!西、梅!!早かったですね!」

オレらに一応敬語を使えるのは、唯一秋を褒められるところや、とオレは思う。

「す、すまんかった!!!」

オレの代わりに頭を下げる梅の背中をぽすぽすと叩きながらオレはにこやかに笑った。

「すっからかんに、してもたわ」

「……は、はぁーーーー????!!!」
「秋、静かに。うるさいで」

大きな声で叫びあげる秋を宥めつつも、「何があったんですか」とあきれ顔になった秋の言葉にオレは空を見上げる。
アカン、見えたんは玄関の天井やわ。

「すまん秋、一応、一応は東の方に行ったんや、……その、気の、迷いやった……」
「……梅、何が……」

深刻そうな雰囲気を作り出す二人がついおもろかったもんやから、オレも、深刻そうに静かに言葉を落とすことにするわ。

「あんな、秋……オレらは東に向こうとった。でもな、おかしいんや。」
「……」
「体が向こうたんは、西。……名は体を表すんやろか……」
「西」ぴしゃりと、叱るように秋は声を上げる。

まぁまぁ、と手で押さえるように言外に告げると、秋はまた静かに話を聞き始める。

「あのな、オレらはどうしても花を摘みたくなったんや」
「は、ぁ……花?」きょとん、とした顔を見せた秋に、梅は顔を顰めた。
「西、やめとこうや」
「まぁ、聞き。」

オレは一歩、框に立つ秋に近付いて顔を寄せる。

「知っとるか、秋……西の女の花はな、……アワビみたいやったわ」
「ヽどっ/」肩を震わせながら梅がつぶやいた。

その梅の頭をパシーンと平手で叩き上げた秋は、真っ赤になって

「最ッ低!!!あんたらに任せた私が馬鹿だったわ!!!」

そう叫んでから、暫くは口を利いてくれへんかった。
って言う話があったりするんやけども、オレの生活がこうなったのは、かれこれ数年前にきっかけがあったりする。






◇◇◇




「頼まれてくれるかい?」

この鬼殺隊の頂点に立つ黒髪おかっぱは事もあろうにオレに関西以西を一人で回れ、というのだ。
畳の敷き詰められただだっ広い一室で、彼とオレの二人だけ。
こんな重要な話しをオレだけにするのって、どうなん?
と、思うわけ。
何より一人とか寂しいがすぎるやんか。
誰よりもオレがお喋りなん耀哉ちゃんは知ってるはずやんか!

「いやいやいや、いやいやいやいや、わろてまうやん。ちょお待って、そんな冗談の為に呼び出したん?」
「僕はね、君になら任せられると思っているんだよ勝猛カツタケ
「いやいやいや、行冥とか、居りますやん?どう考えてもオレより適任やろ」

ぱたぱたと手を目の前で振りながら、ないない、と笑いとばしても、耀哉ちゃんは

「ありがとう、勝猛」
「いや、やる言うてへんし!」
「快諾してくれて嬉しいよ」

そう言いながら、スッとオレの足もとに紙を置く。差し出された紙を手にとり、その字を目でなぞる。
拒否の言葉はもう口から出ることはなかった。

「やるわ」
「期待しているよ勝猛」

給与ほぼ倍とかやるしかないやんか?

「お金は保管庫に置いているからね、いつでも取りに来ておくれ」
「親戚の富豪の爺さんやん」


事の始まりは、まあ元を正せばオレを耀哉ちゃんが鬼殺隊に引き入れたのが始まりっちゃそやけども、兎に角オレと同期の悲鳴嶼行冥が柱になった事が始まりな気がする。
誰がどう見ても、アイツは規格外の強さやと思う。
やからこそそんな重要任務オレじゃなくて行冥で良くない?って思うやん。
ただお館さんの言い分もわかる訳。
最強言うなら尚の事、鬼の分布がなんや知らんけど多い東を任されるんはそういうもんやな、とも思うの。
でもな、いくらなんでも西におる隊員全引き上げしてオレ一人とかどうなん?
やっぱおかしいやろ、とは思うけどもやる言うたからにはやらんとな、と。
そもそも、西の方までお館さんの手が行き届かへん言うのが正直な話やろ。
死亡率も高かったから、少数精鋭に、言うてな。
そんだけ評価されてると思ったら別にひどい話やとも思わんし。


カァ

とカラスの声がして、上を向くとキジタロウがバサバサと羽を羽ばたかせて頭に乗った。
いややっぱ酷い話やわ。

「何しとんねん横着せんで飛べや」
「鴉追加サレルッテヨ」
「マジで?隊士の代わりー言うて?ッハー」

はは、と口から笑いが漏れた。

***

昨日列車に乗って、今日午後には村に入った。
そろそろ空は紅と青を混ぜこぜにして眩く夕日が沈もうとしてた。
赤、ということは明日には雨が降るのだろうか。
そんなくだらない事を考えながらぼう、と唐紅の着流しを翻し、カランコロンと下駄を転がす。
そろそろ脚が痛んできたな、という頃合いに目に入ったのは、赤い空に交じるように赤ぼんやりと明かりを灯す提灯たち。

「ほん、花街やんか」

自然と口角が上がるのは、まだ見ぬ温もりを妄想してのことだろうか。
手近な店に入り、休憩を、と申し入れて案内された先のそれなりに可愛い娘に頬を緩めながら長旅で疲れた足を投げ出した。

室内にはさほど物もなく、赤々と火を灯す行灯に簾のかかった窓。
畳の敷き詰められた室内に裾を広げる華やら鞠やらが縫い込まれた豪奢な着物。
それに身を包んだ女はあかぎれ一つない指先で自身の口元を隠している。

「ふふふ、お上手どすなぁ」
「いやいや、ほんまに別嬪さんやで」
「勝猛はんも、かっこよおす」

ふふふほほほと耳に馴染む女の子の声が心にスッと染み込んで旅の疲れを癒やしてくれる。

「ほんまに?もっと褒めて」
「ま!そやねぇ、優しおす」
「も、一声!」
「背も高うて、たのもしおす」
「んんん、もっかい!」

ぴん!と指を立ててニッコリと笑うと、彼女はまた声を立てて笑う。

「優しい声どすな」
「もいっちょ!」
「手も大きおす!」
「はー、耳福……ほんで?」
「そやねぇ、素直でかいらしおすな」
「……オレ素敵やな」

前のめりになっていた身体を、少し起こした夕鶴ちゃんは、やりきった、と言う顔をして目元を寛げた。

「なぁ、怒らんとってな……もっぺん」

時間いっぱいまで夕鶴ちゃんの鈴のような声を聴いた耳はもうそれこそこの上ない幸福に溢れていて、まぁ兎に角耳福。
だから、オレが外に出てから聞こえた夕鶴ちゃんのすすり泣く声は聞こえんかった事にしようと思うわ。


腰に下げた二本の刀に肘を乗せ、すっかり暗んだ空の下で矢張り乾きひやりとした空気を吸った。
来たとき同様、カラコロと下駄を踏み鳴らしているとバサリと矢張り頭に鴉。

「キジ、ほんま大概せぇや重いねん」
「カァ、鬼オラン」
「ほん、にしても寒いなぁ」
「前オッピロゲテルカラヤロ」
「はぁ?こっちのがかっこええやろ。シャツはしめてるやん」

ぱっと頭上の鴉を払うように手をやると、サッと軽やかに避けるキジタロウに小さく舌を打つ。
丁度門戸の直ぐ側。
小さく聞こえた悲鳴に、サッと刀へと手を添えた。

「頼む!!療養が必要なことなっとんやろ!」
「うちにはコウメはもう居りませんのや」
「んなわけない!つい一昨日!つい一昨日手紙届いたところやねん!一週間前には会うたんや!……頼む!!妹やねん!金なら俺が払うから!俺が、何とかするから……!」

そう言われましても、と番頭の男は苦い顔を作りながらでっぷりとした頬の肉を歪ませて口角を上げる。

「言うて払えへんかったからここに居りましたんやろ。
それにな、兄さん、もう諦めなはれや。あれは治らん。もう手遅れや」

短く切りそろえた黒髪を振り乱しながら幾度も頭を下げていた粗末な着物を纏った男は、その言葉にピタリと動きを止めた。
それから感じたんは、明確な殺意。
明らかなまでの殺意を持って懐に手を忍ばせた蹲ってた男は、ゆっくりと立ち上がり、どっしりと構えた。
その姿に、俺の口角は軽く上がった、と思う。
がっちりとした太い脚が見えてる。
一朝一夕走ったとこでつく筋肉の量やない。
構えがしっかりと下半身起点に出来てる、己の利点をわかってる証拠や。
無駄のない動き。
こいつ、相当場慣れ、、、しとるな。

ゆっくりと番頭を見据え直した男は、ざ、と右足を後に引いた、ところでオレは番頭の前に身を滑り込ませた。
引っさげた刀の後ろで男の肩口を抑えて牽制しながら、オレはにこやかに口を開いた。

「まぁまぁ、穏やかにいこうや。話は聞かせてもろたんやけど、その娘さんはどこ居りますん」
「それは教えられまへんな、知りませんよってに」

きゅ、と目元を窄める番頭に、オレは乱雑に後頭部あたりで結った髷を乱さんようにボリボリ頭をかく。

「んー、まぁええわ。借金いくらよ。オレが払たる……それによっちゃ、教えてくれんのやろ」
「ま、こんなもんですな」

パッと出された四本の指。
それに見合う分だけ懐から束を出す。
使える、と思った。
ただ、それだけや。
あと、不愉快やった。この上なく。
兄妹って、やっぱり助け合うて生きていくべきやとオレは思うわけ。
それを蔑ろにするやつは馬に蹴られてなんとやら、やわ。

キョトンとした顔の番頭にクイッと顎をしゃくると、にんまりとオレに笑うてから奥に引っ込んでいった。
暫くして出てきた、案の定草臥れた娘っ子をオレは担ぎ上げ、

「いつまでそないしとんねん。行くで」

蹲ったまま、オレを見上げる男に声をかけて暫く歩いた。


鴉の後をついて暫く歩くと、耀哉ちゃんが用意してくれてたらしい屋敷に辿り着く。

「ただいまぁ、と」

門戸を開いて足を入れたら、「あの、」とようやっと男が声を上げた。

「なんや」
「……なんで、助けてくれたんや。あんたには、関係無かったやろ」

男の足元と手元、それから恵まれた体格。
舐めるように見て、

「お前が使えると思たからや」
「……あんたには、感謝してる。でも、今すぐは金も返せん……それに、……」

男の視線はこの娘っ子。

「せやな。このままやと、この娘っ子は死によるな。……なに、タダな訳がないやろ」

オレは口元を寛がせて、ニンマリ笑う。

「今の人生捨ててでも、オレに仕えろや」

それが、オレと毒嶋 梅ノ助ブスジマ ウメノスケ__梅との出会いやった。

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